家庭内外暴露日記

個人的なストレス発散の場所やねん!!
家庭内の不満も会社のグチも暴露してまうねん!!

...でも、嫁さんとはラブラブやで(^^)ゞ...

線

☆過去の日記☆

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2000年3月31日(金) 浄水器の水圧がワルい!

昨年の11月8日に衝動買いしてしまった浄水器はその後も順調にまろやかな水を放出し続けている。
根元のフィルターを見ると茶色くなっているし、まあ、買ってよかったかな、と思える買物ではあった。

が、この器具が原因ではないのかも知れないが、水圧が凄く低いので少し使いづらいのだ。
コックをかなりひねっても、ちょろちょろとしか水が出ない。

さて、帰宅すると嫁さんはいない。今日は送別会で遅くなるのだ。
ま、とりあえずビールでも飲もうと思って台所へ行くと・・・・・・僕はただならぬ自然人工現象に遭遇してしまった。
浄水器からつつつつーと水が出っ放しでっせ、ダンナ!!
確か・・・そう、今朝は僕の方が後に家を出た。つまり、顔を洗った後、水を止めるのを忘れていた犯人は誰あろう、この僕なのだ(T^T)。
だってー、水圧が低いから、水が出ている音が聞こえへんのやもん(○`ε´○)。←誰に言い訳しとんねん。

しかし。助かったのである。
いつものように嫁さんが先に帰っていたら殺されていたに違いないのだ。

が。
一日中水を出しっぱなしにしていて、それが水道代にどれくらいひびくのか・・・・・・ドキドキじゃのう。コワいのう。

2000年3月30日(木) どっちもどっち

たいてい設計室には僕の他に部下の友田さんと吉水さんがいる。
この二人は事務所に席を持っていて、事務処理的な仕事やメールなどは事務所のPCでの作業となる。
僕は事務所の席を放棄してPCを設計室に持ち込んでいるので、ほとんどずーっと設計室にいる。

珍しく吉水さんからメールが来た。タイトルは「Oshirase」(←ナゼかローマ字)。
なんじゃあ? と思って中を見てみると、特に重要でもない仕事の進捗報告であった。
そして末尾には「PS.E-mailで進捗をお知らせしています。」

いや、それは分かっちょおが(^^)ゞ、ナゼに直接言わんと?
・・・と思って振り返ると本人は同じ部屋でワークステーションに向かっている。10分ほど前に事務所で僕宛てのメールを送り、設計室に戻ってきているのである。

いや、別にそれが悪いとは言わへんけど・・・・・・ヘンな人やなぁ(--;)。
ちなみに友田さんはそういう事はしない。てゆーか、この人はこの人でメールの使い方をほとんど知らない(--;)。

2000年3月29日(水) 寝不足の二人

眠い眠い今朝、これまた眠い眠い嫁さんに聞いてみた。
「お前、昨日何時に寝たん?」
「えっとー、3時過ぎかなぁ」
「そんなに遅くまでがんばってたんか」

今年度、5歳児を受け持っていた嫁さんは、通知簿だか内申書だかのような書類を作成しなくてはならないとかで、昨夜はずーっとお仕事をしていたのだ。
ひょっとしたら2時くらいまでかかるかも分からんから先に寝といて、と言われ、僕は先に床に就いたのであった。

「お前が隣の部屋で仕事してたからあんまり熟睡でけへんかったわ」
「うっそ〜。私が隣にそぉーっと入ったときはくーすか寝てたでー」

しかし僕は知っている。
「うわ! あんた大の字になって一人で布団を占領しなや!」と言いつつ僕を蹴り、布団に入ったら入ったで自分の冷たい足を僕の足にすりつけてきたことを・・・。

2000年3月28日(火) 悲しい出来事

出社すると、3月1日の異動で我が部署の室長になったばかりの的場さんが今日限りで退社という情報が飛び込んできた。まさに寝耳に水である。

じゃあ、次は誰がウチの室長になるんや?
・・・・・・樋口部長が兼任するということであった(--;)。

この人、社内では1、2位を争うほど嫌われている最悪の上司なのである。
曰く、色んな会議に顔を出しては引っ掻き回して時間を長引かせる。
曰く、部下に無茶な命令を出し、部下が必死になってやり遂げた暁には他に興味が移っていて、命令を出したことさえ忘れている。
曰く、分からないクセに分かろうとせず、口だけ出す。
曰く、アメリカ出張には予定の1〜2日前(もちろん平日)に行って、ゴルフをしている(T-T)。←コレは直接関係ないけど。

ああああああああ、やだやだやだやだやだやだやだやだ。憂鬱ー。
ちなみにこの人、京大卒(マスター)、アメリカの大学でドクターを取得したエラい人なのである。しかぁし! そういう頭脳と管理能力はあくまでも別物なのだ。

こうなったら、ここは一つ、友田さんにこれまで以上に頑張ってもらうしかないのである>日記のネタ提供(^^)ゞ。

2000年3月27日(月) 蔵王スキー旅行4〜晴れたらいいネ♪

3月末やし、雪あるかなぁ?・・・・・・と来る前は心配もしていたのに、天気予報では今日も雪!

