剣岳〜北方稜線より〜


L:大山、世田





9月27日(晴れ)

いつかは行ってみたい赤谷尾根や小窓尾根からの剣岳(積雪期)。北方稜線ルートの
概念把握のために出かけてみた。

天気予報はいいはずだったのに、扇沢はガスで真っ白で雨も降っていた。朝になっても
霧雨模様。それでもトロリーバスのチケット売り場にはすごい行列ができていた。始発に
乗って黒部ダム駅へ。大勢の人波と分かれて黒部川へ下りる登山道への出口を出ると
嘘みたいな快晴だった。

黒部ダムの駅長室に計画書を提出し、ストレッチをして出発。他にも複数のグループや
単独の人がこちらの出口に出てきており、意外な感じがした。登山道を下り切って黒部
川にかかる橋を渡ると黒部ダムが見えた。



そこからアップダウンの少ない登山道を歩く。黒部川がキレイ!緑の中に混じる紅葉が
キレイ!写真を撮りながら行くのでなかなか進まない。しかもデジカメのメディアがいっ
ぱいになってしまったため前の画像を消すという余計な作業も歩きながらしなくてはなら
なくなった。

内蔵助谷出合の辺りで登山道が2つに分かれていて、前を歩く人につられてそちらへ行き
そうになり、地図を確認して気が付いた。下の廊下が開通しているからそちらへ行く人が
多いのだろう。

出合から内蔵助谷の方へ行くと、登山道は右岸側に谷を巻くように付けられていて、所どこ
ろ崩れた斜面に補助ロープが張ってある箇所もあり、結構な急登だった。内蔵助平は紅葉
のなかの平坦な道を進んでいく。



涸れた沢を詰めて行くとやがてハシゴ谷乗越への登りになり、乗越手前では内蔵助平を見
下ろす。乗越で休憩していると単独の男性が登ってきた。ハシゴ谷の下りは名前の如くハシ
ゴが複数箇所かかっていたが、段が抜けていたり、全部なかったりかなりワイルド。今回で
このルートは3回目だが一番荒れているように思った。

途中の水場で水を汲んで剣沢に下りる。時間は14時半を回っていたが、前回も14時に剣
沢に下りて池ノ平まで上がったので真砂沢で行動終了という選択肢はない。ビバークする
なら二俣の辺りかと思ったが問題がひとつ。今回軽量化のために世田さんがビールを小屋
調達として持ってきていないのだ。自分の明日用を分けてあげてもいいが、世田さんに250
ml缶では呼び水になるだけで、却って飲まない方がマシかもしれない。

二俣まで来たところで15時過ぎ。コースタイムでみると小屋到着は18時を過ぎそうだが、
このまま行くかここでビバークするか世田さんに尋ねると、小屋まで行くと即答。

ナイスファイト!

仙人新道は登るにつれて紅葉がすごくキレイになってきた。もう紅葉を照らす日差しはない
のに鮮やかさが目に刺激になる感じ。



途中で単独の男性がお茶を沸かして休憩していた。この時間に余裕だね、下りかね、と話
しながら進むと、後ろから登ってきているのが見えた。仙人峠からトラバースして池ノ平小
屋に到着。ヘッドライトのお世話になる前に何とか着いた。

テントの受付では明日行くルートなど記入し、北方稜線ルートについては行ったことがある
かとか、やばいルートだと認識しているかとか、登山届は出してきたかなど、厳しく聞かれ
身が引き締まった。

世田さんも無事に500mlと350ml缶を入手、鍋の材料を準備した自分は世田さんが肉
を食べられないことを失念しており、用意した200gの肉のほとんどは自分のお腹に収まっ
た。…ごめんなさい。


(タイム)
8:10 黒部ダム駅〜9:30 仙人ダム分岐〜13:23 ハシゴ谷乗越〜15:11 二俣〜
17:50 池ノ平小屋




9月28日(晴れ)

