魔法都市日記(59

2001年10月頃


モザイクのハロウィン

10月は眠かった。と言っても、仕事が忙しくてというわけではない。MLB、つまりメジャーリーグの野球中継のせいで睡眠不足になっていた。

マリナーズのイチローが期待以上の活躍をしてくれていたので、試合があるとつい見てしまう。時差の関係で、早朝の5時や、3時ごろから始まることさえあった。これはいつもなら熟睡している時間である。早く起きすぎていたため、夕方になると猛烈に睡魔が襲ってきた。これにはよわった。



某月某日

この数年、10月になるとカボチャのお化けをよく見かける。バレンタインデーはこの30年くらいの間にすっかり定着したが、今度はハロウィンにねらいをつけているのだろうか。

仮装大会

業界の戦略が成功し、バレンタインデーはその後のホワイトデーとも完全に連動している。チョコレート売り場だけでなく、ホワイトデーが近づくとティファニーの指輪売り場も例年大変な混雑になっている。この経済効果は少なくない。しかしハロウィンは主役がお化けである。お化けの中味も小さい子供であるため、商売としてはバレンタインデーほど期待はできないであろう。

それにハロウィンって、言ってみれば日本の地蔵尊の祭りのようなものではないのか。地蔵尊のようなものをアメリカやヨーロッパに持っていっても、とても普及するとは思えない。しかし日本人のことだから、しばらく続けているうちに、これも取り込んでしまうのかも知れない。

仮装大会2

10月最後の日曜日、神戸駅の南にあるモザイクに行くと、ハロウィンの仮装大会が開催されていた。小道具やメーキャップにも凝り、本格的な仮装になっている。神戸は外国人も多いため、このような祭りも比較的抵抗なく受け入れる。そのうち全国各地に広まると、クリスマス前のすき間用イベントとして定着するかも知れない。

アメリカではハロウィンのとき、お化けの格好をした子供が近所の家をまわり、

"Trick or Treat!"(お菓子をくれないといたずらしちゃうぞ!)

と言いながらお菓子をもらう。このセリフを 「お菓子をくれないとマジックをみせちゃうぞ!」 と思っている子供いるのではないだろうか。そんな子供なんているわけがない、と思うかも知れないが、親がマジシャンの子供なら、この意味がわかるはずである。

マジシャンを夫にもつ奥さんが子供をしつけるとき、一番効果的なセリフは、 「言うことをきかないとパパがまたマジックを見せにくるよ!」だという話を読んだことがある。こう聞くと、この父親はよほど下手な素人マジシャンだと思うかも知れないがそうではない。あのマジックの神様ダイ・ヴァーノンである。夫や父がダイ・ヴァーノンであっても、家族ものにすればその程度かも知れない。

どのような分野でも、世間で天才と言われているような人の奥さんは、自分の夫が天才であるとはとても思えないものである。仕事をしている現場を見ることはなく、家でゴロゴロしている姿しか見ていないため、この旦那が天才と呼ばれていることが信じられないのであろう。

マジシャンの奥さんはたいていどこもそうなのだが、まだしっかりマスターしていないマジックを見せられる機会が多いため、感動するよりも、失敗作を見せられうんざりしている。子供も同様で、失敗ばかりしているオヤジの下手なマジックには飽き飽きしている。そのため、先のようなセリフも一概にジョークとばかりは言えないのである(汗)。

某月某日

市川猿之助のスーパー歌舞伎『新・三国志II』に行く。

新・三国志IIスーパー歌舞伎を見るのは、今回が初めてである。15年ほど前、猿之助が「スーパー歌舞伎」をはじめたとき、これほど長く続くとは思わなかった。しばらくは「早変わり」や「宙乗り」といった派手なパフォーマンスで客を集めても、早晩飽きられると思っていた。しかしこれだけ続くからには、何か魅力があるのだろう。とにかく一度実際に見ないことには何とも言えないので大阪の松竹座まで行ってきた。

