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| 秋田県(秋田藩)は、江戸時代には常陸から移封された佐竹氏の領国でした。 本拠地・久保田城(秋田城)の他に、広大な横手盆地の南北の拠点として、横手に支城、角館には(城を廃して) 館を置き、それぞれ重臣が家臣団を率いて居住し、小城下町として栄えました。 秋田市と異なり、横手・角館は東京からはなかなか行きにくい場所で、私も今回がはじめての訪問でした。 |
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5月3日 夏油温泉 (げとうおんせん)
岩手県の夏油温泉は、JR北上駅から車で1時間ほど奥羽山脈に入った山奥の秘湯です。
この日、北上川の堤の桜はもう終わり、新緑の季節に替わっていました。
川の両岸から張ったワイヤーには、五月の鯉のぼりが鮮やかにはためいていました。
夏油川に沿ってどんどん入っていきます。
季節が遡っていきます。 桜が満開になり、木々の緑は少なく、芽吹き始めになります。
入畑ダムの湖を越えてブナの原生林域に入りましたが、このあたりでは木々はまだ裸のままです。
山腹を走ります。
眼下遥かに川の流れが見えます。 雪解け水特有の青白い色で激しく流れています。
そして、雪がまだ残っている夏油温泉に到着しました。
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夏油温泉は、今年は5月1日に開湯しました。 閉湯は昨年11月11日でした。
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宿泊は、”元湯夏油”という、昔からの湯治場の宿です。
外湯(露天風呂)5箇所、内湯2箇所の7つの湯を有する温泉宿です。
一般の温泉旅館とはイメージは違います。
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| 左手の建物が本館。右手が別館。 白い橋のような渡り廊下で行き来します。 | 渡り廊下を過ぎて。 正面三階建の別館が宿泊した獄館。 |
元湯夏油は古い湯治場なので 棟がいくつもあります。
旅館部(4館)、自炊部(4館)などに分かれてます。
自炊用に売店などもあります。
とても雰囲気がある湯治場です。
| 更に進んで行きます。ここからの両側は自炊館です。 | 突き当たりを左折すると、大湯への階段があります。 |
| 戻り道です。
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元湯夏油の建物は夏油川沿いの崖上にあります。
| 宿泊所からは、長い階段で渓流沿いの外湯に降ります。 これは真湯(しんゆ)です。
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外湯は崖を降りた夏油川の川原沿いに5つあります。いずれも渓流が望める露天風呂や
風呂場に屋根がついた吹き抜けの湯などです。
大湯、滝の湯、疝気の湯 がまとまって渓流沿いにあります。
| 上流の大湯(おおゆ)に降りる階段です。 建物は滝の湯 | 右手の建物が大湯。川から吹き抜けです。 雪解け水です。 |
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疝気の湯だけは、何も無い完全な露天風呂です。 渓流に一番近い湯です。 この写真はかなりピンボケなので採用しました(笑) |
大湯の少し下流に降りる二つめの階段です。
川を挟んで2つの温泉が湧いてます。
真湯の渓流を挟んだ向かいの女(め)の湯です。 |
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| 大湯の下流の真湯(しんゆ)です。 |
旅館の中には 本館と別館にそれぞれ内湯があります。
白猿の湯 と小天狗の湯です。いづれもなかなかいい湯でした。
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小天狗の湯 |
| 本館の白猿の湯 |
雪が建物の影に相当残っていました。
日なたには カタクリの花が咲いてます。フキノトウもあちこちに柔らかな薄緑色の芽を出していました。
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| カタクリの花 | フキノトウ (下にはまだ雪が残っている) |
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翌朝、広間でバイキングの朝食を食べてから出発です。
会計は玄関脇の受付ですが、ご覧のとおりのレトロな受付です。
玄関の待合もしかり。
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夏油温泉は温泉好きの友人(宿泊担当)が計画し、奥方が予約開始の翌日に押さえてくれました。
感謝、感謝です。
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5月4日 横手市内
朝、夏油温泉を降り、JR北上駅からローカル線(北上線)で奥羽山地を越えて横手市へ。
友人のTさんと十数年ぶりで会いました。
東京で好きな道で生活するつもりが、事情により実家を継ぐことになり横手市に引きこもってしまったのです。
ここは旧家で、秋田地方の旧家の造りがとても珍しく素晴らしかったのでこのページに残しました。
横手市は雄物川支流の横手川が流れる城下町です。
後三年の役、金沢の柵など 古くから歴史に登場する土地です。
石坂洋二郎の小説や、伝統行事『かまくら』で有名ですが、今は横手焼きそばのほうが知られているかもしれません(笑)
| 友人宅のそばの横手川。 清流です。 中央遠くに横手城が見えています。
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山内道角の本宅です。
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| 正面は、長〜〜い板塀に囲まれています。 左端には写ってませんが更に家があります。 | 長〜〜い先にある庭への入口用の門です。 |
母屋は、内庭が眺められる造りで、庭は巨岩をメインにした回遊式庭園になっています。
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外から (左手が内庭。右手が通路。) |
| 母屋内の通路。右手が内庭 | 庭から母屋を |
飛び石を配し、大きな石で組んだお庭です。
石は男鹿の石だそうです。
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| 手前の石は大きいです。 |
内庭の奥にも、泉水のある脇庭があります。
| 母屋の裏にも石を配した裏庭がありました。 石に対するこだわりを強く感じました。
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| 左手奥に岩。 右手の灯籠脇にも巨大な岩が。 |
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珍しかったのは蔵でした。
蔵というものは独立した建造物と思っていました。 蔵が四つありましたが、その4つの蔵を屋根で覆ってしまった (角館でも蔵は家のなかにありました。秋田の風習なのでしょうか?)