池ノ平山への上りからスタート。朝日が昇ると紅葉がとてもキレイで写真は進むが足が進
まない。しかし高度を上げると紅葉もひと段落ついて池ノ平山からの下りに入る。


ここは前回の記憶では這い松の藪こぎと急な下りが印象に残っていたが、記憶どおりの這
い松の藪こぎをこなした後もルートは不明瞭で、尾根通しに行くのが無理なので下を巻こう
としても踏み跡はなく、うろうろと行ったり来たりして藪の薄そうなところを探して突破するな
ど、ルートファインディングに手こずった。



這い松に埋まった細い尾根を下り、なかには芯が出てしまっている残置ロープのある急
斜面をクライムダウンして何とか小窓まで下りる。池ノ平山から下るのに2時間もかかっ
てしまった。前回こんなに悪かったかなぁ〜

小窓で剣山荘を朝4時に出てきたという単独の男性が休憩していて、アイゼンを持って
雪渓の方へ下りて行った。世田さん情報によると、剣の方から来る人は大体小窓雪渓を
通って池ノ平山を巻くルートを取るらしい。

小窓から小窓の頭の方へ登って行く。岩場を越えて広大な斜面に踏み跡は小窓の頭へ
登っていくと思われるものと頭を巻いてトラバースしていくものに分かれた。先を行ってい
た自分は小窓の頭に立ってみたくてそのまま頭を目指して登って行った。しかし踏み跡は
だんだん不明瞭になり、足場も悪く、頭は意外に遠い。頭まで行ってしまうと尾根沿いに
もう一つピークを越えなくてはならない。時間を考えてトラバースルートに戻ることにして
足場の悪い斜面を下る。時間にして30分のロス。世田さん、いろいろごめんなさい。

トラバースルートには短く雪渓を下り気味に横切る箇所があったが、ステップはコチコチで
緊張した。



ここまで天気が良くて思いのほか水を消費したため、水の残りが気になっていたが、この先の
ガレた谷筋に水が出ていて思いがけず水を補給することができた。足場の悪い谷筋を上り、
コルに出て再び足場の悪いガレを三ノ窓へと下る。そしてまた足場の悪い池ノ谷ガリーを登る。


池ノ谷ガリー

池ノ谷ガリーでは先を登る単独男性を確認。落石も落ちてきた。さらに下ってくる男女2人組
もあり、お互い同じラインに入らないよう行動する。

池ノ谷乗越まで登り切りやれやれという感じ。もうこんなに足場の悪い所はないはず。それで
もコースマークがほとんどないため、岩稜を巻く側を間違えて戻ったりなど小さなロスが出る。
遠くに今日のテント場の剣沢が見えるが、あははっと笑ってしまうくらい遠い。

長次郎の頭は巻き、岩棚を渡って長次郎のコルに出る。暗くなる前に前剣の下りをこなしたい
なぁと思いながら、剣岳に着いたのは16時過ぎ。お互い、今年2回目の剣岳の山頂だが、前
回と違って今回の山頂には自分たちの他は誰もいない。


剣岳直下を登る世田さん


下山時間は気になりつつも、十分に堪能して下山にかかる。ここからは今までと違い、至れり
尽くせリのコースマークに感謝。別山尾根は初めてという世田さんだが、鎖場も余裕でこなして
いく。

楽しそうにカニの横ばいを通過♪する世田さん


しかし残念ながら、前剣の下りを前にして日没。ヘッドライトを装着する。電池も新しいものに
替える。今年の春山前に買い替えたBDの130ルーメンのヘッドライトは、点けると前方が昼
間のように明るくなり、振り返れば世田さんの足元も照らした。所どころ鎖もあり、コースマーク
などに注意して下ったが、それでも1回、間違えてルートをショートカットしてしまうような場面も
あった。

前剣を下り、一服剣へ登り切ると剣山荘の灯りが見えた。と同時に「おーい、こっちー!」と
呼ぶ声が聞こえてきた。

もう辺りはすっかり真っ暗で、ヘッドライトの明かりを小屋の人に見られるのが嫌だなぁと思っ
ていた自分は、すっかり、小屋の人が自分達を遭難者と思って呼んでいると思い込み、小屋の
灯りがあんなに見えてるんだから呼ばなくても分かるのに…と思いつつ、なんか騒ぎになってる
みたいで困ったと思いながら呼びかけには応えずに下り続けた。

