白馬岳






南北中央アルプスと八ヶ岳の登山地図をコピーして、行ったルートにマーカーで色を
付けている。山を歩きに行きたいなと思ってその地図を広げると、欅平周辺は真っ白
で、しかし、そこを起点に周回できるルートがある。何回か山行の候補に上がったも
のの、電車で入山しなくてはならないことや、不帰キレットが面倒とか、つい二の足
を踏んでしまっていた。

今回は急にやる気がわいて出かけることにした。

計画では、清水尾根の不帰岳避難小屋に1泊、稜線上の天狗山荘に1泊、せっかくな
ので登山口の祖母谷温泉にも1泊する予定で連休+1日の休みを取って日程を確保し
たのだが、その後、天狗山荘が営業終了しており、トイレと水がないとHPにあるの
を確認。しかも初日の予報は雨。翌日からは晴れる見込みだったので、初日は祖母谷
温泉まで入るのみとした。


10月7日(土)小雨

午前中のうちに宇奈月駅の駐車場に着いた。昼の電車を予約してあったが、2時間近
くも時間を潰せないので、時間を繰り上げて乗車する。雨の予報だったから窓付きの
車両にしたが意外に天気は良く、これなら窓のない車両の方が快適だったなと思った。
しかし欅平に着くと雨が降っていて、車に傘を置いてきたことを後悔しながら雨具を
着ける。このところ浜松がすごく寒かったので、長袖の保温性アンダーの上に長袖を
重ね、ズボンの下にもタイツなど履いていた。しかし気温は高く、その上に雨具を着
けて歩くのはものすごく暑かった。雨でも欅平から祖母谷温泉の方へ歩いて行く人や
向こうからくる人は結構いたが、登山者は自分だけのようで浮いていた。


ひと汗かいて祖母谷温泉に着き、受付してテント場に向かう。何気なく川の方へ顔を
向けると、すぐ下に露天風呂があり、男性の入浴者が数名いてびっくりした。テント
場に他のテントはなく、小雨の中、テント設営。テント代と温泉代で1200円(テ
ントのみは600円)。水場もテント場にあり、外のトイレは水洗!テント場のトイ
レで2回ばかり蛆虫に遭遇したトラウマを抱える身には天国のように快適だった。

温泉は、温泉のみの外来は16時までのため、それまでテントでごろごろして過ごし
た後、一人でのんびり入浴した。後からきた人のテントが2張ほどあった。




10月8日(日)晴れ

昨夜、寝る前に温泉に入ったらシュラフに入っても暑くて汗をかいた。朝も温泉に入
りさっぱりして出発。腕時計の高度計を見る。え、800m?何かの間違いでは?と
GPSを確認する。さらに低く800mを切っている。地図を確認。白馬岳の標高は
2900mちょい。

標高差2000m超かぁ…。急に体力的な不安を覚えるが、コースタイムは9時間く
らいだし、まぁ15〜16時には着くだろうと歩き始める。

通行止めの鎖を自己責任で越えて林道を歩く。舗装されている部分が滑る。登山道に
入っても、樹林帯の石が滑る。名剣沢に出ると登山道のつなぎが分かりにくく、ちょ
っと迷ったが、沢を少し上がると赤いコースマークがありルートを回復する。そこか
ら急登が続き、トラバース部分では滑りやすい足元に注意しながら進む。

この倒木を越えるのは滑って大変だった。

登山地図に「百貫の大下り」とある所を登り切る辺りで、最初の下山者とすれ違う。
その後、1700m〜1800mの辺りは、登ったり下ったりが多く、なかなか標高
を稼げない。避難小屋まで5時間とあるが、コースタイムオーバーを感じ始める頃、
2人目の下山者とすれ違う。避難小屋を10時に出て来たとか。下りで30分か。
「まだありますね…」と苦笑して別れる。天気がいいので、周囲の紅葉もきれいで、
それだけでも気分が明るくなる。


結局、避難小屋にはコースタイムを1時間近くオーバーして到着する。行動開始から
6時間経過して、あと標高差1000mとは…。

中に入らなくても、テントは張れそう…。水場は少し手前に沢がある。

避難小屋は、登山地図に冬季閉鎖と書いてあったが、開けてみると開いた。土間が
ありもう一つ戸があって部屋になっていた。シュラフや寝具が吊るしてあった。無
人の避難小屋は気味悪くて、早々に立ち去る。当初の計画で泊まる予定だったが、
絶対一人では無理だろう。

避難小屋から少し上がると剣岳が見えた。左に目線をずらすと槍ヶ岳も見える。展
望が良くなってくるのは嬉しいし、気分も上がる。しかし疲労感も出てきた。


清水岳の手前は、日差しが強く当たる笹の斜面にうんざりする。それを登りきると
平らなお花畑が現れた。今は草紅葉と、紅葉した葉のみとなったチングルマの群落
があり、季節を選べばいい所だなぁ〜と思った。


そこから清水岳までも、池塘のあるお花畑があったりして、いい雰囲気で、花の季
節にまた来たいと思ったが、下から登るのはもう嫌なので、行くなら白馬岳からの
ピストンだなと思った(多分行くことはないだろうけど…)。

