課題文n-ro601 マサオとHelenaには,結婚の2年後にManjoが生まれました。
解説
マサオとHelenaにはManjoが生まれました: Manjo naskig^is al Masao kaj Helena のようにいいます。語順を変えて Al Masao kaj Helena naskig^is Manjo のようにいうこともあります。al の代わりに c^e や inter, kontrau^ を使うのはよくありません。日本語では「わたしは彼との間に二人の子をもうけました」のように「間」という表現を使うことがありますが,これをエスペラントでは Mi naskis al li du infanojn のように al を使っていいます。また,「わたしはその年に長男を授かりました」のように「授かる」という表現が使われることもありますが,これもエスペラントでは La unua filo naskig^is al mi en tiu jaro のように al を使っていいます。
結婚の2年後に: du jarojn post ilia geedzig^o または je du jaroj post ilia geedzig^o というのがよいでしょう。ilia geedzig^o は la geedzig^o と冠詞を使う人もいますが,これはラテン系の言語(イタリア語,フランス語など)の影響なので,こういう場合は ilia を使うほうが論理的であるということはできるでしょう。sia を使うのは誤りです。この課題文で sia を使うと Manjo を指すことになります。
訳例
Al Masao kaj Helena naskig^is Manjo du jarojn post ilia geedzig^o.
課題文n-ro602 Zamenhof夫妻は何人の子供に恵まれましたか。
解説
ここでの「恵まれましたか」という表現は,日本語の慣用語法ですから,直訳すると意味が通じません。「Zamenhof夫妻には子供が何人生まれましたか」という意味に訳します。
Zamenhof夫妻には: al gesinjoroj Zamenhof というのがよいでしょう。la geedzoj は「Zamenhof夫婦」に当たる表現です。日本語の「夫妻」と「夫婦」とは同じではなく,「夫妻」に含まれている敬意が「夫婦」には欠けていますが,同様に gesinjoroj に含まれている敬意が geedzoj には含まれていません。ここでは gesinjoroj を使うのがよいでしょう。なお,gesinjoroj, geedzoj はどちらも複数形で使われますし,人名の前に置かれる場合 gesinjoroj は敬称ですから無冠詞で使われますが,geedzoj は冠詞を付けて使うのが普通です。Zamenhof gesinjoroj のような語順で使われることはありません。
子供が何人生まれましたか --> 何人の子供が生まれましたか: Kiom da infanoj naskig^is といいます。infanoj の代わりに gefiloj を使うことはできますが,filoj を使うと「何人の息子が生まれましたか」という,息子の人数を尋ねる質問になります。
L.L.Zamenhof には息子がひとり,娘がふたり生まれましたが,彼らはいずれもナチス・ドイツのユダヤ人狩りのために天寿を全うすることはできませんでした。
訳例
Kiom da infanoj naskig^is al gesinjoroj Zamenhof?
課題文n-ro603 わたしの近所に住んでいる田中夫妻は,きのう海外旅行に出かけました。
解説
わたしの近所に住んでいる田中夫妻: gesinjoroj Tanaka, kiuj log^as najbare de mi のようにいうことができます。la gesinjoroj Tanaka とするのは誤りです。前回の解説で書いたように,敬称には冠詞を付けません。kiuj を kiu とした訳がありましたが,この kiu は gesinjoroj Tanaka を受けているので,kiuj としなければなりません。kiuj log^as najbare de mi は gesinjoroj Tanaka の直後に置きましょう。
きのう海外旅行に出かけました: 「海外旅行に出かけました」は ekvojag^is eksterlanden というのが,簡潔な表現です。ekvojag^is は forvojag^is としても同じですが,vojag^is は「旅行しました(もう帰ってきています)」という意味になるので,ここで使うのは誤りです。eksterlande は「海外で」という意味ですから,ekvojag^i(旅行に出かける)と一緒に使うとおかしな文になります。「海外へ」は *al eksterlando*, *al eksterlanden* ではなく en la eksterlandon といいます。en la eksterlandon は eksterlanden と同義です。
訳例
Gesinjoroj Tanaka, kiuj log^as najbare de mi, ekvojag^is eksterlanden hierau^.