しかし、「おーい、こっちー!」と呼びかける声は止まらず、いい加減うるさいと思ったとき、「聞こ
えてますかぁ?」と呼びかけが変わった。

「聞こえてますっ!」と答えると、予想外の答えが返ってきた。

崖から落ちて自分が今どこにいるのか分からない。

はぁ?そこで初めて、小屋の灯りから離れたところにヘッドライトの灯りがあるのに気がついた。
遭難者からの呼びかけだったのだ。向こうもこっちのヘッドライトを捜索の人のヘッドライトと思っ
て呼びかけていたのだろう。と言っても、ライトは登山道からはかなり下の方だし、自分たちには
直接できることはない。取り敢えず、もうすぐ剣山荘だから小屋の人を呼ぶこと、相手に怪我の
ないことを確認して、待っていてくださいと告げて下山を続ける。

小屋に着いたらどういう風に伝えようか考えながら下っていると、下から誰か登ってきた。

おもむろに、「どういうことですか?」と詰問口調。数ヶ月前に交通違反で捕まったときの警察の
人と同じような口調だったので、警備隊の人かなと思う。下から呼んでいる人がいること、この上
の鎖の辺りまで行けばライトが見えること、怪我はない模様など伝える。

質問はこちらの方にも及び、今日はどこから来たのか聞かれ、警備隊ですがと前置きした上で
計画の見直しをして夜間行動は慎むようにという注意を受ける。夜間にも落石事故は起きてい
るとも。今月立ち読みしたの山渓の記事を思い出す。

とんだ飛ばっちりだと思いつつも、何か事を起こせばお世話をかけてしまう相手でもあるので、
神妙に反省の意を表す。

剣山荘まで下るとデッキに数人の宿泊者が出てきていた。世田さんは早速ビール調達に中に
入って行った。外にいた人に、今下りてきたのかとか、上で何があったのかとか聞かれたり、
こんな時間まで行動していることへのダメ出しとかやいやい言われる。ダメ出しに対してはお前
に言われる覚えはないと思ったが、ここにいる人たちは大方自分たちの行動に対して批判的で
あろうから、あまり刺激しないよう緩く受け流す。

ちなみにさっき助けを求めていた人は、今日剣山荘に予約を入れてあった人らしい。

剣山荘から剣沢までの最後の1ピッチ。キャンプ場までの上りで、つい先刻まで真っ先にビール
を買いに行くくらい元気だった世田さんが急に弱ってきてしまった。安全圏に下りたことで緊張の
糸が切れたのかな。

テントに入っても体調は戻らず、世田さんはおみそ汁を飲んだくらいでせっかく買った割高ビー
ルも飲まずに寝てしまった。寝る前に世田さんが作ってくれたポテトサラダは自分が全部いただ
き一人静かに剣沢の夜を過ごした。

寝る前に電源を入れた際に受信した携帯のメールで御岳の噴火を知る。


(タイム)
5:48 池ノ平小屋〜8:08 池ノ平山〜10:15 小窓〜13:10 三ノ窓〜15:33 長次郎のコル
16:10 剣岳〜18:59 一服剣〜19:28 剣山荘〜20:22 剣沢キャンプ場




9月29日(晴れ)

今日も快晴。テントの入り口を開けると剣岳が朝日を浴びている。もう既に下山していく人々も
いたが自分達はのんびり下山と決めている。世田さんの体調も、朝から朝食のおかずに魚肉
ハンバーグを食べられるくらいに回復。

テントを撤収し、剣岳の雄大な姿を振り返りながら別山乗越まで登る。



別山乗越から雷鳥沢を下る。室堂も紅葉していた。雷鳥沢キャンプ場から室堂までの最後の
上り返しをがんばり、玉殿の水を汲んでからトロリーバスに乗った。

(タイム)
8:35 剣沢キャンプ場〜9:16 別山乗越〜11:42 室堂ターミナル