前穂高岳 北尾根


L:坂野、大山





4日目 (晴れ)

午前2時くらいだろうか。風が強くなってテントが押されるようになり目が覚める。
外は月明かりがあるらしく、テントのフレームがあり得ないほどひしゃげて風に
翻弄されている様子が見て取れた。奥又からも涸沢からも吹きつけ左に右に
激しく揺れる。こんな風は初めてで、目を開けて見ていると怖くなって目を閉じる。
足が震えたのは、寒さからか、本能的な恐怖からか。

どのくらい経ったか、急にテント内に風を感じて目を開けると、テントの吹き流し
の入り口が丸く開いて奥穂が正面に見えた。わ、すごい!と一瞬思うが、すぐそ
れどころじゃないと吹き流しが引きちぎられたのかと思い確認すると、吹き流し
をテントと接続しているファスナーが全開していた。慌ててファスナーを戻す。
異常な風に、リーダー坂野を起こし、不測の事態に備えて靴を履いて荷物をまと
める。時刻は3時半。

強風で内側に押してくるテントに注意しながらお湯を沸かし、白湯で行動食の
パンを食べて朝食とする。テルモスも、沸騰しないまでも温めたお湯を入れて
おく。

少し風が弱くなったところでテントを撤収する。ポールのパーツが1つ折れていて、
複数のパーツが曲がっていた。昨年末の遠見尾根のときよいひどい。



コルから上がると風は気にならなくなった。取り付きを探し、ぽいところでリーダー
坂野がスタート。ビレイ地点から回り込んで行ったので様子は見えなかったが、
ルートを左に取り苦戦している様子。やがてロープを出すよう指示があり、懸垂で
下りてきた。

自分も三峰の出だしは前回秋に来たとき間違えて登ったようだし、最初に連れて
きてもらったときのことは忘れたし、自信がない。辛うじて、ルートの右側のほうが
最初に登ったときの記憶と一致したので、そう伝える。

再びリーダー坂野がスタートし、苦戦しながら狭い凹角を登っていった。セカンドで
スタート。すごい傾斜を感じ、リーダー坂野が苦戦した箇所は、格好なんて気にせず
膝でも何でも使ってよじ登る。



2ピッチ目。正面のチムニー目指して登って行く。雪が詰まっていて真っ白。うまく登れ
るといいけど…と思い取り付くと、ほぼ90度の傾斜に、足を蹴り込むとスカスカのざら
め雪。これはだめだと思い、一旦下って左側の岩に取り付く。持ち前の思い切りの悪
さから一段上がるのに躊躇してもたもたするがなんとか上がり、凹角を登って行く。
そして突き当たったのは、前回、登山靴でぎりぎりで登った岩。ここはリーダー坂野を
待つことにしてピッチを切る。



登ってきたリーダー坂野。取っておいた岩を見て、なんだこれは!と言うが、何だかんだ
で登って行く。さすが。その先の凹角もセカンドでよかったって感じだった。アームロック、
ニーロックがレストに有効であることを体感する(リードでは怖くてできないけど)。



4ピッチ目、雪の斜面を登り、5ピッチ目で三峰に抜ける。5ピッチ目の出だしの岩も斜め
っていて悪かった。

三峰からほとんど下ることなく二峰。ここでまたリーダー坂野のロープなし宣言。朝から
ロープの安心感に浸っていたため、えーっと抗議の声を上げるがスルーされる。


三峰からみる二峰

二峰の下降は懸垂。コルからいよいよ前穂の山頂への登り。もうロープがどうのこうの
言う気もなく、慎重に登って行く。


懸垂の準備をするリーダー坂野…クライムダウンする気かと思い、一瞬ひるんだ

前穂の山頂には雪の塊が付いていて、山頂標識も出てなくて、爆発的な喜びはなかっ
たが、やったぁって感じだった。



記念撮影をして明神へと向かう。視界がないと苦労するかなと思ったけど、大快晴!
注意しながらも大胆に広大な谷を横切り、どんどん高度を下げる。



散々下ってまた上り返す。手前のピークを明神岳T峰と思って越えたら、さらにその
先に大きなピークがあってがっくりした。意外に遠い。


明神岳T峰手前のピークを登るリーダー坂野。自分は確保してもらって越えた。

やっと明神岳T峰のピークに立ち、U峰を見る。がばがばで簡単な岩場だったはず…
だよね。なんか雪が多いけど。


明神岳U峰

コルからU峰に取り付く。リーダー坂野が雪の斜面を登って行き、凹角の手前でピッチ
を切った。コチコチの雪面のトラバースはリード・セカンド関係なく怖かった。



2ピッチ目、凹角の出だしでもたつきつつ一段上がると斜面が凍っていた。チムニーに
入り、ずりずりと上がってU峰のピークに抜ける。



時刻は午後4時半。暮色の迫るなか、破損しているテントを安心して張れる場所を
探して先へ進む。V峰は岩場なのでそもそも張れるような場所はなく、これを通過
して下りたところの岩陰に適地を見つけ薄暗いなかテントを設営する。

風はあったが通常のレベルで、テントに落ち着いたところで予備日を使うことになっ
た旨、残留当番に連絡して就寝は10時過ぎだった。



(タイム)
7:05 テント場〜11:55 三峰〜12:35 二峰〜13:11 前穂〜15:44 明神岳〜16:29 U峰
〜18:20 テント場



5日目 (晴れ/曇り)

昨日が遅かったので、5時起床とする。それなりに風はあったが、テントは問題なかっ
た。




しかし、出発して稜線に足を踏み出すとまともに歩けないような強風が吹きつけてきた。
しかし、富士山のときもそうだったが、リーダー坂野に風は関係ないのか、耐風姿勢を
取って動けない自分とは対照的に先へ進んで行く。

何はともあれ、テントを張った場所は奇跡のテント場だったんだなぁと実感する。

強風に立ち止まりながらも1時間でX峰に着く。そこから台地へと下るが、結局風は
尾根を離れるまで吹き続けた。



尾根から離れて樹林帯を下る。踏み抜きが激しいので輪かんを履くが、軟雪の下の固い
層で滑る。そう言えばこんな雪だったっけなぁと思い出し、後ろ向きで急傾斜を下る。
固い雪を崩すと中はざらざらのざらめ雪で、崩れる雪と一緒に下降していく感じ。

入山者が多いのか、テープが所どころにあったが、フィックスロープのある岩尾根を右に
巻いたらテープがなくなってしまった。進行方向は左だったが、左の谷は雪崩跡が露骨に
あって入る気にならなかった。

雪崩跡を気にしつつ、前明神沢の方へ下りて行き、デブリを越えて尾根の裾を巻くように
左へ進む。輪かんでは斜面で滑落しそうなのでアイゼンに履き替えたが、アイゼンには
壮絶なダンゴがつき、やっぱり滑落しそうになる。樹林帯では踏み抜きが多く、悪戦苦闘。

やがて先を行くリーダー坂野がピンクテープを見つけ、岳沢ヒュッテの7番標識のところに
出る。


樹林帯の雪崩跡…柔らかい雪が全部落ちていた

そこからは一般登山道だが、登山道は雪に埋まりトレースはない。コンパスと目視
(登山道の痕跡)で進む。途中でまた輪かんに履き替え岳沢登山道の登山口まで。

工事車両が唸りを上げるなかを、誰もいない河童橋を渡り、釜トンネルまでの辛く
て長い道のりをよろよろと歩いて16時15分のバスで沢渡駐車場に戻った。



(タイム)
7:16 テント場〜8:12 X峰〜12:21 7番標識〜13:17 岳沢登山口〜15:54 釜トンネル