| 2001年2月28日(水) いつもの夜の風景? |
「まぁた晩ごはん食べた後にお菓子食べてるー。そんなんやから太るねん」 バシッ。 「痛いっ(>_<)!!!」 そ、そんなん知らんがな・・・(瀕死)。 |
| 2001年2月27日(火) つかの間の夢 |
「うめさん、お昼はお弁当でしたっけ?」と、突然サブリーダーの中島君が訊いた。何の話かな? と思いながら答える。 んんん? 「もう返してもらえんやろ」と諦めていたお金を返してもらった時にめっちゃ得をした気分になったのに、それを落としてしまったような気分なのだ(号泣)。 |
| 2001年2月26日(月) 棚からお休み |
元々会社のカレンダーでは3月1日(木)は“棚卸し”とかで休みだったのだ。 取ったことにされてしまった代休をあらためてここで取るという理屈だから全然得をしているワケではないのだが、「もう返してもらえんやろ」と諦めていたお金を返してもらった時にめっちゃ得をした気分になるような気分なのだ。って、説明が下手じゃのう。 とにかく思わぬ4連休を控えてルンルン気分なのである。 さっそく嫁さんに話すと、 |
| 2001年2月25日(日) すき焼きに入れる砂糖は・・・ |
ちょっと寒かったので、夜は家ですき焼きをすることにしたのだ。 訊いてみると、砂糖がなくなったのでお客様用の角砂糖を使うと言う。ま、別に何でもいいけど、味は大丈夫なんかいな(^◇^;)。 などと訝っていると、今夜のすき焼きはめちゃ美味であった。 つまり、これが美味かった原因だったのだ・・・って、ホンマかいな(笑)。 |
| 2001年2月24日(土) ミニオフ会不参加の裏側 |
嫁さんが土曜日に仕事に出る時は、僕が車で最寄りの駅まで送っているのだが、昨夜、こんな会話があった。 「明日、雨降りそうやから保育所まで送ってくれる?」 そして、今朝起きてメールチェックをしてみると、“おかもっち。”からミニオフ会案内のメールが来ていた。急遽決定したということで、今夜8時から焼き肉を食べに行く、とある。女性も3人参加らしい。 が、嫁さんと先約がある。 む、嫁さんのこの反応。ここは引いておいた方が良さそうだ。 |
| 2001年2月22日(木) ウグイスと犬 |
ずいぶん暖かくなったよなあ、とバス停までの道を歩いていた朝7時過ぎのことである。 今朝はバスが来るまでちょっと余裕があるな、と思っていると―――。 うわあ、もうそんな季節になったんやあ。一体どこにおるんやろ? ワンワンワンワン!! 人気(ひとけ)のまったくない住宅街を僕は朝も早くから全速力(ToT)! 犬に追いかけられたのはほんの数十メートルといったところだが、結局いつもより2分ほど早くバス停に到着した矢先、バスが来たではないですか。 道が空いていたので早く着いたらしい。ともかく助かったよ、犬コロ。 |
| 2001年2月21日(水) 非常事態が好き♪ |
あと1つ、途中までやってるプログラムを完成して帰ろ。1時間もあればできるから7時には帰れるなー、と思っていた夕方6時のことである。 何でやねん、どこが悪いねん、帰られへんやんけ。 うわあああああああああああ。 ちょっと考えて思い当たることがあった。 どこが悪いんかなぁ、このまま分からんかったら帰られへんなぁ、どきどきするなぁ、ひっひっひっひ―――だんだん狂ってくる。 分かったぁ!! これは、図面が間違えてる!! 設計ミスかも知れんぞ!! わしは悪くなかったっ!! わはははははははははは。 しがないサラリーマンも仕事にヨロコビを感じることがあるのだ。結局帰るのは遅くなったけどね。 |
| 2001年2月20日(火) メールの嵐 |
もうイヤなんである。 と、今日も面白くないネタやなあと思いながら日記を書いていると、後ろを通った嫁さんが、 「“もうイヤなんである”って何が?」 などと言わはった。 うわあ。 |
| 2001年2月19日(月) キーボードの反乱 |
