『三日目』
ズルズルと派手な音を立てて原田は麺をすすった。例によってニラレ
バラーメンである。
仁はというと、今日は即席のホットドックである。もちろんパック牛
乳も欠かさない。
スープを一口飲んだ原田は、仁を見た。
「ほんっとにおまえパン好きなのな」
「何言ってんですか、原田さんだって毎日カップ麺、しかも同じ味じ
ゃないですか」
ホットドックを牛乳で流し込んで仁が答えた。
原田は、肩をすくめて新しい麺を箸で探る。
「そういうの見てるといつも思うんだが、本当に改造人間とは思えな
いよな、黒須」
牛乳をストローでチューチュー飲んでいた仁は、わずかに顔をし
かめた。
「改造人間だって、普通の食事はしますよ。なんですか?やっぱオイ
ルとか、そういうイメージあります?」
「おまえは遺伝子改造だろが」原田は苦笑しつつ言った。「いや、や
っぱバッタだからよ、草とか食いそうじゃんか」
その言葉を聞いた仁は、ため息を漏らした。
「俺は馬ですか。たしかに、組織にいた頃は特別に調合された食事で
したけど、あれは不味かったですねえ。高密度で栄養価は高いんで
しょうけど、ゼリー状で全然食事したって気がしないんですよ。でも、
草とかじゃないですから」
「雑草とかを液状化させたやつだったして・・・・・・」
原田が悪戯っぽい笑顔で言うと、仁はわざとらしく顔をしかめた。
そして、次の瞬間には二人とも同時に吹き出していた。
かつては改造人間である自分に悩み続けていた仁であったが、今はそ
れをこのように冗談で話せるほどになっていた。もちろん、いまだに
思い悩み続けてはいるのだが、特務課の仲間達との信頼が上がり、表
層にはあまり出さず冗談で笑い飛ばす事ができるようになってい
るのだ。
「まあ、仮にそうだとしても、食事は大切ですよ。体が資本ですから。
ちゃんと摂取しないと調子が悪くなりますし」
仁がそう言った直後、作戦室のドアが開いた。
何気に振り返った二人だが、次の瞬間には表情が凍りついていた。
沢村だった。フラフラと室内に入ってくる。
顔は青く、髪も寝癖がついたままである。そして、目の下のクマも何
日も徹夜したかがごとくひどい。
ようやく歩いているといった感じの沢村は、どうにか自分のデスクに
たどり着いて座った。
そして、一点を見つめたまま動かなくなった。
「ちゃんと摂取しないと、調子悪くなるもんなあ・・・・・・」
原田がつぶやくと、仁はこくりとうなづいた。
食事が終わると、仁と原田はさきほど本庁から送られてきた書類を見
ていた。
「これ、捜査課が扱っている事件なんですか?」
仁が聞くと、原田はうなづいた。
「ああ、密輸事件らしいんだがな、どーもルートが特定できないらし
い。香港、フィリピン、中国。このへんからってのがパターンなんだ
が、捜査課と外事課がいくら調べても突き止められないらしいんだ」
「で、特務課に捜査依頼が来たって事は・・・・・・やっぱ組織ですか」
そう言うと、仁は書類をめくった。
「ああ、まだ可能性の域を出ていないって課長も言ってたけどな。で
も、他の密輸組織への圧力をかけるって意味では組織がからんでいて
もおかしくはない。てなわけで、こっちに流れてきたと」
原田はボールペンでチェックを入れて答えた。だが、わずかに顔をし
かめる。
「でもな、本当に組織が絡んでいるかは何とも言えないなあ。組織の
仕業にしては、穴だらけのような気もすると思わねえか?」
「・・・・・・たしかに。今までのパターンで言えば、こんな簡単に情報を
掴めるとはおもえないんですけどねえ」
そう言うと、仁は書類をみつめた。たしかに、これを読む限りではそ
こらの密輸組織と変わらない。銃器、麻薬、宝石などと多岐に渡って
いる。だが、これまでの『組織』が関係した犯罪なら、これは完璧な
までに隠蔽可能な内容のはずだ。
「この指揮をとっている奴、本当に組織のエージェントだとしたら、意
図的に情報を漏らして捜査の混乱を狙っているのか、もしくは・・・・・・」
「間抜けだな」
原田が続けて言うと、仁は苦笑した。
「まあ、どちらにしても最近、特務課としての出動なかったですから
ね。いっちょやったりますか」
