My Favorite Books

トランプと悪知恵

追加更新 2004/3/17


書 名:トランプと悪知恵
著 者:佐藤総
初 版:2003年
発売元:フレンチドロップ
ページ数:82ページ
定価:3000円
分 類:Card Magic


最初に

先月(2003年10月)のIBM大阪リングの例会で、この本の著者である佐藤総氏の噂を耳にしました。詳しくは存じ上げないのですが、佐藤氏は現在京都在住の大学生で、オリジナルの「オイル・アンド・ウォーター」など、マニアが見てものけぞるくらい不思議なマジックを数多く考案されている方だそうです。すでに『トランプと悪知恵』という82ページからなる小冊子を出しておられるということでしたので早速購入してみました。

読んでみると、この10年で感じたことのないくらい大きな衝撃を受けました。まさに新星誕生の瞬間に出会った思いです。

カードマジックの本に限れば、私が過去40数年間でこれに匹敵する感動を味わったのは『トランプの不思議』(高木重朗著/1956年/力書房発行)、洋書ではダイ・ヴァーノンのInner Secretsのシリーズ、ロイ・ウォルトンの"Devil's Playthings"を読んだときくらいのものです。とにかくどの作品もアイディアが斬新で、演出のセンスもあか抜けており、心底感服しました。

マジックを始めたばかりの人が、マニアも驚かせるようなアイディアを出してくれることがよくあります。これはまだマジックについての知識が不足していて、何かを思いついたとき、それを解決するうまい手段が浮かばず、無理やり作り上げたものがたまたまマジシャンの盲点をつくということがあるからです。しかし佐藤氏の作品を読めばわかりますが、このようなビギナーズラックのようなものではありません。すでに数多くの書物に接し、それを読んだ上での改案であり、ひらめきであることが、私が最も驚いた点です。知識というのは入れば入るほど既成概念や固定概念を強めてしまいます。数多くの情報を持ちながら、それに縛られることなく新しいものを産み出すのは容易なことではありません。

佐藤氏は生まれたときから、家の書架には高木重朗氏や松田道弘氏の著作、大量の『奇術研究』などがならんでいるという環境で育ったそうです。恵まれた環境と言えなくもありませんが、親がマジシャンの場合、大抵、そこの子供はマジックに興味を持たないものです。小さいときから毎日のようにマジックを見せられたら、不思議が不思議でなくなってしまうため仕方がないのかも知れません。大量のマジック関係の書物に囲まれて育ったというのは、そのような意味ではアブナイ環境でもあったのですが、佐藤氏の場合は、よほどマジックと相性がよかったのでしょう。そのおかげで、今、私たちはこの本に掲載されているすてきなマジックと出会えたのですから。

話は逸れますが、この20年ほどの間に、ビデオやDVDなど視覚情報の普及にともない、手先の達者なマジシャンは増えました。しかしそれと反比例するかのように、知的な刺激を与えてくれるマジシャンはなかなか現れません。単発でひとつかふたつおもしろいアイディアを提供してくれる方はいても、本に載っているものすべてを私自身のレパートリーに入れたいと思うものなどまずありません。ところが佐藤氏の『トランプと悪知恵』に掲載されているトリックはすぐにでもレパートリーに入れたいものばかりなのです。

一般の観客であっても、また数多くのマジックを見すぎて大抵のマジックには不感症になっている私のような者であっても、同じように仰天するトリックなどそうあるものではないでしょう。私は残念ながら現象を見る前にこの本を読んでしまいましたので、何も知らないで見たときの衝撃を味わえなかったのは、今となっては残念としか言いようがありません。しかし読んでいるときでさえ鳥肌がたつほど興奮しながら、一気に読み通してしまいました。最初から最後まで一気に読んでしまったマジックの本というのは20数年ぶりのことかも知れません。


内容を紹介しましょう

掲載されているマジックの中で、マニアが見て最も驚くのは"BUSHFIRE TRIUMPH"と名付けられた「トライアンフ」現象かもしれません。「ブッシュファイアー」というのは「山火事」のことです。

