書籍紹介

書名 カードマジック The Way of Thinking
著者 松田道弘
出版社 東京堂出版
価 格 3500円
ページ 237ページ
ISBN 978-4-490-20734-7
分類 カードマジック

2011年5月4日



 松田さんの新しい本を紹介します。(2011年5月刊)

 一読して驚きました。すでに70歳を超えておられるのに、内容はますます過激になっています。テクニック、ギミック、記憶力、そして本書のタイトルにもなっている「思考方法」も、衰えを知らないどころか、20年くらい前と比べても、今の方がお元気で、精力的です。

 具体的には、ギミック関係ではダブルフェイス、ダブルバックはもとより、分割カード、両面テープのようなものまで、現象と方法のためなら躊躇なく使います。テクニックでもさまざまなカウント、ラッピング、パーム、スティールなど、何でも使います。
 前書きで、「ラストフライトともいうべき気分で本書を書き上げました」と記しておられます。しかし、40年近く、松田さんの追っかけをしています私自身は、本書はこれまでのどの著作よりも若さを感じています。latest「最新」という意味でのラストとしか思えません。

 話を本書に戻します。タイトルは『カードマジック The Way of Thinking』です。カードマジックを新しく作ったり、改案したりするときの思考方法についての本です。というと、何か味気なく、実験的で、抽象的な話かと思うかも知れませんが、そうではありません。作品にまつわるエピソードや周辺情報も満載です。読み物と解説が渾然一体となって、どこを開いても楽しめます。

 カードマジックの分野では、十年に一、二回くらいの割合で、バリエーションが次々と発表される、人気のある作品が出現します。この本では、広くマジシャンに人気のあるテーマや、すでにクラシックになっているマジック、松田さんが個人的にお好きなテーマがどのように改案されてきたのか、そして現在ベストと思われる方法が解説されています。すべて松田さんのオリジナルです。

 章の数は10、作品数は24です。このどれもが、カードマジックのメインディッシュといってもよい作品ばかりです。

 いくつか具体的に紹介します。

 作品1は「インポシブル・ロケーションのたくらみ」です。
 カードマジックを始めたばかりのころ、最初に覚えるのはキーカードロケーションを使ったものでしょう。そのこともあり、マニアは軽視しがちですが、使い方ひとつで大変強力なツールになります。指先の技法を使わない分、むしろマニアの方がひっかかるくらいです。 私がいつも一般の人に最初に見せるカードマジックもキーカードロケーションの原理を使ったものです。どうやってキーカードを作るのか、このテーマだけでも興味がつきません。

 作品9は「レインボウ・カニバル完成版」です。
このテーマは、松田さんの『魅惑のトリックカード』(2005年)、『オリジナル・カード・マジック』(2006年)でも扱われています。今回は2005年のものに新しいアイディアがプラスされています。マニアでもこの原理を知らなければ、たいてい引っかかります。
 好きなマジックに手を入れ、少しでも「不足」を感じたらそこを何とかしたいという思いで、飽くなき改良を続け、磨き込まれていくようすがよくわかります。

 第5章の「クラシック・カード・トリックを考える」は、スライディーニのヘリコプターカードやフランシス・カーライルのホーミング・カードについての考察です。

 もしあなたがまだスライディーニのヘリコプターカードを見たことがないのでしたら、ぜひインターネットのYouTubeで、"Slydini helicopter card"をキーワードに入れて検索してみてください。スライディーニ自身の演技が楽しめます。
 これのどこを改良したいのだろうと思うほど、完璧にひっかかると思います。しかしこのマジックにも欠点はあります。欠点というか、スライディーニ以外の人が演じにくいといったほうよいかも知れません。現象だけを見ると、大変おもしろくて不思議なマジックなのに、海外のプロマジシャンでも、これをレパートリーに入れている人はほとんどいません。実際に練習してみるとわかりますが、いくつか、演じにくい理由があります。原案の良さを消さないで、自分のレパートリーにするにはどうしたらよいのか、そのよいお手本になると思います。

 他にもギャンブリング・トリック、マクドナルドのフォア・エースの新バージョン、ヘンリー・クライストのフォア・エースなど、いずれもトリネタにしたいマジックのオンパレードです。さらにコレクターや、いわゆるトライアンフ現象と言われるものもあります。スローモーション・キング・アセンブリも好きな人にはたまらないでしょう。

 私の個人的な好みで言えば、作品2にあった「マローンのSHIPWRECKEDの改案」が気に入りました。ストーリー(ギャグ)も楽しく、現象とうまくあっています。これもマローンの演技をYouTubeで見ることができますので、ぜひ元になっている作品をご覧になってください。(キーワード: Bill Malone shipwrecked)
 本人が演じているものは、当人にとってはほぼ完璧です。しかしそれでも松田さんには不足なのだと思います。どこがどう変わったのか、チェックして見てください。

 いづれも、職人が毎日手入れをしながらはぐくんできた作品を鑑賞できます。

 松田さんが作品を改良したいとき、心がけておられるのは"SICK"だそうです。「ほとんどビョーキ」という言葉が20年ほど前に流行りましたが、そういう意味でありません。松田さんの造語で、Simplicity、Improvement、Clear、Knokoutの4つの頭文字をとってできているそうです。複雑でないこと、改良されていること、現象がはっきりしていること、インパクトがあることといった意味でしょうか。

 超マニアックな本ですが、必要な技法はすでに紹介されているものであっても、あらためて解説されています。「OPECカウント」(P.15)、「スラップ・フォース」(P.230)と言われても何だったか思い出せないものや、知らないものもありました。これもすべて解説されていますので助かりました。

最後に一言

 近年、ネットの普及で、情報量は幾何級数的に増えています。リチャード・ワーマンは
 「毎週発行される一冊の『ニューヨーク・タイムズ』には、十七世紀の英国を生きた平均的な人が、一生のあいだに出会うよりもたくさんの情報がつまっている 」
と言っています。(リチャード・ワーマン『情報選択の時代』)

 この本は1989年ですから、今から22年前です。ネットのことはほとんど考慮していません。ところが今では活字だけでなく、音楽、画像、動画などを含めて、インターネットの情報量は莫大になっています。マジック関係に限定しても、YouTube やさまざまなWEBサイトの情報を集めたら、10年前と比べても数十倍になっているはずです。しかしいくら生の情報が増えたところで、ひとりひとりの情報処理能力が上がっていないのであれば、意味はありません。松田さんの場合、長年つちかってこられた知識がベースにあり、そこにビデオやDVDの情報が加わり、さらに近年のネットから得られる情報がプラスされることで、いっそう加速度を帯びて、このような本ができたのでしょう。

 『コンピューターの神話学』の著者、セオドア・ローザックは、
 「情報は知識ではない。生のデーターは量産できる。膨大な事実や数字も同様である。しかし、知識を量産することはできない。知識は、一人一人の人間がそれぞれの経験から、無関係なものと意味のあるものとを分離し、価値判断をすることによってつくりだされるものだからである」と言っています。
 情報量が増えただけではこのような本は書けません。


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