「ああ、それにあんま暇なのが続いていると、あーいう事が起きるし
ねえ・・・・・・」
そうつぶやいて原田は後ろを振り返った。その視線の先には、デスク
で一点をみつめて止まっている沢村の姿がある。
原田はコンピュータ・ルームでデータをダウンロードしていた。
本庁の捜査課がまとめた、密輸事件に関しての捜査資料である。少し
でも参考になればということで、転送しているのだ。
データ・テープに記録されていく様子を原田はぼんやりと眺めていた。
「でも、捜査するにしてもなあ。先輩あんな状態じゃまともな捜査で
きないだろうに・・・・・・。どうせ皇は監視に気とられるだろうから、今
回は俺と黒須の二人でやるか」
そうつぶやいた直後、ダウンロードが終了した。
テープを取り出し、ケースにしまう。
そして、まわりのオペレーター達に軽く挨拶すると、コンピュータ・
ルームから出た。
廊下をテクテクと歩きながら、原田は資料とめくっていた。
エレベーター・ホールに繋がる角を曲がった、その瞬間。
突然原田は襟首を掴まれて、引っ張られた。
「うわあっ!!」
思わず声を上げるが、仮にも特務刑事であり、何より『組織』との激
闘という数々の修羅場を潜り抜けてきた人間である。
本能的に抵抗し、反撃しようと試みる。しかし、相手の方が上手で
あった。
一度は振りほどいたものの、すぐに組み伏せられてしまう。
後ろ手に掴まれ、壁に押しつけられる。
「く・・・・・・!だ、誰だ・・・・・・ん?」
顔をしかめて振り返る原田だったが、すぐにポカンとした表情に
なった。
沢村であった。さきほどまで作戦ルームで死人のようになっていたの
に、今はいつもの雰囲気になっている。
だが、原田を何故襲うのかがわからない。
「せ、先輩、何やってんですかあ」
やはり組み伏せられたままの姿勢で原田が言った。
沢村は周囲の様子をチラリと見ると、次にじっと原田の目を見た。
「・・・・・・原田、よく聞け。これからおまえ、聞き込みにでも行くんだ
ろ?」
「え、ええ、本庁からもらったデータがいまいち不完全なんで、こう
なったら久々に直接聞き込みに行こうかなって・・・・・・でも、それでな
んで先輩に関節技かけられなきゃ・・・・・・」
苦しそうに言う原田だが、沢村は技を緩めようとはしない。
周囲の気配を探りつつ、顔を近づけてくる。
「そこで、頼まれてほしいんだ」
「はあ?」
「・・・・・・煙草買ってきてくれ」
その言葉に原田はカックンと口を開いた。
「な、何言ってんですか。そんな事できるわけないでしょ。それにそ
んな事したら、皇を敵に回す事になるじゃないですかあ」
「おまえな・・・・・・」沢村は視線を鋭くした。「俺とちひろ、どっちの
味方だ?ん?」
そう言って力を入れる。原田がわずかに呻く。
「が・・・・・・そ、そりゃ先輩の味方ですけど、こ、こればっか
りは・・・・・・」
沢村はわずかに情けない表情を見せた。
「なあ頼むよ、原田ちゃあん。もう味方っておまえと仁ぐらいしかい
ないんだよお・・・・・・」
「ん、んなこと言われても・・・・・・」
痛みに耐えつつ、原田が言うと沢村の視線がまた鋭くなった。
「あ、いいんだ。言うこと聞いてくれれば、おまえにいい利益になる
のにねえ」
「な、何ですか」
原田にそう言われると、沢村はニタリと笑みを浮かべた。
「おまえが、SP隊の子に色目使ってるそうだな」
瞬間、原田の顔が青ざめた。
「な、な、なんでそれを知ってるんですかぁ」
痛みと動揺が同時に声に現れている。
「この沢村様の情報網をなめんなよお。この前の国賓来日の警備の時
に俺達と行動一緒だった、あの子だろ?名前たしか・・・・・・里美ちゃん
だっけ?おまえ、ちょくちょく電話かけているみたいじゃないかぁ」
「ひ、人の恋路だからいいじゃないですかあ」
原田が反論すると、沢村はまたニヤリと笑った。
「そりゃそうだ。だがな、かといってうちのネットワークを使って彼
女の非番の日調べたり、確実に連絡取れそうな時間帯を調べてから電
話かけるってのはねぇ・・・・・・職権濫用じゃないのお?」
ますます原田の顔が青くなった。
「な、なんでそこまで」