基本的な現象は、トランプの表と裏をごちゃ混ぜにしたにもかかわらず、一瞬にして観客のカード以外、すべての向きがそろってしまうという、標準的なトライアンフ現象です。何が違うかといえばトランプの混ぜ方です。リフルシャッフルなどをせずに、無造作に表と裏を混ぜながらテーブルの上に置いてゆきます。一カ所に積み重ねるのではなく、広い範囲に乱雑に広がったまま置いていきますので、本当に表と裏がごちゃまぜになっていることが観客にもはっきりとわかります。ところがそれをざっと集めてスプレッドすると、観客のカード以外すべて向きがそろっているのですからマニアが見ても驚くのも無理はありません。

また私が即座にペットトリックとして愛用させてもらったものが二つあります。本当は全部ペットリックにしたいのですが、次の二つは5分も練習すればすぐにできますので、この本を読んだその夜には早速実際にやってみました。

ひとつめは「YING-YANG DIVIDE」(陰陽ディバイド)です。

陰陽のマークが描かれた丸いコースターのような板を使います。この陰陽のマークは「インヤン」と呼ばれています。

インヤン

テーブルの上に、このようなものを取りだしただけで観客は興味を示してくれます。インヤンの不思議なパワーについてざっと説明したあと、一組のトランプを取り出します。

シャッフルしたあと、6枚のカードを抜き出し、テーブルの上に重ねておきます。使うものは6枚のカードとインヤンだけです。

観客に表を見ないで、6枚のトップから左右の手に1枚ずつトランプを持ってもらい、陰陽マークのコースターを中央にして、その両側に左右に1枚ずつ置いてもらいます。右に置くか、左に置くかは、観客が自由に決めます。このようにして6枚のカードをすべておき終わると、コースターの両側には3枚ずつ、カードが裏向きになっています。

コースターの裏を見せると「19と23」のように、二けたの数字がふたつ書いてあります。コースターの両側にある3枚ずつのトランプを表向きにして、数字を合計してもらうと片側の山の合計は19、他方の山の合計は23となっています。

実はこのマジックでは1/4の確率で、もっとおもしろいことが起きるのですが、それは読んだ方のお楽しみとして、ここでは伏せておきます。

二つ目は"LOVE A DOVE DOVE"「ラブ・ア・ダブ・ダブ」です。

マジックをある程度やっている人でしたら、"Rub a dub dub"を思い浮かべるでしょう。 これもカタカナでかけば「ラブ・ア・ダブ・ダブ」となってしまいます。詳しいことは知りませんが、マザーグースになどにも出てくる"Rub a dub dub"は幼児語か擬音のようなものでしょう。何かをたたいたり、こすったりするときに使うのでしょうか。マジックでは、1枚のカードをテーブルの上でこすって消すときに使います。

佐藤氏の"Love a Dove Dove"は"Rub a dub dub"をもじってあるのでしょうが、「伝書鳩」のようなマジックです。鳩が自分の巣に帰るように、いつの間にか1枚のエースがカードケースの上に戻っています。

これだけでは何のことかわからないと思いますので、もう少し現象を詳しく説明します。

4枚のエースを取りだし、よく見せます。裏向きにして混ぜたあと、一枚のエースを手の下に隠します。観客にそのエースが何か、あててもらいます。ヒントとして、残っている3枚をすべて表向きにします。これならだれでも瞬時にてのひらの下のカードが何かわかるはずです。

しかしマジシャンの手は観客の目よりも早く、手を持ち上げるとエースは消えてます。どこにいったのかと思ったら、さきほどからずっと置いてあったトランプケースの上に、1枚のエースが戻っています。

シンプルな現象ですが、観客の反応はすこぶる良好です。

4枚のエースだけで行うトリックとして「ドクター・ダレーのラスト・トリック」を演じているマジシャンはおおぜいいると思います。これはオープニングに演じるトリックとしてもいろいろな意味で重宝なので、私も長年愛用しています。佐藤氏のLove a Dove Doveも、私にはドクター・ダレーのトリック同様、重宝しそうです。


