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Coffee Break

 

「マジックノート」の奨め


2003/11/3



食べ物の好みが歳と共に変わるように、マジックの好みも年月を経るうちに変わるのでしょうか。

あるマジックを本で読んだとき全然おもしろいとも思わなかったのに、何年か経ってから読み返すと興味をひかれるといったことが少なくありません。

このようなことが起きるのは、ひとつには文字だけでは現象の良さがイメージできなかったからということがあります。本で読んだときはたいしておもしろいと思わなかったのに、誰かにその作品を実演してもらうと予想外に優秀なマジックであったことに気づくという経験は多くのマニアがしていると思います。

それともうひとつ、最初はあまり興味をひかれなかった作品ではあっても、その後しばらくして読み返してみると、ちょっとしたアイディアがひらめき、それでいっぺんにお気に入りのマジックになることもめずらしいことではありません。ひらめきといっても、それほど大げさなものではなく、ちょっとしたギャグであったり、演出上のアイデアであったり、技法上の改良であったりと様々です。何であれ、当時は思いつかなかったプラスアルファを加味することで、自分のレパートリーに入る作品になることがよくあります。

ある程度のマニアであれば大抵やっていることだとは思いますが、本で読んだり、ビデオ、DVD、レクチャーなどで見たり教えてもらったりしたマジックのなかで、おもしろいと思ったものをノートに記録しておくと、後年意外なくらい役に立ち、楽しめます。読んだり見たりしたものをすべて記録しておくことができればそれはそれで貴重な資料になりますが、そこまでやるのはよほどの覚悟がないと無理でしょう。とりあえず自分が気に入ったものだけに限定して、記録しておくだけで十分です。

私も1970年代から80年代のはじめに記録したノートが何冊かあります。久しぶりに読み返してみると、あれからもう30年近くも経っているのかという感慨もさることながら、当時の記憶がよみがえってきて懐かしいものです。

その頃流行っていたディレック・ディングルやジョン・F・メンドーザ、エド・マーロー、フレッド・カップスなどの作品をメモしています。その他、高木重朗氏のレクチャーで教えていただいたものや、松田道弘氏に個人的に見せていただいたものなどもあります。とは言え、何も懐かしさに浸るためにノートを取ることを奨めているわけではありません。

当時、あるマジックを記録したのは、それが気に入ったからなのですが、その後しばらくして好みが変わってしまったため、大半は自分のレパートリーから消えていました。ところが最近読み返すと、これが意外なくらいおもしろいのです。最近出版されるカードマジックの本を読んでも、おもしろいと感じることはほとんどありませんが、当時、熱に浮かれたようになってやっていた頃の作品がまたおもしろくなってきたのです。

たとえばラリー・ジェニングスの作品など、続けて数点見れば、どれも同じように見えて、もうどうでもよくなってきます。しかしこれは作品が悪いからではありません。ひとつひつとを取りだしてみれば、どれも本当によく考えられた優秀な作品ばかりです。ひとつかふたつだけを見せればどれも超一級のマジックとして後世に残る作品です。原理的にも現象的にも、マニアを感嘆させるものがふくまれています。このようなことに気づいたのもノートのおかげです。

記録しておくものは、手順のアウトラインと、自分なりのアイディアなどが中心になりますが、日付、そのマジックをどこで覚えたのか、本やビデオならそのタイトル、どこかで演じた場合は、その日付や場所、そのときの観客の反応なども添えておきます。

ノートの分類は大ざっぱでかまいません。一冊にすべてのジャンルのマジックを書き込んでもよいのですが、もし何か特定の分野が多くなりそうだと思えば、それだけを独立させたノートを作ってもよいでしょう。私の場合は、カードマジック、コインマジック、その他と3つに分けています。それと、自分がどこかで演じたときの記録をメモするノートも作っておくと重宝すると思います。私はこれを作っていなかったのですが、今になって思うと、このことだけは悔やまれます。

何かの会や結婚式、宴会、個人的に喫茶店で誰かに見せたのであれば、それを記録しておくと、また演じなければならなくなったとき、大変助かります。このようなものがあると便利だと思ったのは、「ドクター・ダレーのラスト・トリック」でよく知られているダレー博士の"Jacob Dley's Notebooks"を読んだときです。

話が少しそれますが、1970年代後半、Dr.Jacob Daleyのノートが整理され、出版されました。この中でダレー博士は自分が覚えたものや考案したマジックのアウトラインの他に、10分間のショーのときは何々を見せた、また30分間のショーでは何を演じたのかといったことを書き残しています。

この種のノートは、元来、人に読まれることを意識して書いていませんので、他人が読むと大変わかりにくいものです。あくまで本人の備忘録として書いていますので、第三者には何のことなのか不明な部分も多々あります。上記のノートは、Dr.Daleyと親しかった人の校正が入っているため読みやすくなっていますが、それでも読む側にある程度の関連知識がないと読みこなせません。松田道弘さんのような、マジックに関して博覧強記な方にとってはこのノートを読むのは謎解きのような楽しみがあるのでしょう。

ダイ・ヴァーノンもかなりの数のノートを残しているそうです。ヴァーノンの高弟とも言ってよいラリー・ジェニングスやマイク・スキナー他、ごく限られたマジシャンだけが目を通すことを許され、そこからひらめきを得たものもあると思われます。


日本人では石田天海さんが、数十年におよぶアメリカ滞在中に見たマジックや出会ったマジシャン、自分のマジックを考案する際のアイデアをメモした膨大な量のノートがあります。これは20数年前、「石田天海追悼の会」から「天海メモ」として出版されましたが、現在は入手困難です。

天海メモ

ダイ・ヴァーノンや石田天海といった、雲の上の存在であるマジシャンが残したノートと、私たちのメモ程度のものを比べるのはおこがましい話ですが、それでも当人には十分役に立つものです。マジックと長く付き合いそうな予感がしているのでしたら、ぜひメモ程度でもかまいませんので、この種のノートを作ることをお勧めします。

記録媒体としては、今ではワープロソフトなどで書いたものをハードディスクやCD、DVDなどに保存できるため、適宜使い分ければよいと思いますが、機械はいつか壊れますので、そのあたりの対策を忘れないことが大切です。

ノート等に記録する場合は、ルーズリーフなどのほうが差し替えが自由なため便利そうに思えますが、むしろしっかりした表紙のついたノートに書いたほうが長期の保存に耐えられます。

魔法都市の住人 マジェイア


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