ROUND TABLE

 

観客の意識をそらせるための方法論

「シカゴ・オープナー」を例として

1993/3/11加筆
1999/3/10


マジックを始めてまだ間がない方にマジックを見せていただくと、様々な欠点が目に付きます。メールでもいくつかご相談を受けることもあり、そのようなものの中には、「ある程度できる人」にとっては考えられないようなトラブルもあります。初心者特有のものであったり、その人に限られたものもありますが、意外なくらい多い悩みが、「テーブルの上の品物に観客がすぐに手を出してくる」というものです。まだ手に取られるとまずいのに、観客が勝手にさわったために、予定していたマジックができなくなってしまうこともあるようです。

先日、そのような相談の中で、ひとつ興味深いものがありました。これをひとつ例にとって考えてみることにします。

相談を受けたのは、フランク・ガルシアのカードマジック、「シカゴ・オープナー」(Chicago Opener)です。オリジナルは"Million Dollar Card Secrets"(1972)に載っています。これの邦訳は『カード奇術の秘密』として、1976年に金沢文庫から出版されています。この本以外でも、色々なところに紹介されていますので、マジックをやっている人であれば大抵知っているはずです。

難しいテクニックは何も使わない割に、現象のはっきりした大変優れたマジックですので、ガルシア自身、マジックの一番最初に見せるオープナーとしてよく演じていました。

ご存じない方のために、ざっと現象を紹介しておきます。

マジシャンは「青裏」のトランプを使っているものとします。観客に一枚 トランプを取って覚えてもらいます。それを一組の中に戻し、切り混ぜた後、おまじないをかけてから、裏向きのまま一組のトランプをテーブルの上に広げると、一枚だけ「赤裏」のトランプが現れます。それを抜き出し、表を見せると、それが観客のトランプです。観客の選んだトランプだけ、裏の色が変わってしまいました。

この一枚だけ色の変わったトランプは、いったん、テーブルの上に置いておきます。もう一度、別の観客にトランプを選んでもらいます。先ほどと同じようにしますが、今度はどこにも裏の色の違うトランプはありません。

マジシャンは少々困ったような顔をして、先ほどテーブルの上に置いた赤裏のトランプを取り上げ、それにおまじないをかけてから、ゆっくり表を見せると、それが二人目の観客のトランプに変化しています。

ざっと以上が、ほぼオリジナルの現象です。(一部、変えています)

で、「悩みのメール」ですが、メールをくださった方がこれをやると、最初の観客のトランプが色が変わり、それを見せたあと、テーブルの上に置くのですが、このとき、この置いたトランプを観客が取り上げ見てしまうので、第二段ができないのだそうです。(笑)

どうなんでしょう?私もこのマジックは好きで、20年以上前から時々演じていますが、このようなところで観客から手が出てきたことなど一度もありません。そのため、メールに書いてあったような失敗があることなど想像したこともありません。しかし、これは大変興味深い相談です。このマジックに限らず、観客に、勝手に手を出させないための方法論として、一般的な原理を知るのによい教材になると思いました。実際に、私がやるときはどうやっているのかを紹介します。

とにかく、これは私にとっても多くの気づきを与えてくれました。自分にとっては当たり前すぎて、意識すらせずにやっていることが、意外なくらい重要な意味を持っていることに気づきました。その辺りのことも踏まえて、考えてみることにします。

基本的な現象、準備、ハンドリングはオリジナルとほぼ同じです。テーブルに広げて、一枚だけ「赤裏」のトランプが出現したところから説明しますので、そのつもりでお読みください。

今、「赤裏」のトランプのところからカットして、デックのトップには赤裏のカードがあります。ここで"D.L"を行い、表を見せます。するとそれは観客のカードです。もう一度、"D.L."を行い、裏向きにするのですが、このとき、トップの赤裏をひっくり返して、裏向きにする動作に合わせて、視線は観客のほうを向け、「もう一度やってみましょう」と言います。トップカードが裏向きになったら、それを右手に取り、テーブルの上に置きます。