仕事中、突然『ソレ』は起こった。 のにこちみみとちにつなくち などとワケの分からない文字が並んだのだ。 な、な、なんじゃあ〜 はあ?・・・ああ、なるほど。 仕方がないのでWINDOWSヘルプでキーワード検索をしようと思ったのだが、かな入力せなあきまへんがなっ(ToT)! まだるっこしいので再起動したら直った。 けど、わしもまだまだ素人じゃのう(恥)。 |
| 2001年2月18日(日) ワインの保存法 |
昨日、島根ワイナリーへ行く直前に、バスガイドさんがワインの蘊蓄(うんちく)を色々と語ってくれた。 日光に当ててはダメとか、保管場所の温度が高くなったらダメとかは知ってたのだが、『横倒しにしておかねばならない』ってのは知らなかった。 ワイナリーで買ってきたワインは、帰るとすぐに横倒しにしておいたのだが、今日、台所に行くとその隣にもう一本ワインが倒してある。 ん? 何じゃ、これ?―――と思って良く見てみると、1999年8月にマカオ・香港へ行った時に買ったワインであった。 どうやら嫁さんがバスガイドさんの言にならって横倒しにしたらしい・・・って、アンタ、1年半もほったらかしにしてて今ごろ倒したって意味ないがな(^◇^;)。 しゃーないのでこのワインを開けて飲んでみると―――美味い\(^-^)/。素人の舌なんてこんなもんである。 |
| 2001年2月17日(土) 玉造温泉への旅〜その2 |
こういう旅行で何がイヤって、朝が早いのだ。旅行に来た時くらい朝はゆっくりとしたいのだが、当然のように7時朝食、8時出発であった。ちなみに天気は昨日とは打って変わって快晴。 昨日からずっと、バスに乗るとうとうとしてしまう。寝不足でもないのに、揺られていると瞼が重くなってくるのだ。 寝ぼけまなこで、めのう細工伝承館にて嫁さんは傷が入ったアメジスト石のペンダントを買ってしまい、僕は次に行った島根ワイナリーでワインをしこたま飲んで気分が悪くなってしまうどころか気分がサイコーになってしまった。 日御碕(ひのみさき)で灯台を上り下りして海猫のニャーニャーを聞き、昼前に出雲大社へ。 吐きそうな高麗人参茶を健康のためにグッと飲み干し、寒牡丹を見てまわると次はお菓子の寿城へ。 今回の旅行では行く先々で土産屋に入っているのだが、どこもかしこも景気良く試食・試飲をさせてくれ、寿城ではもうお腹が気色悪くなるほどであった(ほんなら、食うなよ)。 最後に新鮮蔵というところへ行って、ようやく大阪へ。 観光地もまあまあ面白かったし、試食・試飲も堪能できたし、部屋はボロいし夕食も少し期待外れだったけどまあ旅費通りだろうってとこだったのだが、一番良かったのは実はバスガイドさんであった。 しかし。旅行に行った時の日記ってつくづく面白くないよなあ。 |
| 2001年2月16日(金) 玉造温泉への旅〜その1 |
お言葉に甘えて有休を取り、行き先を変えて島根県は玉造温泉へ行くことになったのだ。 新居購入・引越しを控えてこんな無駄遣い(?)をしててえーのんか?―――と自問自答しないでもないが、今回は一人1万6千円程度の激安バスツアーなのである。 待ち合わせ場所ではビュービュー風が吹いて寒く、大阪でこれだとひょっとして・・・と思っていたら、やっぱり山陰地方は雪だった。 出発してものの30分も経たないうちに、前の席に座った茶髪のカッコイイ20代男性が吐いてはる。 で。まず、注意するのは、オプションの昼食申し込み。バスに乗るとしばらくして昼食や観光などのオプション申し込み用紙配られて来たのだが、最悪バスツアーの経験を生かして全てパス。 蒜山(ひるぜん)高原センターでカツ丼を食ったが、オプションのジンギスカン料理はどーだったんやろ? オプションの足立美術館もパスしたので、オプション観光を申し込まなかった人たちと広瀬かすりセンターというところへ行くつもりだったのだが、ボーッとしていた我々夫婦は美術館の方でバスを降りてしまった。アホじゃ。 