しかし、10時過ぎにゲレンデに行くと、晴れ♪
しかぁし! 今日は3時に集合なので、1時過ぎには上がり、結局正味2時間くらいしか滑れなかった(ToT)。

帰りのバスの中から見事に晴れ渡ったゲレンデを恨めしそうに見ながら帰途につく我々夫婦なのであった。

仙台空港では2時間近く待ち時間があったので、レストランで「仙台名物塩焼き牛タン定食」を食べることにした。
が。
そんなに店が混んでるワケでもないのに、30分も待たすなっちゅーねん(▼▼凸)!!

おまけに。
牛タン、ほとんど冷めてるやんけ、アホたれー(ToT)!!

何となく、東北にとことん嫌われたような旅行だったのだ。
本気で2度、死にそうになったし。

2000年3月26日(日) 蔵王スキー旅行3〜現場検証としゃぶしゃぶ

ぼぉ〜っとしていて、生まれて初めてリフトに乗り損ね、止めてしまった。めっちゃ恥ずかしい(ノ>_<)ノ ヒィ。

さて、蔵王は初日からずっと雪が降っており、風も強く霧も濃く、ツラい毎日である。しかしもう3日目だし、行っていない半分の方のゲレンデにも行ってみたい。
僕たちは意を決して、完全防備で初日の地獄ゾーンに再チャレンジすることにした。そう、あそこを通らないともう半分の方には行けないのである。

リフトを降りると、偶然、風も止み、霧も晴れていた。
よっしゃ! ラッキ〜。・・・・・・スイスイスイーっと地獄ゾーンをものの数十秒ほどで通り抜けてしまう。
あれ? たったこれだけの距離やったん? 初日はマジで死ぬかと思ったのに。

これで気が抜けたのか、僕は隣のゲレンデのリフトの降りる10mほど手前で、今度は両方のストックを落としてしまった。何やっとんねん(ToT)、わし!!
リフトを降りると、僕は嫁さんを残してスキー板をはずし、ザックザックと深い新雪の坂を下っていった。

途中、スポッと足が抵抗を失い、腰の辺りまで雪に埋もれた! 足が宙をぶらぶらしている。
ヤバイやんっ! 雪の中に空洞があるようなのだ。このまま体ごと入ってしまったら生き埋めになること間違いなしである。
僕はわんわん泣きながら体勢を立て直し、奇跡的にストック落下地点に辿り着き、ほうほうのていで嫁さんの元へ帰りついたのであった。

夕方にホテルに戻り、貴闘力の優勝を見てから風呂でもらい泣きを洗い流し、楽しみの夕食である。今夜はしゃぶしゃぶなのだ♪
いやはや、散々な一日やったなぁ、でも今やから笑い話やなぁ、と嫁さんと話しながら席につくと、テーブルには立派なしゃぶしゃぶ用の鍋。
しかし!
おんどりゃー、なんでポン酢やねん(▼▼#)!!!

しゃぶしゃぶ言うたら、ごまだれちゃうん? まあ、ポン酢があってもええけど、ごまだれもあるもんとちゃうん?
こんなん、ただの水たきやないかー!!!

さすがに今日は「ごまだれはないんですか?」とは言えず(T-T)。やっぱし東北ではこれが普通なん??

夜はビューティフル・ライフの最終回を見て泣く。

2000年3月25日(土) 蔵王スキー旅行2〜意地っ張り温泉

昨夜は何と午後8時半ころにはバタンキュウウンと眠ってしまい、今朝は今朝でゲレンデに参上したのは11時であった。
なのに、午後4時半にはホテルに戻った我々夫婦である。

さあ、風呂じゃ、風呂じゃ。夕食は6時からやから、5時50分には部屋に戻ること!・・・と嫁さんと約束して風呂へ。
ホテルの浴場は本格的な温泉なのである。
昨日と違って、土曜日だからか今日は人が多い。

まず、サウナへ。先客がいる。
どうもヘンなところで負けず嫌いの僕は、こういう場合、先客より先に出るのを良しとしないのである。
しかし、先客も粘る粘る。
もうそろそろ出たいなぁ〜と思っても、先客ががんばるので、結局僕は20分近くサウナに入るハメになってしまった。

洗い場が満員なのでそのまま露天風呂へ。
ちょっと浸かるだけでいいか、と思っていたのだが、但し書きには「効能〜」の他に「最低10分は入って下さいね」とある。
うるさいわい。俺はもうすでにのぼせそうなんじゃー。
と思っていると、やはり先客が「10分以上は浸からないと意味ないみたいですなぁ」などと話している。
こうなるとどうしても彼奴らよりも早く出るワケにはいかない。
結局、20分近く浸かるハメになってしまった。

こんなアホな意地っ張りをしているせいで、部屋に戻ったのが6時5分。
「アンタはいつまで風呂に入っとんねん!」
「ご、ごめん・・・どうやって部屋に入ったん? 俺が部屋の鍵持ってたのに」
「フロントに頼んで開けてもらったわ!」
ひぇぇぇぇぇ。

