ROUND TABLE

 

「タネの通信販売」

1998/10/7

次のような「現象」の広告を、マジックの専門誌かインターネットで見つけたらどうでしょう。

★現象

一組のトランプを取り出し、観客に調べてもらう。何の仕掛けもないことを確認したら、マジシャンは後ろを向くか目隠しをする。

観客にトランプをよく切り混ぜてもらい、そこから16枚のトランプを適当に抜き出してもらう。その中で、一枚だけ心の中で思ってもらい、思ったらもう一度よく切り混ぜてもらう。

ここでマジシャンは目隠しをはずすか、客の方を向く。

観客に、16枚のトランプをテーブルの上に表向きに、全部が見えるように並べてもらう

マジシャンは表向きのトランプ全体の上に手のひらをかざして行くと、何かを感じたようで、ずばり、観客が心に思っただけのトランプを当ててしまう。

特徴:

1.何の仕掛けもないトランプでできる。 (観客から借りたトランプでもOK!)

2.「色」、「数字の大小」、「絵札か字札」かといったような、観客が心の中で思ったトランプに関する情報は一切質問しない。

3.観客の顔色を見ながら判断するような、難しい心理的テクニックは使わない。

4.いつでも、どこでも、どのような観客が相手であっても確実に成功する。

5.即座に、何度でも、繰り返し演じることが可能。

6.一度マスターしたら生涯のレパートリーになる。

No marked cards, No rough and smooth, No divided card, No forcing deck, No salt!, No wax, No kidding! Don't miss it!


ちょっとすごいと思いませんか?これが10ドル(1,300円)程度なら、買っても損はないでしょう?マニアなら、たとえ50ドルの値段がついていても買う人もいると思います。タネを知りたいですか?じゃ、私に10ドル送ってきてください、教えますから。

というのは、冗談ですが、 現象は冗談ではなく、本当にあのとおりのことができます。

何の話かというと、「マジックの宣伝文句」です。

今朝、友人からメールが届いて、最近海外から通販で買ったネタについてボヤいていました。 彼は昨日今日のマニアではありません。マジックの経歴は私とほぼ同じで、海外から通販で買い始めたのも20年以上になる筋金入りのマニアです。その彼がボヤいているくらいですから、よほどひどいものをつかまされたのでしょう。

上で紹介したマジックについて、ほんとにどう思います?現象だけを読むと結構おもしろそうなトリックでしょう?実は、あれはマジックをやっている人ならほとんどの人がすでに知っています。マジシャンではない一般の人でも比較的よく知っているトランプマジックの代表のようなものです。

もう少しわかるように現象を説明すると、次のようなものです。

一組のトランプから16枚のトランプを適当に抜き出し、心の中で思ってもらうところまではおなじです。思ってもらったら、テーブルの上に配ってもらうのですが、配るとき、縦、横がそれぞれ4枚ずつになるように、正方形に16枚を配ってもらいます。

心の中で思ってもらったトランプは、どの1列にあるかだけ教えてもらいます。もう一度トランプを集めて、同じように配ります。再び、どの列にあるのかたずねます。それだけで観客が先ほど心の中で思ったトランプがどれなのか、マジシャンにはわかります。16枚もトランプがあるのに、2回しか質問をしていません。しかも、その質問は、観客が心の中で思ったトランプの情報、「赤」とか「奇数」とか「絵札」であるといったようなことは何ひとつたずねていないのに当たります。

ここまで読めば、マジックを少しでもやっている人ならわかりますね。「セルフ・ワーキング・カード・トリック」としてあまりにも有名な「あの」トリックです。4進の原理を使った例のものです。

これを、一番最初に書いたような「現象と特徴」を使って広告に出したら詐欺になるでしょうか。どこにもウソの情報は書いてありません。一部、「省略」があるだけです。何なら、もう一度確認してみてください。

通販での現象の解説には、普通、省略はあっっても、余分な付け足しはありません。出来もしないことを出来るように書けば、後で訴えられたとき面倒です。しかし、「省略」は判定が難しいのです。どうせすべてを書くことはできないのですから、どこかに省略は入ります。どの部分を「省略」するかが売り手の「商略」です。 買い手は、イマジネーションと、自分の知識で、省略されている部分を補ってカタログを読む必要があります。慣れてくると、「あのトリックの焼き直しだな」ということがピンときます。

まあ、だまされたところで2,30ドルのことですから、笑って済ませばよいと言えばよいのでしょうが、最近のカタログにはそれが少々ひどいものが多いというのが先の友人のボヤキでした。私もそのショップが出している広告と、彼が教えてくれた本当のタネを知ったとき、これはちょっとひどいと思いました。あまりにも「省略」の部分が大きすぎます。

最近はどこのマジックショップも通販には力を入れており、カタログのセリフも扇情的で過激になっています。大阪の某ショップのカタログには、「よめさんを質に入れてでも買え」と言っているフレーズもよく見かけます。そりゃあ質屋が取ってくれるのなら、喜んで入れたいと思っている人もたくさんいるとは思いますが、現実はそう甘くありません。

大阪の真田さんのところ(からくり堂)は、昔から雑誌にはほとんど広告は出していません。これはどうやら真田さんのポリシーのようです。マジックの現象は、生で見てはじめて評価できるということでしょう。実際に見て、それで気に入ったのならタネがどれほど単純なものであっても、買った人から苦情が来ることはありません。

名古屋のUGMでは数年前から商品の実演紹介をしているビデオを廉価で販売しています。1本のビデオに2、30は入っていますから、購入前に実際の現象を確認でき、大変重宝です。(98年10月現在、確か8本位出ています:1本2,000円)

イギリスのケン・ブルックの店では、通販で購入したものが気に入らなかったら、全額返金するというシステムでした。これはタネというものの特殊性を考えると、ちょっと他では真似のできないことです。彼の店で販売しているトリックは、現役のプロが実際に演じているものが多く、商品には絶対の自信があったからでしょうが、今思っても大変なシステムでした。ケン・ブルックが亡くなってからはこのようなシステムをおこなっているショップはどこもありません。

今の時代、あまりひどい広告があった場合、インターネットのメーリングリストや、どこかのボードに書き込めばたちまち噂は広まってしまいますから、そう無茶はできないと思うのですが、ショップとしても年に何点かは新製品を出し続けないと忘れられてしまうので、つい、くだらないとわかっていても、目先だけを変えて売り出すものもあるのでしょう。

私も相変わらずくだらないものを買い続けていますが、もう今ではほとんど達観の境地です。(笑) 少々のことでは腹も立たなくなりました。しかし、あまりにひどい「省略」、演出上の根底に関係してくるような省略は問題ですね。一言、文句のメールを出しておいたほうがよいかも知れません。みんながみんな、あまり甘い顔ばかり見せていると、ショップも図に乗ります。

数年前の話では、「ルーム・サービス」がそうでしょう。カタログのうたい文句は、デビッド・カッパフィールドがテレビで実演したものと同じということでしたが、実際にあのとおりに演じるためには、「助手」が必要でした。カタログのどこにも「助手が必要」などとは書いてありません。これは、もし誰かが訴えれば勝てるのではないかと思いますが、裁判所も判定に困るでしょうね。

通販のカタログには、大抵、原理や演出上のどこかに省略を混ぜて書いてあることをよく知った上で、注文してください。

魔法都市の住人 マジェイア


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