雪道をぶらぶら歩いて時間を潰していると、さぎの湯温泉というのを発見した。ホースから温泉がじゃぶじゃぶ湧き出ている。こりゃあオモロイ。 雪のために行程が遅れ、松江に着いたのが4時半すぎ。ここで松江城の天守閣に上ったろ、と思っていたのに入場は4時半締め切りだと言う。 48人中、松江城に行きたいのは僕ら夫婦を合わせて4人だと言う。しかし、こうまでしてもらっては後へ引けず、ダッシュで島根城を上り下りするハメになってしまった。ま、こういう観光も仕方がない。 さて、旅行と言えば観光よりも泊まるところと何より『食事』を重視する僕たちである。 と、思わず泣きたくなったのだが、実際には最悪バスツアーよりはマシな食事であった。 でも露天風呂は雪見風呂でなかなかでした。 |
| 2001年2月15日(木) 謝らない嫁 |
ほんっとーにハラが立つのだっ!! 実はこの間の土曜日、バーゲンに行く前、新居の手続きの関係で必要な書類を取りに市役所の出張所へ行ったのだ。 その時に使ったハンコをコートのポケットに入れていたのだが、バーゲンの後に行った飲み屋さんで、コートを脱いで店の人に預けた時にハンコを嫁さんに渡したのだ。落としたらアカンと思ってね。 ところが帰ってから、鞄に入れたはずのそのハンコがない、と嫁さんが言う。 お前は何をしてくれんねんっ(▼▼#)!と言いたいのをグッとこらえたのだが、嫁さんは謝る気配がない。 しかし、このままでは困る。 10時。ふたたび電話をすると、「預かってます」との返答。 「大体、落とした張本人が電話かけるのがホンマちゃうんか?」 キレた。 落としたらマズいので鞄を持っている嫁さんに預けたのだ。落としたのは仕方がないにしても、謝らないし、今日まで自ら店に確認の電話さえかけず、挙げ句の果てに『僕が悪い』みたいなことをほざく嫁さんに完全にキレた。 自分が悪いことをしたらまず謝るって、人間としての基本とちゃうんかー! 甘えるなー! 常識知らずめー! アホー! ボケー! しばくぞー!! あー、すっきりした(笑)。 さて、アナタのご意見は(^◇^;)? |
| 2001年2月14日(水) さきいかのバレンタインデー |
夕食後によくお菓子を食べる嫁さんが、今夜はパックに入ったさきいかを持ってきた。 「お前、それ、今、どこから出した?」 バレンタインにさきいかの中のチョコもらう亭主はかわいそう! 何でよりによってさきいかやねん(ToT)!―――と泣き叫ぼうと思ったら、ちゃんとしたチョコも買ってくれてはった。 |
| 2001年2月13日(火) がんばる嫁さん |
どうも今回は本気らしい。いや、しかしいつまで続くのか半信半疑でもある。何の話かと言うと、嫁さんの『パソコンへの目覚め』である。 先週末もちょこちょこ練習していたのだが、今日もまた僕がインストールしてあげたフリーのタイピングソフトで練習をしている。 その後ワープロソフトで何やら文章を書いていたようだが、10分ほどでやめてしまい、床に就いてしまった。 今日は曇り空でした。 ちなみに、P.Sは「〜」の入力方法が分かったという意味らしい(^◇^;)。 |
| 2001年2月12日(月) 代休はどこへ? |
祝日だが出勤日であった。ま、それは会社のカレンダー通りだから仕方がない。 そこへ、勤務管理担当の蝶野さんがやってきた。 先月と言えば、13日に休日出勤して、代休も取っていない。普段3時間とか5時間しか残業がつかないのだが、さすがに休日出勤分はいつもよりも給料が増えるやろ、と楽しみにしていたのだ。 1月26日のところに『代』と書かれてある。 見てみると、“プラスされている”という残業も心持ちいつもより多いだけで、計7時間・・・。 |
| 2001年2月11日(日) 本日の戦果 |
新居の進行状況を見に行って、焼き肉の食べ放題に行って、帰宅してからインターネットで結果をチェックしてビックリした。
これまで2レース連続的中もほとんど経験がないのに、荒れた10レースも馬連・ワイド共的中で何と5連勝。コワい・・・。 |