2000年3月24日(金) 蔵王スキー旅行1〜遭難と雑炊

さあ、初めての蔵王である。朝6時に起床し、ホテルに着いたのは12時。もう20代前半のような若者でもない我々夫婦なので、ゲレンデに降り立ったのは2時だったのだが、そこからロープウェイに2度も乗る奮闘ぶりだったのである。

さて、1度目のロープウェイに乗った時の話。
少し滑ってまたリフトに乗り、リフトを降りるとそこは真っ白な世界であった。凄まじい暴風雪だったのである。
初めてのコースなのでどこに行けばいいのかも判らないのに、台風級の風と雪と霧で、前に進めず、後ろにも戻れず、横にも行けず、嫁さんはどこに行ったのか分からず、視界の約1mくらいまでしか見えないのでどうしようもない状態に陥ってしまったのである。

顔に叩き付ける雪は痛く、風は刺すように冷たく、早々と顔の感覚が失われてゆく。ゴォォォォォという音だけが聞こえる。
さ、さぶい。つべたい。動けん。こ・・・これは・・・ヤ、ヤバい。
しばらくして何とか嫁さんを見つけるが、すでに戦闘意欲を喪失しているらしく、前に進む気配がない。
頑張れ、早くこの地獄ゾーンを抜けるんや、と励ましつつ、前方へ目をやるとようやく何やら建物を発見し、ほうほうのていでそこへ避難し、時間にするとたったの5分くらいの遭難へのいざないタイムをくぐり抜けたのであった。
いや、ホンマにマジでヤバかってん。周りには一応、他の人もちらほらおったんやけど。

そんなこんなで(?)夕食は寄せ鍋である。
まあまあやな、とエラそうに講釈をたれつつ、最後にはお決まりの雑炊。

「おい、玉子がないなぁ」
「ほんまやねえ」
店の人に「玉子ないですか?」言ってみると、
「玉子ですか? ありますけど、別料金になりますが」

なんやとう!?
雑炊に玉子はつきもんとちゃうんかいな。僕は生まれてこのかた、玉子なしの雑炊は食べたことないで。あって当然の玉子を、ねだっただけで別料金やとう!!??

「あ、かまいません。持ってきて下さい」
うーむ。納得イカン。東北ではこれが常識なんじゃろか?

2000年3月23日(木) TVの威力

明日のために早めに帰ってきていろいろと用意をし、終了式のために帰宅が遅い嫁さんを待ちながら、いや、心おきなくビールを飲みながら、一人で「事件の最前線直撃24時」というスペシャル番組を見ていた。

結構面白くて食い入るように見ていると、そのうちに「行方不明の・・・」というセリフ。「もしや!」と思っていると、やはりそうだった。
この日記の1月12日(ちょっと戻って見てネ)の最後にちらっと書いたのだが、後輩の大親友の行村光一さんの話だった。去年の12月末に北海道で行方不明になったという話で、その後どうなったのか知らなかったのだが、どうやらまだ見つかっていないらしいのだ。

神隠しのような謎に包まれた事件なのである。
しかし、TVの威力はスゴい。ものの数十分であるタクシーの運転手から行方不明の3日後にそれらしき人物を乗せた、という情報があったのだ。まあ、その情報の真偽はすぐにははっきりしないが、とにかくそのレスポンスの速さに僕はびっくりした。
インターネットがどんどん世間に浸透して云々と言っても、まだまだTVには及ばへんなぁ。

しかぁし! TVに負けるな!
発見したらご褒美が100万円出るそうなので、皆さん、一度はココにアクセスして良い情報があれば教えてあげて下さい。
僕は直接行村さんは知りませんが、後輩の親友ということなのでちょっと関係があるし、100万円なんて要らないから見つけられたらこんなに素晴らしいことはないねんけどなあ。

・・・と、言うワケで(?)明日から嫁さんと3泊4日で蔵王へスキー旅行に行ってきます。しばらくは更新できません。

2000年3月22日(水) アダルトビデオに出演?

全世界に向けてHPを公開したり、メールマガジンを発行したりして、当然メールアドレスも公開しているワケだから、ヘンなチェーンメールだとか、怪しげなサイドビジネスの案内やアダルト関係のビデオ販売などの勧誘まがいのメールだとかがちょくちょく来る。

そして、今日来たのがキョーレツだった。
アダルト関連のメールだったのだが、要約すると「アナタの指名した女性をアダルトビデオに密かに出演交渉・撮影します」というやつであった。

目当ての女の子の情報(氏名や住所や電話番号や職場など)をその会社に知らせると、男優がその女の子にアタック(要するにナンパ)するらしい。
法に触れるようなこと(薬を使うなど)や暴力は一切なくて、あくまでも和姦だから安心して下さい、と言うのである。
だから、必ず成功する話でもないのだが、成功率は80%だとか書いてある。
成功すればビデオも送るので、手数料10万円を頂きます、とある。

法に触れるかどうかは別にしても、それってめちゃくちゃとんでもない話やんか。
などと考えつつ、世の中にはイロイロあるんやなぁ、と思ってそのまま風呂に入った。

風呂から出ると、普段パソコンには興味を示さない嫁さんが、そのままにしておいたそのメールを読んでいる。
「何、コレ(-_-;)? アンタは一体何をしようとしてるのん?」
「ちょ、ちょっと待てや。俺は関係ないっちゅーねん」

僕は慌てふためいて(って、やましいことはないねんから慌てる必要もないんやけど)事情を説明した。
「ふーん(-.- )」とイマイチ納得いかないような嫁さん。

おい。お、お前、ひょっとして俺のことを信用してないんか!?