母などは歌舞伎に行くとなると数日前から着物を選び、幕間で食べる弁当をどうするかといったことまで含めて、ちょっとした旅行なみの準備をしている。私の場合、たいていどこに行くのにも前日か当日の思いつきである。今回も前日に電話で空席の状況をたずねてみると、うまい具合によい席が空いていたため、行くことにした。

芝居は午後4時半から始まり、途中2回の幕間をはさんで、9時まである。四時間半という長丁場のため、弁当の準備が必要になる。会場の中にもいくつかレストランはあるが、たいていこのような場所の弁当というと、高い割にはおいしくないというのが、これまでの経験則でわかっている。とはいえ、どこかの弁当屋に前日から予約をしておくのも大層なので、デパートの地下にある食料品売り場に寄って行くことにした。

余談になるが、最近デパートの地下にある食料品売り場はどこも力を入れている。梅田の阪神、阪急は昔から充実しているが、この1年ほど、特に弁当売り場が広くなった。相当大きなコーナーがあり、弁当の種類だけでも数百はありそうだ。

たまたま前日テレビを見ていると、阪神の地下で売っている「いなり寿司」を紹介していた。なかでも1個180円の「釜あげいなり」が評判がよいのだが、これは朝の10時と午後4時の二回、500個ずつ販売されて、売り切れたらおしまいであった。行ったのが3時頃のため、午前の分はとっくに売り切れていた。しょうがないからこれはあきらめ、1個120円のいなりが4種類あり、それを各ひとつずつと、ペットボトルのお茶を持っていくことにした。

話をスーパー歌舞伎に戻すと、今回の『新・三国志II』、および前作の『新・三国志』に共通しているテーマは「夢はかなう」である。劇中でも「夢見る力」の不思議さを何度も強調していた。これこそがまさに猿之助がスーパー歌舞伎を成功させた秘密でもあるはずなのだ。

旧態依然とした歌舞伎に飽きたらず、もっと観客を楽しませたいというその一念から始めたものが、ここまで成功したのはひとえに「夢見る力」である。これは多くの先達が言っていることでもある。箴言集にもヘンリー・フォードやデビッド・カッパーフィールドの言葉を紹介したが、それと同じことであろう。確かに夢を見続けることができれば、それはいつかかなう。

江戸時代まで、歌舞伎はもっと庶民の芸であったはずである。それが明治に入り、芸術を目指すようになってから、妙にお高くとまった芸になってしまった。伝統というのは一朝一夕には到達できないパワーがあるのだが、それに固執し始めると、逆に魅力は薄れてくる。歌舞伎でも、当世の話題を取り入れ、即席のギャグなども芝居に入れているがクスグリ程度のものにすぎない。枠をはみ出すような大幅な改革は行われないまま、小金を持っているおばさま相手の芸になっていた。若い人が気軽に見に行ける雰囲気も、魅力もなかった。

猿之助のスーパー歌舞伎は、ハイテク等、今の時代で取り入れることのできるものは全部取り入れ、徹底したエンターテイメントを目指している。玄人うけするよりも、はじめて見に来た観客でも十分楽しめるかどうかに主眼をおいている。何度も通って、やっと楽しみ方がわかるというのでは集客力は期待できない。

今回のものでも、まるでユニバーサル・スタジオのアトラクションを見ているのかと錯覚するような場面が何度もあった。30トンもの水を舞台の上に降らせ、「バックドラフト」を彷彿させる火事の場面もある。最後はデビッド・カッパーフィールドの「FLYING」のように、猿之助演じる孔明と、ヒロインの翠蘭がならんで空中に飛んで消えて行く。

さらに中国から京劇の団員19名を呼び、芝居を盛り上げるために考えられることはすべて取り入れていた。確かにこの金のかけ方を見ると、入場料金の一万五千円も安いと感じてしまう。