課題文n-ro604 彼らは2週間ヨーロッパを旅行しました。
解説
彼らはヨーロッパを旅行しました: ili vojag^is en Eu^ropo のようにいいます。vojag^is en Eu^ropon は「旅行でヨーロッパへ行った」という意味になります。al Eu^ropo はよくありません。al を使うと「ヨーロッパのほうへ」という意味になって「ヨーロッパまでの道のり」を表しますが,必ずしもヨーロッパへの到着を表しません。「ヨーロッパの国々を旅行した」という意味で,en eu^ropaj landoj という表現も可能ですが,en la eu^ropaj landoj のように冠詞を付けると,「ヨーロッパのすべての国を」という意味になります。la Eu^ropo は誤りです。
2週間: dum du semajnoj といいます。dum を por とするのはよくありません。dum にするか por にするかは,動詞によります。線動詞とともに使われて期間を示すときは dum, 点動詞とともに使われて期間を示すときは por ですが,vojag^i は線動詞ですから dum を使っていいます。en du semajnoj は「2週間以内に」という意味ですから,ここで使うのは誤りです。
訳例
Ili vojag^is en Eu^ropo dum du semajnoj.
課題文n-ro605 わたしはあしたから2週間の海外旅行に出かけます。
解説
わたしは2週間の海外旅行に出かけます: mi ekvojag^os por du semajnoj のようにいえばよいでしょう。ekvojag^i は「旅行に出かける」という行為の起点に重点を置いた表現ですが,「旅行する」という行為の継続に重点を置けば,mi vojag^os dum du semajnoj という表現になります。「2週間」を表す表現が ekvojag^os とともに使われるときは por du semajnoj で,vojag^os とともに使われるときは dum du semajnoj になることに注意してください。期間を表す前置詞は,点動詞とともに使われるときは por, 線動詞とともに使われるときは dum になります。点動詞,線動詞については,ここをクリックしてお読みください。『エスペラント日本語辞典』では,ほとんどすべての動詞に点動詞,線動詞の表示がついています。
あしたから: 直訳すれば de morgau^ となります。ただし,この表現は線動詞とともに使うことはできますが,点動詞とともに使うことはできない,ということに注意してください。つまり mi vojag^os de morgau^ ということはできますが,*mi ekvojag^os de morgau^* ということはできません。ekvojag^os を使っていうときは,de morgau^ ではなく morgau^(あした)を使っていわなければなりません。
日本語では,例えば「会議は10時に始まります」ということを「会議は10時から始まります」というように表現することがありますが,エスペラントでは La kunsido komencig^as je la deka といい,*La kunsido komencig^as de la deka* のようにいうことはできません。これは komencig^i が点動詞であるからです。なお,komencig^as と -as が使われているのは,この会議が繰り返し開かれている定例の会議であることを示しています。もし一回きりの会議についていうのなら,例えば La venonta kunsido komencig^os je la deka(次回の会議は10時に始まります)のように -os を使っていいます。
訳例
Morgau^ mi ekvojag^os eksterlanden por du semajnoj.