2000年3月21日(火) 予感的中

出社すると、会社のアドレスに河田@ドラムからメールが届いていた。題して「目覚めればそこは・・・」。以下抜粋。



さてPM6時前から呑み始め、何時まで呑んでいたのか、最後まで私は元気だったのか知る由もありませんが、目覚めればそこはなぜか地下鉄終点駅千里中央(注:河田@ドラムは、梅田から乗って南へ14駅の「中百舌鳥」で降り、そこから別の電車に乗り替えなければならなかったのである。ちなみに千里中央はまったく逆の梅田から北へ8つ目の駅)。

時刻はAM0時半、もちろん中百舌鳥に帰る電車はなく、財布にはタクシーに乗る金も無く、ビジネスホテルか何か泊まるところはないかと周囲をぶらついても見つからず、仕方なくそこで夜を明かそうとしたもののさすがに寒くて眠れず。

で結局。

雨の中、千里中央から歩き始め、途中自販機で3度の給水を取りながら南下すること4時間、2本の川(神崎川、淀川)を渡り、江坂、新大阪、東三国、集合場所の梅田、淀屋橋の市役所、さらにもうすぐ閉店の心斎橋そごう等を尻目に歩き続け、AM4時40分頃 難波に辿り着き、AM5時6分発 南海高野線各停三日市(中百舌鳥で泉北線に接続)に乗ってAM6時前にうちにようやく帰りました。

未だに足の裏が少ししびれております。

皆さん無事に帰りましたか?

帰りましたとも(^^;)。

2000年3月20日(月) お礼のチュー

嫁さんの実家に遊びに行き、例によって米や野菜をもらって帰ってきた。
食事もご馳走になったのだが、帰ってくると僕は小腹を満たすためにまたビールを飲みながらつまみを食っていた。

今年5歳児を受け持っている嫁さんは、終了式(卒業式のようなもの)の資料を作る仕事を持って帰ってきていたので、僕が引き受けることになり、パソコンでちょちょいのちょいと作ってあげた with ビール&つまみ。

ものの30分くらいで仕事は終わり、嫁さんに見せると、御満悦の様子。
「ありがとー。お礼にチューしてあげる
と、嫁さんが顔を寄せてきた。あ。や、やめた方がイイヨ。

「うわっ! くっさ〜(>_<)!!」
だって、僕が食べていたつまみは“にんにく”やったんやもん。
もちろんチューはしてもらえず。

2000年3月19日(日) 今日も飲んだ

12時半くらいに一度目が覚める。あー、やっぱり二日酔い。
それでも腹減ったー、とわがままを言って嫁さんに作ってもらったラーメンも結局胃が気色悪くて食べきれず、また寝る。
3時。嫌がる体を叩き起こして風呂へ入り、競馬のメインレースをTVで見て、4時に家を出た。4時半にバンドのメンバーと待ち合わせをしているのである。

バンドの長老(と言っても僕の一つ上)の小西さん@ギターが5月に結婚するので、その2次会をするライブハウスの予約へ行ったのであった。後輩の福田@ベースは風邪のため欠席。

用事が終わると、当然、飲み屋に直行である。
しかし、僕の体調はまだ戻っていないので、とりあえず最初の1杯だけ付き合うことにして、メンバー4名が最初の生ビール。

前にも書いたが、このメンツで飲みに行くと、お代わりは同時なのである。1月には全員それぞれ8杯を飲み倒したバカの集まりなのである。
気分の悪い僕がちびちび飲んでいる間に他の3名は2杯目、3杯目へと同時お代りをして杯を重ねていく。

ここで路線変更。いつもはひたすらビールを飲むメンバーなのだが、焼酎へと移る。
僕も1杯目がなくなったので、お湯割りをもらう。結局お湯割りを2〜3杯飲む。
そして、ごんちゃん@ヴォーカルからミレニアムベイベー(3人目のお子さん)が9月に生まれる話を聞いて盛り上がっているうちに焼酎のボトル1本が空いてしまった。

主役の小西さん@ギターがダウンして眠ってしまう。
ここからごんちゃん@ヴォーカルと河田@ドラムが日本酒に突入してしまった。もともと日本酒が飲めない僕は梅酒に移行したのだが、いつの間にか体調は治っている。

結局、この二人、300mlの日本酒を4〜5本飲んでしまった。
いっつも記憶を無くしてしまう河田@ドラムはきっと無事に帰り着かなかったと踏んでいるのだが、解散した後どうなったんかなぁ。
とにかく、やっぱりこのメンツで飲むと楽しかったでちゅー。

