★デビッド・グロネンバーグ氏の御言葉

芸人は、あなたがまさに望んでいるものを与えてくれます。もしあなたが古い歌を聴きたいと思えば歌ってくれます。

芸術家は、あなたが今まで欲しいとも思わなかった「何か」をあなたに与えてくれる人です。それは、知る以前には欲しいとも思わなかったけれど、一度知ってしまったら、次回からは欲しくてたまらない「何か」です。

David Cronenberg


マジェイアの蛇足

上の言葉は、マジシャンのデビッド・パール(David Parr)が昨年(1998年)が出した本、"Brain Food"(Hermetic Press, Inc.)の中で、映画監督のデビッド・クロネンバーグの言葉として引用しているものです。

芸と芸術、芸人と芸術家はどこが違うのでしょう。また、多くの人は芸より芸術、芸人より芸術家のほうが上だと思っているのでしょうか。

私など、感動するという意味では、芸にも芸術にも差はありません。日常よく使う道具などでも、徹底的に機能を追求してできあがっているものは、細かいところまで心配りがされており、感動することも少なくありません。しかし、感動すれば芸術というものでもないでしょう。

落語などでも、桂米朝師匠のように人間国宝になったからといって、米朝さんの芸を芸術とは言わないでしょう。また米朝さんご自身、自分の芸を芸術であるなどとは思っていないはずです。落語家としての誇りはあっては、芸術家のほうが芸人より上であるなどとも思っていないでしょう。鍛えられた芸人の芸は、それだけで人を十分感動させますが、それは芸術と呼ぶようなものではありません。

『ブレイン・フード』の著者であるデビッド・パールは、自分をエンタテイナー、つまり、ただ観客に楽しみを与えるだけの芸人から、もう一歩進んで、何かを観客に与えたいと思っています。自分の演じる個々のマジックは、音楽や詩や絵画における「ピース」のようなもの、つまり磨き上げられた小品であることを目指しています。観客に、ただいっときの娯楽を提供するだけではなく、そこに自分自身の世界が展開できるような作品を作り、そのようなものを提供したいと思っています。「現象」、「手段」、「演出」を工夫し、彼なりのセンスで、観客が今まで知らなかったような、不思議な世界を体験させたいのでしょう。

彼の演技からそのようなものを感じるかどうかは観客にも寄るでしょうが、目指している方向は理解できます。それはそれで大変素敵なことです。あまりぱっとしない芸人の芸というのは、マジックに限らず、20年、30年続けていても、手垢の付いたものを何の感動もなく繰り返しているだけのものが少なくありません。やっている本人が楽しくないのなら、見ている側も楽しいはずがありません。

デビッド・パールの目指している方向性は、口で言うほど簡単なことではありませんが、心意気として、それくらいのものを持っている人の芸は、観客に感動を与えてくれることも少なくありません。マジックを通じて、今まで気づかなかった新しい世界観や宇宙観を観客に与えられるかどうかはわかりませんが、別にそのようなものにこだわらなくても、職人としての鍛えられた腕があり、自分が素敵だと思っている世界を追求して行けば、いつか花開くときがくるものです。

最初に紹介した言葉は、望んでできるというより、そのような方向性を持って精進して行く人のガイドにはなるとおもいます。

追加:デビッド・パールは、レストランやバーなどでマジック見せています。ユージン・バーガーのビデオ、「グルメ」にも出演しています。


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