このとき、間違っても、このトランプを観客の前になど置かないでください。置くのはマジシャンのすぐ前です。そして、意識としては、このトランプはもうどうでもよいという感じです。具体的には、これをテーブルの上に置きながら、視線は手に持っているデックのほうへ向け、ただちに、両手でデック全体を裏向きのまま広げて、「ほかにはどこにも赤いトランプなどありませんね」と言いながらよく見せます。手に持っているデックのほうに観客の意識を向けさせます。何ならここで、テーブルの上にスプレッドして、全体がよく見えるようにしてもかまいません。

以上の動作をすることで、観客は、またデックの中から色の違うトランプが出てくるのだと思い、スプレッドされている一組を注目します。この時点ではすでにテーブルの上に抜き出した赤裏の一枚から、観客の意識は消えています。

このあとは例のヒンドゥーシャッフルをでフォースを行います。原案ではこのフォースしたカードを抜き出し、テーブルの上の赤裏のトランプとこすりあわせることで変化させる現象を見せています。これでもよいのですが、私は、「現象」でも説明したように、2回目は裏の色が変わらないので、最初に裏の色の変わった赤裏のトランプにおまじないをかけて、二人目の観客のトランプに変えるという見せ方をしています。

最後の演出は、オリジナルでも、私がやっているような見せ方でも、お好きなほうでかまいません。

今回、紹介したかったのは、「ここで終わった」という感じを観客に与えることで、注目されると困るものから意識をそらす「技術」です。ある意味、このようなところが初心者の人にとっては一番難しいことなのかも知れません。解説書を読んでも、このような「意識のコントロール」については何も書いてないのが普通です。

マジックを始めて、まだ間がない人というのは、この辺りのことがわからないのですぐにバレてしまうのでしょう。注目されると困るものがあるのなら、まずマジシャン自身が、それに注目しないことです。これは「逆ミスディレクション」とでも言えばよいのでしょうか。(笑)

この考え方は、「シカゴ・オープナー」に限ったことではなく、どのようなマジックにも当てはまることですので、研究してみてください。 ジョン・ラムゼイが言っているように、「観客に注目してもらいたい部分があるのなら、まずマジシャンがそちらを見る」というのがミスディレクションの基本であり、普通は、注目されると困る部分があるのなら、別の部分を積極的に注目することで、観客の意識を注目されるとまずいものからそらせます。これは勿論よく利用されるのですが、これと同時に、注目されると困る部分に対して、マジシャン自身が無関心をよそおう、あるいは「それはどうでもよい」という雰囲気を出すことで、観客にもそれに意識を向けさせないことは大変重要です。この辺りのことが、マジックの「極意」のひとつかも知れません。 ぜひ、研究してみてください。

補足1:「D.L.」が極端にヘタだとちょっとまずいので、ある程度はできるようにしておいてください。しかし、2回目のD.L.で、裏向きにするときは観客のほうを見ながら、「もう一度やってみましょう」というセリフにあわせて、D.L.をおこなってください。これだけで、相当ヘタなD.L.でも手元を見られなくてすみますから、だいぶ楽になるはずです。

補足2:「シカゴ・オープナー」は、私が行う場合、多少、違った演出でやっています。これは確か根本さん(ミスター・マジシャンのオーナー)のアイディアであったような気がするのですが、一枚だけ、裏模様が「緑色」のトランプを入れておきます。一組は赤でも青でもよいのですが、一枚だけ、「緑裏」のものを入れておき、先ほど、一枚だけ色が変わった部分で、緑色のトランプを見せます。このときの演出としては、おまじないをかけて色を変えるのではなく、ギャグで、「あなたの覚えたトランプは緑色でした?」とたずねます。

観客にすれば、トランプの表はハートやダイヤなら赤、スペードかクラブなら黒にですから、「緑色」という質問に戸惑います。観客が「えっ?、緑?」と戸惑っているとき、デックをスプレッドして、一枚だけ、緑色のトランプがあるのを見せます。後は、同じように見せてください。

魔法都市の住人 マジェイア

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