問題は猿之助が引退した後、スーパー歌舞伎が存続できるかということだと思う。

役者としての猿之助は、声の通りがいまひとつよくなく、年輩の人などは大変聞き取りにくいというより、ほとんど聞こえないようであった。後半、芝居が盛り上がり、声のトーンも上がってくると、後ろまで十分聞こえるのだが、前半のモノローグの部分などは私でも聞き取りにくかった。しかし、このようなことを補ってあまりある魅力もある。若手の団員にも魅力的な人は多いのだが、猿之助が舞台から消えたあと、団員だけで続けていけるのかというと、一抹の不安は残る。

会場:大阪松竹座
日時:2001年9月5日−10月26日
    (昼の部:午前11時、夜の部:午後4時半開演)
入場料:一等席 15,750円、二等席8,400円、三等席4,200円(税込み)

某月某日

大阪の国立文楽劇場で、桂米朝師匠とお弟子さんの吉朝(きっちょう)さんによる「米朝・吉朝の会」があった。

米朝・吉朝の会

平成13年10月18日(木) 午後6時30分開演
会場:国立文楽劇場(大阪)
入場料:前売3500円、当日4000円

米朝師匠は平成8年に「人間国宝」に認定されている。考えてみると、師匠が「人間国宝」になってから、生で落語を聞いていない。畏れ多くて、落語を聞いても笑えないからというわけではない。

この会のことを知ったのが前日であったため、どうしようか迷ったが、思案しているうちに、無性に米朝師匠の話が聞きたくなってきた。

前売り券はもう無理なので、当日、少し早い目に行って、チケットを確保することにした。開場1時間ほど前に着いたため、まだ誰もいない。当日券の発売が始まると、ほぼ中央後ろよりの席がうまい具合に二つ空いていた。席を確保してから、軽く夕食を取りにいったん出る。道路をはさんだ向かい側に、カレー専門店があったので、そこに入ることにした。

私は講演会でも映画でも芝居でも、とにかく何でも最初の数分間、猛烈に眠くなる。今月はイチローのおかげで睡眠不足が続いていた。そのせいもあり、前座のあさ吉さんのことはまったく覚えていない。これは決してあさ吉さんの落語がつまらないからというわけではない。さすがに米朝師匠なら、畏れ多くて寝ることはないと思うが、とにかく条件反射のようなものだから、しょうがない。数分間熟睡できたので、米朝師匠の出番のときにはしっかり目が覚めた。

桂あさ吉 「おごろもち盗人」
桂米朝 「軒付け」
桂吉朝 「百年目」
中入
桂米朝 「つる」
桂吉朝 「七段目」

吉朝さんの落語は今回初めて聞かせてもらった。劇団にも所属して、役者としても活躍されているだけあり、芝居ものが得意なのだろうか、見栄の切り方も堂に入っている。今回は師匠である米朝さんとの二人会であったため、多少緊張もあったのだろうが、普段はまくらにもっとギャグを連発するそうだから、それも聞いてみたい。

月に20本近い高座をこなされているそうなので、また聞かせてもらう機会もあるだろう。

米朝師匠は大正14年生まれだから現在76歳のはずである。私は子供の頃から米朝師匠の落語は好きでよく聞いている。昔から師匠には「小うるさい隠居」という雰囲気があったため、実際に歳をとってもイメージに大差はない。

30年くらい前、作家の小松左京氏と米朝師匠が毎週ラジオで対談をする番組があった。「対談」というより「雑談」と言ったほうがよいかもしれない。番組の中で、何かの話題がひとつ出ると、次から次へと関連した話が止めどなく出てくる。毎回、お二人の博覧強記ぶりにはあっけにとられて聞いていた。その後、小松さんは『日本沈没』を執筆し、米朝師匠は人間国宝にまでなってしまった。このような方々の「雑談」なのだから、おもしろくないわけがない。

米朝師匠のお住まいと、うちは近いので、私服での姿を昔から何度もお見かけしている。相変わらずお元気だと思うのだが、毎年開かれている正月の独演会は、来年で打ち切りになるかも知れないとのことであった。25年ほど前から、夏と正月には梅田のサンケイホールでの独演会が恒例になっていた。声量が落ちてきて、大きなホールでの落語会はつらいそうである。今後はもっと小さい場所でもよいから、続けていただきたいと願っている。でもそうなったら、チケットが手に入らないだろうな。

