ROUND TABLE

 

意味のあるマジック

 

2001/3/4


大抵のマジックがつまらないのは、びっくり箱を開けたときの驚きと本質的には大差がないからです。びっくり箱でどれだけ驚いても、それは知性を刺激されたわけではありません。不意をつかれて驚いただけです。びっくり箱なのですから、一度は驚いても二度目、三度目となると驚かなくなるのは当然です。ふたを開けたらバネ仕掛けの人形やヘビが飛び出してくるとわかっていて、そのつど「キャーッ」と悲鳴をあげてくれるのは、よほどサービス精神に富んだ人だけです。驚いた人でも、しばらくしたら、「だから何なの?」と思うでしょう。びっくり箱にすぎないとわかってしまえば興味をなくす人がいても不思議ではありません。マジシャンは一度でも「キャッ」と叫んでくれたら、その人はマジックが好きなのだと思いがちですが、それはマジシャンの勝手な思いこみにすぎません。

マジックがびっくり箱ではなく、多少なりとも観客に「何か」を感じさせるにはどうすればよいのでしょう。先日"MAGIC & SHOWMANSHIP"(Hennig Nelms,1969,Dover Publications)を読んでいると、興味深い話が載っていました。私も以前から同じことを思っていましたので、この機会に紹介します。次のような状況を想像してください。

マジシャンがあなたの前に現れ、あなたの上着のポケットを指差して中を見るように指示したとしましょう。ポケットに手を入れると、そこにサンドイッチが入っていたら驚きますね。しかしどれだけ驚いても、これはびっくり箱と同じ種類の驚きに過ぎません。しばらく経って、冷静になってみると、このマジシャンはいったいいつ私のポケットにサンドイッチを入れたのだろうと思う程度のことです。「だから何なの?」で終わってしまいます。そこから新たなイメージのふくらみもありません。それ以上想像力を掻き立てられることはありません。

しかし、もしマジシャンと一緒にいるとき、あなたが何気なく「お腹が空いた」と言ったとしましょう。そのときマジシャンがあなたのポケットを指差し、「中を見てごらん」と言い、中を探ると本物のサンドイッチが出てきたら、これは驚くはずです。こうなるとただのびっくり箱ではありません。あなたが何気なくもらした一言と現象が結びついているのですから、本当の魔法を見たような気分になるのではないでしょうか。

意味もなく突然何かが出現するびっくり箱のような現象では、観客はすぐに飽きてしまいます。出現させるものが巨大になったとしても同じことです。それに対して、たとえささやかな物であっても、その状況、もしくは観客にとって「意味のある現象」が起きたら、これは本物の魔法になります。

マジックがびっくり箱やパズルではなく、「本物の魔法」に近づくためには、周到な準備とT.P.O.(時・場所・状況)を的確に把握する能力が不可欠です。今の例のような状況をマジシャンが人為的に作り上げようとしても、めったにチャンスは巡ってこないかも知れませんが、生涯で何度かこのような機会があれば、私はそれで十分だと思っています。このような機会のために、普段から一見無駄と思える努力をしていること自体が楽しいと思える人でないと、マジックのほんとうの醍醐味は味わえません。

刀剣を趣味としている人は、普段から手入れを怠りません。実際に刀を使う機会など生涯に一度もなくても、いつでもバッサリと切れるくらいに手入れを続けること、それ自体がその人にとってはかけがえのない時間です。道具はたとえ使うことがなくても、手入れをするだけでも自分の中で喜びを感じることができれば、その人にとっては生きた時間です。

アマチュア・マジシャンに与えられた究極の喜びというのは、このようなものかも知れません。手当たり次第に見せるのではなく、鞄の中にはいつでも、これから会う人、場所にふさわしいと思えるマジックを数点用意して出かけたとしても、自分がそのマジックに設定したベストの状況が生じなければ、黙って持って帰るだけの余裕がないと、このような機会には巡り会えません。

一言付け加えますと、マックス・マリニがディナーのテーブルに着いているとき、同席した人からマジックをリクエストされると、帽子の下から大きな氷のかたまりや煉瓦のかたまりを出して驚かせたという話があります。またタマリッツなども、会場が事前にわかっているときは、前の日にその場所に行き、会場のあちこちにこっそりとネタを仕込んでおくというのもよく知られた話です。このような準備をしても、大半は無駄になるのですが、偶然それを利用する機会があれば、観客の驚きはいっそう大きくなります。このような準備は、観客をより驚かせるという面では効果的なのですが、これでもしょせん、びっくり箱に過ぎません。意外性は強調されますが、本質的な差はありません。先のサンドイッチの話では、現象が起きるきっかけは観客自身の言葉です。もしくは言葉ではなくても、その人が心の中で願っていることが目の前で現実になれば、「本物の魔法」のように思えるでしょう。

芸としてのマジックにこのようなことを願うのは、荷が重すぎることはわかっていますが、幸いにも道楽としてマジックを楽しんでいるアマチュア・マジシャンには、このような究極ともいえる「遊び」もあることを知っておくのは無駄ではないでしょう。またマジックがただのびっくり箱から抜けだすための重要なヒントにもなると思っています。

本当に皮肉なものですが、マジックなど見せてくれなくても十分楽しい人、取り留めのない話をしているだけで楽しいと感じる人でないと、マジックを見せてもらってもつまらないものです。びっくり箱以上のものを観客に感じてもらうには水面下での準備に加えて、結局その人自身に魅力がないと無理なのでしょう。技術を磨いているだけでは、びっくり箱の中に入っている人形と同じことであると気づいてください。

魔法都市の住人 マジェイア


INDEXindexへ 魔法都市入り口魔法都市入口へ
k-miwa@nisiq.net:Send Mail