家庭内外暴露日記

個人的なストレス発散の場所やねん!!
家庭内の不満も会社のグチも暴露してまうねん!!

...でも、嫁さんとはラブラブやで(^^)ゞ...

線

☆過去の日記☆

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2001年2月28日(水) いつもの夜の風景?

「まぁた晩ごはん食べた後にお菓子食べてるー。そんなんやから太るねん」
「う、うるさいわい。今日は晩飯が少なかったからしゃーないやんけ、ハゲ!」
「誰がハゲじゃー!!」

バシッ。
「痛いなあ!!」
ここで嫁さんに暴力を揮うほど子供でもない。
うりゃ。
と、僕は嫁さんのほっぺたを人差し指ではじいた。

「痛いっ(>_<)!!!」
「え? ちょ、ちょっと待てや。そんなに強くしてないやん」
「昨日から歯が痛いねんっ!!!よくもやったな!!!」
バキドカグシャ。

そ、そんなん知らんがな・・・(瀕死)。

2001年2月27日(火) つかの間の夢

「うめさん、お昼はお弁当でしたっけ?」と、突然サブリーダーの中島君が訊いた。何の話かな? と思いながら答える。
「えっとー、たいてい社員食堂ですけど、たまに弁当を持ってきますよ」
「じゃあ、3月1日はどうされます? 社員食堂利用するなら申請しておかないといけないんですよ、ウチの部は本来休みですから」

んんん?
「3月1日って休みじゃないんですか?」
「いえ、事務所は出勤ですよ」
ガーン( ̄◇ ̄;)!

「もう返してもらえんやろ」と諦めていたお金を返してもらった時にめっちゃ得をした気分になったのに、それを落としてしまったような気分なのだ(号泣)。
※何のことか分からない人は昨日の日記参照。

2001年2月26日(月) 棚からお休み

元々会社のカレンダーでは3月1日(木)は“棚卸し”とかで休みだったのだ。
ところが、こんなことを書いたのが会社にバレたのか(そんなことはないやろ(^^)ゞ)、3月2日(金)も工場は休みになったのだぁわ〜い!!!

取ったことにされてしまった代休をあらためてここで取るという理屈だから全然得をしているワケではないのだが、「もう返してもらえんやろ」と諦めていたお金を返してもらった時にめっちゃ得をした気分になるような気分なのだ。って、説明が下手じゃのう。

とにかく思わぬ4連休を控えてルンルン気分なのである。
日記に文句を書いた甲斐があったとゆーものである。

さっそく嫁さんに話すと、
「アンタだけズルい〜!」
と言われてしまった。何を言うてはりまんねん(^◇^;)。

2001年2月25日(日) すき焼きに入れる砂糖は・・・

ちょっと寒かったので、夜は家ですき焼きをすることにしたのだ。
鍋がぐつぐつ言い出して、嫁さんが一言。
「何個入れる?」
「んん? 何が?」
「砂糖」
「はあ? 何て?」

訊いてみると、砂糖がなくなったのでお客様用の角砂糖を使うと言う。ま、別に何でもいいけど、味は大丈夫なんかいな(^◇^;)。

などと訝っていると、今夜のすき焼きはめちゃ美味であった。
肉が良かったのか、味の調合が偶然にも上手く行ったのか、あるいは角砂糖に秘密があったのか・・・と思って角砂糖が入っていた箱を良く見ると“ダシ入り”と書いてあるワケはなく、京都は祇園の和菓子屋さんで作られたものであった。

つまり、これが美味かった原因だったのだ・・・って、ホンマかいな(笑)。

2001年2月24日(土) ミニオフ会不参加の裏側

嫁さんが土曜日に仕事に出る時は、僕が車で最寄りの駅まで送っているのだが、昨夜、こんな会話があった。

「明日、雨降りそうやから保育所まで送ってくれる?」
「保育所までぇぇ!?(と、一度嫌がる素振りを見せる僕) ま、ええけど」
「ほんで帰りはまた迎えに来てなー。そのまま外食しよ♪」
「分かった」

そして、今朝起きてメールチェックをしてみると、“おかもっち。”からミニオフ会案内のメールが来ていた。急遽決定したということで、今夜8時から焼き肉を食べに行く、とある。女性も3人参加らしい。
行きたい。

が、嫁さんと先約がある。
「今日、インターネットの友達が焼き肉食べに行くねんて。お誘いのメールが来てる」
「ふーん」

む、嫁さんのこの反応。ここは引いておいた方が良さそうだ。
次回オフ会があった時に「こないだ行かへんかってんから、今回は行くでー」と胸を張って言えるではないか。
―――と言う姑息な計算をして、僕は泣く泣くミニオフ会参加を諦め、片道40分のドライブ(嫁さんの保育所まで)に向かうのであった。