| 2001年2月10日(土) バーゲンの見本 |
嫁さんに連れられて、新大阪まで、あるブランドのバーゲンに行ったのだ。 僕は服装には無頓着なので、特に買いたいものがあるワケでもなく着いて行ったのだが、会場をウロウロしていると、「まあ、たまには服くらい買ってみよかなー」という気分になった。 そして、あるワゴンの前で立ち止まる。ドレスシャツとネクタイがセットになってマネキンに飾られてある。 しかし、ファッションに疎い僕はどういう組み合わせがお洒落なのか判らないので、マネキンの見本そのままの組み合わせを手に取って嫁さんの元へ向かった。 「それ買うん?―――うーん、同じ系統の色やからネクタイが目立てへんでー」 「着るのはアンタやねんで」 悔しいので嫁さんに逆らって見本のまま買いました。失敗したか!? |
| 2001年2月9日(金) 村下君の壮行会 |
職場の村下君がフィリピンへ1年の長期出張へ行くのでその壮行会があった。 最初の1時間、まったく誰も歌わないのだ。何をしてたかって? 彼はこれまでにも頻繁にフィリピンへ出張に行っていて、去年の11・12月なんて、1週間くらいしか日本にいなかったのだ。今年も1月3日から行っていて、先週、ようやく帰ってきたのである。来週からまた行くらしい。 そんな経験豊富な村下君は、当然、その手の店にも出入りしていて、同じ部屋で小杉さん(も、よくフィリピンへ行っている)のイキそうな顔を見ながらシゴいてもらってたー、などと飛んでもない話が始まったのだ。 いやあ、まいったなあ、もうこれ以上は日記には書かれへんやん。 |
| 2001年2月8日(木) ボケ中年 |
住宅購入の銀行からの資金融資の件で電話をしなければならなかったので、6時過ぎに帰宅した。 もうそろそろ嫁さんが帰ってきても良い頃である。まっすぐ帰ってきたら6時頃だが、買い物があれば6時半から7時に帰ってくる。 が。 「会議があるから外で食べてきてもいい?」 そんな会話をしたのは昨日のことじゃったかなあ?―――自信がない(ToT)。何か買ってきて食っているところへ、実は単に遅いだけだった嫁さんが帰ってきたら叱られるし、どうしよう!? そして、7時半。 飯を食って風呂に入り、結局嫁さんが帰ってきたのは10時だった。 |
| 2001年2月7日(水) パソコンへの目覚め |
もちろん僕のことではない。嫁さんの話である。 ところが、昨日今日はそれどころではないのだ。 「なあなあ、文字が打てるようにしてー」と嫁さんが言うので僕が、『全角かな入力』モードにしてやって、ワープロソフトを立ち上げてやる。 「うるさい奴っちゃなあ。小さい“つ”は次の子音を重ねたら入るやろ。お前、ローマ字のそれくらいの規則は中学校とかで習ったやろが」 「“けろっぴー”の小さい“つ”も最後の“棒線”も入れへんー!」 「わははははははははは。お前、それは“英語”や」 この分だとまだまだ先は長いな。ホッと一安心 |
| 2001年2月6日(火) 37度付近の攻防戦 |
いっそのこと38度とか39度の熱が出てしまえばスカッと治りそうな気もするし、会社も大きな顔をして休めるのだが、37度付近を行ったり来たりってな状態が、一番始末に負えない。 会社ではいつも通り仕事をするのだが、やっぱり何だかどんよりどよどよとしんどいし、かと言って顔を真っ赤にしてひいひいふうふうと「わしは熱が出てエラいこっちゃねん!」と言うほどでもない。 体がダル〜くて、頭がボヤ〜としているので早めに帰ろうとも思うのだが、何しろ周りから見れば僕が微熱でしんどいのは分からない。いつもと同じように見えていることだろう。 ああ、アイツまたこんな早い時間に帰っとる―――なんて思われるのもけったくそ悪いので、一度バタンと倒れて四つんばいになって這いながら帰ってやろうかな、あるいは、思いっきり息を止めて顔を真っ赤にしてはあはあぜいぜい言って、「アイツ、風邪引いてんのかー」と思わせてから堂々と帰ることにしようかな、などとアホなことをぼんやり考えているうちに仕事が降ってきていつもと同じ時間になりましたとさ。やれやれ。 |