「おまえの携帯のリダイヤル見た。後はデータの交信記録」
あっさりと沢村が答えると原田は愕然とした。
「ひ、ひどいっ!勝手に見るなんてえっ」
「まあ、先輩後輩の間にプライバシー無しってな」
沢村はわけの分からない事を言うと、勝ち誇った表情を見せた。
「さて、とりあえず煙草買ってきてくれれば、その子との間とりもっ
てやるよ。SP隊に知り合い多いからな。おまえと里美ちゃんのデー
トの時間を調達するなんてわけない。な、どうだ?」
勝利を確信して沢村は言った。だが、原田の反応は予想外であった。
「・・・・・・い、いえ、せっかくですけど、やっぱりできないです」
今度は沢村が動揺する番であった。
「な、なんでだよ?だって、特務とSPだぞ。時間帯バラバラだし、
仕事からして非番取るだけじゃなくて、合わせるのはかなり至難の技
なのに・・・・・・」
原田はニヤリと笑った。予想外の反応が続く。
「い、いや、だからその非番は合わせてありますから、すでに」
「はあ?」
沢村がすっとんきょうな声を上げると、原田は沢村の後方に視線をず
らした。
「・・・・・・あ、あの人に手え回してもらいましたから」
「へ・・・・・・?」
沢村は後ろを振り返った。そして、戦慄の表情を浮かべた。
廊下の角に皇が立っていた。
角から、顔を半分だけ見せてこちらをじっとみつめている。そして、
その口元には死神のような微笑みが・・・・・・
思わず、沢村は原田を拘束する力を緩めた。
原田は、戒めから逃れると沢村に向き直り、大きく息をついた。
「皇、特務に来る前に外事課にいたじゃないですか。で、SP隊にも
同期の人が多いんですよ。里美ちゃんとも警察学校時代からの親友だ
そうで、口添えしてくれたんですよ。やっぱ、こういう事は女の子の
方が得意ですね」
沢村をみつめて言うが、当の沢村の耳には届いていないようであった。
振り返って皇を見た姿勢のまま凍りついている。
原田は落とした書類などを拾い上げると、笑みを浮かべた。
「ま、そういうわけなんで、皇にはでっかい借りあんですよ。すいま
せんね、先輩」
そう言って、廊下を進んでいった。
沢村は愕然とした表情のままで凍りついたままである。
角に立つ皇は、冷酷な微笑みを浮かべたまま、まるで機械仕掛けのよ
うに滑らかにスライドして姿を消した。
廊下には、原田を押さえていた姿勢のままで凍りつく沢村だけが残
された・・・・・・。
仁はエレベーター・ホールに立っていた。恐らく聞き込みに行く事に
なるだろうという事で、念のために愛車トルネードの整備をしようと
思ってだ。
エレベーターが到着し、扉が開いた。乗り込むと、階数ボタンを押し
て「閉」ボタンも押す。今まさに扉が閉まろうとした時。
その扉を押さえる手があり、こじ開けようとした。
突然の事に仁は驚いた。
「えっ!」
無理矢理、入ってきたのは沢村であった。鬼々迫る表情だ。
「さ、沢村さんっ!」
沢村は階数ボタンにキッと振り返ると緊急停止スイッチを押した。
「な、何すんですかっ!」
慌てて仁はスイッチを解除しようとボタンに近づこうとするが、その
前に沢村が立ち塞がる。
その迫力に仁は思わず動きを止めた。
「仁っ!」語気も荒く口を開いた。「折りいって頼みがあるっ!お願
いだから、煙草を・・・・・・!」
沢村が言い終わらない内に、仁は首を振った。
「駄目です」
その言葉を聞いた沢村は仁の両肩を掴んだ。変身前とはいえ、仁は改
造人間である。力ではかなわないのは分かっているので、ここは懇願
しかない。
「なあ、いつも一緒に戦っているパートナーだろおっ、ここは頼むか
ら俺の願いを・・・・・・」
だが、仁は再び首を振った。沢村は尚も懇願しようとした。その時。
エレベーターがガコンッと揺れて動き出した。
「なにっ!」
沢村はハッとしてボタンに振り返った。緊急停止スイッチは入ったま
まだ。恐らく外から操作されているのだろう。
「こ、これは・・・・・・」
訳がわからず、エレベーターの室内を見渡す沢村。仁は軽くため息
をついた。
「・・・・・・沢村さん」
「ん、ん?」
振り返った沢村に向かって、仁は自分の襟元を指さした。そこに視線
