British Medical Journal Vol. 320, p469-471, 19 February 2000

●患者さんと疎遠な医師ほど確かな診断?

 タイトルを見ただけで「そんな馬鹿な」と思われるでしょう。正確に表現すれば「患者さんと疎遠な医師ほど確かな診断を下せるコトモアル」とすべきでしょうか。患者さんと疎遠な医師がどんな場面でも正確な診断を下せるとすれば、ただでさえ心地よくはない病気の治療が余計寒寒としたものになってしまいます。
 ルーマニアの小さな邦人社会で仕事をさせていただいておりますと、普段から存じ上げている患者さんの人となりが病気の診断と治療にかなり役立っているように思います。つまり病気になって初めて外来でお行きあいする患者さんよりも、普段から知った顔の患者さんの方が短時間で正確な診断と、現実的な治療に落ち着きやすいように感じます。(これもあくまでも感覚的なものに過ぎませんが、、、)

 一方で、患者と医師の関係が濃密になればなるほど、医師のメガネが曇ることもありそうです。例えば、小児科医は自分の子供を診たがらないという話を聞いたことはありませんか?今回は、そんな患者と医師の関係と診断の正確さについての興味深い論文の紹介です。

 シカゴ大学のN. A. Cristakis等はホスピスに入院したガンやAIDSなどの末期患者の予後(余命)に関して、医師の予測生存日数と実際の生存日数の関係を調査しました。その結果、患者との関係が長く、また最後の診察日からの日が経っていない医師ほど、患者の余命を楽観的に長めに見積もってしまう傾向があることを明らかにしました。(British Medical Journal Vol. 320, p469-471, 19 February 2000)

 1996年、著者らはシカゴにある外来ホスピスに勤務する343人の医師の協力を得ました。これらの医師が末期患者を受け持つ場合、その情報が著者に入り次第、著者は担当医に電話アンケートを実施しました。アンケート実施時点で患者がすでに死亡していたり、患者から同意が得られなかったケースなどを除いて、末期患者767名のうち、504名が最終的に解析の対象となりました。
 質問項目としてまず、医師がその患者の余命が何日であると予測するかを尋ねました。また、医師側のデータとしては医師の経験年数、専門領域、性別、医師患者関係の年数、患者を最後に診察した日、自らの性格の自己評価(楽観的か、悲観的か)などのデータも合わせて聴取しました。患者さん側のデータとしては年齢、性別、人種、宗教、既婚、未婚の別、診断名などがデータを得ました。
 そして待つこと3年。1999年6月30日時点で486名(504名中96%)の患者さんが実際にお亡くなりになり、予測と実際の余命の関係とその関係に及ぼす、医師と患者の特徴について統計的に解析したわけです。

  医師による余命の予測の正確さを判断する指標として予測余命を実際の余命で割った商を計算しました。つまり、医師がこの患者さんはあと一ヶ月(30日)しか生きられないと判断した患者さんが実際には半分の15日で亡くなった場合はその商は2.0とします。この商が0.67から1.33の間に入ったものを正確な判断、0.67以下を楽観的な判断、1.33を悲観的な判断と定義すると、全体を通じて正確は判断の範疇に入ったケースはなんと20%しかありませんでした。そして、67%が楽観的な判断、17%が悲観的な判断となりました。しかもこの商の平均はなんと5.3になりました。つまり、終末医療(ホスピス医療)に携わる医師であっても、患者の余命を5倍以上にも過大評価してしまうわけです。この傾向はAIDSなどの他の疾患の患者さんに比べ特にガンの患者さんの余命を過大評価する傾向にあることもわかりました。推定の正確さは医師の経験年数が長いほど高まり、また、腫瘍学を専門にする医師の方が他科の医師よりも高いこともわかりました。また、医師と患者さんの付き合いが長いほど、また、最後に診察日が近いほど、医師は患者さんの余命を過大評価する傾向があることも分かりました。患者さんにより長く生きていただきたいと思う気持ちが医師にとって大切ではありますが、限られた生を「より良く生きたい」と考える末期の患者さんにとっては、この過大評価が末期医療の質の低下に結びつく可能性もあります。
 昨今は医師は「病ではなく人を診る」ことが大切であると良く言われます。終末医療の現場であれば、なおのこと患者さんと全人格的に接する必要があります。そんな場合でも医師は、科学者としての冷徹な目で患者さんを診断することが求めれていることが分かります。「知に働けば角が立つ、情に棹差せば流される、とかくこの世は、、、、」蓋し名言ですね。


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