★松田道弘氏の御言葉1
いっさいの弁解は無用です。
松田道弘 (1935-) クロースアップ・マジック(金沢文庫)
マジェイアの蛇足
松田道弘氏の上記の本、『クロースアップ・マジック』は1974年に金沢文庫からハードカバーで出ました。日本初の本格的クロースアップマジックの本です。その後、筑摩書房から『即席(クロースアップ)マジック入門』と名前が変わり、「ちくま文庫」のシリーズとして発売されました。
解説されているマジックはどれもクラッシックになり得るすばらしいものばかりです。また、 この本には示唆に富んだアドバイスが数多くあります。そのうちのひとつ、「弁解無用のこと」を紹介します。
たとえどんなことがあっても、客の前で弁解してはいけません。「私は今日は身体の調子が悪いので、あるいはしくじることがあるかもしれませんが....」
「私はまだあまり人の前で奇術をやったことがありませんので、お見苦しいところをおめにかけるかもしれませんが....」
「こんなに大ぜいの方の前に立ちますと、気の弱い私はすっかりあがってしまいまして、このとおり手がふるえております。」
「この奇術はまだ十分練習しておりませんので、あるいは失敗するようなことがあるかも知れませんが、そのときはご容赦願います。」
弁解は客をイライラさせます。
「なに? 身体の調子が悪い? それなら、なぜ家で寝ていないのだ。人の前でやったことがないって? やれやれ、今日はこんなシロウトの芸をみせられるのか!」弁解することで、客の同情や、親しみを買えると思ったら大まちがいです。前おきが長いと、それだけで客はダレます。
たとえ客の前で手がふるえようと、もたもたしようと、品物を不用意におっことそうと、はじめに弁解さえしなかったら、客は大して気にもとめません。いや、むしろ一生懸命やっているな、とかえって好感をもつかもしれません。しかし奇術をはじめる前に、自分の失敗を予告するような、愚かしい弁解をしておくと客はやはりそうか、と二度バカにするだけです。
いっさいの弁解は無用です。たとえ客の前で致命的な失敗をしても、いっさい弁解してはいけません。 客は弁解やいいわけをききに来たのではありません。客が見たいのは奇術なのです。なぜ自ら己の欠陥を暴露するのですか。
奇術師とは不思議さを売るセールスマンではありませんか。
いかがですか?思い当たる節があるでしょう。もしあなたが今まで弁解していたのなら、すぐにやめることです。
マジックには「サカートリック」という分野があります。失敗したように見せて、さらに意外な結末に導く演出です。そのため、観客はマジシャンが失敗しても、これも演出なのだろうと思ってくれる場合がよくあります。失敗したときは、「そのマジックはそのような演出だったのだ」という顔で次のマジックに移ればよいのです。照れてニヤニヤしたり、ふてくされる必要もありません。
弁解は二重、三重に客をイライラさせるというのはまさに箴言です。