を移した沢村は、今日何度目かの愕然とした表情を見せた。
仁の襟元には、小型のマイクがつけられていた。どう考えても無線機
だ。そして、仕掛けた相手はわかりきっていた。
「じ、仁・・・・・・おまえもかあ」
情けない表情で沢村が言うと、仁はこくりとうなづいた。
「すいません、沢村さん。なんせ、皇さん敵に回すのはいくらなんで
もやばいですから、うん。忍に何言うかわかりませんし」
「お、おまえはっ!相棒よりも、忍ちゃんなのかよっ!」
「そりゃそうです」
あっさりとした仁の返答に沢村はガクッとコケた。
「もちろん、沢村さんの事は尊敬してますし、大切なパートナーです
よ。でも、だからって煙草がらみとなると話は違ってきます」
「じ、仁〜」
沢村が泣きそうな顔で仁にすがりつくと同時にエレベーターは地下駐
車場に到着した。扉が開く。
そして、振り返る沢村。再び戦慄する。
またしても皇が立っていた。耳にはイヤホンをつけており、例によっ
て、あの微笑みを浮かべている・・・・・・
仁は沢村を振りほどいた。
「まあ、そういうわけですので、すいまらんです、沢村さん」
そう言ってエレベーターから降りる。
沢村は愕然とした表情のままで、その様子を見送った。
扉が閉まりはじめ、沢村からは微笑みを浮かべたままの皇。皇からは、
愕然としたままの沢村。それぞれの姿が扉に消えていった・・・・・・
その日の夕方。
沢村は屋内射撃場にいた。
その待機場で、惚けた表情でベレッタの弾倉に9ミリ弾をつめている。
彼の前にはこの射撃場の管理員がいる。
仁と原田は聞き込みに出てしまっていた。本来なら沢村も出て陣頭指
揮を取るところだが、今日の状態では無理だという原田の判断で取り
残されていた。
もちろん、外には出さないという、皇の思惑もあるのだが。
「・・・・・・ったく、どいつもこいつもよお。もう安息の地は無いのか
ねえ・・・・・・」
ぼやきながら、弾丸を詰める。
「こういう時は、やっぱ銃を撃ってストレス解消に限るわなぁ」
管理員は、呆れた表情を見せた。
「税金でストレス解消されても・・・・・・」
「あんだってえ?」
ギロリと沢村が睨むと、管理員はわざとらしく口笛を吹き始めた。
「ったく」
沢村は毒突くと、弾を詰め終わったベレッタの弾倉を持って射撃ブー
スのひとつへ移動した。
そして、イヤーパッドをはめて、ベレッタに弾倉を叩き込む。
スライドが引かれて初弾が薬室に送りこまれた。
射撃用のグラスを付けた沢村は前方のターゲットを見た。
ベレッタを握る右手を挙げて、狙いを付ける。普通なら、片手ではあ
まり命中率は期待できないのだが、射撃の名手である沢村は、いつも
この構えでもうまく命中させていた。
引金に指をかけ、照準越しにターゲットを狙う。
轟音と共にベレッタが撃たれた。そして、直後に静寂が訪れ、空薬き
ょうが転がる乾いた音が場内に響く。
再び引金が引かれる。今度は続け様にだ。ベレッタの銃口からマズル・
フラッシュが噴き出していく。
やがて、弾倉の中の15発すべてが発射され、スライドが後退したま
まで固定された。
沢村は、ベレッタを降ろすと軽く息を吐き、射撃グラスとイヤーパッ
ドを外した。
そして、ターゲットを引き戻すスイッチを入れる。ワイヤーに釣られ
たターゲットが射撃ブースまで戻されてくる
いつのまにか、管理員も横に立っている。
「今日は何発当たりましたかね?この前は片手で10でしたよね?」
沢村はニヤリと笑った。
「もちろん、全部に決まっているじゃねえか。こういうな、射撃にす
がりたいって時は本気で集中力がつくもんなんだよ」
そこまで言った時、ターゲットが完全に戻されてきた。沢村は管理員
を見ながら、ターゲットをワイヤーから外す。
「どうだい、この・・・・・・」
言いながらターゲットに視線を移した沢村は動きを止めた。管理員も
眉をひそめてみつめる。
ターゲットには、穴はひとつも開いていなかった。
「・・・・・・あ、あれ?」
沢村はターゲットをまじまじとみつめた。そして裏返して見たり
もする。
管理員は横目で沢村を見た。
「そんな、表に開いていないんだから、裏に開いてるわけないでしょ