2000年3月18日(土) 第2・5回 オフ会

何事もなくダラダラと過ごし、夕方、仕事帰りの嫁さんを駅に迎えに行く途中、丸ちゃんから電話が掛かってきた。えむちゃんと一緒にいて、今からメシを食いに行きませんか、というお誘いだった。嫁さんを家に置いてから、合流することにした。

二人はボーリングに行っていたということで、マイボールを持っているくらいのボーリング好きの丸ちゃんがスコア96を叩き出した話なんかを聞きながら、僕はついつい乗せられて1件めの店ですでに生ビール5杯を飲んでしまった。

すっかり気分が良くなってしまった僕たちはまずみるちゃんに電話をする。今から行くから待っとけよ! と、お誘いをしたのである。
そして長崎にいるはずのがばらが、ひょっとしたら帰阪してるんとちゃうか、と電話してみると梅田にいることが判明。先に拾いに行くことにする。
こうなったら、やあとも呼ばねばなるまい。しかし、彼は高槻。しかも奥さんの送り迎え業務が残っているらしく、後でまた連絡することに。

がばら@梅田には30分ほどで着く予定だったのだが、ウダウダしているうちに時間は過ぎ、結局がばらには50分待たせることになってしまった。そこからみるちゃんに電話してみるが「お前ら、遅すぎるんじゃアホタレ!! 歩いて来とんのか! しばきたおっそー!」と一喝され、「これからはもっと計画を持ってお誘いします」と平謝りに謝って許していただく。きっと酒でも飲んで荒れていたのだろう。注:ウソです。みるちゃんはお酒が飲めないし、そもそもこんな言葉づかいはしません(きっと)。
結局、今回はみるちゃんは辞退。
しゃーないので、そのまま北へ。高槻へ向かうのである。

カラオケ屋さんにてカラオケが始まったのは午後11時頃であった。やあとも結局合流する。
僕はワインを控えたので、記憶がまるまるぶっ飛ぶようなことはなかったのだが、長時間に亙って飲み続けるとさすがにツラいし、最後の方は例によって眠ってしまった。

きっと、3時過ぎには店を出たのだと思う。家に辿り着いたのは午前4時半。
今日はずーっと丸ちゃんが運転をしてくれ、最後にはまた尼崎まで送ってもらったのであった。世話かけたなぁ。ホンマにありがとう。助かりました。楽しかったでちゅー。

2000年3月17日(金) 何が知りたいのん?

「うめさん、“プロセス”ってどういう意味?」
と、何の前触れもなく、突然友田さんに質問された。
薮から棒にこのおっさんは一体何やねん・・・なんてことは口にはしない。友田さんが英語を苦手にしていることも良く分かっているし。

「過程っていう意味とちゃうん」
と僕が素っ気なく答える。
「かてい! かてい、かてい、かてい、かてい、かてい、かてい、かてい、かてい、かてい、かてい・・・・・・」
と、針が飛んだレコードのように友田さんが何度も繰り返した。

何、このおっちゃん? 壊れてるのん? 気色悪い(ToT)。
しばらくすると、元に戻った友田さんが一言。

「・・・・・・かていって言うたら、結果に至るまでのプロセスっていう意味?」

2000年3月16日(木) 報われない仕事

直属の上司であった飯山室長が3月から他部署の室長へ異動となった。
その飯山さんからめちゃくちゃ緊急の設計依頼が夕方に入ってきた。
通常、4〜5日かかる納期の品物を明日発注、日曜日納入してくれ、と言う。2日しかないやん(ToT)。

ひえええ〜゛(((ノ><)ノ ・・・・・・とてんやわんやの大騒ぎをしながらも何とか仕上げ、メーカーに連絡し、日曜日に入れてもらう約束を取り付けた。

しばらくして、
「あれ、どうなった? 日曜日の午後には入る?」と飯山さん。
「何とかOKです。うまく行けば午前中に入るかも知れません」と得意顔の僕( ̄ー ̄)v。
「そっかぁ・・・・・・連休のド真ん中に誰かに来てもらわなアカンようになったなぁ・・・月曜しかダメって言うんやったら諦めもついたのになぁ」と残念そうな飯山さん。

ど、どないせえっちゅーんじゃあー(TOT)!!!
一生懸命やったのにぃ。

2000年3月15日(水) 残りホワイトデー?(“残りえびす”に懸けてるねんけど)

「さ、じゃあ、ケーキ食べようか」と、嫁さん。
何の話かって?
それは、僕がバレンタインのお返しに昨日買ってきたケーキである。

昨夜、すでに時計の針は11時半を指そうとしていた時のことである。僕はおそるおそる嫁さんに訊ねてみた。
「なあ、俺が買ってきたケーキは食べへんのん?」
「あっ!! 忘れてたっ!!」