2001年2月22日(木) ウグイスと犬

ずいぶん暖かくなったよなあ、とバス停までの道を歩いていた朝7時過ぎのことである。
住宅街を抜ける途中に公園があって、僕はいつもその横の道を通っている。

今朝はバスが来るまでちょっと余裕があるな、と思っていると―――。
ホ〜ホケキョ♪
とウグイスが鳴いた。

うわあ、もうそんな季節になったんやあ。一体どこにおるんやろ?
数分の“余裕”が僕にウグイスを探させた。しかし、見つからない。
声はすれども姿は見えぬ。ほんにお前は屁の―――などとバカなことを考えていると。

ワンワンワンワン!!
どこからともなく犬がやってきた。まさか、ウグイスに誘われて出てきたワケでもあるまいに。
ん? う、うわあっ! こっちに来るぅ〜!!

人気(ひとけ)のまったくない住宅街を僕は朝も早くから全速力(ToT)!
せっかく2並びの日やのに(←関係ない)なんでこんな目に遭わなあかんねん(マジ半泣き)。

犬に追いかけられたのはほんの数十メートルといったところだが、結局いつもより2分ほど早くバス停に到着した矢先、バスが来たではないですか。

道が空いていたので早く着いたらしい。ともかく助かったよ、犬コロ。

2001年2月21日(水) 非常事態が好き♪

あと1つ、途中までやってるプログラムを完成して帰ろ。1時間もあればできるから7時には帰れるなー、と思っていた夕方6時のことである。
プログラムエラー発生!!

何でやねん、どこが悪いねん、帰られへんやんけ。
と、半泣きになってバグを探すが分からない。
しゃーないので一からやり直したがそれでも同じエラーが出る。

うわあああああああああああ。
発狂しそうになりながら図面と睨めっこしているうちに、ナゼかワクワクしてきた。
ん? これは何かと同じような心境だぞ。

ちょっと考えて思い当たることがあった。
僕ってば、台風だとか地震だとか、とにかく非常事態に遭遇するとどうもワクワクするという不謹慎な性格の人なのだ。

どこが悪いんかなぁ、このまま分からんかったら帰られへんなぁ、どきどきするなぁ、ひっひっひっひ―――だんだん狂ってくる。
そして。

分かったぁ!! これは、図面が間違えてる!! 設計ミスかも知れんぞ!! わしは悪くなかったっ!! わはははははははははは。
間違えた図面に合わせてとにかくプログラムを仕上げ、設計担当者に連絡を取る。いやあ、何たる充実感♪

しがないサラリーマンも仕事にヨロコビを感じることがあるのだ。結局帰るのは遅くなったけどね。
しかし、こんなミスを発見するなんて、さすが優秀なエンジニア自分で言うなだって誰も言うてくれへんねんもん。

2001年2月20日(火) メールの嵐
もうイヤなんである。
サイトがここまで成長したおかげか、毎日わんさとメールが来る。もう、全部読むのは不可能なくらいである。いや、実際、不可能である。

けど、その半分かそれ以上はどこから僕のメールアドレスを嗅ぎ付けたのか(って、あちこちに自らバラまいとるがな。例えばこのサイトとか)、色んな宣伝メール、つまりDMである。つまりダイレクトメールでありまくるのだ。

要らないメールは片っ端から削除するようにしているが、タイトルから内容が読み取れへんから、あるいは今時間がないから、ちょっと気になる内容だから、等々の理由で後から読もうと思ってそのままにしているのも結構ある。

OEを使っているのだが、ディスプレイには太字ばっかりでイヤになっちゃうのだ。どゆ意味か分かる? 未読っていう意味なのだ。
今、未読メールは約250通。わあい。読んでないのが250通なのだ。

サイト訪問者からとかメルマガ読者からのメールは涙が出るほど嬉しいのですぐに読むのだが、こういう事情なのでなかなか返事が書けませんごめんなさい・・・。


と、今日も面白くないネタやなあと思いながら日記を書いていると、後ろを通った嫁さんが、
「“もうイヤなんである”って何が?」
などと言わはった。

うわあ。
これまで僕がパソコンに向かっていても興味のカケラも示さなかったクセにディスプレイを覗き込むとは、状況は日々悪化しているのだ。

2001年2月19日(月) キーボードの反乱

仕事中、突然『ソレ』は起こった。
WORDで文章を書いていると、ディスプレイに、

のにこちみみとちにつなくち

などとワケの分からない文字が並んだのだ。

な、な、なんじゃあ〜はてな
おそるおそる「A」を入力すると「ち」と表示される。

はあ?・・・ああ、なるほど。
ついつい変なミスタッチをしてしまって“かな入力”になったんやな。しかぁし! 戻し方が分からん(泣)。
色々と試してみるが、どこをどう押してもローマ字入力になってくれへん(号泣)。

仕方がないのでWINDOWSヘルプでキーワード検索をしようと思ったのだが、かな入力せなあきまへんがなっ(ToT)!