某月某日

筑摩書房から出ていた松田道弘さんの『遊びの冒険シリーズ(全5巻)』がこの数年、手に入らなくなっていた。それがこのたび出版社がブッキングにかわり、復刊された。

インターネットの世界には、「復刊ドットコム」という復刊専門のサイトがある。すでに絶版になっている書籍で、特に要望の多いものを出版社に掛けあい増刷してもらうか、版権を買い取り、他の出版社から復刊させるのを専門に行っている。ある方がここに申し込んでくださったので、私も推薦文を書かせてもらった。少なくとも100名以上の賛同者が必要なのだが、さいわいにも300名を越える方が申し込みがあり、とうとう復刊までこぎつけることができた。

遊びの冒険シリーズ

このシリーズは、マジックを趣味としている人にとっては他では入手困難な、貴重な情報が満載されている。海外ではマジックの専門書は日本の数百倍も出ているが、これに匹敵するような本はない。推薦文にも書いたように、もしこのシリーズにつまっている内容を個人で収集しようとすれば、普通の家なら2軒や3軒、建てられるくらいの金が掛かる。現実には海外でも絶版になっている本が多数あるため、いくら金を積んでも手に入らないものが数多くある。私くらいのマニアでも、この5巻があれば一生遊べるくらいの情報がつまっている。

筑摩書房はこれ以外にも何冊か松田さんの本を出しているとはいえ、マジックの専門家がいるわけではない。そのため、担当者であっても、この本がどのような意味を持っているのか知らないのは仕方がないが、絶版になったままであることは大変残念なことであった。それがこのたび、復刊されたのはうれしいことである。

オリジナルとの違いは、値段がセット購入で約二倍の19,000円になったのと、表紙がハードカバーからソフトカバーになった点である。当然のことだが、内容はまったく同じである。

今回、300セットほど作ったようだが、これがすでにひと月で完売してしまった。運良く購入できた人は、少しずつでもよいので、ぜひ全巻に目を通していただきたい。この本に載っている数多くのマジックのうち、本当に二つか三つでもマスターしておけば、あなたは「マジックの名人」と言われることを保証する。決して難しいわけではないので、ぜひ挑戦していただきたい。

現在すでに売り切れてしまったようだが、ごく一部、キャンセル等で残っている可能性もある。またリクエストが多い場合はさらに増刷してもらえるかもしれないので、購入できなかった方は、以前掲載した「お知らせ&関連情報」をお読みいただきたい。これには関連サイトなどが紹介してある。

某月某日

大阪のミナミ、難波に行ったついでに、ラーメンの「神座」(かむくら)に寄ってみた。ここは、ミナミで「金龍」と人気を二分するほど評判がよい店なのだそうだ。近々東京にも進出する計画がある。

外から覗いてみると、全席カウンターであった。従業員もみんなそれなりにきちんとしている。これなら、味以外は問題はなさそうなので、とにかく一度食べてみることにした。

大変人気があるため、いつも行列ができている。この日も、外に20人ほど待っていた。

私は何かを食べるために、並んで待つというのは大嫌いである。2、3人ならともかく、10人以上並んでいると、無条件でパスしたくなる。ロシアじゃないんだから、食べ物を求めて、何時間も列を作って待つなんてことはしたくない。

しかし今回は待つことにした。この店は座席数が多いため、20人くらいでも10分程度の待ち時間ですむと聞いていた。それくらいなら我慢の許容範囲である。また最近はUSJやTDLなど、巨大テーマパークに行くと1時間くらいの行列はあたりまえになっているため、待つことに対して抵抗感が薄れてきたのかも知れない。

実際に食べてみると、味はコンソメスープがベースになっているため、比較的あっさりしている。具として入っている白菜との相性もよい。麺はごく一般的な細麺で、これといった特徴はない。従業員はラーメン屋には珍しく、フランス料理のコックのような白い服に背の高い帽子をかぶっている。コンソメ味というところから、このような格好にしているのかも知れない。

