● 母は強し、精子由来ミトコンドリアをつまはじき
医務室にお子様を連れていらっしゃるお母様方は、病気のお子様を気遣ってハラハラされてはいるものの、たまにそばに寄り添うお父様に比べれば、ずっと腰が据わって落ち着いているように見えます。女性の平均寿命が男性に比べて長かったり、男性では退化している乳房の機能を保存していたり、「母の強さ」については古来、生物学的にも文化的にも様々な議論があるところです。Nature1999年11月25日号にはミトコンドリアDNAの遺伝の際の母の優位性の仕組みを解明した論文が掲載されています。これがルーマニアで一体何の役に立つのかとおっしゃらずに、ルーマニアの長い冬を乗り切る話の種にまずはご一読あれ。
哺乳類の細胞の中には遺伝子の本体であるDNAが貯蔵されている「核」と呼ばれる細胞内小器官があります。それ以外に、粗面小胞体、滑面小胞体、ゴルジ装置、水解小体とか舌を噛みそうな様々な細胞内小器官があります。その細胞内小器官の中でもかつてはそれ自体が独立した生命体であったと推定されるものがあります。それは細胞内のエネルギー生成を担うミトコンドリア。実はミトコンドリアには核とは別に遺伝情報のDNAがあることが分っています。
ヒトを含めた哺乳類の受精では母由来の「卵」の核DNAと、精子によって持ち込こまれる父由来の核DNAが一対一で対等に個体の発生に貢献します。だからこそ、お腹を痛めもしないお父さんも俺の子だと威張って居る訳です。
ところが、これはあくまでも核DNAに限った話。ミトコンドリアの中にあるミトコンドリアDNAはどうかというと、お父さんの面目は全く丸つぶれ。ミトコンドリアDNAはおろか受精卵の中で生き残るミトコンドリアは全て母親由来、母親の独占状態なのです。子供のお母さんのミトコンドリアDNAは、そのまた母親(おばあさん)由来であり、そのおばあさんのミトコンドリアDNAは曾おばあさん由来であり、そのまた、、、、とどこまで辿っても男の話は全くでない、厳格なる母性遺伝の世界。診察室での頼りないお父さんの姿は然もありなんと肯けます。
さて、さて今回も前置きが長くなりました。オレゴン保健科学大学のG.
Schatten博士らは、一旦は精子によって受精卵に持ち込まれる父親由来のミトコンドリアが実は100個程度あること、そして、その精子由来のミトコンドリアには「ユビキチン(ubiquitin)」と呼ばれるたんぱく質の目印がついていることを明らかにしました。この、「ユビキチン(ubiquitin)」で標識された精子由来のミトコンドリアは、その中のDNA情報を受精卵に残すことなく、発生の過程で、受精卵の細胞質の中にある「破壊装置」で選択的に破壊されてしまうのです。
こんな論文を読むと、診察室で見るお子様の顔がなんとなく母親似に見えてくるから不思議です。
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