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「サーストンの3原則」について

 

2000/3/21


日本で昔から「サーストンの3原則」として知られているマジシャン必須の心得があります。次の3つです。

マジックを演じる前に、現象を説明してはならない。
同じマジックを2度繰り返して見せてはならない。
種明かしをしてはならない。

これには「サーストン」(Howard Thurston,1869-1936)という、アメリカで活躍していた高名なマジシャンの名前が付けられていますが、実際にサーストンが言ったものではなく、いつの頃か、日本で誰かが編集したものだと思われていました。

昨年(1999年)、友人の福井哲也氏から『定本 奇術全書』(坂本種芳著 力書房 昭和22年改訂初版発行)というめずらしい本が送られてきました。つい最近、福井さんが古本屋の目録で見つけて、それを譲ってくださったのです。

この中で「術者の心得」と題し、次の10項目が解説されています。

1.演技に先立ってあらかじめその奇術の内容を話さぬこと
2.同じ奇術を二度その場で繰り返さぬこと

3.演技の道程はできるだけ簡単にすること
4.すべての動作は無駄がなく急がずにやること
5.技巧はできるだけさけること
6.術者の視線は重要な働きをすること
7.観衆と術者の位置の関係をよく見定めること
8.その場の条件をよく考慮して決して無理をしないこと、行幸には頼らぬこと
9.重要なところほど何気なくすること
10.種明かしをしないこと

上の1,2,10が「3原則」そのままです。しかし、この10項目には、どこにも「サーストン」という名前は出てきません。

この本の最後に洋書のリストが50冊あり、そこには"My Life of Magic"(1929年発行)というサーストンの本が1冊紹介されていました。私はその本を持っていないため、この中に先の10項目があるのかどうかも不明でした。もしそうなら、この中から3つだけを抜き出したものが、「サーストンの3原則」といわれるようになったのかも知れないと思い、松田道弘さんにおたずねしました。

すると、この本は実際にはサーストン自身が書いたものではなく、サーストンの本をはじめ、当時、よく知られていたマジシャン、例えばフーディーニ、ブラックストーン、ダニンジャーといった人のゴーストライターとして執筆を引き受けていたウォルター・ギブソン(Walter Gibson,1897-1985)が書いたものであることも教えていただきました。

サーストンの名前で出版されている"My Life of Magic"にも、上の10項目のような記述はないそうです。さらに松田さんの話をうかがっていますと、「サーストンの3原則」とまったく同一のものが、偶然、松田さんがお持ちの古い洋書の中に見つかったそうです。

アメリカでは昔、街頭で薬を売る人がいました。薬を買ってくれた客に、おまけとして簡単な手品の種をつけて売っていたそうです。このような、「おまけの手品」に添付されている解説書に、マジックを見せるときの心得として、まさに日本で「サーストンの3原則」と言われているものが書いてあったそうです。勿論そこには「サーストン」の名前などなく、ただの注意事項として、3つ紹介されていただけです。余談になりますが、「スベンガリー・デック」が、今でもアメリカでは驚くほど一般の人に知られているのは、街頭の薬売りがこれをよく見せていたからだそうです。

結局、この3原則といわれているものは相当昔から西洋で知られていたことはわかりましたが、誰がはじめて言ったのかは今でも不明です。おそらく、「マジックをするときの常識」として、何となく伝わっていたものなのでしょう。少なくともサーストンが言ったものではないことはこれではっきりしました。

『定本 奇術全書』の著者、坂本種芳氏は戦前(1935年)に、スフィンクス賞を海外で受賞されています。本職はエンジニアですので、当時から海外に行くこともあったのかもしれません。その際、海外の道具を購入したとき、解説書に書いてあったものを紹介されたか、同じような経路で、誰か他の人が日本で紹介したのではないでしょうか。

それにしても松田さんの博覧強記には、今さらながら驚いてしまいます。あらためてお礼申し上げます。

魔法都市の住人 マジェイア


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