「神座」を出て、なんばグランド花月(NGK)のほうに向かうと、ジュンク堂書店のすぐ横に「ワッハ上方」の文字が見えた。ここは平成8年にオープンしたのは知っていたが、こんな場所にあったのか。よい機会なので、一度入ってみることにした。正式名称は「大阪府立上方演芸資料館」という随分固くて長いものらしい。

ここでは上方芸人の資料を文献、音声、映像などで保存し、閲覧できるようになっている。上の階には「演芸ホール」や「レッスン場」もある。演芸ホールでは、頻繁に若手の落語や漫才、各種講演会なども開催されている。先日は「日本笑い学会」主催で、プロマジシャンの深井洋広氏と評論家の村上健治氏による対談があった。テーマは、「マジックで笑えるか」であった。

入場料400円を払って、4階の資料展示室に入ると、懐かしい上方芸人のポスターや実際に使っていた小道具をはじめ、古い資料が展示されている。(入場料 大人400円、高・大学生250円、小・中学生120円)

このフロアーにはライブラリーがあり、そこには貴重なビデオテープや録音テープ、書籍などが保存されている。これはコンピューターでジャンル別や名前での検索ができる。また売店には、各種「大阪みやげ」やオリジナルグッズもある。千社札をつくる機械があったのでためしに作ってみた。8枚で300円であったと思う。

下の千社札をプリントアウトして、カードケースに貼っておけばカードマジックがうまくなる、なんてことだけは絶対にない。

才色兼備!千社札

ライブラリーでは、検索用コンピューターに「マジック」と入れてみると、ゼンジー北京さんやジョニー広瀬さんといった現役のマジシャン以外にも懐かしいマジシャンの名前も出てきた。係員に申し込み、指定されたブースに座ると、前にあるモニターに映像が映し出される。このようなブースが十数台あった。

ただちょっとまずいのは、早送りができないため、1時間くらいの番組の最後に見たい芸人が出るようなとき、それまでじっと待たなければならない。どうやらこれは、早送りをすると、ビデオテープが傷むからということのようである。私の行ったときは、たまたま係員の女性が親切で、こっそり早送りしてくれたので助かった。友人が行ったときは、「できません」と断られたそうだから、普通はできないと思っておいた方がよい。

見せてもらったのはアダチ龍光さんと松旭斎晃洋さんである。

松旭斎晃洋さんは今から3、40年前、関西を中心に活躍していたマジシャンである。スライハンドで演じるタバコの芸を売り物にしていた。扱うものがタバコという小さいものであり、現象も消失・出現の繰り返しになるため、どうしても線の細い芸になってしまう。そのせいか、テレビではここ20年以上、お見かけしたことがない。

話は逸れるが、先日テレビを見ていると、アメリカの地方都市で開催されるマジックのイベントが放送されていた。ミシガン州コロンという人口わずか1000人という小さな町なのだが、このときだけは他の州からも人が集まり、町全体がマジック一色になる。今年はこのイベントに90歳になる老プロマジシャンがゲストとして招かれていた。

私は名前も聞いたことのない人なのだが、今でも大型バスくらいある大きな車にマジックの道具を積み込み、自分で運転して全米を廻っているらしい。とにかくこの地方ではよく知られたマジシャンのようであった。

このマジシャンは出てきてすぐにタバコを取り出した。「火のついたタバコの取りだし」を演じるのかと思っていたら、最初にちょっとした挨拶があった。

「この歳になると一秒すら惜しいんだ。まだまだ長生きしたいので僕はタバコは吸わない。だから今夜は火のないタバコでマジックをするよ。OK?」

この10年くらい、アメリカでのタバコの嫌われ方は半端ではない。マジックにはタバコを扱うものがかなりあり、ひとつのジャンルを形成しているくらいである。昔はクロースアップからステージまでよく演じられていた。しかし最近ではすっかり影を潜めてしまった。

