The New England Journal of Medicine Vol. 342: p1 - 8, Jan 6, 2000

● 血圧と心疾患死亡の関係:世界六地域での研究

  中高年の患者さんがお医者さんに行くと、大抵腕に巻かれるあの血圧計。最近ではデジタル式の家庭用血圧計も市販されていて、血圧が気になる向きには結構馴染み深い医療機器になっていますね。NMRやCTなどの高価な大型医療機器が所狭しと日本の病院に溢れていても、世界中の医療の現場での血圧計の重要性は今もって変わりません。
 
 今日はこの血圧計で測定した「血圧」と心臓の血管(冠血管)の病気(CHD)による「死亡率」との関係の話です。

 「高血圧が心筋梗塞などの冠動脈心疾患(CHD)で死亡する危険因子の一つであること」は以前から知られています。しかしながら、高額医療機器が世界のあちこちに散らばり、経済活動の様々な場面で世界標準が声高に叫ばれているこの時代でも、あの一見原始的に見える水銀血圧計で測定される血圧とCHD の死亡リスクの関係が世界の各地域で違いがあるのかどうか、については、最近までデータが有りませんでした。
 平たく話すと、血圧が140/85mmHgである日本人の貴方と、同じ血圧値であるアメリカ人の貴方の友人が同じ程度に心筋梗塞で死ぬリスクを持っているのかどうかと言う命題。察しの良い貴方であれば、「同じ訳ないだろ。あいつは肉派、俺は魚派」とあっさり答えてしまうこの命題にPeggy C.W. van den Hoogen等は真っ向から取り組みました。その結果を述べた論文がNEJM2000年第1号巻頭1頁を飾っております。血圧計一つ(実際の総数は膨大でしょうが、使用された機器は血圧計のみです)で、世界を股にかけたこの研究、結論は予想通りであっても、実証にかける労力と組織力には頭が下がります。

 彼らは、世界の異なる地域に住む六つの住民集団(米国、北欧、地中海地方南欧、内陸部南欧、そしてなぜかセルビアと日本)を対象として、長期のCHD 死亡率と収縮期および拡張期の血圧と高血圧症との関連についてなんと25年にわたり調査しました。血圧の測定は,本研究の開始時に,CHD の病歴をないことを確認した12,031 例の男性(年齢,40 〜 59 歳)で実施しました。この男性達を25 年間追跡調査して、その期間中1,291 例の男性が CHD で死亡したことも確かめました。そして、当初測定した血圧とこのCHDによる死亡率の関係を統計的に調べたのです。規模の大きさと期間の長さに驚きますね。
 
 その結果、最初測定した血圧が140/85 mmHg の男性が 25 年間でCHDで死亡する確率(年齢で標準化)には,対象地域の住民集団によって、3 倍以上の差(変動)が認めらました。つまり、米国および北欧での死亡率は高かったが(10,000 人年当り約 70 件の死亡)、日本および地中海地方南欧の死亡率は低かった(10,000 人年当り約 20 件の死亡)。でもここで安心してはいけません。どこの地域でも同程度の血圧上昇分に見合った分だけ、CHD 死亡率は相対的に上昇したのです。これらの地域の住民集団全体の相対危険度は,各被験者の個体内血圧変動で補正した場合には、収縮期血圧の 10 mmHg 上昇あるいは、拡張期血圧の 5 mmHg 上昇当りどちらも 1.28 でした。つまり、日本でも、米国でも収縮期血圧が10mmHg、拡張期血圧が5mmHg上がれば、心筋梗塞などのCHDで死ぬ確率が28%上昇するということです。これは日本人である貴方の方が同じ血圧のアメリカ人の貴方の友人より心筋梗塞で死亡するリスクは低いけれども二人とも血圧が同程度上がったとすると、同じ程度だけ仲良く三途の川に近づくということでしょうか?遠く離れた国の荒れた芝生を見て安心するのではなく、きちんと隣りの家の芝生を眺めて、自分の家の芝生の手入れに精をださねばいけませんね。


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