ROUND TABLE
Coffee Break
F.A.O.シュワルツやKEM(トランプ)についての雑談
F.A.O. Schwarz in New York
1998/11/25
追記<2026/01/27>
トランプについての雑談といっても、松田さんが岩波書店から出しておられる『トランプものがたり』(松田道弘著・岩波新書・1979/11)のような高尚な話ではありません。
少し前に、「マジックに適したトランプの選び方」を紹介しましたが、これはそれに関連した話です。
トランプマジックにはU.S.Playing社の「バイシクルシリーズのライダーバック」(Bicycle, Rider Back)が定番です。U.S.Playing社の紙製トランプはラスベガスをはじめ、世界中のギャンブル場や一般家庭で使われています。日本で普及しているプラスチックのトランプは主に小さな子供が遊ぶためのものです。マジックに使うことはまずありません。
もう10年ほど前のことになりますが、ニューヨークに行く際、松田さんからKEM(ケム)というメーカーのトランプを買ってきて欲しいと頼まれました。当時、日本ではほとんど見かけることのないメーカーでした。しかもこのトランプはプラスチック製で、値段もバイシクルが2ドル程度で買えるのに、12〜13ドルもします。ざっと6倍ほどです。
正直なところ、こんなに高くて、しかもプラスチックのトランプなんてすぐに割れたり、汗をかくとトランプどうしがくっついて使いにくいのに、なんでわざわざ松田さんが欲しがっておられるのか不思議でした。わけをうかがうと、このトランプには普通のプラスチックのトランプにはない、いくつかの長所があることを教えていただきました。
1.プラスチック製ではあるが、表面に特殊な加工が施されており、紙のようなざらつきがある。そのため、汗をかいてもトランプ同士がくっつかない。
2.普通に使っている限り、角が欠けたり、どこかが割れたりすることはほとんどない。
実際、どのくらいこれが丈夫かということを示すために、販売店ではこのトランプを一枚、天井から吊してあり、「手で破ってみてください」と書いた張り紙がしてあるそうです。手だけで破ろうとしても、まず破れません。
3.洗濯可能
「選択」の変換ミスではありません。「洗濯」です。つまりwashableなのです。実際に洗うことができます。これにはちょっと驚くのではないでしょうか。
トランプは普通、2ドル程度のものですから消耗品扱いです。しばらく使って汚れてきたら、新しいものに買い換えます。ところがこのKEMのトランプは、汚れてきたら家庭用の中性洗剤で洗って乾かせば、また新品のようになります。注意書きには、「ただし、洗濯機には入れるな」という、冗談なのか、真面目なアドバイスなのか、判断に迷うような一文もありました。ぬるま湯で洗い、軽く水を切ってから陰干ししておけばよいそうです。
話のネタに一組くらい持っていてもよいだろうと思い、F.A.O.シュワルツ(F.A.O Schwarz)に買いに行くことにしました。ニューヨークのセントラルパークのすぐそばにある大きなおもちゃ屋です。ここはビル全体が売り場になっていて、世界中のおもちゃから各種テレビゲームまで、数多くの商品が並んでいます。安いものもありますが、驚くほど高価なものも少なくありません。
子供用の電気自動車などで、1万ドル以上するものもありました。本物の自動車が買えそうな値段です。アラブあたりのおぼっちゃまが、部屋の中を移動するのに使うのかもしれません。
電気自動車は我が家には不要なのでパスしましたが、トランプが二組入る革のケースで、たいへん素敵なものが目に入りました。値段を確かめると、一桁違っていました。700ドルほどです。欲しかったのですが、2ドルのトランプを入れるケースに、700ドルを出すのは、同伴者の視線もあり断念しました。もしこんなのを買っていたら、このすぐ近くにあるティファニーで、何を買わされるかわかったものではありません。そちらは700ドルくらいじゃ済まないでしょうから。(汗)。
話が逸れましたが、ここならKEMのトランプもあるだろうと思い、売場を探してみたのですが見つかりません。店員に「KEMというwashableで有名なトランプはないか」とたずねてみると、扱っていないとのことでした。おまけに「washableって何のことだ?」って聞かれてしまいました。「洗濯できるトランプだ」と説明すると、知らなかったようで驚いていました。
そんなヘンなものが欲しいのなら、「ウインドプルーフ」のものならあると教えてくれました。
ウィンドプルーフ? 何だろう、風に強いのかな?
よくわからないまま、とにかく見せてもらうことにしました。。
棚から下ろしてきたのは、大きな箱でした。中からトランプを取り出して触らせてもらうと、驚くほど重いのです。なんと、52枚すべてが鉄板でできているのです。 さらに箱の中には、トランプで遊ぶときに使う小さな台が入っています。縦横が50センチほどのもので、カードを置いたり捨てたりするための台です。
この台には磁石が仕込んであり、トランプを置いても風で吹き飛ばされません。海岸でカードゲームをしても大丈夫、というのが売り文句でした。
確かにこれなら風の強い海岸でも使えます。おもしろそうなので、みやげに一つ買って帰ろうかと思いましたが、箱ごと持つと、とにかく重いのです。52枚のカードがすべて鉄板で、しかも台に磁石が入っているのですから当然です。帰りの飛行機のことを考え、買うのはやめました。
結局、F.A.Oシュワルツで買ったのは、知人の子供達にあげる小さなぬいぐるみを10点ほどと、空中に飛ばすと手元に戻ってくる紙飛行機、それからマジックコーナーで売っていた「お化けハンカチ」と、"Therapy"(セラピー)と書かれたボードゲームでした。
この「セラピー」は、フロイトがかつて患者に行っていた治療方法、つまり長椅子に寝かせて、自由連想で話させる、あのスタイルの絵が箱に描かれていました。サイコセラピー、あるいは精神分析のシミュレーションゲームのようです。おもしろそうなのでこれは買いました。
結構大きな箱なので、これを持って店内を歩いていると目立ちます。すれ違う人から「ヘンなものを買うなあ」と声をかけられたので、「私は神経症だ」−−I have neurosis.と返事をしておきました。
★補足
この店のマジックのコーナーは大変小さく、マジシャンが小さなテーブルを出し、数点の商品を実演販売しているだけでした。私が行ったときは、香港製の安いネタをいくつか演じていました。
しかし、昔はここで、コインマジックのエキスパート、デビッド・ロスが実演していたこともあるそうです。<2026年1月の追記>
かつてセントラルパーク脇にあったF.A.O.シュワルツは、2015年にその場所での営業を終えましたが、2018年にロックフェラーセンター近くで新しい店舗として再オープンしました。元の場所から南へ歩いて10分ちょっとの場所です。
ロックフェラーセンターといえば、クリスマスシーズンには巨大なツリーが立てられ、ニューヨークを代表する名所のひとつです。
そのすぐそばに店を構えたのは、もしかすると世界中の人々の「クリスマスプレゼント心」を見越した、なかなか巧みな戦略なのかもしれません。――もちろん、これは冗談ですが。