THOMAS QUASTHOFF

THE JAZZ ALBUM


 クラシックと聞くと、何となく堅苦しいイメージがありますね。でも、たまにはクラシックもいいものです。 と言っても今回紹介するアルバムはクラシックではありません。クラシック界では、 特にドイツリートの世界でその才能を遺憾なく発揮する、トーマス・クヴァストフ(クヴァストホフという表記もありますが、 ドイツ語の発音にそってクヴァストフとここではいたします。)がジャズのスタンダードに挑戦した <ザ・ジャズ・アルバム〜ウォッチ・ホァット・ハプンス>です。

 トーマス・クヴァストフ。彼の名前を聞いてピンと来た人はかなりのクラシック通、それも声楽通の方でしょう。 彼の資料はあまり無いので詳しくはお教え出来ないのが残念ですが、彼を知らない方の為に、 ここで彼について少し触れたいと思います。

 1959年の生まれといいますから今年で48歳。丁度ヨーロッパ、ドイツで発売された催眠剤、 サリドマイドを服用した母体から生まれた肢体未発達な子供が生まれて社会問題になったサリドマイド事件 (日本でも1958年に発売され309名が犠牲になっています。)の渦中に生まれ、 その被害者の一人が今回紹介するトーマス・クヴァストフなのです。何度か来日していますので彼の容姿を見た方はご存知だと思いますが、 手と足に障害が見られます。しかし、彼は<声>までは失っていませんでした。 1993年にRCAレコードからシューマンの歌曲集でアルバムデビューを飾ってから、ドイツ歌曲を中心に活躍を続けています。 日本へも1997年サイトウ記念フェスティバルで初来日し、その後数回来日しています。さらに、 2006年には第48回グラミー賞を<バッハのカンタータ>で受賞。 今やバリトンの世界では群を抜いているといっても過言ではありません。
 そのクヴァストフが贈るニュー・アルバムは、クラシックではなく、何とジャズのスタンダードを歌ったアルバムなのです。 しかも、クラシック歌手が歌っているとは思えないほど素晴らしく、現役のクルーナー歌手も真っ青の出来栄えなのです。 それもその筈、2002年3月30日、ザルツブルグ音楽祭のロックハウスにおいて行われた <ベルリンフィル・ジャズ・グループ>との共演でジャズを歌うといったコンサートを開いているのです。 既にジャズ歌手としてのデビューを果たしていたのですね。それでは紹介していきましょう。 

 ビッグバンド風の前奏に乗っておくる#1。ご存知、ガーシュインの<ポギーとべス>からの一曲ですが、 バックのビッグバンド風な演奏に対して鼻歌風に軽く歌っているのが印象的です。先ごろ来日し、 今年のアカデミー賞でも外国語映画賞の50年史のプレゼンターとして渡辺謙とともに登場したカトリーヌ・ドヌーヴ。 彼女が17歳の時に出演したミュージカル映画<シェルブールの雨傘>からの#2。 アラン・ブロードベントのピアノの伴奏で静かにスタートします。ライナーノーツに書いてある作詞、 作曲者の名前が違っているのでここに訂正しておきましょう。作詞がジャック・ドミー(英語詞はノーマン・ギンベル)、 作曲は勿論、ミシェル・ルグランです。軽いボサノヴァのリズムに乗って歌う#3。ドリス・デイであまりにも有名ですが、 あまり歌われる事がありません。久し振りに聴くヴォーカル・ヴァージョンです。先ごろ来日したスティーヴィー・ワンダー。 現在、美しい曲を書かせたら彼の右に出る人はいないでしょう。その彼の中でも名曲中の名曲#4。クヴァストフの声と曲が良 くマッチしていて絵画の世界に迷い込んだ様です。このアルバムの中でもベストトラックだと思います。 楽しくスウィングする#5は1944年の映画<ヒア・カム・ザ・ウェイヴズ>からの曲。 このアルバムのプロデューサーでもあるトランペッターのティル・ブレナーがトランペットソロでも効かせます。 ミュージカル<マイ・フェア・レディー>の挿入歌#6。ちょっと長めに感じる間奏が、この歌の内容を語っていますね。 皆さんもありませんか?最初は何とも思ってなかったのに、その内に自分の中の気持ちの変化に気づく事が。 #7は別に前の曲を引いている訳でもないのでしょうが、内容的には、#6の次の段階、もう恋が冷めたから友達でいよう、 ってな感じでしょうか。途中の転調がとても良い#8。シナトラも歌っていた#9。 もうちょっと楽しく歌っても良かったかも知れません。ベルリン交響楽団の奏でるストリングスから始まる#10。 スケールの大きな曲になりました。間奏のアラン・ブロードベントが弾くピアノもいいですね。私が好きな歌のベストテンに入る#11。 アラン&マリリン・バーグマン夫妻の書く詩の美しさに何時も感動します。 クヴァストフも深い感情を静かに表現していて素晴らしいですね。アルバム最期の#12は幻想的な雰囲気が一杯です。 不思議な感じで終わっていくのがまた素敵ですね。

 如何でしたか?とてもクラシック歌手が歌っているジャズ・スタンダードだとは思えないくらいに素晴らしいアルバムでした。 プロデューサーでもあるティル・ブレナーの手腕を称えるとともに、ベルリン交響楽団や、 アラン・ブロードベントを始めとした演奏陣にも大きな拍手を送りたいと思います。 次回の来日では、このアルバムを中心としたコンサートを開いてもらいたいものです。
 アルバムの番号は、輸入盤が 477 6501 でドイツグラモフォンから、また国内盤は4月18日の発売ですが、 UCCG−1349でユニヴァーサルクラシックから出ています。クラシックのコーナーに行ってみて下さい。

2007.3.24