日頃思っていることなど、建築にまつわることなどをコラムとして掲載します。

2004.01.28.
OXY乃木坂ビル

というビル名は、もう変わっていると思うけど、建築家の竹山聖の設計である。自分も大学生のときに、彼の短期設計課題のコースを取得して、ビシビシ鍛えられたものだ。考え方とか、建築に対するアプローチの仕方とか、毎回目からうろこが落ちる思い出がある。講義をそして自分の課題をぶつけていったものだ。
当時から、竹山さんは当時から派手な印象があったせいか、いろんなレッテルを貼られていたとは思うけど、その知識と、考え方と、姿勢には、強烈に洗礼を受けたものだ。正直、大学にいて、設計の授業の中で一番、影響を受け、シンパシーを感じた方だった。考えてみれば、当時習っていた彼の年齢が、いまとなっては、自分と同じ。やはり彼は化け物だ。とてもぼくには太刀打ちできない。
ちなみに最近、本屋で”独身者の住まい”というのを見つけて、思わず購入。本は読みたいものがたまりにたまっているので、読むのはもう少し先になるかもね、、、でも、いまだに憧れの存在です。


2004.01.24.
jean nouvel展


オペラシティーで開催されている世界的にも有名な建築家、ジャンヌーヴェルの展覧会に行って来ました。最終日を次の日に控え、結構な人ごみでした。建築家と呼ばれている感じな方から、学生さん、これからオペラを観に来たマダムとか、いろいろです。でも、やっぱり学生さんが多いかな。
それにして、中身がなかったな〜。もう、ついていけない(ツライ)といった方が良いのか。自然との融合を目指したような、有機的な形と、屋根に緑を覆った案とか、これって、軽薄なユートピアにしか見えないし、超高層の建物をコメントで”これは塔ではない、、、”。おめーは詩人かと、、、アラブ世界研究所を直接この目で見て感銘したのに、ちょっと興ざめ。まっ、このような一歩先を行く人は、どの業界にも必要だし、当然、賞賛も批判もされるだろう。名を上げれば、その”名”だけをもらいたくて集まってくる金持ちもたくさんいるだろうし、そういったシステムをヨーロッパの階級社会は築いてきたんだろう、、、かなり、建築以外にもいろいろと考えさせられる展覧会であった。そういった意味では成功だったのかな。
ちなみに、展示方法は斬新で、それはそれで楽しかった。
しっかし、本当に暗い中で、一文字一文字一生懸命、読もうとする人たち、それだけで大渋滞、小さな写真を一生懸命覗き込む人たち、当の本人が見ていたら、あざ笑っている姿が目に浮かぶ、、、

2004.01.01.
もののかたち


これは、ある現場の鉄骨鋼材の一部。鉄骨屋との直接打合せに出かけた時に、作業場から拾い上げたもの。贅肉は全くなし。ただ、与えられた機能を満たすためだけに生まれてきた形なのだが、ぼくは、これを美しいと思う。less is moreとは、かの有名なミースファンレルローエの名言であるが、言いたいことはこの形の中にあるのでは。もちろんこの鉄骨部材だけでは、建築は出来ない。いろんな部材との取り合い、また材料との取り合いなど、さまざまなものが複雑に絡み合う。しかし、その純粋な精神の上に、バランスよく、研ぎ澄まされたものをデザインすることが、われわれの職業ではないかと思う。プランニングの妙、ヴォリュームの組合せだけでは語れない、小さな所までの世界があって、はじめて空間が生きてくる。
デザインは難しい。しかし、楽しい。表現への道のりは遠い。一歩一歩、着実に検証しながら、昇華して行く作業がぼくには必要だと思う。


2003.10.10.
建築の功罪

先日、神奈川県立近代美術館葉山別館のオープニングレセプションに行って来ました。
僕自身、ココ葉山は一応地元でもあり、ここのコンテクストやら、歴史には一応は一通りの知識はあるのだが、このアウトスケールしている建築物に、改めて、建築の社会性を考えさせられてしまった。
古くから民家が並ぶこの土地は、とにかく低層な住宅が並ぶ土地柄。もともとこの建物は高松宮の別邸で、とにかく海が望めるロケーションとしては、最高の場所。この景色を忽然と変えたこの建物は、いくら施主の要求条件とはいえ、なぜこのボリュームを”見せる”必要があったのだろうか。なぜ、ココの土地に、都心においても変わらない建築的ボキャブラリーで表現する必要性があったのか、、、内部に入ると、ますますその疑問が大きくなる。借景も展示に対する配慮も感じられない。これは、単なる行政の箱かと思わせる。もちろん建築に携わる者として、この結果にたどり着くには、膨大なエネルギーの集積であり、結果であったと思う。いろんな要望があり、いろんな力関係、いろんな軋轢、そしていろんな思いが、建築物にぶつけられ、形作られて完成するもの。しかし、公共建築物はもっと公共性を大切にすべき。特にこれからの長い歴史を考えると、あまりにも安直な解答ではなかったのか。鎌倉八幡宮にある、近代美術館の、入った瞬間のあの独特で、存在感ある空間は、感動的ですらあるのに、ここは、場所性にだけ甘んじた箱があるだけ。
頻繁に展示物が変わる美術館の性格上、ニュートラルな感じにならざるおえないだろうけど、目的意識を持てば、展示方法や空間の使い方には、変化があっても良いのでは。特に、ここは、都心ではない。片田舎のちいさな場所。
がっくりする身近な”事件”であった。
とはいえ、建ったものに対して、もうどうすることもできない。寛容に受け入れ、風景に溶け込むのをこの目で見ながら、そして利用していきたいと思う。それは、ぼくら建築に携わる者としての、義務であるはずだ。