そんなことを考えながらやっと清水岳に登りきる。清水岳から小旭岳の巻き道に入
るまではこれまで頑張って登ってきたご褒美のような平らで展望の良い尾根を歩く。
富山側は一面の雲海。

清水尾根も雲海に飲み込まれていく。

小旭岳の巻きは若干下り、前方に見える裏旭岳への上りに疲労感倍増。何とか登り
切り旭岳を巻くと白馬山荘が見えた。白馬岳は、明日は登っている時間はないが、
白馬岳まで登らなければ清水尾根は完結しない。頂上宿舎に先に寄る方がいいこと
は分かっていたが白馬山荘に近い方の稜線に出たので、分岐に荷物を置いて身ひと
つで山頂に向かった。時刻は17時を過ぎ、白馬山荘には日没を見届ける人たちが
たくさんいた。


夕日を背後に、振り向きながら山頂を目指す。途中で雲海に沈む夕日を見届け山頂
に到着。長かった…。こんな時間に山頂に到着したのは自分くらいかと思ったら、
栂池の方からザックを背負った人たちが登ってきていた。


展望を楽しむ余裕もなく、急ぎ足で下り、荷物を回収して頂上宿舎に向かう。中に
入ると既に今日の集計をしている雰囲気の男性が一人。恐る恐るテントの受付を申
し出ると露骨に嫌な顔をされた。それでもなんとか受付をしてもらう。ジュースが
欲しかったが言える雰囲気でなく、出口に向かうと自販機があり、CCレモン調達♪
外に出ると、また一人、テントの受付に入っていった。

テント場は、以前、10月の連休の最終日に泊まったとき、自分一人だけだったこ
とがあるので、そんな覚悟で向かうとびっくり!満員御礼な感じだった。あ、まだ
連休の中日だっけ。張る場所あるかな…と思いながらテント集落の中に入って行く
と、空地はあった。びしょ濡れのテントを出して張る。中に入ってホッとする。ご
飯を炊いている余裕はないのでラーメンで簡単に済ます。テント場到着から就寝ま
で1時間半くらいだった。

(タイム)
5:35 祖母谷温泉〜11:21 不帰岳避難小屋〜14:30 清水岳〜17:31 白馬岳〜
17:57 頂上宿舎



10月9日(月)晴れ

夜半に風が強くなってテントが揺れた。風があればテントが乾くのでラッキーと思
うが、張り綱の固定をいい加減にしていたので、朝方に起きてトイレに行くとき、
石の重しを追加しておいた。テント撤収の時も風は強く、テントを飛ばさいよう細
心の注意を払う。

ヘッドライトで出発する。もう行動しているライトが前方に幾つか見える。昨日の
清水尾根で、今日もコースタイムよりも時間がかかる可能性が高いと思ったため、
時計を気にしながら歩く。反面、今日のうちに下山できるならしてしまいたいとい
う気持ちもあったりする。杓子岳は体力と時間の節約で巻き、鑓ケ岳に登る途中で
日の出を迎える。


鑓ケ岳からの眺めは、一番感動した北アルプスの眺望だったかも…。


強風は続いており、山頂で短く展望を楽しんだ後、鑓温泉の分岐まで下りて休憩す
る。少し稜線から外れただけで風の当たりが随分違う。鑓温泉からピストンしてき
たらしい若者グループが下山していく。腰に下げた手拭いに温泉気分を感じる。

稜線に戻り天狗山荘へ。テントが1張あった。山荘の向かいに雪渓が残っており、
そこから引かれた水場からは水が出ていた。天狗山荘から天狗の頭を越えてしばら
く平和な道を歩いて行くと、突然、鎖まじりの急な下りが現れる。

不帰の嶮が姿をのぞかせる

ちょっとなめてかかって気を抜いていたので、お!?と思うような下りだった。下
に人がいるので落石を落とさないよう気をつけて下る。下りきってT峰を過ぎ、U
峰の上り。


岩場登りが大半で、人が多いと渋滞して時間が読めなくなることもあるが、連休最
終日でもあり、歩いている人は少ない。長野側に回り込むと風がなくなり日差しが
強く非常に暑い。雨具を脱いでしまうが、稜線に出るとまた強風…。唐松岳に到着
したら一旦唐松山荘まで下る。

下山の踏み跡は明瞭なのだが…

テント場の方へ下りていき、唐松岳の斜面についている明瞭な登山道を下る。これが
ずっとトラバースで、鎖も付けられているが、足場が結構悪い。この尾根の下りの進
み具合では、今日の下山の可能性を捨てていなかったため、ちょっともどかしい。進
んでも進んでも、振り向くとまだ唐松山荘が見える。やっとトラバースが終わり足場
がよくなってホッとする。

