「スーパー歌舞伎」との出会い

もう何年も前から「スーパー歌舞伎」というものには興味を持っていた。でも、まず歌舞伎というモノを見たことがない私にとっては「スーパー」と付いたところで「歌舞伎」とういう言葉から発せられる、古典芸能というイメージ=要するに難しいモノなのではないかという心配がつきまとい、一歩踏み出せないでいたのである。多方面から情報としての「スーパー歌舞伎」は入って来てはいた。市川猿之助丈が門閥外の有能な役者を抜擢している、空を飛ぶらしい、など。
舞台の一番の魅力は何だろう。それはライブ=ナマモノであるというところだと思う。ストーリーを楽しむだけなら、舞台に限らず、今は様々なものがあるだろう。私が舞台を観に行く理由は、やはり役者の芸を楽しみ、そして息づかいを肌で感じたいというのがある。それを満たすためには、なるべく舞台に近いところで見る必要がある。小劇場なれしてしまった感覚からは、10メートル以上も離れたところから舞台を眺めるというのはどうも面白くなさそうだ。しかし「スーパー歌舞伎」に関しては一等席が15000円。どんな雰囲気かも解らないモノに15000円を払う勇気はなく、ずっと二の足を踏んでいたのである。
そんな私の足を新橋演舞場へ運ばせてくれたのが、99年4月初旬のある深夜のテレビ番組だった。その番組は、ある1人の人物にスポットを当てその生き様を紹介するといった趣向のものだった。いつも見ているチャンネルではなかったのだが、たまたまつけていたところに市川笑也丈が現れたのである。市川右近丈や笑也丈はメディアでも度々取り上げられていたこともあり、何をやっている人で、どんな人なのか位は知っていたので、「あ、笑也さんだ…」位の気持ちで眺めていた。それを見るまでは「スーパー歌舞伎」のことは、忘れていたと言ってもいいくらい、心のほんの片隅で小さくなっていた。ところが、その番組では当時公演中の「新・三国志」の舞台風景まで放送していたのである。それを見た瞬間、一瞬にしてこれまでのわだかまりはかき消され、忘れかけていた「スーパー歌舞伎」への気持ちが熱くたぎり始めたのである。


「スーパー歌舞伎」から「猿之助歌舞伎」、そして「歌舞伎」へ

「舞台だからこそ」の魅力に溢れるモノだった。好きな役者が出てきたり、いい芝居を役者がすれば、観客は大いに拍手をし、掛け声をかける。役者側は、ここで拍手をしてね、掛け声かけてね、と言わんばかりに見得を切る。今まで観てきた舞台は、幕が開いたときと閉まるときに拍手をする(小劇場芝居の場合、幕はないので最初の拍手はない。小劇場芝居独特の文化だろう)、それ以外の時にはしてはいけないかのような雰囲気さえあった。だから最初、役者が出てきただけで拍手をする劇場の雰囲気は正直驚いた。しかし、自分の感動を、今、目の前で芝居をしている役者に直に伝えることができ、役者は逆に観客の感動をその場で感じることができる。歌舞伎=難しい、硬い、とはもう思わない。


「舞台だからこそ」の魅力

小・中学と所属していた演劇部が市内の演劇コンクールに参加したときだったと思う。ある学校の、客席通路を役者が歩くという演出をとっていたことにいたく感銘した。私も自分たちの舞台で客席をも巻き込むようなそんな演出はできないかと色々考えていたこともあった。
現在の劇場というものは「プロセニアムアーチ」と呼ばれるいわゆる額縁舞台で、客席と舞台とは完全に隔離されている。役者がどんなに舞台狭しと駆け廻ろうとも、当然の如くそこは別世界。舞台の上は銀幕の中とそう変わりはないとも言える。そんな別世界の人物が自分たちのいる客席に現れたとしたらどうだろう。額縁に収められた2次元世界が途端に3次元へと変わる。観客は驚きと共に演者に対し親近感を覚え、舞台上の世界との距離はグッと縮まり、より一層の感動を味わうことができるのだ。歌舞伎の舞台には本舞台に加え客席を貫く「花道」がある。既に3次元の空間が用意されている。ときには本花道に加え2本目の花道「仮花道」を設けたり、本舞台から鳥屋への空の花道「宙乗り」があったりと、江戸のエンターテナーの発想の何と素晴らしいことか。『歌舞伎』という芸術は、私の思うところの「舞台だからこそ」の魅力にぴたりとあてはまる、最高のエンターテイメントである。