CLEO LAINE

Shakespeare and all that jazz


 東京の二月は意外に天気がぐずつきます。雪も降る事が多いのもこの二月。 そんな時に読書なんぞは如何でしょうか?え?音楽の紹介なんじゃないかって?そうでした。 今回紹介するアルバムは、シェイクスピアの詩に曲を付けて唄った、クレオ・レーンの<シェイクスピア・ジャズ>です。

 クレオ・レーン。ジャズ・ヴォーカル好きな方にはとても有名な世界的歌手ですが、 日本では残念な事に過小評価され過ぎています。歌の世界だけではなく、その活躍はヴァーサタイル。 そんな彼女が夫のジョン・ダンクワースと共に作り上げたこのアルバムは、実に面白く、 芸術性に富んでいます。

 彼女を知らない人の為に、ここで彼女を紹介してみましょう。

 1927年にイギリスのミドルセックス州でジャマイカ人の父とスコットランド系の母の間に生まれた クレオ・レーン(発音ではクリオ・レインが近いと思います)は、両親が音楽好きだった事もあって、 歌手になる事を両親から切望されていたのですが、3歳の時には既に人前で歌った経験もありました。 歌や踊りのレッスンのすえ、13歳でエキストラとして映画に初出演、 14歳で学校を辞めてからは歌一筋でクラブやラジオに出演していました。 18歳で最初の結婚をしますが間もなく離婚、1950年ころ、後の彼女の夫になる ジョン・ダンクワースのバンド歌手として再スタートきり、イギリスでは人気が急上昇していきました。 1965年には今回紹介する<シェイクスピア・ジャズ>を発表し、大評判になったのです。また、 舞台では1958年の<フレッシュ・トゥー・ア・タイガー>を皮切りに、61年にはブレヒトと クルト・ワイルの<7つの大罪>に主演、73年にはロンドンで再演されたミュージカル<ショー・ボート> のヒロイン、ジュリーを演じて大好評を博し、86年にはニューヨークのブロードウェイで、 その年のトニー賞を受賞したルパート・ホルムズ作曲でディッケンズの未完作<エドウィン・ドゥルードの謎> に出演してトニー賞の助演女優候補にもなっています。活躍の場はそれだけではありません。 クラシック音楽の世界でも、シェーン・ベルグの<月に憑かれたピエロ>において、 他のクラシック歌手とは全く違ったアプローチを見せて大成功を得たのです。しかし、 彼女も歌手としてアメリカで人気が出たのは遅く、1972年のカーネギー・ホールに出演してからの事でした。 その後は世界的にも名声が上がって、数々のアルバムを発表、クラシック・ギターのジョン・ウィリアムズや、 フルートのジェームズ・ゴールウェイとの共演、元々ジョン・ダンクワースの楽団にピアニストとして所属していた俳優、 ダッドリー・ムーアとのアルバム等など、質の高いアルバムを発表してきたのです。 特にジョン・ウィリアムズが音楽を担当した映画<ディア・ハンター>の中で、 その美しいメロディーが観客の心を捕らえて頭から離れない、マイヤーズ作曲の <カヴァティーナ>に彼女自ら詩を付けた<He's so beautiful>は、他の歌手にも取り上げられているばかりではなく、 日本でもテレビのCMに幾度となく使われています。日本には1976年に初来日し、 高度なテクニックとエンタテナーぶりを存分に発揮し、強い印象を残しました。 その後も1993年の2月にブルーノート東京で公演しています。 私は数年前にニューヨークのクラブで再び彼女のステージに接しましたが、 全く衰えを感じさせない素敵なステージを展開していました。
 少し彼女の紹介が長くなってしまいましたね。それではアルバムを紹介していきましょう。

 叶わぬ恋に悩む若者の心の中を音楽で良く表している#1。<十二夜>の冒頭に出てくる詩からです。 若いという事だけで自惚れている若者に、若いときはそんなに長くないんだという警鐘を鳴らしているような詩、 #2。これも<十二夜>から。クレオの唄に説得力を感じます。154篇あるシェイクスピアのソネットから二つを選び、 軽いボサノヴァ調にしたジョン・ダンクワースの作曲力が光る#3。声のトーンを変えて二つを唄い分けるクレオの技術にも脱帽ものです。 数年前に映画にもなった<恋の骨折損>からは最後の場面を楽しいリズムで唄います。最後の終わり方もとってもお洒落な#4。 デューク・エリントンとビリー・ストレイトホーンが共同で作った<シェイクスピア組曲>。その中の一曲にソネットを当てた#5。 恋が熱病のようと唄うクレオの表現は本当にうなされているかの様で、 音楽の怪しさと共に違う世界に行ってしまいそうな感覚を我々に与えます。<お気に召すまま>からの #6は春を思わせるウキウキした表情を感じます。#7はシェイクスピアのオリジナル詩ではありませんが、 <マクベス>を下敷きにして唄われます。クレオの役者としての一面を唄の中に見る事が出来ます。 ブルース調の曲とクレオの唄、その中に現れる彼女の演技力。まさに三位一体とはこの事でしょう。 #8は#5と同じエリントン〜ストレイホーンによる<シェイクスピア組曲>からのひとつにソネットを当てたもの。 クレオが発する声のレンジの広さに驚かされます。<お気に召すまま>からの#9。クレオの歌唱に冬の風を感じてしまいます。 素晴らしい表現力ですね。ソネットの中でも特に有名な18番。それに曲を付けた#10。時の流れ〜永遠の美〜一篇の詩。 この三角関係を唄った、不思議な魅力のある美しい曲です。<マクベス>と<真夏の夜の夢>の二つの中のせりふをシンクロさせた#11。 う〜む、ホテルのラウンジでいい気持ちになっていた所をいきなり別世界に連れていかれたような妙な気分になりました。 とても演劇的です。シェイクスピア晩年の作品<シンベリン>。最後の方で男装した王女の死を嘆いて唄う場面の#12。 優しく唄うクレオの唄に哀しみが溢れます。終わり方もいいですね。解説では「息の絶えたクローテン死骸を〜」とありますが、 この場面ではまだ息は絶えておらす、勘違いして悲しんでいたという事を付け加えさせて頂きます。 <空騒ぎ>からの#13はスウィングで乗りまくります。そしてアルバム最後の#14は、 ジョン・ダンクワースがシェイクスピアの全戯曲、詩篇、ソネットの標題を繋げて作った脅威的な作品。 まるで一つの唄に聞こえますね。途中でクレオ自身の宣伝も入れたお洒落な作り。最後の一つ前に<終わり良ければ全て良し>、 最後に<恋の骨折損>を持ってくるセンスも最高です。

 如何でしたか?ちょっと知的な気分になったのではないでしょうか?クレオ・レーンとジョン・ダンクワースが400年も前の シェイクスピアと共同作業をした素晴らしい作品でした。これを機会にシェイクスピアの作品を読んでみるのもいいですね。 ちなみにクレオは、この<シェイクスピア・ジャズ>を発表した13年後、シェイクスピア、T.S.エリオット、 ジョン・ダンなどの詩に、数曲を除いてジョン・ダンクワースが曲を付けた<ワードソング>というアルバムも発表しています。 こちらは残念ながらCDにはなっていません。アルバムの番号は、UCCU5504 でユニバーサルから発売になっています。 ジャズ・ヴォーカルのコーナーに行ってみて下さい。

2006.2.26