<2005.04.26 K.Kotani>投稿 杉並アニメミュージアム&東京アニメフェス見てある記


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2005年04月26日

投稿 杉並アニメミュージアム&東京アニメフェス見てある記



 毎春、東京ビックサイトで開催される国際アニメフェア(東京都主催)も今年で4回目。もともとアニメ製作会社の見本市がメーンの行事で、関西のアニメファンにとって関心が薄いのは正直のところ。今回3月31日始めて「日本のアニメーションをつくった20人」に特別功労賞が授与される事になった。受賞者は草創期のパイオニアとして寺内純一、北山清太郎、下川凹天、村田安司、山本早苗、政岡憲三、大藤信郎、横山隆一、持永只仁、森康二各氏。プロダクション設立者として大川博(東映動画)、鷺巣富雄(ピープロ)、藤岡豊(東京ムービー)、手塚治虫(虫プロ)、吉田竜夫(竜の子プロ)の各氏。
 アニメの原作者として長谷川町子、藤子・F・不二雄、横山光輝、梶原一騎、石ノ森章太郎各氏の計20名が受賞者。
 今回、この催しの原稿を書かせてもらい、招待してもらった。また、3月5日から東京・杉並に「アニメーション・ミュージアム」が開館。こちらも見学したので併せて報告したい。
 杉並アニメミュージアムは杉並区にアニメ製作会社が多く、区独自でアニメ資料室的なものを設置していたが、正式にミュージアムとして発足したもの。初代館長におとぎプロ出身の名アニメーターで現在もスタジオゼロを主宰の鈴木伸一氏が請われての就任となられた。

 私事で恐縮だが、鈴木氏とはおとぎプロ時代からディズニーアニメを通じての古い友人。この機会にミュージアムを見学させてもらった。鈴木館長自ら館内を案内して下さる。杉並会館3-4階がミュージアムで、円形フロアを入ると壁面に日本アニメの歴史が年表でビジュアルに展示。低年齢の子供たちにはキャラクター・グッズが人気とのこと。次のコーナーではセル・アニメの制作過程を紹介。制作スタジオの雰囲気を出すため作画監督などの作業デスクを再現。ガンダムの富野喜幸氏のデスクなどファンには興味津々だろう。
 次のコーナーはデジタル・アニメの制作過程の映像が大型モニターに紹介される。映像は東映アニメーションで実際に使用されているタブレットによる作画や、モーションキャプチャーによるCG制作など。同社はアニメ業界でいち早くペーパーレス化を実現させた。8ミリ世代のアナログ人間の私はデジタル技術の進歩に感嘆するばかりだった。デジタル革命の次のコーナーは懐かしい。アニメの原理を自分の目で体験できるソ゜ートロープなどが展示。
 ワークショップのコーナーではアフレコで声優気分も体験できる。子供達にもできるデジタルアニメコーナーは大人気とか。

 4階は企画展のコーナーで、4月10日まで「ガンダム・ワールド」が開催。ガンダム関係の資料の展示では歴代ガンダムの造型プラモデルが人気。アニメシアターでは150インチの大型スクリーンでアニメが鑑賞できる。残念なのはフィルムでなくDVD映写。しかし、コーナー片隅に本物のアニメ撮影台が保存展示されているのが貴重。おまけに撮影のプロカメラマンが定期的にメンテナンスを行い、いつでも撮影可能とのこと。アニメ撮影もデジタル撮影時代に入り、撮影台も不用になったが、つい最近まで現役で可動していた機器を大切に保存していく事になったのことは喜ばしい。

 4階はシアターの他、ライブラリーもあり、アニメ関連図書の閲覧の他、ブースでは映像の視聴も可能。
 ミュージアムの所在地は荻窪駅からバス5分。荻窪警察前下車。入館料は大人200円、小中学生100円。休館は毎月曜、年末年始。
 駆け足での見学となったが、日本で初めてのアニメミュージアムとしては展示内容も充実していたと思う。全くアニメの知識のない人たちにもアニメの楽しさは理解できるのではなかろうか。杉並区という一つの行政組織がミュージアムという箱型施設を作り、アニメについての知識の啓蒙に寄与する取り組む姿勢については敬意を表したい。


