Journal of the National Cancer Institute, Vol. 92, No. 1, 24-33, January 5, 2000

●喫煙乙女に発現する魔の肺ガン遺伝子 GRPR遺伝子

  私はタバコ嫌いで、タバコを嗜む患者さんからちょっと煙たがられているのかも知れません。でも私は一人の医者として人間の健康を蝕むタバコが嫌いなだけで、タバコを吸われる患者さんご本人には何ら反感はございません。いつでも皆様が禁煙プログラムに参加できるよう、医務室で資料と禁煙補助剤を準備してお待ちしておりますよ。

  さてさて、こんな猫なで声では、なかなか医務室に相談に来ては下さらない貴方(特に貴女)でも、きっとタバコが止めたくなるような、遺伝子レベルでの科学的事実でぞっとしてください。今回の論文はアメリカ国立ガン研究所が発行するJournal of the National Cancer Institute、2000年1月5日号に掲載されていました。
 従来の疫学研究から、「女性は男性より肺ガンに罹る率が2.3倍程度高いこと」が分っていました。しかしその理由を十分に説明できる遺伝子レベルでの研究はありませんでした。
  ピッツバーグ大学のShriver等は肺の細胞表面にある「ガストリン放出ペプチド受容体」(GRPR: Gastrin-Releasing Peptide Receptor)と呼ばれるたんぱく質の遺伝子に注目し研究うしました。このGRPR遺伝子は普段はこのたんぱく質(GRPR)を作る働きを休止していますが、一旦何らかの刺激で活性化される(眠りから覚め働きを持つようになる)と、肺がん細胞の増殖を促進することが知られています。酒を飲むと急に暴れるどなたかのようですね。
  今回Shriver達は、肺がんなどで肺の手術を行った女性38人、男性40人から摘出した肺組織を使い、そのGRPR遺伝子の働き(たんぱく質を作り出すために必要なmRNAの発現の有無)を調べてみました。その結果、女性では喫煙者の75%、非喫煙者の55%で、この遺伝子の働きが活性化されていることを確認しました。一方、男性は喫煙者では20%が活性化され、非喫煙者ではこの遺伝子が活性化していた人は全くいないことがわかりました。
  彼らは別の実験で、このGRPR遺伝子の働き(たんぱく質を作り出すために必要なmRNAの発現)はタバコに含まれるニコチンによって、活性化の程度が高まることも確認しています。
  ところでこのGRPR遺伝子は皆様が中学高校の生物の授業で教わった性を決定するX染色体、Y染色体の内のX染色体の上に乗っている遺伝子なのです。勘の良い貴方(貴女)ならもう分りますね。女性はXX、男性はXYですから、女性の方がこの厄介な遺伝子を男性の2倍も抱えていることになるのです。「女性の喫煙は自立の象徴」などと言っているのは、SPEEDを「ナウい」と言って喜んでいるようなものですね。
  「俺は男だから、女性の2倍吸えるのか」と万事好意的に解釈される男性の貴方。この遺伝子だけが肺ガンの発生を決めているわけではありません。また、タバコに含まれている肺ガンのリスクとなる化学物質はニコチンだけでもありません。この論文の意義は肺ガン発生率の性差を説明する遺伝子レベルでの最初の解明という点にあります。でも久しぶりに男で良かったと思える論文でした。


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