まだるっこしいので再起動したら直った。
一応念のために調べてみると、『Alt』+『カタカナ/ひらがな』キーで切り替えができることが分かったが、それは何度も試したっちゅーねんっ!!
キーボードの反応が悪いだけであった(T^T)。

けど、わしもまだまだ素人じゃのう(恥)。

2001年2月18日(日) ワインの保存法

昨日、島根ワイナリーへ行く直前に、バスガイドさんがワインの蘊蓄(うんちく)を色々と語ってくれた。
そのうちの一つが“ワインの保存法”についてであった。

日光に当ててはダメとか、保管場所の温度が高くなったらダメとかは知ってたのだが、『横倒しにしておかねばならない』ってのは知らなかった。
考えてみればワインセラーのワインは倒して棚に並べられてあるけど、その理由が「コルクを湿らせておくため」だってことは知らなかったのだ。

ワイナリーで買ってきたワインは、帰るとすぐに横倒しにしておいたのだが、今日、台所に行くとその隣にもう一本ワインが倒してある。

ん? 何じゃ、これ?―――と思って良く見てみると、1999年8月にマカオ・香港へ行った時に買ったワインであった。
親友の南へのお土産として買ったのだが、渡す機会がないままついつい置いておいたのだ。

どうやら嫁さんがバスガイドさんの言にならって横倒しにしたらしい・・・って、アンタ、1年半もほったらかしにしてて今ごろ倒したって意味ないがな(^◇^;)。

しゃーないのでこのワインを開けて飲んでみると―――美味い\(^-^)/。素人の舌なんてこんなもんである。

2001年2月17日(土) 玉造温泉への旅〜その2

こういう旅行で何がイヤって、朝が早いのだ。旅行に来た時くらい朝はゆっくりとしたいのだが、当然のように7時朝食、8時出発であった。ちなみに天気は昨日とは打って変わって快晴。

昨日からずっと、バスに乗るとうとうとしてしまう。寝不足でもないのに、揺られていると瞼が重くなってくるのだ。

寝ぼけまなこで、めのう細工伝承館にて嫁さんは傷が入ったアメジスト石のペンダントを買ってしまい、僕は次に行った島根ワイナリーでワインをしこたま飲んで気分が悪くなってしまうどころか気分がサイコーになってしまった。
朝からアルコールっちゅーのもいいものである。

日御碕(ひのみさき)で灯台を上り下りして海猫のニャーニャーを聞き、昼前に出雲大社へ。
参拝と出雲蕎麦の昼食を終えると、バスに乗って大根島は由志園へ。

吐きそうな高麗人参茶を健康のためにグッと飲み干し、寒牡丹を見てまわると次はお菓子の寿城へ。

今回の旅行では行く先々で土産屋に入っているのだが、どこもかしこも景気良く試食・試飲をさせてくれ、寿城ではもうお腹が気色悪くなるほどであった(ほんなら、食うなよ)。

最後に新鮮蔵というところへ行って、ようやく大阪へ。

観光地もまあまあ面白かったし、試食・試飲も堪能できたし、部屋はボロいし夕食も少し期待外れだったけどまあ旅費通りだろうってとこだったのだが、一番良かったのは実はバスガイドさんであった。
ベテランのおばちゃんだったのだが、巧みな話術にこれぞバスツアーの醍醐味!・・・という気分にさせてもらったのであった。

しかし。旅行に行った時の日記ってつくづく面白くないよなあ。

2001年2月16日(金) 玉造温泉への旅〜その1

お言葉に甘えて有休を取り、行き先を変えて島根県は玉造温泉へ行くことになったのだ。

新居購入・引越しを控えてこんな無駄遣い(?)をしててえーのんか?―――と自問自答しないでもないが、今回は一人1万6千円程度の激安バスツアーなのである。

待ち合わせ場所ではビュービュー風が吹いて寒く、大阪でこれだとひょっとして・・・と思っていたら、やっぱり山陰地方は雪だった。
ま、天気はどうでも良い。悪けりゃ悪いで仕方がない。

出発してものの30分も経たないうちに、前の席に座った茶髪のカッコイイ20代男性が吐いてはる。
ま、体調が悪いか乗り物に弱いのだろう。仕方がない。

で。まず、注意するのは、オプションの昼食申し込み。バスに乗るとしばらくして昼食や観光などのオプション申し込み用紙配られて来たのだが、最悪バスツアーの経験を生かして全てパス。

蒜山(ひるぜん)高原センターでカツ丼を食ったが、オプションのジンギスカン料理はどーだったんやろ?
ちょっと気になるけど夕食のために腹を空かせとかなあかんし、仕方がない。

