課題文n-ro381 わたしは Anna が三人姉妹だということをきのう知りました。

解説
Anna が三人姉妹だということ: ke Anna havas du fratinojn と言うことができます。「三人姉妹」と言うのは Anna を含めているので,Anna havas tri fratinojn とすると「四人姉妹」になってしまいます。ke Anna estas unu el tri fratinoj と言う言い方もできますが,冠詞を付けて la tri fratinoj と言うのは誤りです。冠詞を付けると聞き手の知っている「例の三人姉妹」を指すことになります。unu de tri fratinoj の de は el にしましょう。
ke Anna estas tri fratinoj と言う表現はできません。日本語では「Anna は三人姉妹です」と言う言い方ができますが,単数形の Anna と複数形の fratinoj を estas でつないで Anna estas tri fratinoj と言うことはできません。

わたしはきのう知りました: hierau^ mi eksciis または hierau^ mi sciig^is と言います。hierau^ の位置は mi の後にしてもよいのですが,文末に置くと eksciis, sciig^is と離れ過ぎになります。sciis は「知っていた」と言う意味ですから,ここで使うことができません。日本の学習者の中には「知る(ekscii, sciig^i)」と「知っている(scii)」の区別が苦手な人がいますが,この区別はたいへん重要ですから,正しく身につけるようにしましょう。konis ke の形はありません。

訳例
Hierau^ mi eksciis(,) ke Anna havas du fratinojn.


課題文n-ro382 あなたが見た女の人は,どんな帽子をかぶっていましたか。

解説
あなたが見た女の人: la virino, kiun vi vidis と言うのがよいでしょう。virino の代わりに ino を使う人もいますが,この文のような場合は virino を使うほうが丁寧な感じを与えます。もし警官が事件か事故の目撃者に尋ねる文の場合であれば,virino を使って尋ねるでしょう。virino と kiun の間のコンマは書かない人もいます。「女の人」の意味で s^i 使うのはよくありませんが,日本語で「その女の人」と言うのが文脈によって s^i で表されることはあるでしょう。

どんな帽子をかぶっていましたか: kian c^apelon portis sur la kapo と言うのが正確な表現ですが,文脈から分かる場合には sur la kapo は省略してもかまいません。portis の代わりに kunportis を使うことはできますが,metis や surmetis を使うのは誤りです。meti(surmeti) c^apelon は「帽子をかぶる」と言う動作を表し,「帽子をかぶっている」と言う状態を表しません。kovris も誤りです。

この文を Kian c^apelon la virino, kiun vi vidis, portis sur la kapo? と言うのは文法上は誤りのない文ですが,語順は Kian c^apelon portis sur la kapo la virino, kiun vi vidis? とするほうがよいでしょう。英語ではこのような倒置は強調など特殊な場合に限られますが,エスペラントでは主語と述語動詞の倒置はよく行われます。Kian c^apelon la virino portis sur sia kapo, kiun vi ekvidis? では virino と kiun が離れすぎているため,分かりにくい文になっています。

訳例
Kian c^apelon portis la virino, kiun vi vidis?


課題文n-ro383 わたしの職場は,わたしが住んでいるところからずいぶん離れています。

解説
わたしの職場: mia laborejo が「職場」に当たる一般的な語ですが,仕事の内容によっては oficejo も使えるでしょう。

わたしが住んでいるところ: この表現にいちばん近いのは la loko(,) kie mi log^as です。log^ejo は domo au^ c^ambro, kie oni log^as(住んでいる家または部屋)の意味に使われるのが普通ですから,mia log^ejo はここでは mia domo とほとんど同じです。従って mia log^ejo を使って言うと,「わたしの家(からずいぶん離れている)」と言う表現になりますが,日本語の「わたしの住んでいるところ」は「わたしの家」よりずっと広い範囲を指します。職場が同じ市内であれば「家から遠い」と言うでしょうが,職場がA市にあって自宅がB市ある場合には「住んでいるところから遠い」と言いますね。

からずいぶん離れています: estas tre malproksima de と言うのが一般的です。situas(trovig^as, kus^as) tre malproksime de のように言うこともできます。multe malproksima のようには言いません。multe は 動詞を修飾するときは multe danki(とても感謝する=tre danki)のように tre と同じように使われますが,形容詞や副詞を修飾するときは multe pli malproksima ol(よりずっと遠い)などのように比較級を強めるときに使われるだけで,tre と同じように使うことはできません。sufic^e distancas もよくありません。sufic^e はもともと「必要なだけ十分に」と言う意味ですから,「ずいぶん」と言うような意味に使うのは避けましょう。

訳例
Mia laborejo estas tre malproksima de la loko, kie mi log^as.