2003.05.20.(wed)
当社、設立以来の始めての建築物件ともいうべき、津村ギタースクールのリニューアル工事が、GWを利用して、行われました。
改めて、現場監督、職人さんとの緊張の中でも、お互いを認めながらの一週間。久しぶりの現場って感じで、正直大変で誇りまみれだったが、楽しかった。会社にいたころは、これが、日常だったので、なんだか新鮮な気持ちというよりも、なんだか元に戻ったというか、、、
やっぱり、実態はどんどん出来上がっていく様を目の当たりにするのは良い。そして、やはり自分のいるべきところはここなのかなと。
これからも、機会あれば、どんどん実作を創り込んで行きたいと改めて思った次第。

2002.12.10.(tue)
ここ最近、忙しさにかまげて、殆どアップすることが出来ませんんでした。ここに来て、まとめた時間が取れたので、特に超個的サイトのdiaryを大量アップしました。まあ、これは、私自身の日記帳みたいなもので、お暇な方はどうぞご覧ください。

2002.09.17.(tue)
同時多発テロから、一年がたちましたね。少しは冷静になれそうな気がするが、先日の未公開の映像を流した日本テレビの番組を見ていたら、改めてその恐ろしさを実感した。どうであれ、無実な3000人もの命が一瞬のうちに消えてしまうことに対して、何の弁明も言い訳も許されないと思う。彼らには責任も何もないのだから。価値観とは何なのかを考えさせられる。
そういえば、去年の9.11はちょうど、この事務所は立ち上げ、初めての大仕事に秋田に出発する前日だったのだ。激動な一年。今も続いています。がんばるしかない。

しかし、希望はある。まだまだ。先日北海道に行ってきたのだ。友人の結婚式出席のため。幸せになる人たちは、これからたくさん増えてゆくと良いね。そうすれば、社会が明るくなるよ。
ついでに、北海道旅行もちゃっかりしてきました。その報告は、超個人的サイトにて、徐々にアップしていきます。


2002.07.02.(tue)
ワールドカップが終わった。なんだか、とても脱力感に見舞われている。あの熱気は何だったのか。にわかサッカーファンとしては1ヶ月はあっという間でしたね。正直、始まる前までは、まったく興味を示していなかったし、もともとサッカーという競技にも昔から興味がなかったのだ。しかし、始めて世界の一流な戦いや日韓の見事な戦いぶりに、ついつい熱くなってしまうのは、正直、日本国民の9割はそう思っていたのでは。思い通りになったり、思わぬ出来事が起きたりと、本当に一瞬一瞬見逃すことが出来ない展開は、正直度肝を抜かれた。しかし、どうしてこれだけ熱狂的に各国がこれだけ盛り上がれるのだろうか。一種の代理戦争だという人もいる。下克上の楽しさもあるだろう。しかし、一途に、全力でプレーしている選手一人一人には感動を覚えるのだろう。そう、何事も一生懸命さが大切なのだと。
日本発得点の鈴木選手の雄たけび。カーン選手の結晶が決まった時の、ゴールポストにもたれかかった姿。どれもが絵になるすばらしい姿であった。本当に、ちからをくれたと思う。さあ、今日から気持ちを入れ替えて、仕事に集中!

2002.06.24(mon)

東京都現代美術館のルイスバラガン展に行ってきました。会場構成は安藤忠雄でした。一日いても飽きが来ないつくりに感心したが、とにかく、バラガンの圧倒的な空間には感動した。学生時代からとても好きな建築家で、書籍類も日本では手に入れられないようなものもニューヨークのRizzolliで大金払って購入したこともある。光と影、周りの環境、それに融合する見事な壁の構成と、色彩感覚。とてもまねできるものじゃありません。日曜美術館で安藤忠雄が現地に行って解説していたが、本人がいたく感動していたのが手に取るようにわかる。
しかし、何で猫も杓子もバラガンなのかな。どのこメジャーな雑誌にも取り上げられていて、メディアに操作されているようで気持ち悪い。でも、広く一般に、すばらしい空間に興味を持ってくれることはとてもよいことだと思う。なにせ、日本になぜ建築教育というものが小学校からないんだろうか。不思議。

2002.06.01(sat)
本日を持って当サイトを全面リニューアルを施しました。旧バージョンは、まだ会社員として在籍していた頃のもので正直独立することを念頭に置いていなかったので、ここで改めて(気持ち含めて)全面改定するに到りました。リンク上の不備、見難い点等ございましたら、御一報下さい。
それにしても、ここまでの道のりは長かった。データーベースは、今年頭にはもう基本的に完成していたのだが、インターネットの環境、仕事の繁忙度と合わせて、どうしても更新でずにいた。
サイトは去年末から、まったく更新していなかったのだが、いままで、それでも実に来てくれていた方々には本当に申し訳なかったです。これからは、”超・個・人・的・サ・イ・ト”併せて、ちょくちょく更新していこうと思っていますので、よろしくお願いします。

 

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this page is my diary.try to maintain for every week.
contents are everything what I feel & I think.