が。外れですね。しかも全弾」
「そ、そんな事あるかよっ」沢村は慌てて言った。「ちゃんといつも
の通り狙ったぜ!おまえ、空砲渡したんじゃねえだろな」
「そんなわけないでしょが」
呆れ顔で管理員が答えると、沢村はギリッと奥歯を噛み、ターゲット
をワイヤーに戻した。そして、定位置まで送る。
「こ、こんなの嘘だよ、まったく・・・・・・」
そう言いながら、イヤーパッドとグラスを再び装着する。管理員もイ
ヤーパッドをはめ、今度は射撃ブースの台に据えられた、小型のスコ
ープを覗き込む。これでいちいち戻さなくても着弾を確認できる。
沢村は、ベレッタに新しい弾倉を入れスライドを戻した。そして、今
回は両手でしっかりと構える。
「見てろよお・・・・・・」
そうつぶやくなりベレッタを連射した。轟音の中に、わずかに薬きょ
うの転がる音が混じる。
ひとしきり連射すると、沢村はベレッタを降ろした。そしてイヤー
パットの片耳をずらして管理員を見た。
「どうだいっ!今度は当たっただろっ」
「・・・・・・いえ、また外れです」
スコープを覗いたまま管理員が答え、沢村はズルッとコケた。
だが、すぐに起き上がると悔しそうな表情でターゲットを睨んだ。
「んなろおっ」
言い捨てると、ベレッタを左手に持ち替え、肩吊りのホルスターから
ガバメントを抜いた。
そして掌で包み込むようにスライドを握り、片手でコッキングするな
り二つの銃口をターゲットに向けた。
沢村の十八番である、二丁拳銃である。
管理員は慌てて、イヤーパッドを付け直した。
その直後、二丁の拳銃が猛烈な勢いで連射された。轟音が場内を支配
する。それに掻き消されてしまっているが、沢村は絶叫しながら引金
を引いている。
二丁の自動拳銃の全ての弾丸が放たれ、スライドが後退した。
沢村はキッと管理員を見た。
「どうでえっ!てやんでい、こんちきしょうっ」
何故か江戸っ子口調になっている。
「・・・・・・いえ、全部外れています」
その言葉に沢村は怒り心頭な表情になった。と、思うと二丁の拳銃を
台の上に置き射撃場から駆け足で出ていった。
管理員はスコープから目を離して振り返った。
「・・・・・・ 逃げた?」
やがて、射撃場のドアの向こうから沢村のおたけびが聞こえてきた。
「・・・・・・うおおおおおっ!!!」
勢いよくドアが開いき、沢村が戻ってきた。その両手には自動小銃の
ステイアーAUGとサブマシンガンのH&K・MP5A5が握られて
いる。
「さ、沢村さんっ」
管理員が叫ぶが、沢村は一目散に射撃ブースに駆け込み、二丁のマシ
ンガンを構えた。
凄まじいまでのマズルフラッシュと共に、無数の弾丸が放たれる。
雨あられのように襲いかかる薬きょうに、管理員は頭をすくめた。
あっという間に弾が尽きる。沢村は管理員を睨んだ。もはや言葉さえ
かけない。
管理員はスコープを覗いた。と、そのままで悲しそうな表情を浮か
べる。それだけで結果ははっきりしていた。
沢村の両手からマシンガンが落ちた。しばし、沢村は愕然とした表情
を見せていたが、すぐに真赤な顔になり、怒りにプルプルと震え
始めた。
「沢村さ・・・・・・」
管理員は振り返って声をかけようとしたが、その時すでに沢村は射撃
場から飛び出していた。
「ま、まさか、今度は重機関銃でも・・・・・・」
そうつぶやいた直後、またしても外からおたけびが聞こえてきた。
そして、ドアが開き沢村が飛び込んでくる。その瞬間、管理員の表情
が凍りついた。
沢村は錯乱した『獣』のような表情で射撃ブースに向かおうとし
ていた。そして、その両『肩』には、使い捨てのロケットラン
チャーが・・・・・・
管理員は、慌てて飛びかかった。そして、叫ぶ。
「さ、沢村さんっ!それは駄目えっ!!!」
特務課宛に後日送付された、この日の利用報告書にはこう書かれて
いた。
『沢村紅一警部の使用弾丸数、9ミリ・パラベラム弾77発、45口
径弾8発、7.62ライフル弾32発。ロケット弾2発。ただし、
ロケット弾は発射未遂。・・・・・・なお、命中数、ゼロ』
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