■ ローマへ ■
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| シャルルドゴール空港 |
シャルルドゴール空港からローマへ。
エールフランスのカウンターでチェックインしようとチケットを見せると、なんとオーバーブッキング。
申し訳なさそうに係りの人が事情を説明してくれた。私たちとしては指示に従うしかない。名前を呼ばれるまでカウンターの脇で待っていてくれというので、そうすることにした。
早くチェックインを済ませて免税店で買い物をしたいという妻は言っていましたが、中に入れない事にはそれもできず、ひたすら待ちました。同じようにオーバーブッキングになった人は他にも20人くらいいました。みんな何度もカウンターに問い合わせていましたが、なにも進展なし。私は人が問い合わせしているのをカウンターの近くで盗み聞きしながら、待っていました。妻もぼーっと待つしかなく、我慢していました。
そしてチェックインが締め切られてからしばらくしてから、どういう順番かわかりませんが、席を確保された人から名前が呼ばれました。私がよばれたのは2番目。妻とは席が離れましたが、とりあえずはローマへ行くことができるのでホッとしました。
そして、結局ローマへ飛び立ったのは1時間30分遅れでした。
パリ→ローマの機内はさすがに日本人のすがたもなく、エールフランスに乗ってる〜という感じでした。
ローマに飛行機が着陸し、妻の方を見ると、なんと隣席の美しいフランス人女性と楽しそうに話しているではありませんか。知らない人と友達にでもなったのだろうか。
そして彼女と3人でいっしょに出口まで歩いた。なんと彼女はパリのバカラ美術館で働いている人で、日本へは何度か展示会で来たことがあるという。そして、妻に美術館を案内してあげると言って名前とか住所とかを教えていた。また会いましょう、とわかれて、空港の外へ出た。
あれ? パスポートコントロールあったっけ?どこ探しても見つからないし、まあいいか。EU圏内の移動だからないんだろう。リラへ両替して電車でローマ・テルミニ駅へ向かった。
■ 最初の夜 ■
夕方、ようやくホテルへついた
ローマのホテルはジェノヴァという4つ星のホテル。ホテルの受付の人は無愛想で、英語でチェックインの手続きをし、部屋までポーターが荷物を運んでくれた。なんて無愛想な受付だと思ったが、
部屋は4つ星だけあり、広く奇麗だった。
ホテルの部屋のチェックを済ませ、コロッセオまで1時間くらい歩いて レストランで食事をして、ホテルへ戻った。受付の無愛想な人がまだい たが、彼はフランス語が話せることが分かったので、「今晩は」と「さようなら」はイタリア語でなんて言うか聞いてみた。僕の発音が悪かっ
たのか、何度も「今晩は」と「さようなら」を発音されられた・・いつのまにか受付の人も笑顔で話してくれるようになり、最後にイタリア語で 「よい夜を!(今晩はと同じ)」といい、部屋に戻った。
そして、翌日からのローマの名所巡りと、パリに戻ってからバカラ美術館を案内付でまわれることに胸をふくらませ、眠った。
しかしこの時僕は、妻がバカラ美術館の人の電話番号を聞いてないこ とに気づいていなった・・・
■ 観光 ■
ヴァチカンのサンピエトロ寺院からサンタンジェロ城、トレビの泉、スペイン広場、真実の口、ファルネーゼ広場、ナヴォナ広場とだいたい足でまわり、疲れ果て、スパゲッティを食べに行った。
が、ローマはなんと日本人が多いのだろう。どこのレストランを見ても日本人だらけ。日本人の多い店はおいしくないというイメージがある。歩き疲れていたせいもあり、日本人ばかりのレストランに入ってみた。やはりまずかった・・・
歩き回る途中に、カフェに座ってゆっくりビールを飲んだひとときの方が、ずっと幸せだった。
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| コロッセオ | トレヴィの泉 | チィヴェレ川 |
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| フォロロマーノ | サンピエトロ寺院 |
■ ローマを離れてパリへ ■
お金をうまく計算して使ったつもりだったが1000リラ(75円程度)足りずに空港までの切符を買えなかった。いまさら両替するのももったいないし、カードで買うにも現金が余ってしまう。そこで、日本人を探して200円と1000リラを両替してもらうことにした。ターゲットは一人旅そうな学生ぽい人。きっとこういう私たちの気持ちを理解してくれて快く両替してくれるにちがいない。
それっぽい人を見つけて、両替してもらった。快く両替してくださったので、助かった。
そして、帰りはオーバーブッキングもなく、パリ行きのエールフランス便に乗れた。
しかし、あれだけテルミニ駅に日本人がいたなかで選んだたった一人と同じエールフランスの便でパリまで行くとはなんという巡り合わせ。しかも、真後ろの列。他に機内には日本人はいなそうだったが・・・
