映画報告

2011/4/18

改訂2015/4/22


イリュージョニスト


 届いたばかりの雑誌を眺めていると、『イリュージョニスト』という単語が目に飛び込んできた。マジックとは何の関係もない雑誌であるだけによけい私の目を引いた。
 確認してみると、2010年にフランスで製作されたアニメ映画であり、マジシャンが主人公だとわかった。
 原作者のジャック・タチはフランスでは人気のコメディアンであり、自分も数多くの映画に出演し、台本も書いていた。そのタチが亡くなってから、娘のソフィアによって『イリュージョニスト』のオリジナル原稿が発見され、それが数十年ぶりに映画化された。
 梅田の空中庭園のビル、その3階にあるシネ・リーブル梅田で上映中なので、すぐに観に行くことにした。

 アニメとはいうものの、見慣れているジブリやディズニーのものとはずいぶん雰囲気が違う。水彩画が動いているような感じで、映像は大変美しい。
 フランス人の売れないマジシャン、タチシェフと、電気がやっと通じたばかりのスコットランドの離れ小島で、下働きをしている少女、アリスが出会う。アリスはスコットランドの方言のひとつ、ゲール語しか話せないため、タチシェフとは会話はほとんど成り立たない。そのこともあり、ずっとパントマイムを見ているような気分であった。

  舞台は1950年代末のパリである。テレビが普及し始め、その影響で、ミュージックホールが衰退し始めていた。なかでも、マジシャン、腹話術師、アクロバット、クラウンなどのボードビルの芸人には厳しい時代になってきたころの話である。

 ストーリー自体は深い話ではない。おそらくジャック・タチ自身がマジシャンになってみたい、または本物の魔法使いにあこがれた時期があったのだろう。そこに魔法の存在を信じている女の子を登場させ、彼女としばらく行動を共にするなかで、「本物の魔法使い」の役を演じることに疲れた老マジシャンの悲哀を描きたかったのかも知れない。
 「マジシャンは魔法使いの役を演じる役者である」という言葉がある。これはマジックの世界では、よく知られている。しかし、たいていの観客はマジシャンを本物の魔法使いとは思っていない。何かタネがあり、それで一見不思議そうに見える現象を起こしているだけだと知っている。とくにタチシェフが演じているようなマジックは、昔からあるステージマジックの範疇から出ていないため、観客もあれが本物の魔法とは思わない。しかし、ユリ・ゲラーのスプーン曲げや、ミスター・マリックの超魔術を本物の魔法、もしくは超能力と思ってしまう観客も大勢いる。つまり、マジシャンを本物の魔法使いと思ってしまう人がいても不思議ではないのだ。特に、マジックなど見たこともないアリスにとっては、タチシェフが見せてくれるものはすべて本物魔法と思ってもしかたがない。

 タチシェフはアリスが喜ぶこともあり、お菓子、靴、服などを、魔法で取り出したと思わせ、次々とプレゼントをする。途中、自分は魔法使いではなく、ただの手品師だとアリスに告げようとする場面があるが、言葉が通じないため、そのままになってしまう。あれこれ要求がエスカレートしていくアリスに、タチシェフは夜、慣れない自動車修理工場でバイトまでしてアリスへのプレゼントを買うための資金を稼ぐが、それもうまくいかない。
 同じ頃、アリスには恋人ができた。潮時だと思ったのか、タチシェフはアリスに置き手紙をして、去って行く。手紙には"Magicians don't exist."「魔法使いはいない」とだけ書いてあった。これはアリスに目を覚まして欲しいということと、自分はもうここにはいない、という意味をかけてあるのかも知れない。

 

タチシェフは長年連れ添ってきたウサギを山に連れて行き、そこに残して一人で去る。
 列車で町を離れるとき、向かいに座っていた幼い少女が鉛筆を落とした。それを拾い上げたタチシェフは、その鉛筆を自分の持っている長い鉛筆とすり替え、マジックで長くしたように見せて返そうか、一瞬、迷うがマジシャンを廃業した決意からなのか、短いまま少女に手渡す。
 この映画には、昨日まで腹話術をやっていた芸人が自分の人形を古道具屋に売り払い、道ばたで物乞いになっている場面や、ピエロのような芸人がホテルの部屋で首を吊ろうとしている場面などもある。
 落語家の桂米朝さんが弟子入りしたとき、大阪落語は衰退し、このまま消えてしまうのではないかといわれていた。1950年代のことである。このとき、師匠の桂米團治から、「芸人は末路哀れは覚悟の上やで」と念を押されたそうである。芸人というのは普通の人のように朝から夕方まで仕事をするわけでもないのに、酒を飲み、少しは上等な着物を着て、月に何度か噺をするだけでお金をもらっている。その芸ができなくなったとき、末路が哀れなものになっても、覚悟はできているだろうな、という当時の芸人の生き方を確認したのだろう。実際、引退した後、どうなったのかわからない芸人も大勢いたはずである。
これは日本だけでなく、西洋でも同じである。そのような時代を多少でも知っていると、タチシェフが奇術師を廃業したあと、どのような人生を送るのか、少々センチメンタルな気分になる。


タイトル:イリュージョニスト 原題:L'Illusionniste 英語:THE ILLUSIONIST
脚色・監督:シルヴァン・ショメ
オリジナル脚本:ジャック・タチ
製作年:2010年 イギリス=フランス
配給:クロックワークス/三鷹の森ジブリ美術館
時間:80分
その他:第88回アカデミー賞(2011年)長編アニメーション部門ノミネート他


魔法都市の住人 マジェイア


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