課題文n-ro384 マサオの家は彼の両親の家にたいへん近い。

解説
マサオの家: la domo de Masao とします。domo の前には冠詞を付けます。無冠詞で言うと,マサオが複数の家を持っていて,そのうちの1軒を指すことになります。

彼の両親の家: la domo de liaj gepatroj としてもよいのですが,la domo の反復を避けて tiu de liaj gepatroj と言うほうがスマートな表現になります。「彼の」に siaj を使うのは誤りです。この文では siaj は Masao ではなく,domo を再示することになります。lia gepatra domo のように言うことはできません。tiu のところに tio を使うのは誤りです。lia gepatro は liaj gepatroj としなければなりません。日本語の「親」や英語の parent に当たる語がエスペラントにはありません。parent の訳語として gepatro を載せている英エス辞書もありますが,この語の使用は一般的ではないので使わないようにしましょう。それに,この課題文では「親」ではなく「両親」ですから,gepatroj を使わなければなりません。

にたいへん近い: estas tre proksima al と言うのがよいでしょう。proksima de を使った訳が多く寄せられましたが,旧PIVでは,「proksima de は民族語の影響で非論理的だから避けるべき表現である」と言う注を付けていますし,実際の用例をみても proksima de はほとんど見当たらないので,proksima al と言うようにしましょう。ただし,副詞形では proksime al だけでなく,proksime de も使われています。

訳例
La domo de Masao estas tre proksima al tiu de liaj gepatroj.


課題文n-ro385 日本語の「すこし」の意味は,エスペラントの iom にとても近い。

解説
日本語の「すこし」の意味: la signifo de la japana vorto "sukosi", la signifo de "sukos^i" en la japana, la senco de la japanlingva vorto "sukos^i" などの訳が寄せられましたが,la senco de la japana "sukosi" と言うのが簡潔な表現です。signifo と senco は,どちらも日本語では「意味」と訳されるので,日本人は混同しがちですが,辞書が定義するのは単語などの signifo で,文の中で理解される意味は senco です。従って en la strikta senco(厳密な意味で)のように使われる senco を signifo に置き換えることはできません。また,signo(記号)は signifo を持っていても senco を持っていないので,Kio estas la signifo de c^i tiu signo?(この記号は何を意味するのですか)の signifo を senco に置き換えることはできません。この課題文では senco, signifo のどちらを使ってもよいでしょう。 japanlingvo のようには言わないのが普通で,la japana lingvo または la japana としましょう。

エスペラントの iom: ここでは「エスペラントの iom の意味」と言う意味で使われているので,tiu de la Esperanta "iom" と言うのがよいでしょう。la senco de la Esperanta "iom" としてもよいのですが,la senco の反復を避けるために tiu を代わりに使ったのです。la senco または tiu を入れないのはよくありません。tiu のところに tio を使うのは誤りです。この課題文を印刷する場合には,sukosi(または sukos^i)と iom をイタリック体にするのが普通ですが,テキスト形式のメールでイタリック体であることを示すには,la japana _sukosi_, la Esperanta _iom_ のような表記が使われます。

にとても近い: estas tre proksima al と言うのがよいでしょう。estas tre simila al や estas prekau^ sama kiel も使えます。simila de や sama kun とするのはよくありません。proksimig^as は「近づく」と言う動作動詞ですから,ここで使うのは誤りです。

訳例
La senco de la japana "sukosi" estas tre proksima al tiu de la Esperanta "iom".


課題文n-ro386 この塔はずいぶん遠くから見えます。

解説
この塔は: c^i tiu turo でよいのですが,訳例の2番目に挙げたように目的語にする構文では,当然 -n を付けた対格 c^i tiun turon となります。

ずいぶん遠くから: de tre malproksime とするのがよいでしょう。de tre malproksima loko とした訳が多く寄せられましたが,この表現が日本語の「たいへん遠いある場所から」に近く,どこか遠く離れたところにこの塔が見える地点がある,と言う意味に取ることができるのに対して,de tre malproksime はある地点を指すのではなく,漠然と「ずいぶん遠くから」を意味するので,この課題文にぴったりの表現です。de sufic^e malproksima や de tre malproksima のように形容詞語尾にするのは誤りです。de を el とするのはよくありません。de tre malproksima ejo もよくありません。ejo は 「何かをする場所」を指します。la loko tre malproksima のように冠詞を付けるのはよくありません。

比較:
kongresejo: 大会会場
kongresloko: 大会開催地

見えます: c^i tiu turo を主語にした場合は estas videbla または videblas,「この塔」を目的語にした場合には oni povas vidi とするのがよいでしょう。estas rigardata や rigardig^as, oni povas rigardi のように言うのはよくありません。estas videbla, videblas は「見る意思がなくても目に入る」と言う意味です。

参考:
Mi rigardis c^irkau^en sed povis vidi nenion.(あたりを眺めたが何も見えなかった)

vidig^i を「見える」の意味に使う人もいますが,この語は「見えるようになる,現れる(=aperi)」の意味で使うのが正しいとされているので,ここでは使わないのがよいでしょう。

訳例
C^i tiu turo estas videbla de tre malproksime.
C^i tiun turon oni povas vidi de tre malproksime.