 見学後、鈴木氏と一緒にビックサイト会場へ。物故者親族控え室には親族が集まられておられたが高齢者が多い。若手では手塚治虫氏長女のるみ子さんが出席されていた。私の知己の北山清太郎氏親族の安田彪氏、政岡憲三氏の著作権継承者の政岡則安氏、持永只仁氏夫人の綾子さんにそれぞれ挨拶した。安田氏から山本早苗氏長女の宮本和子さんを紹介していただく。山本氏は北山清太郎に師事され、東映動画の基礎固めをされた。
 物故者親族の方々の自己紹介もなく、せめてネーム入りのリボンでも着用されていればお名前もわかるのに対応が不親切に思えた。
 顕彰式は4時開幕。開場は見本市の中の特設ステージだが、外部の騒音がひどかった。舞台に一人ずつ登壇し、司会者が物故者親族を紹介。アニメミュージアム館長の鈴木氏が各人の業績を紹介。舞台スクリーンに代表作品のアニメのハイライト場面が上映される。

 20名の紹介が終了し、各人に表彰状及びトロフィーが手渡された。このトロフィは平成12年、三宅島(東京都)の噴火で噴出堆積した火山灰を使用し、研究の結果、三宅島ガラスが誕生。三宅島復興の一助となるガラス工芸品として火山灰が再生されたもの。ブルーの新鮮なデザインのトロフィーであった。

 後日、北山氏親族の安田氏から鈴木氏が折角故人の業績やエピソードを話されたのに、壇上の親族にはスピーカー音声がほとんど聞こえず、ただ時間が長かったとの裏話を聞いた。鈴木氏は前日、夜中2時すぎまで各人の業績を紹介するための資料を読まれ、予備知識を学ばれた。それを聞いてもらう肝心の親族側に聞こえなかったのは主催者の手落ちではなかろうか。
 会場内展示コーナーに物故者親族から提供された貴重なアニメ資料が展示されている。日本の人形アニメの開拓者の持永只仁氏の第一作「瓜子姫とあまのじゃく」(昭和30年)で姫が機を織る場面のセットが再現されていたが、織機の細やかな手仕事に感心させられたし、原物を大切に保存された遺族のご苦労も察せられた。政岡憲三氏の「難船之物語第二編・海賊船」(昭和6年)で実際に使用された切り紙アニメを屏風に貼って表装にされていたが、オリジナルの持つ迫力には圧倒された。残念だったのは原作者としての長谷川町子さんのコーナー。長寿アニメ「サザエさん」の作者としての表彰だが、出品物はサザエさんの全集が並べられているだけ。アニメ制作のエイケンはデジタル時代に逆行して従来のセルアニメシステムを固持しているそうだ。これは従来からのアニメ制作の伝統技術の継承の意味もあるとかで、これも一つの立派な見識であろう。このハンドトレスの手塗のセル画だけでも展示してほしかったと思う。
 授賞式は4-6時までだったが、開会式で3人のトランペットによるファンファーレが終わると舞台両袖から花火が上がり銀箔テープが散舞。いささかオーバーな演出と思われたが、閉会時にも同じ趣向で再演されたのには驚いた。開会時だけでも十分なのに経費がもったいないではないか。東京都は金持ちだ。貧乏な大阪府の太田知事がこれを見たら卒倒するのではないか。
 会場は6時まで。結局、授賞式と特別展示を見ただけで見本市のブースは見れずに帰阪。現在隆盛の日本アニメの礎を築いたパイオニアたちの業績を表彰する企画は遅すぎた感もなくはない。むしろ存命中に功労者は表彰してあげてほしい。毎日映画コンクールでは日本映画に貢献した物故者に特別賞が授与される。アニメ関係では大藤信郎、岡本忠成、藤子・F・不二雄、持永只仁各氏。東京都は今回限りでなく来年もこの物故者顕彰を続けていただきたいと切に要望したい。
 蛇足だが、古き良き友人の鈴木氏と杉並からビックサイトまでの車中で、昔の良き時代のディズニー・アニメの思い出を語り合えたのは私にとって至福の一時であった。
(アニメーション研究家 渡辺秦さん)


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