登山地図に「馬鹿下り」とある下りに入ると登ってくる人に会った。挨拶をすると、
こちらの顔をまじまじと見て「昨日会いましたよね?」と言われる。顔は覚えていな
いが、このフレンドリーな雰囲気は、昨日、不帰避難小屋から下りてきた人だと思い、
しばらく立ち話(時間は気になったけど)。その人は栂池から白馬岳に登って清水尾
根を下り、祖母谷温泉からこの尾根を登り返して八方尾根を下りると言う。自分には
あり得ないルート取りだ…と感心する。それにしても日差しを遮る場所のないこの尾
根は非常に暑く、下りでも暑さでかなり消耗するのに、上りは大変だろうと思った。

こんな場所が現れても心が和まないくらい疲れ始めていた

「馬鹿下り」を下りきって標高は1900mを切っているが、ここから餓鬼山まで登
り返さなければならない。餓鬼山の標高は2100m超。我慢強く登って行くしかな
い。高度計を見ながら登るが、急登を登り、1900mを回復したと思ったらまた下
る。痩せた尾根の両側は切れ落ちている場所もあり、こんな所で落ちても痕跡も残ら
ないし、登り返すのは無理だし、人知れず行方不明だな、と思う。

餓鬼山

暑さで消耗し、かなりバテてきて、登って行くのに従い展望が良くなってくることに
腹が立ってくる。下りでこの展望いらんし!と悪態を呟きながら登り、やっと山頂分
岐。悪態をついた手前、少し後ろめたかったが、山頂まで行って写真を撮る。唐松山
荘が見えた。餓鬼山の上りには1時間半くらいかかった。

不帰のキレットと唐松岳

そこからは下り。しかし口が渇いて気持ち悪くて40分くらい歩いてピッチを切る。
行動食のおかきや羊羹を水で流し込む。水はぎりぎり足りると思うが、脱水や熱中症
で行動不能になるのが怖かった。もう今日の最終電車には間に合わないので、確実に
下山することを最優先に、高度計をみながら注意深く下った。登山地図で南越峠とい
う辺りに水場があり、思いっきり水分補給して、尾根を離れて谷へ下る。


ここまでも樹林帯の石は滑りやすくて何度も足を滑らせたが、ここから谷へ下る道
は傾斜が急になる上に足元は石ばかりで、しかも雨でも降ったのか濡れていて非常
に悪かった。何かでコーティングでもしてあるかのように、足を置くと滑り、反対
側の足で踏みとどまろうとするとその足も滑り倒される。経験のない悪さに、もう
やだ!と泣きが入る。谷まで下ると沢沿いの道は枝沢を横切っていたり足場が崩れ
やすかったり不安定で、何とか暗くなる前に悪い所を抜けてしまいたいと思うもの
のいつまでも悪場が続く。

薄暗くなってきてそろそろヘッデンかと思う頃、前方に人が現れた。ヘルメットを
した女性で、これから上るんですか!?と聞くと、きのこ採りだとのこと。きのこ
を採って戻るらしいが、まだ奥へ進んで行った。人がいることに少し安心感を覚え
る。その直後、雨が降り始め、泣きっ面に蜂の気分で雨具を着ける。

完全に暗くなってしまい、ヘッデンをつけてより慎重に下る。しかし、ロープが垂
らされた岩場で下りすぎて登り返したり、岩場でルートを見失ってうろうろしたり、
そして、足元は滑りやすい石がごろごろしており、一歩間違えれば遭難だなと平常
心を保つ。

遠くに祖母谷温泉の明かりが見えてくるが、まだホッとできる状況ではなく、それ
からもしばらく悪い登山道と格闘し、やっとのことで林道に下りる。林道を数十m
歩くと欅平からの舗装路に出て祖母谷温泉へ。

昨日と同じくらい遅くなってしまい、白馬岳頂上宿舎の人の不機嫌な顔を思い出し
ながら祖母谷温泉の入り口を開けて中に入る。遅くなって恐縮ですが…とテントの
受付をお願いすると、出てきたご主人は、見た顔だねぇ〜と、とても温かかった。

またしても小雨の中、ポカリを飲みながら、のろのろとテントを設営し、中に入る。
シャツはびっしょり、ズボンは泥々…でも着替えはないし…と思ったが、初日に脱
いだアンダーシャツとタイツがあったことを思い出し、まだうっすら湿っていたが
そちらに着替える。食欲はなかったが、インスタントスープを2杯飲んで休んでか
ら温泉に浸かったら疲労も回復し、夜中にお腹が空いて目が覚めてラーメンを作っ
たくらいだった。

(タイム)
4:05 頂上宿舎〜6:01 白馬鑓ケ岳〜8:46 不帰T峰の頭〜10:23 唐松岳〜14:05
餓鬼山〜16:12 南越峠〜18:00 祖母谷温泉



10月10日 晴れ

トロッコ電車の始発は9時16分のため、時間は十分にあり、朝から温泉に入って
ご飯も炊いた。フリーズドライの牛とじ丼をかけて食べる。この肉の質感がすごい
と思った。


しかしのんびりしすぎて、あまり余裕がなくなってしまった。それでも河原の露天
風呂なるものを見に行った。湯船らしきものはあったが、指を入れるとあちっ!と
いうくらい高温で、入れるものではなかった。欅平まで30分、最後は小走りに電
車に乗り込んだ。窓なし車両は、少し寒かった。

男性風呂は開放的だが通路から丸見え