・・・・・・こんなもんであるけっ
やいやい言うので せっかく買ってきたケーキも忘れやがりまくるのである、この、ロマンチックもへちまもない嫁は。

「あーおいしかった」
あーそれは良かったですねぇ。
賞味期限も昨日までやけどさっ。←すっかり拗ねている僕。

2000年3月14日(火) 首が・・・

数ヶ月前にもあったのだが、寝違いかあるいはもう5年ほど前に遭った交通事故の後遺症か(?)、首がイタイの(>_<)ヽ。

こうなるともう、テニスどころではない。何しろ首を動かせる範囲が極端に狭くなるからだ。
顔をずっと前に向けたまま、トスを上げてサーブを打つなんて芸当は到底無理である。

「ねえ、ちょっと〜」と嫁さんが呼んでも、首を動かせない僕は、
「なんや〜?」と体ごとぐるっと向き直らねばならない。それを見た嫁さんが、
「ぎゃははははは(^o^)ノ!!!」と笑いやがる。お、おのれ〜。

せっかくテニスもせずに早く帰ってきたのに、僕で遊ぶなあっ!
ま、どうせHPリニューアル作業のために、もともとテニスは諦めるつもりだったから、それはエエねんけどさ。

今日、日付が変わったら、HP1周年を記念して(?)リニューアルします。

2000年3月13日(月) ホワイトデーイヴ

会社内のメールで思い出した。そうだ、明日はホワイトデーだ。
テニス同好会の女性2名が、バレンタインデーに、同好会の男性全員にチョコレートを配った。当然、お返しをしなくてはいけないのだが、休みの日に、後輩が女性二人宛てにそれなりのお返しを買ってきたらしく、「一口乗りませんか?」というメールを送ってきたのだ。
「助かった」と、一口乗らせてもらった。

が、僕はモテるのでテニスに関係のない他二名の女性からももらっていた。これは当然、自分で買ってお返しをしなければならない。

と、言うワケで、7時半に退社して、駅の近くのケーキ屋さんで二人へのお返しにクッキーを買った。店が開いていてほっと一安心である。

帰宅すると嫁さんが目ざとくブツを発見し、
「あー! 何もらってきたんーo(^-^)oワクワク?」
と訊ねる。
「あ、それ、もらったんじゃなくて買ってきてん。明日、ホワイトデーやからお返しせなあかんやろ?」
「あ、そっか。じゃあ、私へのお返しは?

ガーン! わ、忘れてたぁ!!!
そ、そう言えば、嫁さんからはケーキをご馳走になったのであった。すっかり失念していたっ!

「い、いや、あの、その・・・・・・あ、明日買ってこようと思ってるからさぁ」
と僕はすっかりしどろもどろである。
「よその女の子には買ってくるクセに(▼▼メ)!!」
言い訳の言葉も見当たりません・・・・・・。

2000年3月12日(日) 夫婦水いらず?

嫁さんにつられて、いつの間にか毎週日曜日の9時からは「Perfect Life」という、木村拓哉と常盤貴子が出演するドラマを夫婦水いらずで見るようになってしまった。

ドラマでは、木村拓哉の彼女である常盤貴子が車椅子に座る病気の女性を演じているのだが、病状が悪化して、命が危なくなるような展開になってきている。

僕はこういうのがとってもキラいで、まだクライマックスの手前の今回で涙がホロリと流れてしまうほどである。で、嫁さんに言った。
「なあ、もう来週からこんなん見るのんやめようや。俺、見るのんイヤや」
「でも、ここまで見続けてきてんから、しゃーないやん」
「バッドエンドになるのん目に見えてるデ。お前って残酷やなぁ」
「残酷って何やねん(-_-#)ピクピク!? 訂正しろっ!!」

あーびっくりした。ちょっと本気で怒られた(^_^;。

2000年3月11日(土) ぜんぜん違う〜嫁さんの誕生日

嫁さんの誕生日である。
プレゼントには1万5千円もする傘。傘なんか雨が避けれたらエエのになぁ。そんな高い傘買うくらいやったら、僕の傘買って欲しいくらいやのに。

夜は、焼き肉のコースを食べに行った。
僕たち夫婦は、クセのない、オーソドックスな、ロース、カルビ、ハラミと言った肉が好みで、タン、ミノなどはまあ食べれるけど・・・というくらいで、レバーに至ってはまったく食べれない。

それなのに、コースの途中、追加注文をしようとしたら、嫁さんが「タンとロース」と言う。
珍しいなぁ、と思いつつも注文し、タンがやってくると嫁さんは、
「あれ? あ、私間違えた! ハラミのつもりやったのにぃ。しまったぁ」
と残念そうに言った。

“ハラミ”と“タン”ってぜんぜん違うで。一文字も一緒やないっちゅーねん・・・・・・。

2000年3月10日(金) 子供の躾

駅までの道に、時差信号がある。

会社からの帰り、その横断歩道で信号待ちをしていた。
車用の片方の信号が赤に変わる。
が、時差信号だからもう一方の車線の方はまだ青である。
が、もう一方の車線には車が来る気配がない。

こういう時って、歩行者用が赤でも渡ってしまうのが大阪人としての誇り習性である・・・と、思う。
自転車に乗ったおっちゃんがすいーっと横断歩道を渡って行った。僕もそれに続いて横断歩道を渡ろうとしたその時である。

「マサハル! 今はまだ赤だから渡ったらダメよ!」
と叫ぶ女性の声がした。
振り向くと幼い男の子を連れたお母さんがそこにいた。

「だって、おっちゃんも渡って行ったやん」
「あれは本当はダメなの。ダメな人の真似をしちゃいけません」
渡ろうとしていた僕も思わず止まってしまった。ここで、
「大丈夫やで。今やったら車も来てへんから渡ってもええのや」
なんて言うほど僕も非常識な人間ではない。当然、歩行者用信号が青になるのを待ってから渡った。

なんかちょっと、良い事したカナ(^^)ゞ?←それほどでもないか?

