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NEW BOOKS 「アニメビジネス完全ガイド」増田弘道著
毎月読める日本で唯一の自主アニメ情報誌
月刊近メ像インターネット
2018年9月4日
NEW BOOKS 「アニメビジネス完全ガイド」増田弘道著
「アニメビジネス完全ガイド」増田弘道著 星海社新書 税別940円。
サブタイトル「製作委員会は悪なのか?」帯には「アニメ業界ブラック説は真実なのか?」とある。章題に「アニメーターは低賃金なのか?」ともある。「アニメーター低賃金問題については、近メ像でも3回に渡って特集記事を掲載したし、著者履歴に元「マッドハウス代表取締役」ともある。現場の責任者の書いた本である。
基本的に日本の「アニメビジネス」に関して、鳥瞰的に説明・解説した本であって、その点ではきわめて分かりやすく良く書かれている。それは間違いない。
しかしながら、「アニメーター低賃金問題」に関しては、違和感を感じる部分があった。
まず、「製作委員会方式は悪なのか」という部分について、「製作委員会が利益を抜いてしまうのでアニメーターに還元されない」というネット上の批判に対し、「製作委員会は、きちんと決まった制作費を現場のスタジオに払っている。赤字でも、黒字でも、リスクは製作委員会が負う。現場のスタジオに心配・負担はかけない仕組みである。」と述べています。「だから、製作委員会の責任ではなく、現場のスタジオの責任です。」と言わんばかりです。まったくその通りではあるのですが、「アナタ現場のスタジオの社長じゃなかったの」と訊いてみたくなります。
「製作委員会からスタジオに払われる製作費は妥当なのか」「その製作費の製作部門内での分配は妥当なのか」という点についてはまったく記述が無く、故意に目をそむけているような感じがします。
次に、「アニメ業界ブラック説は真実なのか?」「アニメーターは低賃金なのか?」という点ですが、「賃金が低いのは動画職アニメーターだけで、その他の職種はそんなに低くない。」よって、「アニメ業界ブラック説」や「アニメーターは低賃金説」など、世間で言われているような「全部のアニメーターが低賃金だ」というのは間違いだ、と述べられています。
また、「アニメーター自身が声を上げて「待遇を改善しろ」と言わないから、改善しない、と言わんばかりの記述もあります。もう一度「アナタ現場のスタジオの社長じゃなかったの」と訊いてみたくなります。動画職アニメーターは、普通の会社で言えば入社1年目・2年目のほぼ新入社員で、業界の様子も会社の仕組みも分かりません。上の人が配慮せずにどうするのでしょうか。
現場に足を踏み入れて、新人や、ベテランアニメーターの声を聞いたような形跡が、この本の記述にはまったくありません。
さらに問題は、現在の日本の「動画職アニメーター」が、アニメーション制作プロセスの一部であるよりも、むしろ原画職・作画監督などを含むアニメーターの教育プロセスである事に関して、まったく言及が無い事です。この本では作画プロセスのデジタル化・自動化が進むに従って、「動画職」という職種自体が消滅し、問題は自動的に解決する、ととれる記載があります。「動画職」の消滅という事は、軍隊で言えば「士官学校」を廃止し、生徒全員を即時前線に下士官・兵士として配属するような状況で、一時は良くても、やがて次代を担う人材がいなくなります。
この本による動画・仕上げの現在の海外依存率は70-80%。「週刊東洋経済」によれば、2007年頃で動画の海外依存率90%。どっちが正しいのかは別として、日本国内での動画作業がまったく無くなっても、原画までを国内で行い、動画を海外発注する事により、現在、当面のアニメ制作はほぼ可能です。しかし、国内での動画作業がまったく無くなってしまうと、次代を担う人材を育成する場が無くなります。まさか、アニメ専門学校を卒業した新人が、いきなり原画職になれるはずもなく、「動画職」が無くなると、別途なんらかの方法で原画職を育成する仕組みを作らなければなりません。
「動画職」が、原画職以上のアニメーター育成の一段階である事は、間接的にはこの本にも記載があります。
私は「動画作業」の海外依存により、アニメ産業が空洞化する、というネット上の「仮説」に関しては、現在の状況下では、おそらく誤りであると考えますし、その点ではこの本に記載されている内容と同意見です。
「次代を担う人材が育っていかない」という仮説に関しても、この本に具体的に若手クリエーター名を上げて反論されている通り、現実に若い人材はどんどん育っており、素晴らしい作品が発表しつつげられている事も確かです。
「映像業界で若い人材を定期的に採用して育成し続けているのはアニメ業界だけ」ともこの本にありますが、その通りなのでしょう。
しかし、「だから大丈夫だ」と言わんばかりのこの本の記載には、やはり違和感を感じます。
この本では、アニメーターは、「アニメ」というコンテンツを製造する数多くの職種の一つ、という感じの取り扱いになっておりますし、実際その通りではあるかと思います。
しかしながら、この本にも記載のある通り、アニメーターは、作画監督・演出・キャラクターデザイナーなどの各種職種に進化しうる、いわばアニメのiPS細胞のようなものでした。(最近は大学でも「キャラクターデザイナー科」のような学科が独立して存在しているようです。新卒で「キャラクターデザイナー」を取る会社があるのか?)
この「アニメーター」の新人育成ブロセスが現在のような惨状でよいのか? という点にこの本は全く目を向けていないようです。最後にもう一度、「アナタ現場のスタジオの社長じゃなかったの」と訊いてみたい。
しかしながら、さすが現場の在籍者というか、何回か読み返すと、「上から観たアニメ業界」の状況は良く分かります。また、1984年当時の動画職アニメーター・原画職アニメーターの収入状況に関する記載もあり、動画職で当時最大月収14万円位、原画職で年収360万位という記載があります。動画職はともかく、原画職は現在年収280万円程度とこの本にありますから、「物価は上がって、収入は下がってる」というのが、原画職でも共通の状況のようです。
表面的な記載に惑わされず、あくまで「業界人の語る話」としての研究素材と心得るのが本書の正しい読み方でありましょう。