課題文n-ro606 マサオは就寝する直前に30分間瞑想します。
解説
マサオは30分間瞑想します: Masao meditas dum tridek minutoj のようにいえばよいでしょう。「瞑想する習慣がある」という意味の Masao kutimas mediti ...といってもよいでしょう。「30分間」は dum tridek minutoj または 前置詞 dum を省略して対格の tridek minutojn を使っていいます。en tridek minutoj のように en を使うのは,ここでは誤りです。en にはいくつかの用法がありますが,en tridek minutoj のように使うと「〜以内に」という期限を示す意味になります。*Masao meditas fermanta okulojn* という表現はよくありません。「目を閉じて瞑想する」という意味なら Masao meditas kun la okuloj fermitaj のようにいうのがよいでしょう。
就寝する直前に: tuj antau^ sia enlitig^o というのが簡潔な表現です。sia enlitig^o
は la enlitig^o とすることもできますが,sia も la も付いていない enlitig^o はよくありません。g^uste antau^ sia enlitig^o の g^uste は誤りです。g^uste は例えば,g^uste unu horon antau^ sia enlitig^o(就寝のちょうど1時間前に)などのように使われる語です。*j^us antau^ ol endormig^i* の j^us も誤用です。j^us は「今さっき,たった今」という意味で Mi j^us eksciis la novaj^on(わたしはそのニュースを今さっき知ったところです)などのように点動詞の直前に置かれる副詞です。*tuj antau^ ol dormi* の dormi は「眠っている」という意味ですから,ここでは不適当です。日本語でも「眠っている直前に」とはいいませんね。antau^ ol li dormos の dormos も誤りです。繰り返される行為は -as を使いますし,dormi も不適当ですから ekdormas としなければなりません。*tuj antau^e sia kus^ig^o* の antau^e は誤りです。『日本語エスペラント辞典』の「直前に」のところにに載っている tuj antau^e は,例えば "C^u jam komencig^is la kunsido?"(会議はもう始まっ
ていますか)という質問に対して,"Jes, tuj antau^e"(はい,つい先ほどから)と答えるときなどには使える副詞句ですが,課題文のように名詞の前に置くときは前置詞の antau^ を使わなければなりません。*antau^ ekdormi* は antau^ ol ekdormi としなければなりません。antau^ ol ekdormi は antau^ ol li ekdormas の代用で,このような副詞節の主語が主節の主語と同じときには li ekdormas の代わりに ekdormi を使っていうことができます。
訳例
Masao meditas dum tridek minutoj tuj antau^ sia enlitig^o.
課題文n-ro607 ハルオは起床するとすぐコップ一杯の水を飲みます。
解説
ハルオは: コップ一杯の水を飲みます: Haruo trinkas unu glason da akvo のようにいいます。「飲む習慣がある」という意味なら Haruo kutimas trinki ... といいます。unu glason は glason だけでも「コップ一杯」を表します。unu tason や tason はよくありません。taso は「茶わん,湯のみ,カップ」を指す語です。
起床するとすぐ: tuj post sia ellitig^o といいますが,この sia は la で代用することができます。tuj trinkas のようにいうのはよくありません。tuj post kiam li ellitig^as ということもできますが,ellitig^is とするのは誤りです。繰り返し行なわれる行為は -as を使って表します。vekig^o は目を覚ますことですから,起床と同じではありません。
訳例
Haruo trinkas unu glason da akvo tuj post sia ellitig^o.
課題文n-ro608 マサオは風呂から出てすぐコップ一杯のビールを飲むのが楽しみです。
解説
マサオはコップ一杯のビールを飲むのが楽しみです: 「コップ一杯のビールを飲むのが楽しみです」を「コップ一杯のビールを飲むのを楽しみます」といい換えると Masao g^uas trinki unu glason da biero といえますが,trinki を使わずに Masao g^uas unu glason da biero ということができます。この unu は省略することができるので,Masao g^uas glason de biero とすると,簡潔な文になります。plezuri は自動詞ですから plezuras trinki のようにいうことはできません。g^uas trinkon unu glason ...は誤りです。plezuro trinki は文法上の誤りはありませんが,plezuro は「喜び」に近い感情ですから,課題文のような文では g^uo を使うのがよいでしょう。amuzig^o は「面白いことで楽しむ」というような意味ですから,ここでは不適当です。drinki は「アルコール飲料を適度を越えて飲む」という意味ですから,ここでは使えません。
風呂から出てすぐ: tuj post la(au^ sia) bano または tuj post la(au^ sia) banig^o というのがよいでしょう。「入浴」を表す語は bano または banig^o があります。Plena Ilustrita Vortaro では bano に ago sin bani(風呂に入るという行為)という意味を与えていませんが,Plena Vortaro や Reta Vortaro では bano にこの意味(風呂に入るという行為)を与えています。Reta Vortaro がこの意味を与えているということは,現在では広く「入浴という行為」の意味で使われていると考えてよいでしょう。
訳例
Masao g^uas unu glason da biero tuj post la bano.