アメリカではマジックの大会が毎年いくつか開催される。コンテストに出場する海外からの参加者も少なくない。レクチャーやクロースアップのショーも多いが、このようなとき、火のついたタバコを扱うだけで、客席からブーイングが起こるそうだ。不愉快であることを露骨に態度にあらわし、部屋から出ていく人もいると聞いた。こうなると、とてもタバコなど扱えない。国によっては、タバコは問題ない国もあるはずなので、少々気の毒なような気もする。

カーディーニ

昔はカーディーニが指先に火のついたタバコを次々と出現させ、煙のうずが巻くほど大量のタバコを出していた。それで大きな喝采を浴びていた。今ではこのようなことはとてもできない時代になってしまった。そのため、若い人でタバコの芸に挑戦する人もいないのかも知れない。日本では、大学の奇術部が行う発表会のとき、昔はタバコは定番のひとつであったが、このごろはどうなっているのだろう。

先の老マジシャンも、昔は火のついたタバコで演じていたはずである。しかしそれをやると、ブーイングが起き始めたため、あのような言い訳をしながら、火のついていないタバコで演じることになったのだろうと、私は推測している。

タバコの芸は、火のついたタバコが空中から次々と出現するから不思議なのであって、火のついていないタバコであれば、ただの短い棒にすぎない。こんなものをいくら出現させても不思議さは激減する。

ワッハ上方に行ったのが遅かったため、今回はあまりゆっくりできなかった。資料展示室には「やすきよ」の漫才や、初代桂春団冶の落語のような貴重なビデオやテープも数多くあるため、お好きな方にとっては400円で名人の芸がたっぷり楽しめるありがたい場所であると思う。

はじめてこの部屋に入ると、ちょっと引いてしまうくらい不気味な雰囲気が漂っていた。各ブースに座っている人はヘッドフォンをつけ、ニヤニヤ笑っていたり、突然大きな声で笑い出したりするため、何だかちょっとアブナイ人じゃないのかと思ってしまう。入るのに躊躇するかもしれないが、それはすぐに慣れる。5分もすれば、一人で画面に向かって突っ込みを入れてみたり、爆笑したりしている自分を発見するであろう。

ワッハ上方

大阪市中央区難波千日前12-7
定休日 毎週水曜日
11:00-19:00まで(入館は18:30まで)

追加情報(2001/11/28):先の90歳になる老マジシャンはジョン・カルバートといい、古い『奇術研究』には何度か載っていたそうである。3,40年前のことだと思うが、日本にも来たことがあるかも知れない。


某月某日

前回の「日記」で「予言」について触れた。その数日後、アメリカのマジシャン、デビッド・カッパーフィールドがドイツの宝くじを予言して、見事に当ててみせたというメールをもらった。ロイターが流したニュースを読者の方が送ってきてくださったものである。

宝くじは9月13日に抽選が行われ、この1時間後に、デビッド・カッパーフィールドが前もって予言しておいた封筒が開封された。この予言は数ヶ月前になされ、厳重に封がされて、信頼できる場所に保管されていたそうである。

勿論、予言は見事に的中していたのだが、これをどのような状況で行ったのか、詳しいことはわからない。しかしインタビューに答えてデビッドは、「トリックは使っていない」と言っているそうである。これがもし本当なら気になる発言である。

ストリートで通りすがりの人にマジックを見せていた、元俳優志望の若手マジシャン、デビッド・ブレインも彼の特番が全米で放送されて以降、大変な有名人になってしまった。彼が行うものはマジックを知らない人が見ると、「本物の超能力」としか思えないものが多い。

デビッド・ブレインのここ1、2年の言動を見ていると、マジシャンとしてよりも、超能力者として、裏の世界で生きたほうが儲かるため、そっち方面に向かうつもりなのかも知れないと思えるふしがある。まさかデビッドまでそっち方面を目指すことはないとは思うが、少し気になる発言ではあった。

前回も書いたように、宝くじの番号を予言するといったものは昔からあり、何もめずらしいものではない。


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