2000年3月9日(木) 検索のキーワード

実は1週間ほど前にアクセス解析のプログラムを別のものに変えた。
今回のプログラムでは、検索のページ(Yahoo! とか Infoseek など)から、訪問者がどういうキーワードで検索してここへ訪れたかが分かる。

・・・ということを失念していて、今日、初めて見てみた。
アクセス上位には「結婚」や「夫婦」や「漢字検定」などのキーワードが来ている。ま、妥当なところやね。

しかし、下位の方を見てみると、「ざりがに」や「腋毛」のキーワードがある。
まいった(>_<)!!
きっとざりがにについて調べたい、とか、腋毛に関して(永久脱毛とかかな?)情報を得たくて来て下さったのだろうが、あいにく当サイトでそれらの言葉に関係するのはなぜなに文庫の中のアホな記述のみである。

さぞやがっかりされたことだろう。すまんなぁ。

2000年3月8日(水) 祭のあと・・・

夜、嫁さんとほたえていたときのことである。
お互い、ついつい本気になってきて、ついには嫁さんが僕の指をぐぎっと捻りやがった。

「いってええええ!!! お前、何すんねんっ!!!!!」
指の骨が折れたかと思うほどの激痛を感じた僕は瞬間的に激昂し、あまつさえ、襖に ばあんっ とパンチを食らわせ、大きな穴を作ってしまった。もちろん、穴は貫通してしまった。

すかっとした後すぐ、や、やばい! と我に返ったが、時すでに遅し。
「あー、アンタ、何さらしてんねんっ!!」
「う、うるさいわい。俺は指が痛いんじゃ! ちょっとは加減せえ!!」
「あーあ、破れてしまったやんか」
「なんやねん、それ。俺の指よりも襖の方を心配するんか、お前は!」
・・・とまあ、犬も食わない夫婦喧嘩に発展してしまったのは言うまでもない。

もちろんちゃんと仲直りはしたし、指の方も大した事はなかったのだが(今こうしてキーボード叩いてるし)、残ったのは襖に開いた大きな穴。
ちょっと、やるせない。

2000年3月7日(火) 友田さんバンサイ\(^-^)/

最近掲示板で久々にちょろちょろと話題に上っていたうめロボちゃっとに夕方行ってみると、なんといまゆちゃんがいた。
そして、いまゆちゃんはおろか、僕も初めて「うめロボちゃっと」にて生の人間とのチャットを経験したのだ!
チャットって、やってると結構夢中になるものである。

激しくキーボードを叩いていると、後ろで友田さんが言った。
「うめさーん、この書類見てほしいねんけどー」
「うん? ちょっと待ってなー、今チャット中やから」

し・・・しまったぁ!!!
ぼ、僕はなんちゅうアホなことを・・・いくらチャットに夢中になっているとは言え、自分から遊んでるのんバラしてどないすんねんっ(T-T)!!

「ほんならここに置いとくから後で見といてなー」
ん?

そうなのである。助かったのである。インターネットのことはまったく分からない友田のおっちゃんは「チャット」と言っても分からないし、気にもしなかったのである。
きっと仕事上の用語だとでも思ったに違いない(^^;)。

結局、いまゆちゃんと20分ほど遊んでしまった(*^o^*)v。

2000年3月6日(月) あけぼのまる

朝、駅へ向かう途中、前から女子高生二人組がこっちへ歩いてくる。片方はまあ普通の女子高生、そしてもう一方は曙と武蔵丸を足して2を掛けたような女子高生であった。

「みなまたびょうは・・・」
などという会話が聞こえてくるので、試験勉強だか、補習の勉強だかをしているようである。
「じゃあ次。よっかいちぜんそくは、三重県のよっかし
と、曙丸。

「ちょいと姉ちゃん。よっかいちぜんそくって言うときながら、よっかしってアンタ、それじゃあエエ点取られへんデ」
と余程言ってやろうかと思ったが、張り手がコワくて言えなかった。

2000年3月5日(日) 日曜夕方の定番
夕飯はシチューだと言うので、「ジャガイモ剥き+肉炒め」だけお手伝いをして、後は嫁さんに任せ、僕は“ちびまるこちゃん”を見ていた。

前半が終わったところで、嫁さんがキッチンから叫んだ。
「あ、パン買ってきてくれるー?」
「おー。まるこちゃん終わってから行くわー」
「いいけど・・・アンタは何歳やねん」

番組が終わると、僕は近所のパン屋さんに行き、ダッシュで帰る。
「何をそんなに慌てて帰ってきてんの?」と嫁さんが訊く。
「だって、“サザエさん”が始まるやん」
「はあ、そっかー」

ん? エラいあっさりした返答や。果たして嫁さんは、
1.サザエさんは別
2.ちびまるこちゃんもサザエさんも大事であることを悟った
3.呆れ返った
の、どの心境だったのだろう?