他にもany card at any numberのテーマを扱った"SO-LUTION"も傑作です。基本的なテーマは、観客に1から52までの好きな数字と、好きなトランプを1枚言ってもらうと、テーブルの上にあった一組のカードから、そのカードが実際に観客の言った枚数目から出現するというものです。これには世界中の多くのマジシャンが様々な解決方法を発表していますが、どれも帯に短したすきに長しで、私が実際にやってみたいと思えるものはこれまで見あたりませんでした。しかし佐藤氏の方法は十分実演可能です。

他のマジックもひとつひとつ詳しく紹介したいのですがきりがないので、簡単に紹介しておきます。

「玉砕スタッキング」というのは、一組のトランプを何らかの順序で前もってセットしてある場合、観客に混ぜてもらった後でも、そのセットがくずれないという原理です。これの原理と応用が数種類解説されています。

CROSS ASSEMBLER「クロス・アセンブラ」

テーブルの4隅に置いた4枚のキングが、瞬時に一カ所に集まってしまいます。

MOTEMONTE(モテモンテ)

観客(男性)が異性にモテるかモテないかを確かめるテスト、という演出で行うちょっとしたギャグ風マジック。演出次第でどのようにでもなると思います。

WARP WRAP

これは本書にあった「現象」をそのまま紹介します。

(第1段) 観客にデックから一枚のカードを選んでもらい、演者はそのカードを表向きにしてデックの中程に差し込みます。怪しいテクニックなどを使えないように、演者はデック全体に輪ゴムをかけてしまいます。しかし中程に入れたはずの観客のカードは一瞬にして消失してデックと輪ゴムを通り抜けて外に飛び出します。

(第2段) 次に、その観客のカードを輪ゴムがかかったままのデックに打ち付けると一瞬にして消失し、再びデックの中程に表向きに現れます。

(第3段) 観客のカードを抜き出して演者の両手の間に挟むと消失します。テーブルの上のデックを広げると観客のカードが中程に表向きに入っています。

ざっと紹介しましたが、どれも技術的にはそれほど難しくありません。BUSHFIRE TRIUMPHとCROSS ASSEMBLERは数時間くらいの練習は必要でしょうが、それ以外はすぐにでも実演可能なトリックばかりです。このことだけでも、私のようなずぼらな人間には嬉しいことです。

この本は、大阪のマジックショップ、フレンチ・ドロップから購入できます。


★2004/3/17 追加情報

昨年(2003年)の暮れに『トランプと悪知恵』を紹介しましたら大きな反響がありました。松田道弘さんもすぐに購入され、佐藤氏のセンスの良さに驚いておられました。私も松田さんも、機会があればぜひ一度佐藤さんにお会いしたいと思っていましたので、先日、佐藤さんをお連れして、松田さんのご自宅へ遊びに行ってきました。

実際に見せていただいたマジックはどれも本当の魔法としか思えないものばかりでした。本には解説されていないものも含めて、ことごとくひっかかりました。松田さんは佐藤さんのマジックをごらんになって、「どれも現象が真っ直ぐである」ことに感心されていました。確かにそんな感じです。現象に余計な装飾がなく、観客を疲れさせません。

『トランプと悪知恵』を読んだ方であればわかると思いますが、どのトリックもアイディアが斬新あることはいうまでもありませんが、技法に対する考え方においても、佐藤さんの美意識を垣間見ることができました。

「一般の人には通じても、マニアが見れば技法からすぐに裏でやっていることが想像できるようなものは極力避けたい」ということだそうです。

一例をあげるなら、たとえば「エルムズリーカウント」です。これは大変有用な技法ですが、手つきや動作に特徴があるため、マニアが見れば一目でそれとわかってしまいます。マジックをやっている人が見ても何も怪しげなことをしていないように見えること、これが佐藤さんのマジック全般に流れているコンセプトであると思いました。

まあ、私があれこれコメントをするより、松田さんがご自宅へ若手のマジシャンを招待されたのは20年ぶりくらい、ということだけでも佐藤さんのマジック、ならびに佐藤さんご自身の魅力がいかほどのものか、わかると思います。

魔法都市の住人 マジェイア


INDEXindexへ 魔法都市入り口魔法都市入口へ
k-miwa@nisiq.net:Send Mail