〃小さいことはいいことだ〃の巻

12月もあと数日。開 店準備も終わりなんとなく暇なマスターのアキ(以下A)。掃除でも すればいいのに何かてもちぶさたで、なにげに雑誌Gを取りむさぼ るように読み始める。開店まであと30分ほど。B.G.M.には米良美 一の〃うぐひす〃(営業中には横文字ばかりかけているくせにネ)。しば らくするとドアがガッーと開き一人の男。何やら長い巻物の様なものを片 手に持っている。 男は「今日は。ポスターハリスです。これまた お願いします。」といって、ポスターとちらしを置いて帰ろうとしたまさ にそのとき、いつもの常連客K現れる。ニコッとして、

「まだちょっと早いけどいい?」
「あ、恵ちゃん。いいわよ。」
「何なに、今度のポスター?これから取り換えるんだったら手伝うよ。」
ーと、ポスターを見ようとするがー
「いいわ、後で見てから決めるから。」
ー意外に冷たいアキー
「あっそう、ここに貼ってあるポスターってあの人が持ってくるんだ。」
「まあね。時々違うけど。それでアッシが選んで貼るの。」
「じゃあ、貼ってあるのはお薦めって事?」
「まあそうね。終わっちゃったのもあるけど。」
「そういえば野田秀樹の〃ライト・アイ〃は観たの?」
「観に行ったわよ。先週の月曜日。ところで恵ちゃん、何にしよう?」
「あっ、まだ注文してなかったよね。ゴメンゴメン。え〜と、ジントニック」
「タンカレーとボンベイ、どっちにする?」
「タンカレーで。」
「ライムでいいのね。... そんでね、もうその芝居ったら〃野田走る〃ってかんじなの。この人、MAPとしてやっているのより番外編としてやってるほうが最近は良いみたい。」
「どんな所が違うの?」
「観終わってからの衝撃度よね。」
「それで?」
「前の〃赤鬼〃ほどじゃなかったけどほんとによかったのよね。」
「だからさ、何がどう良かったの?」
「特に良かったのが照明と装置ね。まず装置だけどアイリスを使ったのよ。」
「何?アイリスって。」
「ほろ、カメラでシャッターきる時、眼を開いたり閉じたりするでしょ。あれよ、簡単に言うと。それで、その開閉によって場面が変るのね。それに照明。アッシの感じではまるでフィルムの色の様だった。フラシュを焚いたとき、紗をかけたとき、モノトーンのとき、いろんな色が出てくるの。それがまた舞台とマッチしてとても素敵なのよ。」
「役者はどう?」
「牧瀬(里穂)が良かったわ。すごく良かったって言うわけじゃないんだけど、あんなに芝居出来ると思わなかった。それに何って言ったって綺麗だもの。吹越もワハハの時とは全くちがったイメージで野田との息もピッタシ。この芝居ってね、一人何役もするのよ。だからすごく大変だったと思うのね。で皆良くやっていたわ。ちゃんと役違うの判るもんね。当り前なんだけどプロなら。でも本当に皆走り回ってたわね。いろんな意味でアッシ、やっぱりこんな芝居が好きなんだなって確認したもの。」
「でもさ、今は〃静かな演劇〃の時代でしょ。走り回るのって古くない?」
「そんなことないわよ。今の〃静かな演劇〃ね。例えば平田オリザなんかの。アッシ何度か観たけど、エネルギーを何も感じないのね。もううんざりっていう感じ。アッシには野田とかの芝居の方が合ってるわね。」
「へ〜、そんなもんかね。」
ーとコップを差し出しー
「お代りちょうだい。」
「あいよっ!あんな小さな身体であの動き。あの喋り、何言ってるのか判んないときもあるけど圧倒されちゃうのよね。」
「で、さあ。この芝居ってどんなしばいなの?」
「あっ、そうそう、話の筋を話さなきゃね。野田ってさあ、10年位前に右目を失明してたらしいのよ。そのときの彼自身と彼を看る女医、そしてカンボジア戦線で死んでしまったと思われる報道写真家の一の瀬という3人が中心になって話しが進んでいくわけね。報道写真というとよく問題になるじゃない。悲惨な写真が発表になったときなんて。よくこんな写真撮れたよなっていう驚きと共に何で撮る前に助けられなかったのかとかさあ。何がそのときは正しかったのか?そんな〃ライト・アイ〃と野田自身の右目である〃ライト・アイ〃とこの2つをテーマに話しは出来ているわけね。」
「いつものようにゴチャゴチャしてるんだ。」
「でも良く解ったわよ。とてもシリアスなところもあったしね。それに何と言ったって全てがこの小さな空間(240席)にピッタリだったからね。」
「へ〜。ちょっと観てみたいねぇ。そう言えば野田で思い出したんだけど、大竹しのぶも何か演ってたでしょ?」
「〃ルル〃でしょ。ベニサン・ピットで演ったやつね。」
「行ったの?僕ね、大竹しのぶ大好きなんだよね。」
「もち行ったわよ、昨日。もう長い芝居でさ。」
「つまんなかったんだ。」
「そうじゃなくて、長いのよ。長く感じたんじゃなくて長いの、本当に。3時間くらいあったもん。」
「で、彼女はどうだった?」
「やっぱり怪優ね、彼女。凄いわ。何を演っても大竹しのぶなの。役を通り越して〃大竹しのぶ〃がそこにいるのね。だから、この芝居にはピッタリなのよ。〃ルル〃っていう役に。魔性の女とでも言うのかしらん。それもちょっと違うわね。いろんな人に愛されるんだけど、独占されたくないタイプなのね、彼女。よくいるじゃん。で、彼女を愛してしまった人はだんだん破滅していってそのうちの何人かは彼女のために死んでいってしまうのよ。」
「何かあきちゃんみたいだね。」
「やめてちょうだい!アッシはルルみたいに危険な女じゃありません。」
「本当?(笑い)ゴメンゴメン、それでどうなるのさ。」
「結局、その魅力が最後に自分に不幸をもたらすのよ。100年位前のドイツの話しなんだけど、当時ドイツのある街では切り裂きジャックが横行してたらしいのね。その切り裂きジャックに子宮をえぐり取られちゃうの。それで、死んだのかどうかはこの芝居だけじゃ解らないんだけど、えぐり取られてる時の演技が凄かったのよ。この女ただものじゃないわねっていう感じで。」
「大竹しのぶってもう40位でしょ。子供の面と大人の女って面の両方持ってて何か恐いよね。」
「だからいいのよ。役者だもん。あんな小さな体して、とても大きいんだからさ。」
「そういえば野田秀樹も大竹しのぶも、2つの芝居小屋も小さいよね。小さいことは良いことだって事かな。」
「そこにアッシ(165cm)とペンギン(2坪)も入れてよ。それに今かかっている米良君もね。」
「小さいことは良いことだって?(笑い)」
ーアキもいつもの大声で笑っているとドアが開き常連客のYが入ってくる。
「こんばんわ。何大声で笑ってんの? 北海ラーメンの所まで響いてたよ。」
「小さいことはいいことだってね。」
ーアキの方を見てまた笑う二人ー
「俺も知りたいな。何、何なの?」
「だからね......」



とまだまだ話しは続きそうですが、今回はこの辺で。また次回をお楽しみに。
観劇記録
1)野田地図番外公演「RIGHT EYE」
1998.12.21. シアター・トラム
2)T.P.T.公演 「ルル」
1998.12.28. ベニサン・ピット