騒がしい隣人
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「まて!にげるな、このやろ〜!」
威勢の良い罵声が響きわたる。
「ひえええぇぇぇ…」
情けない悲鳴が後を追う。
「おね〜ちゃん!やめて!」
「こんな所に来てまでなんです!もうおやめなさい!」
「……」

ったく…うるさいなぁ…今、一体何時だと…
俺は隣の部屋のドアを勢い良く開くと(鍵が掛かっていないのは、あいつの習慣だ)中を確かめもせず怒鳴りこんだ。

いつものように、ビデオか何かのボリュームが壊れてるんだろうと思いながら…

「だぁ!うるせーぞ!小十郎…って、ええっっ!!!!!」

そこには有り得べからざる事態が展開していた。
学内一、女運が無いと言われている小十郎が、女性4人にもみくちゃにされている。
それもあろうことか、とびっきりの美人にだ。

「あ…こ、耕一…た、助けて…」

小十郎の声が、ドアノブを握ったまま凍り付いていた俺に無情な現実を告げた…


「へ〜…田舎の幼なじみね〜」
「ああ、ちょっとこっちに遊びに来てるんだ」
ちょっと照れたように、小十郎が言う。
ふ〜む…どうも「ただの幼なじみ」じゃないみたいだな…
こいつ、夏の旅行が流れた時には「十数年振りに、何もない怒田舎に帰る」とか言ってたくせに…

「ああ、まだ紹介してなかったな…ええと」
知的な感じの女性が、小十郎を遮った。
「いえ、自己紹介しますわ…わたくし、小十郎の幼なじみで婚約者の那水、と申します。お見知り置きを」
「あ、こりゃどうもご丁寧に…俺は耕一、小十郎とは悪友…かな?」
「そうなんですか…」
「ええ、腐れ縁でしてね…」
那水、と名乗った女性はにっこりと微笑んだ。
笑った瞬間、ちょっと冷たい雰囲気を感じさせていた顔が、ぱっと明るくなる。
いい笑顔だな…
…って、今、何て…

「な、那水。婚約のことは言うなって…」
「あらいけない、すっかり忘れてました」
ちょっと頬を赤らめて那水さんが笑う。何となく千鶴さんを連想して、俺は苦笑した。

そうか、婚約…って、こんやく?!
「なにぃぃぃ!!!お前が、こんな美人と婚約ぅ?」
思わず叫んでしまった。

「なんだよ…悪いか?」
「ああ、悪い。はっきり言って犯罪だ」
「そ、そこまで言う?」

そこでお互い笑い合う、いつものやりとり。

「ねえ、ボクの番はまだ?」
振り向くと、後ろで髪をまとめた女の娘が、腰に手を当てている。
顔は笑っているが、瞳には危険な光が…

本能と経験から、とてつもない危険を感じた俺は、素直に謝ることにした。
この辺のタイミングは、梓に鍛えられてるからな。

「ご、ごめん…君は?」
「ボクは朱雀…小十郎の幼なじみで、那水姉が言っちゃったから言うけど、ボクも小十郎の婚約者だよ」
「へ〜…そうなんだ…」

むう、なんて羨ましい…ん?

「おい!小十郎お前、ホントに犯罪じゃねーか!」
「す、朱雀!こっちじゃこれは”重婚”っていう犯罪だって言っただろ?」
「いいじゃないか…どうせこっちで暮らす訳じゃないんだし…それより、耕一って言ったっけ?」
「ああ」
朱雀、と名乗った女の娘は、俺をまじまじと見つめた。
「ボクと腕相撲してくれない?」
「はあ?」
「さすがにここじゃ実戦ってわけにもいかないからね」
「な、何をいきなり?」
な、なんなんだ?

