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マジックを取り巻く最近の状況について

2004年夏頃


2004/8/2


私はここ数年、テレビで放送されるマジック番組は年に1、2回しか見ていません。理由は言うまでもないと思いますが、マジック番組には、かならずといってよいほど「種明かし」がつくようになったからです。このようなことになったきっかけは、6,7年前、アメリカのFOXテレビが制作した例の番組です。マスク・マジシャンことバレンチノが出演した暴露番組が予想外に視聴率を取ったため、日本でも各局が二匹目、三匹目……、いえ優に百匹を超えるドジョウが出たのではないかと思えるほど、同様の下品な番組を制作していました。

私がテレビのマジックの番組を見なくなった直接的な原因はこのことなのですが、ここ1年ほど、だいぶ様子が変わってきました。マジック関係の番組の数は増えても、種明かしに関しては以前ほど悪質なものはほとんど影をひそめてきました。出演するマジシャンが自主規制をしているのか、種明かしなしで、マジックを見せる番組が増えているようです。出演者も前田知洋さん、ふじいあきらさん、RYOTAさん、ヒロサカイさん、セロさんなど、私の好きなマジシャンが種明かしなどせずに、純粋にマジックの不思議さ、楽しさを見せてくれています。そしていずれもかなりの視聴率を取っているようです。

このことは大変喜ばしいことなのですが、それでもいい加減うんざりするのはマジック番組の数の多さです。私は毎朝、新聞でマジックのテレビ番組をチェックするという習慣がないため、たいていの番組は見落としているはずなのに家族の誰かがつけているテレビを何気なく見ているだけでもマジシャンをよく見かけます。友人、知人に話を聞いても、ほとんど毎日のようにどこかの局でマジシャンが出演していると言っていました。詳しく数えたことはありませんので正確な数字はわかりませんが、私の子供時代、それはテレビ放送が日本で始まった時期とほぼ同時ですが、その頃から思い出しても1年間にこれだけ多くのマジック関係の番組が制作され、放送されたことはかつてなかったはずです。

良質なマジック番組が増えればマジック愛好家としてはうれしいと思うかもしれませんが、私はやはり食傷気味です。というより、増えれば増えるほど、見ないでおこうという気持ちが強まるばかりです。量だけの問題ではありません。量がある一定数を超えると、質に変化が及び始めます。質の変化という面では、多くのマジックが人前にさらされることで改良され、ハイテク等も用いた新しいタネも増えています。そのため、これまでにないマジックが見られるようになったのは事実です。しかしこのような面ではなく、数が増えれば増えるほど、マジックという芸が持っている本質的な部分、それは意外性であり、驚きというようなことですが、そちらの面は著しく減っています。

マジックというのは元来マイナーな芸でした。めったに見られないからこそ見ることができたときは興奮したものです。それが朝の7時台にやっているディズニー関係の番組から、8時台のモーニングショー、午後のワイドーにもマジシャンがゲスト出演し、夜のゴールデンタイムには2時間の特番があり、深夜番組にもマジシャンが出ているという状況はブームを通り越して、異常としか言いようがありません。またここ数年のインターネットの普及に伴い、ゴミのような情報があふれかえっていることもうんざりする要因です。

私が1997年に「魔法都市案内」を開設したのにはいくつかのわけがありますが、マジックをこれから始めようとしている人に、ちょっとしたお手伝いができるかも知れないと思ったことも理由のひとつでした。マジックとかかわりのなかった人にとっては始めようとしても、どこでタネや専門書、ビデオを購入したらよいのか、マジックを習うにはどうしたらよいのかといったこともまったくわからなかったと思います。また実際にマジックを演じるとき、最初に知っておいた方がよいと思うノウハウも不足していました。何にせよ、これからマジックを始めようとしている人には雲をつかむような状態であったと思います。

開設当時、私としては年間、数名から十名程度でも私のサイトがきっかけになり、マジックに興味を持ってくださる方が出てきたらそれで十分だと思っていました。ところが開設して2、3年後からは毎日10通前後のメールが届くようになり、マジックの番組があった日には、一日で50通程度のメールが届くことも珍しいことではなくなりました。「オンラインマジック教室」に申し込んでいただいた数も、とっくに一万通を超えています。ここまで増えると、うれしいというよりも、私自身とまどっているというのが正直な気持ちです。マジシャンがこんなに増えてどうするのでしょう。

ほんとうについ数年前まで、テレビで放送されるマジックの番組など年間数本という時代が長く続いていました。私の勝手な願いだとは重々わかっていますが、早くそのころの状態に戻って、もう少し落ち着いてマジックが楽しめる時代が来てくれないものでしょうか。

植物の中には、薄暗いところでしか咲かない花もあります。白日の下にさらされると枯れてしまう花もあります。マジックも元来そのような芸であったはずです。何もかもわきまえた常識ある大人が、ほんのりと薄暗いバーのカウンターなどでカードやコイン、ダイスを鮮やかに扱い、ひとつ、ふたつ常人にはできないような芸を見せてくる、このような状況がマジックに一番似合っていると思います。


『不思議の国のアリス』に、アリスとハンプティ・ダンプティが誕生日のプレゼントめぐって話をしている場面があります。アンバースデイ・プレゼント(非誕生日プレゼント)の話です。バースデイプレゼントは年に一回しかもらえませんが、アンバースデイ・プレゼントなら一年に364日もらえるため、このほうが得だということです。年に1回しかないバースデイプレゼントなどというけちくさい習慣はやめて、アンバースデイプレゼントを流行らせたら一年365日のうち、364日ももらえるからうれしいというのが理屈のようですが、本当にそうでしょうか。どれほど自分にとって刺激的なのもの、うれしいものであっても、年柄年中ではすぐにありがたみも感激もなくなってしまいます。めったにないからこそ、うれしいということはいくらでもあります。

平凡そうに思える私たちの日常の中にも、少し目をこらして見ると不思議と驚きはあふれています。「不思議の国」に行かなくても驚くことで満ちあふれています。この「日常の森」の中には、「だまし絵」のように、私たちの気がつかない驚きがたくさん隠れています。この森のなかで生きていることで出会える驚きに比べれば、マジシャンの作り出す人為的な不思議さなど、たかが知れています。様々なマジシャンがいろいろなことをやっていますが、そこで作り出される基本的な現象を分類してみれば、消失、出現、変化、復活、浮揚他ごくわずかなものです。裏から見ればきわめて合理的な手続きに基づいて起きている現象を一見不思議であるかのように見せることで成り立っている芸なのですから、裏を知ってしまえば不思議さそのものは消えてしまいます。しかし私はある意味ささやかな驚きにすぎないマジックが好きなのです。あぶくのようにはかない驚き、不思議であっても、そこで味わえる驚きを大切にしたいのです。


インターネットの普及は情報の量という面では、私たちがかつて経験したことのないくらい急激で広汎な影響をもたらしました。量が質を変えてしまうことを身をもって体験しました。めったに出会えないからこそ、出会えたときはうれしいのに、それが毎日見られるようになってしまえばそこにはもう驚きも不思議もありません。


しかしこの流れを止めることはできません。自分が楽しみでやっていることを玉石混淆の流れから守るためには、その流れを遮断するなり、ごく限られたものにするといった自衛策が必要になってきています。垂れ流しの情報にまみれ、飲み込まれてしまえば、自分がこれまで大切にしていたものまでゴミと一緒になってしまうような気がしてなりません。


 

魔法都市の住人 マジェイア


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