<2006.08.18 K.Kotani>ロボット人権宣言

ロボット人権宣言



 鉄腕アトムの中にはロボットが大統領になったり、市長になったりして人間から反発をうけるエピソードがいくつかある。「デッドクロス殿下」では、デッドクロスの作ったロボット「ラグ」が大統領選挙でデッドクロスに勝ってしまい、怒ったデッドクロスが「ラグ」を襲うという物語だった。
 鉄腕アトム自体が手塚治虫本人が白人から差別的扱いを受けたという原体験が元になっている、というのは周知の事実であり、多くのエピソードで、人間対ロボットの図式で、差別が表現されている。この差別は白人による有色人種差別を頭においたものらしく、日本における朝鮮人差別や部落差別とは若干トーンが違うようだ。
 ところで、ロボットが大統領になったり市長になったりするには当然被選挙権が必要である。ということは戸籍があり、選挙人名簿に掲載されていなければならない。また、「デッドクロス殿下」では多くのロボットがラグに投票したとされていて、選挙権もある。
 この選挙権のもととなっているのが、「ロボット法」である。鉄腕アトムでは、2003年にロボット法が成立・施行されたことになっていて、サーカスに売られていたアトムをお茶の水博士が解放する法的根拠にもなっている。この法律は各国の国内法とは違うレベルで全世界で成立・施行されたようで、各国とも同じ内容で通用している。さぞかし各国の法制局の皆様は国内法との整合をとるのに苦労されたものと思われる。

 テレビシリーズの「狂った国境線」ではロボットが強制収容所に入れられるエピソードがあるが、これは例外扱いのようである。
 ところで、アトムの中の有名なエピソードで「ロボットランド」という話がある。このエピソードはテレビの第3シリーズではアニメ化されていない。漫画版と白黒アニメ版それぞれでは微妙にストーリーが違うが、いずれもロボットランドで白鳥の湖ショーに出ていたオデット姫が脱走し、アトムに救済を求め、アトムは助けようとするが、法律を盾にしたサターンに阻まれてしまい、アトムは抗議するがオデット姫は連れ戻されてしまう、という部分は共通している。

 これは普通に考えるとおかしい。ロボット法が施行されている以上、すべてのロボットには人権が保証されているはずで、本人がいやというものを強制する事はできないはずである。お茶の水博士は「ロボットランドのロボットは灰戸博士の持ち物」であると言っている。それでは奴隷ではないか。なぜロボットランドのロボットは「持ち物」なのか。しかもエピソードの最後ではロボット達は解放されているのである。
 ここでロボット法施行までの歴史的経過を見てみよう。

 1974年 原子力による超小型電子計算機発明。
 1978年 電子脳発明。
 1982年 ロボットに電子脳を初めて搭載。同じころ人工皮膚が開発される。
 1987年 人工皮膚によりロボットが人間と同等の外見を得る。このころから各国においてロボットの出国が制限される。
 2003年 ロボット法施行。

 この流れはアトムのストーリー上のものである。
 現在ではすべて過去の日付けのものになっているが、何一つ実現したものはない。しかし、鉄腕アトムになくて現実の世界にあるものもある。インターネットと携帯電話・CGもそうである。
 さて、2006年になっても、人工知能の開発は遅々として進まず、人間のようなコンピュータが登場するにはまだ相当かかりそうだ。それが1978年に発明されているのである。「アトム世界」で実現したものと、「現実世界」で実現したものは異なり、それがそれぞれの世界の未来を変えていったようである。

 この電子脳というもの、コンピュータの一種ではあろうが、その内容をみると現在のコンピュータとは全く違ったものと言わざるを得ない。「アトム今昔物語」には初期型のロボットが数多く出てくるが、いきなり「クライ」「クライ」と言ったり、ある程度の感情を持っていたりする。また、アトムの中のエピソードを見ると、電子脳とは別にコンピュータを積んでいてそれでアトムが計算してりしている。(このコンピュータ性能は大した事はなく、関数電卓レベルのものだが。)
 まず、ソフトのインストールやデータのコピーが原則として出来ないようで、天馬博士もアトムを作った時には子どもを育てるように、「おとうさんとお呼び」「オトウ・・サン」と話し掛けている。また、ロボットが知識を習得するには学校に通う必要があるのである。
 電子脳とは、人間の脳活動に似せたプログラムを載せたコンピュータではなく、脳そのもののコピーではないのか。
 人間の脳のコピーという事であれば、鉄腕アトムが首を絞められて苦しんだり、悲しんで涙を流すという事も不自然ではない。そもそも人間の脳が単純な神経細胞の膨大な組み合わせでできる、という事であれば、神経細胞の機械的なコピーを作り、それを組み合わせる事によって人間の脳のコピーを作る事ができるかもしれない。
 人間の脳と同じように機能する電子脳を持ち、感情を持った存在を「機械人形」として割り切れるものではないだろう。ロボットの製作者達は多くは子どもを育てるようにロボットに愛情を持っただろうし、「人権」を与えるべきだ、という気運も高まっただろう。
 そこでロボットにも制約付きで人権を、という事でロボット法の成立となったのではないか。
 しかし、ロボット法で人権を付与されるロボットについても、どれもこれもOKというわけにもゆかないだろう。現在の工場で稼動している産業用ロボットが人権をもらったところでどうしようもないだろうし、アトムの世界にもただ所定のプログラムに従って動いているだけのロボットがいっぱいあったはずである。
 そこで、当然、一定レベル以上の電子脳を搭載したロボットにのみロボット法による人権を付与する、という事になっただろう。鉄人28号やジャイアント・ロボには人権は与えられない。
 では、ロボットランドのロボットたちは法的にどういう位置にあったのだろう。灰戸博士の所有物であって自由にロボットランドを辞める事ができず、かといって電子脳を搭載していてロボット法の対象であるはずである。また、漫画版の最後では大魔王サターンがアトムに倒されると、灰戸博士に反乱を起こして灰戸博士を追放し、ロボットランドをロボットで経営する形にしている。
 ロボットランドのロボットたちはともかく、ロボットランド自体の土地・施設の所有権は灰戸博士にあったのだから、日本のどこかにあるロボットランドをロボット達が反乱を起こして占拠し勝手に経営する事が許されるはずもないと思うのだが。
 もっとも灰戸博士はロボットランドの地下で武器の密造をしており、その利益でロボットランドを建設していた訳で、灰戸博士逮捕・ロボットランド没収・被害者のロボット達に供与・ロボット達の自主管理という可能性もある。漫画版でもロボット達の反乱後、しばらくたってアトムの家に手紙が届いてロボットランドのその後がわかる、ということになっている。
 おそらく、ロボット法の対象であるロボットであるかどうかについては、ロボットの製作者が届け出る事により、ただの機械なのか、ロボットなのかを法的に区別するようになっていたのではないか。灰戸博士はサターンを除くすべてのロボットを機械として届け出ていた。かつサターンによる恐怖政治がひかれており、逆らったり脱走を図ったロボットはサターンがぶちこわしていたためロボットは逆らえなくなっていた。
 アトムによってサターンが倒された後、ロボット達は武器密造をはたらいていた灰戸博士を警察に引き渡し、ロボット法による「機械」から「ロボット」への区分変更を申請、それが通ったという事だろうか。
 現代の日本ではよくある事だが、このロボットランド事件後、ロボット法に基づくロボットの登録については、製作者の恣意によってロボットを機械として登録される事は禁止されたのではないだろうか。


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