大橋純子

trinta トリンタ


 ペンギンは今年で満20年を迎えましたが、30周年を迎えても、まだまだパワフルなヴォーカルを聴かせてくれる歌手がいます。 それが、今回紹介する大橋純子です。

 彼女の名前を聞いて、懐かしいな、と思った方も多い事でしょう。もう30年にもなるんです、デビューしてから。 一方で、誰?その人、って思う方も多くいるばずですね。そんな方たちは、彼女の歌を聴いて、 ドリカムやMISIAよりもず〜っと上手い歌手が30年も前からいたんだなと思ってもらえるはずです。 大橋純子を知らない人の為に、彼女を少し紹介しておきましょう。
 彼女のデビューは、先にも言った様に30年前。<フィーリング・ナウ>というアルバムでした。 当時私は大学に入ったばかり。たまたま手にしたそのアルバムには、メルバ・ムーアの<兄弟の誓い>、 スタイリ・スティックスの<ストップ・ルック・リッスン>、アズナブールの<帰り来ぬ青春>、 レオン・ラッセルの<ア・ソング・フォー・ユー>といったポップスの名曲が散りばめられていたのです。 1974年6月発売のそのアルバムで、私たちは度肝を抜かれ、こんな歌手が日本にいたの?と思ったものです。 それまでの彼女の事について触れておくと、北海道生まれで、札幌の女子大を卒業後ラジオのDJを経て東京に上京。 ヤマハで仕事する傍らバンドのヴォーカルを始め、1973年にフィリップスに入り、74年のデビューに至るわけです。 しかし、その頃は、<知る人ぞ知る>的な存在でした。 それが2年後に発売になった第二弾<ペイパー・ムーン>で世間一般の注目を集める事になったのです。 今までにない彼女の歌声を聴いた私たちは、一気に彼女の世界へと入っていったわけです。 当時、考えてみれば日本のポップスも黄金期を築きあげている真っ最中だったんです。 今もヒットを出している森山良子、不思議なヴォーカルを聴かせる矢野顕子、抜群の作曲力で勝負した荒井由実、 ディープな味わいの吉田美奈子などなど。その中にいて大橋純子の存在は次に出たアルバム<RAINBOW>で確立されます。 このアルバムからクレジットが大橋純子と美乃家セントラル・ステイションとなっていますが、そのメンバーには、 後に一風堂で<すみれセプテンバー・ラブ>をヒットさせ、イギリスのロックグループ、 JAPANで活躍した土屋昌巳を始めとした、音楽なら何でもござれ!なメンバーがいたのです。 そして、彼女初めての大ヒット<シンプル・ラブ>が生まれます。彼女が当時所属していた事務所は北島三郎事務所。 あの北島三郎の事務所だったのですが、同じ事務所にいたのが、 <ダンシング・オール・ナイト>でお馴染みのもんたよしのりだった事から、彼とのデュエット<夏女ソニア>のヒットが生まれます。 その他にも、<たそがれマイ・ラヴ>、<シルエット・ロマンス>などのヒットを連発した彼女ですが、 突如、長年のパートナーで作曲家、ピアニストの佐藤健と渡米してしまいます。そして数年後にアメリカから帰ってきて、 VAPにレコード会社を移籍したころには日本の音楽状況もすっかり変わって、彼女の居場所がなくなってしまった感があったのです。 しかし、時代は移り変わり、再び彼女の時代が来ようとしています。今回のアルバム<trinta トリンタ>を聴いて、 そう思ったのは私だけではないでしょう。それでは、紹介していきましょう。

 70年代の上質なソウルミュージックを思い出させてくれる#1。中西圭三とのデュエット#2。 春風を感じる爽やかな気持ちになりますね。張り上げるだけではなくなった彼女の成長を見る事の出来る#3。 これぞ大橋純子の世界といった#4。本当に上手いですね。美乃屋セントラル・ステイションの世界が甦った#5。 ファンキーな彼女はまだまだ健在です。70年代のクロスオーヴァー〜フュージョンの世界を彷彿させる#6。 各駅停車の旅をしているかのような#7。ほっとする瞬間を味わう事が出来ますね。佐藤健が作る曲は、 本当に彼女にピッタリです。それが良くわかる#8。そして、 アルバムの最後#9はサスペンス劇場のエンディングテーマにでもなりそうな素敵な曲です。

 如何でしたか?大橋純子の世界にどっぷりと浸かる事が出来たのではないでしょうか。 ドリカムやMISIAが上手いと思っていた若い世代の人たちにも、30年前からこんなに上手い歌手がいたって分かってもらえたでしょうか。 上質のJ-POP。こんなアルバムが再びヒットする日本の音楽状況を期待する事にしましょう。 今度は、是非彼女のライヴを聴いてみて下さいね。もっと彼女の実力のほどが分かるはずです。 アルバムの番号は、VPCC81478でVAPレコードから出ています。J-POPのコーナーに行ってみて下さい。