★剣豪宮本武蔵の御言葉

「太刀の道と云ふ事」  

太刀の道を知ると云は常に我差す刀を指二つにて振るときも、道筋よく知りては自由に振るものなり。太刀を早く振らんとするによって太刀の道ちがいて振りがたし。太刀はふりよき程に静にふる心なり。

  『五輪書』(水之巻)


宮本武蔵(1584-1645)



マジェイアの蛇足


『五輪書』は宮本武蔵が61歳で亡くなる2年前、寛永二十年に書きはじめました。いつまで書き続けたのか、正確なところはわかりませんが、正保二年(1645)五月十二日、死に先立つ七日前に、門人に授けています。地・水・火・風・空からなる五巻に、自分が編みだした二天一流の極意や、戦場で戦う場合の事細かな指示を残しています。

「五輪」となっていますが、実際は「空之巻」を書き終える前に亡くなったため、この巻だけは武蔵の死後、晩年の門弟、寺尾兄弟ほか数名が残っていた下書きなどをもとに完成させたと言われています。

この『五輪書』は人を切るため、あるいは合戦に勝つための徹底した実用書です。剣を持つことのない私たちが読んでも、いまひとつ理解できない部分が数多くありますが、様々な分野に応用可能なところもあります。

冒頭の文は「水之巻」にある「太刀の道と云ふ事」の一節です。言っていることは、刀を振るときは力まかせに速く振るのではなく、刀が動く方向をよく理解せよ、と言うことです。

日本刀は実際に持ってみると随分重く感じます。両手でしっかり持たないことにはまともに振れるものではありません。武蔵は二刀流のため、左右の手にそれぞれ刀を持っています。片手で刀を自由に扱うには、動きに逆らうようなことをしては、いくら腕に力があっても、振れるものではありません。理にかなった動きを把握していれば、重い刀でも滑らかに、力強く振ることができると説いています。

私が『五輪書』をはじめて読んだのは今から20数年前のことでした。そのときは気づかなかったのですが、数年前、久しぶりに読み返してみると、長い間引っかかっていた、カードマジックのある技法を解決するきっかけが見つかりました。



カードマジックの技法のひとつに「クラシック・パス」( Classic Pass)と呼ばれるものがあります。昔はマジシャンの腕前を見ようと思えば、この技法をさせてみたらわかると言われた時期もあったくらい、カードマジックには必須の技法でした。

ざっと説明すると、一組のトランプを持っているとき、観客に気づかれないように、トランプの下半分と上半分を入れ替えてしまうテクニックです。これができると様々なカードマジックに応用が利きます。逆に、これができないと、古典的なカードマジックで傑作とされている「レディス・ルッキング・グラス」他、数々の名作を演じることができません。

この技法は簡単ではないため、ダイ・ヴァーノンが「ダブル・カット」という、大変容易に習得できる技法を発表すると、あっと言う間に、パスに取って代わりました。これでパスの呪縛から解放されると思い、多くのマジシャンが飛びついたのは無理のないことです。

カードコントロールとして使うのであれば、パスの代わりに代用可能なマジックは数多くあるのですが、ダブルカットはシークレットムーブ、つまり観客に気づかれないようにこっそり行うのではなく、カードを混ぜている動作のうちに、さりげなく一組の上下を入れ替えます。そのため、マジックによっては使えないものもあります。またパスの利点として、観客から見える動作がダブルカットを使うときよりも少なくて済むという点もあります。つまり現象をすっきりと仕上げることができるのです。そのため今でもパスにこだわり、練習を続けているマジシャンは大勢います。

昨今はビデオが普及したおかげで、パスだけを解説したものも数点発売されています。しかし、この種のビデオを見ても、私自身はまったく納得できなかったのです。上下のパケットを入れ替える動きは見えなくても、むりやり力まかせにやっているとしか思えず、海外の、名人と言われている人のパスを見ても練習したいとは思えなかったのです。どうにも動きが不自然です。

私自身がパスを練習していて感じたのは、スピードよりも、いかにして手から力を抜くかということでした。このことのほうが、ずっと重要なのではないかと気づいていました。

昔からあるパスの解説を読むと、下半分のパケットを跳ね上げて、上半分と入れ替えるようになっているのですが、この動作は不自然です。重力に逆らう動きをするため、どうしても指先や手の甲に力が入ってしまいます。カードの動きが観客から見えなくても、緊張が手全体に現れ、それが観客に伝わります。観客にすれば、マジシャンが何をやったのか正確には言えないが、何か怪しいことをしたと感じてしまうのです。どうしたら力が抜けるのかとずっと思案していたときに、先の武蔵の言葉がヒントになり、一気に解決しました。

ここは技法の解説の場ではないので、詳細はいつか「カードマジックの基本技法」で解説したいと思っているのですが、ポイントは下のパケットを上に跳ね上げるのではなく、上のパケットを下にまわすという、ただそれだけのことでした。このことだけで、手から余分な力が抜け、最小限の力で上下を入れ替えることができるようになりました。どのくらい通用するものか、「アンビシャスカード」の途中、観客にデックの中程においてもらったカードがトップに現れるというダイレクトな使い方をミスディレクションなしで演じても、まったく気づかれずに見せられるくらいにはパスが使えるようになりました。

マジックは心理の盲点や、常識の裏をつくことで、目の前で相当大胆なことをやっても気づかれないものですが、指先に走る不自然な緊張は隠せません。この「緊張」からタネがばれてしまうことがよくあります。特に初心者が「パーム」をすると、観客にすぐに気づかれるのはこの種の緊張が手全体に漂っているからです。

剣の極意同様マジックの動きも、理に逆らわないでできることは極力自然体で処理することに越したことはないのでしょう。


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