ROUND TABLE

一般の人にマジックを見せるとき


一般の人にマジックを見せるとき、どのくらいの量のマジックを見せるのが適切でしょう。クロース・アップでも、サロン、ステージでも同じだと思いますが、とりあえずここではクロース・アップ・マジックを見せるときということにしましょう。

マニアが陥りやすい落とし穴は、マジックって自分がこんなに楽しいのだから、観客も楽しいに違いないと思ってしまう点です。このようなとき、趣味でやっているマニアとは違い、実際にクロースアップを仕事として見せているプロ・マジシャンはどのようにやっているのかを知ることは参考になります。

日本で今、バーテンダーやウエィターの仕事を兼ねずに,純粋にクロース・アップ・マジックだけを見せるために店と契約しているプロというのは、私の知っている限り,10名もいません。さらにその中で、本当に職業として食べて行けるのは2、3名くらいではないでしょうか。

昨年(1996年)、日本を代表するプロマジシャンの方と個人的に会ってお話をうかがう機会を持てました。彼はクロース・アップ・マジックのプロで、正真正銘、私が今の日本で最も尊敬し、すてきだと思っているマジシャンです。

その方は、横浜にある座席数数百の、東洋最大といわれている某レストランで、約5年間テーブル・ホッピングの仕事をされていました。テーブル・ホッピングというのはレストランなどで客のリクエストに応じ、各テーブルをまわり、客の目の前でマジックを見せる仕事です。たいていの場合、マジックを見せてもらっても追加の料金は払う必要はありません。店のサービスのひとつとしてやっています。

テーブル・ホッピングの場合、ひとつのテーブルでマジックを見せる時間は4分半だそうです。おそらく数にして2つか3つくらいでしょう。これはマイケル・クロース(アメリカの有名なテーブル・ホッピングのプロ)などでも同じです。

仕事ですから、一度見せた観客がまたそのマジシャンのマジックを見たいという気持ちを持ってくれないと仕事になりません。アマチュアが道楽で見せているのとは違います。ひとつのテーブルで見せる時間が4分半、数にして2つか3つというのは決してケチっているわけではありません。もし2つ3つより、10種類くらい見せたほうが、よりマジックに興味を持ち、また来たいという気持ちになるのなら、10種類くらい演じるのはわけもないことです。しかし経験的にもそのようなことをしたらうまくないとわかっています。

私の昔(20年くらい前です)の失敗談を紹介しましょう。

マジックを本格的に始めて間もない頃はレパートリーが急激に増えて行きます。放っておけば数時間でも続けて見せることのできる量くらい、マニアならだれでも持っています。

私もそのような時期がありました。中級からマニアに入りかけの頃、一般の人に平気で1時間でも2時間でもマジックを見せていました(大汗)。 この他にも、新幹線の東京大阪の間、ずっとマジックを見せていたとか、今思い出すと恥ずかしい武勇伝も結構あるのですが、そのうちの一つを思いっきり恥を忍んで書きます。

アンティークを扱っている店のショーウィンドーにマジックに使えそうなものがあったので入りました。そのとき店の主人に、マジックに使うという話をすると、何か見せて欲しいと頼まれたので、コインマジックを2、3見せたところ、突然店のドアをしめ、外に臨時休業の札を出したのです。そして、これで落ち着いて見られるから、もう少し見せて欲しいと言われてしまいました。

突然臨時休業の看板が出たものですから、近所の店の人も何かあったのかと思い,ガラス越しにのぞきに来ました。すると中でなにやらあやしげことをやっているものですから、だんだん人だかりがしてきて、近所の店員が10人ほど集まってきました。結局その人達も中に入れ、いきなり1時間半ほどのクロース・アップ・マジック・ショーをやってしまいました(汗)。

当時の私は数多く見せたほうが観客へのサービスだと思っていました。しかしその後、このようなことを数年間やってみて、またチャーリー・ミラーのレクチャーノートなどを読んで、これは決してそうではないということにようやく気が付きました。

その頃の私は典型的なマニアでしたから、ぶっ通しでやれば、マニア相手なら5、6時間くらい平気でやっていました。しかし、この十数年間は、マニアの前ではまったく見せなくなりました。一般の人にはずっと見せていましたが、そのようなときでも3つ以上見せたことはありません。(例外的に、約20分間ほどのクロース・アップ・ショーをやる必要があり、7、8種類やったことが2度ほどあります。) 

本当は、ふたつくらい見せて終わるのが一番印象に残るようです。箴言集にも紹介しましたように、チャーリー・ミラーの言葉、「良いマジックをひとつだけ見せて、そこでやめるとあなたは多くの友人を得られるでしょう。2つ3つと見せると、観客は飽きてきます」という言葉は,彼のプロとしての長い体験から出た実感だと思います。

特にカードマジックやコインマジックは、極力減らすほうがベターです。一般の人にどのくらいの量のマジックを見せるのが適切であるかは演者の技量やその場の雰囲気などによって変わってきますが、同じテーブルに座った相手にはひとつかふたつ見せて終わることができれば、その人もマジシャンとしての余裕が出てきた証です。

このことは、フレッド・カップスの古いビデオを見たときにも感じました。 20年以上前のもので、彼がテーブル・ホッピングのような感じで見せているビデオです。

その中で、彼の有名ないくつかのトリック、「塩のプロダクション」「ジャンボコインルーティン」等以外に,まったく見たこともないようなトリックをいくつもやっているのです。特にレストランのテーブルの前でやっているものは、コンベンションなどで見せるマジシャン相手のトリックと違い、本当に彼が一般の人相手にレストランで見せるときの感じがわかる、すばらしいビデオでした。

このときカップスがやっているのは、やはりひとつかふたつです。時間にして4分前後です。

マジックというのは元来とても洒落た芸です。これをだらだらとながくやってしまっては、せっかくの洒落た味が消えてしまいます。カップスほどの技量と雰囲気をもったスーバーマジシャンでさえ、2つほど見せてさっと引き上げるのは、そのほうが客に与える印象をより強いものにできると知っていたからに違いありません。

魔法都市の住人 マジェイア

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