★石田天海氏の御言葉<其の二>
どんな小さなものでも、失敗したことは後ろの客にもよく分かる。
石田天海 (1889-1972>
『THE THOUGHTS OF TENKAI』
(フロタ マサトシ著 1970年 石田天海賞委員会発行
マジェイアの蛇足
マジックに限らず、人は他人の失敗には敏感です。そのことを意識的に演出に取り入れていたのが、日本が世界に誇るマジシャン、石田天海さんです。1970年に出た天海さんの作品集、『THE THOUGHTS OF TENKAI』に載っているエピソードを引用させていただきます。
私のレパートリーは、スライハンドばかりで、使用する道具は小さいものである。だから大きなステージでは、どうしても大ネタを使用する人よりも派手さにおいては見劣りがし、又現象も小さく見える。
しかし、あるとき、大きなステージの一番後ろの客席で、或るマジシャンが失敗をしたのを見たことがある。そのときの彼のレパートリーも、天海と同じようなスライハンドだった。しかし、この見えづらい演技でも、<失敗した>ということだけは、一番後ろの席にいた天海にも十分わかった。
このときに、私(天海)はこれだ!と思った。
どんな小さなものでも、失敗したことは後ろの客にもよくわかる。そうだとすると、失敗したように見せる演技をやったら……。
マジックの発表会などを見に行くと、マジシャンが失敗したときのことは後々まで印象に残っています。他のことは全部忘れても、その失敗した場面だけは十年、二十年経ってもよく覚えています。大きな劇場であっても、マジシャンが不注意に落とした小さなネタでも目に留まるものです。
これだけ「失敗」が印象に残るのなら、演出の中で失敗したと観客に思わせることができたら、その瞬間、観客の意識はマジシャンに集中します。本当に失敗したまま終わったのでは、ただのヘタなマジシャンですが、意識して失敗したように見せて、その後に続けることができればそれはひとつの演出になります。
よく知られた天海さんのマジックで「シルクの結びとけ」があります。普通の演出ではマジシャンがシルクのスカーフの中央に結び目を作り、それに息を吹きかけたり、軽く振ると結び目が消えてしまうといった見せ方をしています。しかし天海さんの場合、結び目を作り、シルクの一端を持ち、観客にそれを示します。観客のほうを向いている間に、結び目が勝手にほどけてしまいます。マジシャンはまだそのことに気がついていません。観客が先に気がつき、そのあとマジシャンも気づき、自分も一緒に驚くといった演出を好んで用いていました。マジシャンにとっても予想外のことがおきたという驚きをさりげなく表現できれば、不思議さだけでなく、おかしさも表現できます。
文章で書けばこれだけのことですが、実際にやってみると、思いの外、難しいことがわかります。マジシャン自身に観客を引っかけてやろうといった、ガツガツしたところがあると天海さんのような雰囲気は出せません。演技だけを真似しても、観客はしらけてしまいます。ある程度マジシャン自身に余裕がないと難しいでしょう。このような演出は、フレッド・カップスもよく用いていました。
マジックにおける「失敗」は、よい意味でも悪い意味でも観客にとっては印象に残るものだということを理解しておくべきでしょう。