課題文n-ro387 この文字は小さ過ぎて遠くからは読めません。

解説
この文字: 「この文字」を主語にした場合には c^i tiuj literoj, 目的語にした場合には c^i tiujn literojn となります。単数形の c^i tiu litero, c^i tiun literon を使った訳が多かったのですが,何かの標識にしろ看板にしろ AとかBなどの一文字であることは普通はありませんから,複数形を使います。

小さ過ぎて遠くからは読めません: estas tro malgrandaj, (por) ke ili estu legeblaj de malproksime または estas tiel malgrandaj, ke ili ne legeblas de malproksime などのように言うことができます。ke ili ne legeblas de malproksime は ke oni ne povas legi ilin de malproksime と言うこともできます。
「この文字」を主語にして estas tro malgrandaj por legi de malproksime は誤りで,estas tro malgrandaj por esti legataj としなければねりません。por legi の legi の主語は,述語動詞の主語(ここでは literoj)と一致しなければならないので,literoj が legi するのではなく,legi されることを表すこの文では por esti legataj としなければならないのです。下に挙げる例文では,不定形動詞 kompreni の主語は述語動詞(estas)の主語(Manjo)と同じです。

参考:
Manjo estas ankorau^ tro juna por kompreni la aferon.
Manjo はまだ幼すぎて,そのことを理解できません。

tro を使った場合には,訳例にあるように ke節(keで導かれる節)で -us形の動詞が使われることがあります。

訳例
C^i tiuj literoj estas tiel malgrandaj, ke oni ne povas legi ilin de malproksime.
C^i tiuj literoj estas tro malgrandaj, ke ili estus legeblaj de malproksime.


課題文n-ro388 郵便局はここから遠いですか。

解説
郵便局: la pos^toficejo と言います。無冠詞の訳が多く寄せられましたが,ここでは「最寄の」と言う意味で冠詞を付けます。郵便局はいくつもあって,近いのもあれば遠いのもあるでしょうから,無冠詞で尋ねられると,尋ねられた人は戸惑うことになります。「郵便局」は pos^ta oficejo または pos^tejo と言うこともできます。

ここから遠い: estas malproksima de c^i tie と言うのがよいでしょう。estas malproksima は trovig^as malproksime または situas malproksime のように言うこともできますが,estas malproksime はよくありません。malproksima al は malproksima de としましょう。「ここ」は c^i tiu loko も使えますが,c^i tie のほうが簡潔です。

訳例
C^u la pos^toficejo estas malproksima de c^i tie?


課題文n-ro389 この道を行けば駅へ行けますか。

解説
この道を行けば: lau^ c^i tiu vojo, sur c^i tiu vojo, se iri lau^ c^i tiu vojo, se mi venos lau^ c^i tiu vojo などのように言えばよいでしょう。両側に商店などが並んでいる街中の道であれば,vojo でなく strato を使って言うことができます。

駅へ行けます: mi venos al la stacidomo, mi iros al la stacidomo, mi atingos la stacidomon または povos を使って mi povos veni al ... などのように言うことができます。「駅」は stacio ではなく stacidomo を使うのがよいでしょう。stacio は「列車の停車地点」を指す語ですが,日本語の「駅」は出札口,改札口,待合室,プラットフォームなどの諸設備を含む建物全体を指す語で,それをエスペラントでは stacidomo と言います。英語の station はエスペラントの stacio と stacidomo の両方の意味に使われるので,その影響で「駅=station=stacio」と覚えている人が多いようですが,「駅」には stacidomo を使いましょう。

この文は,vojo や strato を主語にして C^u c^i tiu vojo kondukos min al la stacidomo? または,C^u c^i tiu vojo kondukas al la stacidomo? のように言うことができます。最初の文の kondukos は「(わたしを駅に)連れて行ってくれる」という意味の他動詞で,二番目の文の kondukas は「(駅に)続いている,通じている」と言う意味の自動詞です。自動詞の konduki は iri の置き換えることもできるので,二番目の文は C^u c^i tiu vojo iras al la stacidomo ? と言うこともできます。「連れて行ってくれる」という意味の konduki は動作動詞ですから,ここでは -os を使い,「続いている,通じている」と言う意味の konduki は状態動詞ですから,ここでは -as を使うのが普通です。

訳例
C^u c^i tiu strato kondukas al la stacidomo?


課題文n-ro390 この路地は大通りへ通じていますか。

解説
路地: strateto を使って言うのがよいでしょう。「路地」と言うのは建物の間を通る細い道のことですから,strateto(両側に建物がある狭い道)のほうがよいのですが,もちろん vojeto を使って言うこともできます。

へ通じています: kondukas al と言うのが普通です。iri は konduki の意味で使われることがありますが,iros ではなく iras としましょう。

大通り: c^efstrato, bulvardo, avenuo などを使って言うことができます。bulvardo, avenuo は両側に並木のある大きな通りを指し,大都市を連想させる語ですが,c^efstrato は地方の市町村にある,その地の主な通りを指しますから,大きさから言えば,地方都市の c^efstrato が大都市の strato より道幅が狭いと言うこともありえます。

訳例
C^u c^i tiu strateto kondukas al la c^efstrato?