ACP Journal Club Sep/Oct 2000 (Med Care. 2000 Jan;38:7-18)

●亜鉛トローチ剤は風邪に効果なし

 日本の週刊誌の広告欄には病気を治すことが期待されるような様々な「健康食品」の広告が掲載されていますね。薬事法で規定される医薬品ではない場合、効能効果(効き目について)の表現は慎重に選んであるものの、一般の読者には、『なんだか良く分らないけど、結局「ガンに効く」「EDに効く」「何でも効く」』と思わせる巧みな表現が多いように思います。そうした商品(薬品にあらず)の中にはルーマニアからも輸出されているような、プロ○○○や、ジェ○○ター○、ロイ○○ゼ○ーなども、紙面を躍らせています。健康に被害が及ばない限り商業活動に口を挟む立場にはありませんし、『「最新医療」の内容が小難しい』とのご批判も頂戴する私にはむしろ学ぶところもあるのかも知れません。しかし今回はその中で最近万病に効くかのように喧伝されている「亜鉛」(のトローチ)が、実際には万病の元の「風邪」に効果があるとは言えないという話しです。

 亜鉛は試験管内ではウイルスの増殖を抑える「抗ウイルス効果」があることが証明されています。人間の風邪もインフルエンザウイルスをはじめライノウイルス、コロナウイルス、アデノウイルス、パラインフルエンザウイルスなど様々なウイルスによってひき起こされる病気です。ウイルスが原因であれば、亜鉛の錠剤を飲んだり、トローチにして舐めたり、パウダーを鼻に噴霧したり、気管支に届くように吸い込んだりすれば風邪の原因になっているウイルスの増殖が抑えられ、結果的に風邪の症状が軽くなったり、風邪で苦しむ期間が短くなったりするのではないかと期待されました。亜鉛自体は単純で廉価なものですし、これで風邪で仕事を休む日にちが半分になるとすれば、風邪に悩む患者さんの数を掛け算すると、人類全体におよぼす費用対効果は大変なものです。しかし、当たり前の事ながら、「人間」は「試験管」ではありません。ウイルスに降りかけて効いたからと言っても、または動物の風邪で効果が見られたといっても、そのままその結果を人間に当てはめることができないのは想像がつきますね。これは効果だけではなく、副作用に関しても同じことが言えます。ですから、健康食品などの「商品」とは異なり、「医薬品」を開発するには物理化学的な性状の試験、試験管内の実験、動物実験などの「非臨床試験」に加えて「臨床試験(治験)」と言われるヒトでの安全性と有効性を試す「試験」が絶対に必要なのです。臨床試験(治験)治験は暴露的小説で興味本位にまた陰鬱なイメージで「人体実験」と書かれることがありますが、実のところ、患者さんの同意の下できちんとした科学性を備えた「実験」であるべきなのです。この実験を何か恥ずかしい物であるがごとく、あるいは本当はやらない方が良いのであるがごとく、あなたが考えるとすれば、貴方は貴方の家族が病気になった時に「ヒトに安全で有効な薬」を服用することはできません。だれが最初にその薬の試験に参加するかと言う問題を考えると、いつも自分だけが傍観者で他人の犠牲の上で上前だけをはねているような気になりませんか?
 
 さてさて、今回もまたまた、前段が長くなりました。亜鉛に抗ウイルス効果がありそうだと言う非臨床試験の結果を受けて亜鉛トローチが開発され、実際の患者さんに投与し、その効果を安全性を確認する臨床試験が過去に7試験実施されました。当然その試験に参加される患者さんからは「説明の上の同意」(インフォームドコンセント)を取得した試験です。(現在では欧米はもちろん、日本でも文書でこの同意を得ていない試験はGCPという規定上、意味のある臨床試験としては認められておりません。)その7つの試験の内の一つはヒトの風邪症候群の原因ウイルスとして最も頻度が高いライノウイルスをボランティアに接種してロトーチの効果を確かめたものです。原因ウイルスがばらばらであるよりも試験(実験)の精度は高まりますね。7つの試験の方法は基本的には風邪の患者さんを二つに分け、一方のグループには亜鉛トローチを投与し、もう片方には亜鉛トローチと見かけ上区別がつかないプラセボ(偽薬)を投与するものです。患者さんにも投与する医師にもどちらが本物かを分らないようにしておいて(二重盲検法と言います)、咳、鼻水、発熱、頭痛、痰などの風邪の諸症状に対する効果を判定するわけです。
 
Marshall I等は、このように実施された7つの試験(合計754人の患者さん)のデータをまとめあげるメタアナリシスという方法で亜鉛トローチの風邪に対する効果を判定しました。それによると、風邪にかかって3日目では亜鉛トローチと偽薬の間に全く効果に差は認められませんでした。7日目で差は差が見られそうであったものの、風邪は7日もすれば大抵治るか、症状も軽くなっていますし、増して7日間も亜鉛トローチを舐める続けることのリスクを考えると、???ですね。

 ひょっとして貴方は「人体実験いやだー」と言いながら、自分では安全性も効果も確認されていない「商品」に多大の費用と「健康」を浪費してはいませんか?


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