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| 蔵の入口。 友人宅は蔵が4つ家の中にまとまってありました。 |
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母屋の裏には小道を挟んで続きの敷地があります。
← 左が続きの敷地の建屋。 右が母屋の端。
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敷地内には多くの建物があります。
そのうち興味深かったのは、馬小屋でした。
昔は趣味の乗馬用の馬を飼っていたそうで、そのための馬場もあったそうでしたが、馬場跡は現在アパートに変ってました。
その他、農作業用の建屋があったり、友人が実験用に使っていたという建屋があったり、
知らなかった地方の旧家の文化に接し、とても興味深いものがありました。
| 左手の建物の奥が馬小屋。右手は農作業用建物 | 友人の実験室があった思い出の建物とのこと |
この敷地は、郊外の住宅地または武家屋敷なら納得ですが、町中にあるので驚きです。
宿泊担当の他のもう一人の友人はハイテクおやじで、歩きながら使えるGARMIN社のハンディGPSを持参。
GPSがキャッチする人工衛星の数を気にしながら、目的地(友人宅など)の方向と距離を教えてくれるナビゲーター役でした。
感謝、感謝です。
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← 横手やきそば も食べました〜(笑)
食べかけ途中で気がついてカメラでパチリ! |
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5月5日 角館 (かくのだて)
朝早く横手からJRで大曲へ。大曲のバスターミナルから羽後交通のバスで角館に向かいました。
角館街道の羽後長野の手前の旧道で ず〜っと長い黒板塀の敷地・建物がありとても気になりました。
角館バスターミナルの職員さんに聞いてみると、地元の蔵元・鈴木酒造店でした。
「秀よし」というブランドで地元ではポピュラーなそうです。この名は佐竹候から秋田藩の御用酒として賜った名前だそうで
創業360年の老舗です。 純米酒は甘口でしたがとても美味しかったです。
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角館は思っていた以上に満足できました。
ゴールデンウィークの有名観光地なもので観光客で溢れ返っていました。
角館の武家屋敷です。道幅が広いのは想像外でした。
延々と続く黒板塀としだれ桜を見ると、 しだれ桜が満開なら息を飲むような美しさだろうと想像できます。
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桧木内川((ひのきないがわ)の桜並木も前夜の雷雨でほぼ終わりかけていました。
角館の武家屋敷は、佐竹北家臣団が住んでいた北側が、現在観光のメインとなっています。
しかし、田町武家屋敷通りというのが南側にあります。 佐竹家縁続きの今宮家家臣団の居住地だそうです。
ここも落ち着いていい雰囲気でした。
| 大田家(非公開) | 安藤家 みそ・しょうゆ・漬物の安藤醸造元です。 蔵を利用した休憩室など内部は広いです。 |
武家屋敷だけではなく、とてもレトロな横丁を発見しました。
友人と いいな〜 と思わず感歎してしまいました。
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角館で期待していたのは樺細工(かばざいく)でした。 満足のいく作品は「樺細工伝承館」で発見出来ました。高橋正美氏の小箱です。 |
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最後に、比内地鶏の親子丼
を食べ(笑)、 (※ 稲庭うどん
と 比内地鶏の親子丼 を出すお店が多かったです。)
列車担当の私がやっと押さえた 角館発19時19分の秋田新幹線・こまち90号で東京に戻りました。
夜遅く自宅に帰り、菖蒲湯に入って”こどもの日”であることを思い出しました。
| 2007年5月8日 宇田川 東 |
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夏油温泉のホームページです。 |