練習のためのアドバイス(4)

 

パームについて

 

2002/3/14


「コインマジックの基本技法」はコインマジックの世界的エクスパート、六人部慶彦氏の全面協力でできています。今回、技法の解説に先立ち、パームに関しての興味深いエピソードを六人部氏からうかがいました。入門者だけでなく、上級者にとっても有益な話ですので紹介いたします。編集はマジェイアですが、六人部氏の言葉として受けとめてください。

マジックの本やビデオ、レクチャーなどで、コインをパームする方法を解説しているものは数多くありますが、パームをしているときの手の形に関してまで言及しているものは多くありません。以下の解説ではクラシックパームを例に挙げて説明しています。しかしどのような種類のパームについても同様のことが言えます。


デビッド・ロスはクラシックパームの名人といわれています。20年ほど前、初来日したときはビデオもなかった時代ですので、生の演技を見て感動しました。

彼はレクチャーにおいて、コインをクラシックパームするとき、多くのマジシャンの親指が不自然に動くことを指摘していました。親指が少しでも不自然に動くことで、「どんなに遠くからでも、パームしたと気づかれる」のだそうです。

その解決方法として、親指と人差し指をくっつけた状態でパームをするよう、アドバイスしていました。さらにそのあと、「クラシックパームしているときでも、手の甲が曲がらず、フラットな状態で保持できるまで練習をしなさい」と言い、実際、デビッドはそれを実践しておりました。

クラシックパームはコインマジックの基本技法のひとつではありますが、パームをした状態で5本の指が伸びて、手の甲も曲がらず、平らにするのは容易ではありません。

そのときはすごいものだと感心したのですが、このアドバイスには、徐々に疑問を感じ始めたのです。

それから数年後、あるコンベンションで再び彼のレクチャーに参加する機会がありました。そのときデビッドはルーティンの中で、コインをクラシックパームした右手の指を伸ばした状態で、身体の横で休めていたのです。それは「メッチャ不自然!」でした。

確かに指も手の甲も伸びており、「さすがにクラシックパームが上手いな」、との印象は受けましたが、そのとき私は心の中でつぶやきました。

「その手は、どんなに遠くからでもパームしていると気づかれる……」


幼稚園児くらいの子供が人の絵を書くと、みんな、手の指が一本一本ピンと伸びた状態の手を描きます。しかし実際は、軍隊の行進のように指を伸ばしたまま歩いている人や、指先まで伸ばしたまま休憩している人など見たことはありません。

マジシャンの中でも「技法マニア」とでもいうような人になればなるほど、クラシックパームのとき、指を伸ばしたがるものです。このようなマジシャンの演技を見たあとの感想といえば、「うまいな。でも不思議じゃなかったな」といったものです。

自然な動作、自然な手つきでコインや道具を扱いながら、不思議な現象を作り出すのがマジックです。本物の名人は器用さなど微塵も感じさせません。マジシャンとジャグラーは違います。マジシャンが「器用ですね〜」と言われることは決してほめられたことになりません。

不思議な現象を起こそうと、わざわざ普段と異なる動作をするのではなく、技法やパームを普段の動作や手の形に近づけ、不自然さをなくすことが最も重要で、かつ難しいのです。

クラシックパームをしている手の指や甲が伸ばせたからといって、それが本当に自然であるかといえば、大抵の場合、そうではありません。指を伸ばしていることが、何も隠していないことの証明になると思っているのでしょうが、「追いかけられていないのに逃げるな」という有名な言葉があるように、過剰な証明はかえって不自然になってしまいます。

つまり、「パームしているコインがたとえ見えなくとも、手に過剰な意識が向いているマジシャンは、その人の手を見ただけでパームしていることがわかってしまう!」ということです。

コインに限らず、「パーム」とは「観客に気づかれないように手に何かを隠し持つ」秘密の動作です。気づかれたり、疑念を抱かれるような不自然な手つきであってはならないことは言うまでもありません。

マジックを始めたばかりの人は、何かを手に隠しているとき、しっかりと握りしめてしまいがちです。そのため不自然になり、観客からすぐに気づかれてしまうのです。先のデビッド・ロスはこれとは正反対ですが、本来ならマジックの中でリラックスしていなければならないときでさえ、過剰に手を開きすぎることで、かえって観客に気づかれています。どちらも意識過剰であることは共通しています。

クラシックパームにおいて重要なのは、5本の指が普段と変わりなく自由に使えることで充分なのです。不必要に伸ばす必要などありません。

もうひとつ、技法とマジックの関係についても言及しておきたいことがあります。

オリジナルのコインマジックを作るとき、手順の構成に力を注ぐマジシャンは多いのですが、その中で使われる技法を研究しているマジシャンは少ないように思います。技法をおこなうために、わざわざコインを持ち直したり、左手でしかコインを消さなかったり(右利きの場合)、流れの悪い動きをする人が目立ちます。

昔から知られている技法でも、サトルティー(subtlety:ちょっとした巧妙なアイディア) を加味させることで、手順が一新されることも少なくありません。

簡単そうに思える基本技法でも、自分にあったスタイルや動きに近づけるためには、相当な練習が必要です。さらにそれを使って演じる手順の中で、リズムを壊さずに流れるような動きにするためには、どの技法を選択すべきかということも重要です。

ここでも、技法の正確さよりも、自然さが重要であることを理解してください。

基本技法を習得するためには、まず技法を単独で練習することはいうまでもありませんが、ひととおり出来るようになったら、最終的には必ず演じようとする手順の中で練習することをお勧めします。そのようにすることで、自分の動きにあった技法に生まれ変わるものです。技法だけを単独で練習していると、実際に手順の中で使うときに、必ず技法の部分が孤立してしまいます。いかにも「今から技法をします」、「技法をしました」という雰囲気が漂ってしまうのです。

フルルーティンを練習するのは面倒なため、どうしても技法の部分だけを練習しがちになりますが、それは「技法マニア」におちいるだけです。技法は、あくまで「秘密の動作」であり、技法を誇示するような愚かなことだけは厳に慎んでください。


以上、六人部慶彦氏のアドバイスより。


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