2000年3月4日(土) 一日中雨でした
朝から生憎の雨である。しかし、馬券は買いに行かねばならない。今日は仕事が休みの嫁さんはまだ寝ていた。

家を出ようと玄関へ行くと・・・・・・傘がない。井上陽水の歌じゃない(古いっ!!!)。僕がメインに使っている、3〜4年前の誕生日プレゼントに嫁さんからもらったイヴ・サン・ローランの傘がないのだ(T^T)!!

「おーい、傘がないねんけど、お前知・・・・・・」
寝ている嫁さんに言いかけて僕は、はっ、とした。

先週、叔母の四十九日へ出かける時のことである。
かなりの勢いで雪が散らついていて、それでも帰る頃には止んでるやろなぁ、との判断より、嫁さんと1本の傘で出かけたのである。

その後は読者さんもご存知の通り、酔っ払ってカラオケBOXでは記憶を無くした僕である。
しかし、いや、だからこそ、その時にカラオケBOXに忘れてきたとしか考えられないのだ。
どうしようっ!?

2000年3月3日(金) あ・・・あ・・・あ・・・
※注意!! 汚い話です。

どうも毎晩缶ビールを2本、3本飲んでいたのが起爆剤になっていたようなのだ。何のって? 毎朝の快便。

と、言うのは、缶ビール1本作戦を実行した今週始めより、時間的ずれが発生し、午前中に会社で出すようになってしまったのだ。

さらに、気にはなっていたのだが、実際にはその時刻が11:00、10:30、10:00・・・・・・と日々早くなっているのであった。

そして今朝、ついに怖れていたモノ来てしまった・・・・・・9:15に、便意が・・・・・・。
会社には9:30に到着するので、ちょうど電車を降りる頃であった。
駅でするか? いやいや、もうちょっとガマンできる。しかし、いつ大波が襲ってきてもおかしくないぞ。
と、自問自答しつつも僕は改札をすり抜けてしまった。さあ、もう後戻りはでけへんゾ。

会社が近付くにつれて便意も大きくなってくる。
会社に着き、更衣室の前まで来た時には私服のままトイレへ駆け込もうか、とも思ったのだが、それも恥ずかしいなぁ、というしょーもない見栄のためにロッカーへ。

震える体にムチ打って、必死に素早く作業服に着替える。
あ・・・あかん。ヤバい。出る。

僕はカバンを持ったままトイレへすっ飛んで行った!
個室のドアを開けて、ガマンの限界に来ていた僕は中腰のままズボンを脱ぐのももどかしく・・・・・・ま、間に合った・・・・・・。

危うく糞死するところであった。

2000年3月2日(木) 早く帰ってきて
9時に帰宅。嫁さんはいない。今日は会議があり、晩飯も外で食べてくるので遅くなるのだ。

僕はすぐさま風呂を洗うために浴室へ。
洗い終わると水を入れ、沸かす。
そしてキッチンへ取って返して魚を焼く。
冷凍してあったおにぎりをチンして、ささやかなダイエットのため、缶ビールは1本だけ。

何か、むっちゃ侘びしくなってきたんですけど?
食べ終わるといそいそと食器を洗う僕なのでした。

2000年3月1日(水) ダイエット作戦再開!

昼休み、社員食堂で取締役のトレイをふと見てみると、いなり寿司に掻き揚げが乗った天ぷらうどんに単品で皿に乗った掻き揚げ。
あんた、そんな油っこいもんばっかし食ってるからそんなにぶくぶく肥えてまうんやん・・・・・・と思いつつ、ふと、自分を振り返った。

昨年、9月からダイエット作戦を敢行し、3ヶ月で5kg痩せたのだが、年末の忘年会、年始のバカ食いの後、コワくなって体重計に乗らなくなり、筋トレもまったくしなくなった。

家に帰ってから、きっと、もの凄いリバウンドしてるんやろなぁ、なんて考えながら、清水の舞台から飛び降りるつもりで久々に体重計に乗ってみた。

すると・・・あれから2kg増えただけだった\(^o^)/!! 差し引きでも最大時より3kg少ない。

よっしゃあ! また細々と減量作戦を再開しよう!

しかし・・・普通は煙草をやめる(実際は会社でちょくちょく吸っているが)と体重が増えると言う。一応、嫁さんに言ってみよう。

「なあ。またダイエットをぼちぼち始めようと思ってるねんけど」
「そうなん! 良いことやん! あんたまた太ってきてるし」
「でもな、煙草やめたら太るって言うやろ。二重の苦しみやねん。煙草は許すことにせえへん?」

「煙草はキライやし、ブタもキライ(▼▼)」

ブ・・・ブタって、言うな、ブタって。俺はこれでもまだまだ標準体重やねんで。

線

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