「まあまあ耕一、ちょっと付き合ってやってくれよ…」
小十郎はそう言うとニヤリと笑って、そっと囁いた。
(気をつけろよ、朱雀は少なくとも、俺の1000倍は強い)
(はあ?こんな線の細い娘が?)
それには答えず、小十郎はテーブルの上を片付けると、俺達を向かい合わせに座らせた。

「じゃあいくぞ。Ready GO!」
やれやれ…じゃ、ちょっとばかりやってみますか。

ぎちっ…

腕はピクリとも動かなかった。
「なん…だと?」
信じられない…この細い腕の何処に、こんな力が…

「こんなもんなの?…キミの力は…」
朱雀の口調は平静そのもの。何処かに力を入れているとは、とうてい思えない。

くっ…どうなっても知らねーぞ…

ゴオオォォォ
身体が変化しないよう、ほんの少しだけ鬼を解放する。

みちっ…ぎちっ…

「くっ、や…っぱり…」
流石に朱雀の顔色が変わる…だがそれでも、二人の腕は微動だにしなかった。
「な?そんな馬鹿な!」

ぎしっ…みしみしっ…ばきゃ!!!

負荷に耐えれなくなったテーブルが、粉々になった。

「……」
「……」

俺は確信した。
彼女は人間じゃない。
彼女も、俺がただの人間じゃないことに気付いたろう…

「キミ…やっぱり…お…」
「わ〜…凄いね、お兄ちゃん」
「ん?」
何か言い掛けた朱雀を押しのけて、おかっぱの女の子が割り込んだ。

「はじめまして、あんずです」
「はあ、はじめまして…俺、耕一」
あんずちゃんは、俺をしげしげと眺めた。
「お兄ちゃん、何処の人?朱雀お姉ちゃんに腕相撲で負けない人なんて、「里」にもほとんどいないのに…もしかして、お兄ちゃんも空からきたの?」
「はあ?」
「あんず!」
那水さんが鋭い声を出した。
彼女を見ると首を横に振っている…
「ううん、なんでもない…あ、そうそう、あんずも小十郎お兄ちゃんの婚約者なんだよ!」
「え?えええ?」
「あ、あんず!」
俺は、小十郎の顔を凝視した。
「な、何だよ、耕一…」
「小十郎…お前…やっぱり犯罪者…」
「ち、違うって!あんずはこう見えても俺と同い年なんだって!」
「なにぃ?嘘だ!俺は信じないぞ!」
こんな二十歳がいてたまるか。
…いや、あり得ないことでもないか…初音ちゃんも十五にゃ見えん…

さっきから黙々とテーブルの残骸を片付けている女の子が一人。
手伝おうと思って近づいたら、びくっとして小十郎の後ろに隠れてしまった。
むう、露骨に避けられてる…何か嫌われるようなことしたかな?俺…
そういえば、楓ちゃんにもこんな感じで避けられてたなぁ…またワケ有りかな?

「ああ、まゆきは男性恐怖症なんだ…もうこうなったら隠してもしかたないから言うけど、彼女も俺の婚約者だよ」
俺の心を察したのか、小十郎がフォローしてくれた。
それにしても四重婚…とは…何があったんだ?一体…

「へ〜…じゃ、しょうがないか。俺は耕一、よろしくね」
とりあえず、返事は期待しないで一方的に自己紹介した。
…すると。

「まゆき…と申します…」
それだけ言うと、彼女はまた小十郎の後ろに隠れてしまった。
「へぇ、ゆきちゃんが小十郎以外の男と話すところ、初めて見たよ…こりゃ明日、雪でも降るんじゃない?」
「もう、すずめちゃん…」
「ふふふ…そういえばわたしも初めて見ますね…」

俺は面白い冗談だと思った。

…翌朝までは。


解説など


…。
解る人だけ笑ってくれると嬉しいなぁ…(汗)
時期的には…耕一が隆山から帰って来るのと、小十郎の所に四人が来るのがほぼ同時…ってことになってます。
2人とも、「夏の予定が流れている」「貧乏大学生」「人間離れ」…ってことで、友人同士だと面白いかも…と思ったのがきっかけですね。
しかし…ビ・ヨンドのおかげで、一気に繋げ易くなったのは嬉しい誤算でしたね。(笑)
予定では…4人同士が意気投合…な感じなんですが…
はてさて、どうなることやら…

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