課題文n-ro609 医師はわたしに「入浴前にコップ一杯の水か湯を飲んでください」と言いました。
解説
医師はわたしに言いました: Mia kuracisto diris al mi のようにいうのがよいでしょう。無冠詞の kuracisto は「ある医師が」という意味になります。通院しているという話の中での会話であれば,「そこの医師が」という意味で la kuracisto ということができますが,「わたしがかかっている医師,かかりつけの医師」という意味で,mia kuracisto というよく使われる表現があります。kuracisto を *kracisto*と書く人は ku の発音が klubo(クラブ)や kredi(信じる)の k と同じになっているのではありませんか。kuracisto の発音をカナで書くとすれば「クラツィスト」ではなく,「クウラツィスト」のほうが原音に近い発音になります。doktoro や medicinisto を「医師」の意味で使うのはよくありません。doktodro は「博士号所有者」を指す語ですし,medicinisto は「医学の専門家」を指す語ですから,ここでは kuracisto(治療の専門家,医師)を使いましょう。「言いました」は diris でよいのですが,konsilis を使っていうこともできます。instrukciis を使うのはここではよくありません。instrukcii は「上司が部下に指示する」という意味で使われる語です。
入浴前にコップ一杯の水か湯を飲んでください: trinku unu glason da akvo といいます。「水か湯」を akvo au^ varma akvo というのは誤りです。akvo は温度に関係なく使われる語ですから,日本語の「水」も「湯」も akvo で表すことができます。akvo varma au^ malvarma というのは誤りではありませんが,普通はこのようにいいません。「水ではなく湯を飲んでください」というときなら varma akvo を使うでしょうが,どちらでもよければ varma も malvarma も付ける必要がないからです。antau^ ol la banig^o は antau^ la banig^o としましょう。antau^ ol banig^i ということはできますが,名詞の前に置くときは ol を付けずに antau^ だけにしなければなりません。『日本語エスペラント辞典』の見出し語「-までに」のところに antau^ ol la unua de majo と出ていますが,これは誤りです。Bonvolu trinki というのはよくありません。この表現は「どうか飲んでくださるようにお願いいたします」という,丁寧な依頼の表現ですから,ここでは不適当です。
*La kuracisto diris al mi, ke mi trinku ...* は誤りです。konsili al iu, ke li(s^i) trinku のようにいうことはできますが,*diri al iu, ke li(s^i) trinku* のようにいうことはできまでん。
訳例
Mia kuracisto diris al mi, "Trinku unu glason da akvo antau^ la bano".
課題文n-ro610 日本語には「湯水のように金を使う」という表現があります。
解説
日本語には"..."という表現があります: en la japana lingvo trovig^as la esprimo "...", または la japana lingvo havas la esprimon "..." などのようにいうことができます。言語名は lingvo を省略した形がよく使われるので,la japana だけで「日本語」を表すことができます。Esprimas japanlingve ke ... のようにいうことはできません。esprimo のところに frazo を使うのはよくありません。frazo は「主語+述語」という構造を持っていますが,主語を欠いた形の語群は esprimo といいます。英語の phrase[freiz]はエスペラントの frazo と似ていますが,意味はまったく違います。こういう単語は falsa amiko(類型異義語,逐語訳では「偽りの友だち」) といいます。
湯水のように金を使う: uzi monon kiel akvon のようにいうことができます。kiel をkvazau^ としても,この場合には意味はほとんど同じです。ただし kiel と kvazau^ が区別して使われることもあるので,いつでも入れ替えが可能なわけではありません。
参考:
Oni akceptis s^in kiel princinon. 人々は彼女を王女として迎えました。(実際に彼女は王女である)
Oni akceptis s^in kvazau^ princinon. 人々はまるで王女であるかのように彼女を迎えました。(実際は彼女は王女ではない)
「湯水のように」 は,ここでは kiel akvo ではなく kiel akvon と akvo が対格になっていることに注意してください。「使う」に elspezas を使うのはよくありません。elspezi は「金を使う」という意味の語ですから,elspezi monon ということはできても,elspezi akvon ということはできないからです。つまり,ここでは mono, akvo の両方に使える動詞を使わなければならないのですが,uzi がいちばん無難でしょう。
uzi monon kiel akvon というのは,水資源の豊富な日本では「惜しみなく金を使う」という意味を表しますが,水資源に乏しい地域の人にとっては「大切に金を使う」という意味になるという二重性の表現ですね。もっともこの表現が生まれたころと違って,いまでは日本の家庭でも水を買っている時代ですが。
訳例
En la japana trovig^as la esprimo "uzi monon kiel akvon".