| 2001年2月5日(月) 変温動物 |
何か腕とか足の節々が痛いなぁ・・・ん? そうか! 2日前のテニスが原因かっ! 2日後に筋肉痛が来るとは年じゃのう、わしも。 んんっ!? 何か突然に頭が痛くなったぞ。あれしきの運動でそんなに疲れが残るとは、年じゃのう、わしも。 そう言えば、昨日は疲れきってほとんど一日中寝ていたのだ。しかもまだ眠い。疲れが取れにくい。年じゃのう、わしも。 帰ってから体温を測ると37.4度だった。年じゃのう、わしも―――っておい、風邪か!? メシを食った後、風薬を服んで、30分くらいしてから体温を測ったら36.2度であった。凄い回復力!! 若いのう、わしも(*^-^*)。 |
| 2001年2月3日(土) テニス部新世紀会 |
午後1時に新居建設地へ行って、酒と米と塩を撒き、略式の上棟式をする。 2時に待ち合わせ場所へ行き、3時からテニス。 幹事なのに道を知らない方向音痴の僕は、慌てて後ろにつく。ほんでもって予想通り、走り始めて10分もしないうちに巻かれてしまった(>_<)。 国道43号線を西に向かって走りながら「六甲山こっち」という標識に従って右折すると、『芦有有料道路』に行こうとしていることが分かって、左折して国道2号線に入って車を駐める。 「芦屋と有馬を結ぶ道路に行ってもしゃーないよなあ。確か、『表六甲有料道路』に行かなアカンはず」 自分が持っている地図と照らし合わせながら、何とか無事に六甲山方面へ。しばらくすると料金所が見えてきた。手書きの地図にも書いてある。 「あっちゃあ〜。ここに来てしもたらアカンのや。手前を左に行ったらすぐやのになあ。しゃーない、このトンネル抜けてすぐに左折したら行けるから」 なが〜い六甲山トンネルを抜けると、そこは雪国だった(^^;)。 10〜20分くらい走ると、ようやく目印の「丁字ヶ辻」にたどり着き、安心したのもつかの間、めざす保養所が分からないときたもんだ。 しばらく走って右手に見つけたのは、「三友生命六甲山荘」。 泣く泣く引き返すと、あったあった。案の定、幹事の僕が最後の到着。ん? メンバーが外で待っている。 うおう! そうじゃった。前の会社から本社に舞い戻った僕と同じ人たちの名前を借りたのだった。 みんなの名前を書きに行ってくれ、と言われたので書こうとすると、管理人が、 慌てて控えのリストをこっそりみんなに見せ、「城山さんは林さんになって、山原は前山になって、寺本さんは宮本になって・・・えっと社員番号は空欄でいいし、住所と電話番号は自分のを書いて!」とお願いする。 最後の難関(実はこれが一番ドキドキした)を無事に切り抜けて部屋に入るとヘトヘトであった。 神戸牛すき焼きをいただいて、風呂に入って大宴会。 |
| 2001年2月2日(金) 今日は節分? |
「あれ? 今日は節分とちゃうかったっけ?」と突然口走ってしまった。 ―――夫婦喧嘩ってこういう他愛のないことで始まったりするのだ。 しかし、僕も詳しく知ってるワケではない。けど、言い返せないのも悔しい。ならば辞書で調べてやろうではないか。すると―――。 節分=立春の前の日。 とある。 ガーン( ̄◇ ̄;)! |
| 2001年2月1日(木) 1階の蛍光燈 |
棟長の仕事の一つに“階段の蛍光燈替え”があるのは以前に書いたが、今日、帰宅するや否や、 家に唯一ある丸椅子と新しい蛍光燈を持って、僕は現場へ向かった。 社宅には食卓がないので椅子はなく、あるのはこの丸椅子だけである。 ああん、もう、めんどくさいなぁ、とぶつぶつ文句を言いながら僕は3階の自分の家に雑誌を取りに行き、再び現場へ舞い戻った。 丸椅子に雑誌を載せ、その上に立ち上がると―――届いたぁ。 1階の住民には悪いけど、どないせーっちゅーねん |