太っている人は、ややもすると意志が弱いから食べすぎるのだと決めつけられることが多い。だが実は、太りすぎの背景にはもっと複雑なメカニズムが働いていることが、最近の研究で明らかになってきた。
イギリス・ケンブリッジ大学の研究チームが科学雑誌『ネーチャー』6月26日号に発表した報告によると、 ある遺伝子に異常がある場合、お腹一杯食べても脳に満腹感のシグナルを送るホルモンを作り出せないため、肥満の原因となりうるという。また、同大学の別の研究チームは、肥満と関係があるもう1つの遺伝子を発見した。その遺伝子に異常があると体がカロリーを消費するスピードが落ち、その分他の人より太ってしまうというわけだ。
ネズミを対象とした研究では、遺伝子の異常が肥満の原因となることが、3年前にすでに明らかにされている。そして人間の肥満も80%のケースでは、何らかの形で遺伝子が原因となっていることまでは解明されていたのだが、具体的な形で立証されたのは初めてのことだ。
満腹感を生み出すホルモンはレプチンと呼ばれ、体内の脂肪細胞から分泌される。その分泌をコントロールするのがレプチン遺伝子で、誰もが2つ持っており、母親と父親から1つずつ受け継いでいる。だが研究対象となった2人の肥満体の子ども(いとこ同士)の場合、いずれもレプチン遺伝子の両方に異常があり、体内でほとんどレプチンを分泌していなかった。
2人のうち8歳の女の子は体重が86キロ、もう1人の2歳の男の子は29キロで、2人とも歩くのがやっとという病的な太り方をしていた。2人の両親はいずれも、レプチン遺伝子のうち1つだけが正常で、もう1つには異常が見られた。両親の遺伝子のうち、欠陥がある方だけが引き継がれたことが、子供たちの肥満の原因になったらしい。 (この家系で近親結婚が繰り返されてきたことも遺伝子の異常と無関係ではないかもしれない。2人の子供たちの両親はいとこ同士で、そのまた両親もいとこ同士だった。ちなみに子供たちの両親は太りぎみだったが、肥満体といえるほどではなかった。)
ネズミを使った動物実験では、レプチン遺伝子に異常がある太ったネズミにレプチンホルモンを注射したところ、体重を減らすことに成功した。だが、人間のメカニズムはもっと複雑だ。肥満体の人の中には、レプチンの分泌量が不足している人だけでなく、多すぎる人もいるのである。レプチンが多すぎる人は、その働きに 体が敏感に反応しなくなっているという説もあるが、まだ立証はされていない。
もう一つの遺伝子は、プロホルモン・コンバーターゼ1と呼ばれる酵素を作る遺伝子で、3歳の時にはすでに体重が36キロもあったという中年女性から発見された。遺伝子の異常でこの酵素が作れないと、カロリー消費のスピードが通常の人より遅くなるため、他の人と同じだけ食べても太ってしまうというわけだ。
ロックフェラー大学(アメリカ・ニューヨーク市)のルドルフ・レイベルによれば、発見された2つの遺伝子とも、異常が生じる確率はきわめて低いという。つまり、これらの研究成果は、いずれも人間が太る原因のごく一部しか解明していないというのだ。とはいえ、レイベルは2つの研究成果を次のように高く評価してもいる。
「太りすぎは本人の意志の弱さに原因があるという考え方と、もっと生物学的な原因があるという考え方の2つがあるが、今回の2つの研究によって後者に軍配が上がった。本人の性格的な欠陥よりも、遺伝子と生活環境の相互作用からなる複雑な生命メカニズムの解明に努めるべきだ」。
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