オプションの足立美術館もパスしたので、オプション観光を申し込まなかった人たちと広瀬かすりセンターというところへ行くつもりだったのだが、ボーッとしていた我々夫婦は美術館の方でバスを降りてしまった。アホじゃ。
けど、バスは行ってしまったので仕方がない。

雪道をぶらぶら歩いて時間を潰していると、さぎの湯温泉というのを発見した。ホースから温泉がじゃぶじゃぶ湧き出ている。こりゃあオモロイ。

雪のために行程が遅れ、松江に着いたのが4時半すぎ。ここで松江城の天守閣に上ったろ、と思っていたのに入場は4時半締め切りだと言う。
んー、諦めるかー、別にこだわってるワケでもないしー。
すると、「無理言って入れるようにしてもらいました」と添乗員さん。

48人中、松江城に行きたいのは僕ら夫婦を合わせて4人だと言う。しかし、こうまでしてもらっては後へ引けず、ダッシュで島根城を上り下りするハメになってしまった。ま、こういう観光も仕方がない。

さて、旅行と言えば観光よりも泊まるところと何より『食事』を重視する僕たちである。
そして今回は・・・“仕方がない”ことあるかー!

と、思わず泣きたくなったのだが、実際には最悪バスツアーよりはマシな食事であった。
つまるところ、贅沢なカニ尽くし料理を期待していた僕たちがバカだったのだ。
こんな旅費で島根くんだりまで来ているのだから、少々料理がショボくても、そして部屋もオンボロだったのだが、やっぱり仕方がないのだ。

でも露天風呂は雪見風呂でなかなかでした。

2001年2月15日(木) 謝らない嫁

ほんっとーにハラが立つのだっ!!

実はこの間の土曜日、バーゲンに行く前、新居の手続きの関係で必要な書類を取りに市役所の出張所へ行ったのだ。

その時に使ったハンコをコートのポケットに入れていたのだが、バーゲンの後に行った飲み屋さんで、コートを脱いで店の人に預けた時にハンコを嫁さんに渡したのだ。落としたらアカンと思ってね。

ところが帰ってから、鞄に入れたはずのそのハンコがない、と嫁さんが言う。
何やてぇ!?
ただのハンコではない。銀行印なのだ。僕が持っている5〜6種類の通帳はすべてこのハンコで作っているのだ。

お前は何をしてくれんねんっ(▼▼#)!と言いたいのをグッとこらえたのだが、嫁さんは謝る気配がない。

しかし、このままでは困る。
今週はずっと仕事が忙しかったのだが、今日は8時に帰ってきたので飲み屋さんに電話をしてみたのだ。
すると、今は担当者が忙しいから10時にかけてくれ、と言う。

10時。ふたたび電話をすると、「預かってます」との返答。
良かったぁ〜(´o`)。
しかし、何で被害者の僕があたふたと電話せなあかんねん、と腹が立ってきた。

「大体、落とした張本人が電話かけるのがホンマちゃうんか?」
「私に大事なもんを預けたアンタが悪いねん」

キレた。

落としたらマズいので鞄を持っている嫁さんに預けたのだ。落としたのは仕方がないにしても、謝らないし、今日まで自ら店に確認の電話さえかけず、挙げ句の果てに『僕が悪い』みたいなことをほざく嫁さんに完全にキレた。

自分が悪いことをしたらまず謝るって、人間としての基本とちゃうんかー! 甘えるなー! 常識知らずめー! アホー! ボケー! しばくぞー!!

あー、すっきりした(笑)。

さて、アナタのご意見は(^◇^;)?
1.それしきのことで怒る僕が大人げない。
2.いや、嫁さんが悪い。うめさんがかわいそう。
3.どっちもどっちじゃ。勝手にせい。

2001年2月14日(水) さきいかのバレンタインデー

夕食後によくお菓子を食べる嫁さんが、今夜はパックに入ったさきいかを持ってきた。
「はい」
嫁さんが差し出したのはチョコレート2ヶ。

「お前、それ、今、どこから出した?」
「さきいかの中」とさきいかをほおばりつつ嫁さんが答える。
「はあ???」
「何か今日、“おまけ付き”って売っててん。バレンタインデーやし、ちょうどいいかな、と思って買ってん」

バレンタインにさきいかの中のチョコもらう亭主はかわいそう! 何でよりによってさきいかやねん(ToT)!―――と泣き叫ぼうと思ったら、ちゃんとしたチョコも買ってくれてはった。
おぬしもワルよのう。

2001年2月13日(火) がんばる嫁さん

どうも今回は本気らしい。いや、しかしいつまで続くのか半信半疑でもある。何の話かと言うと、嫁さんの『パソコンへの目覚め』である。

先週末もちょこちょこ練習していたのだが、今日もまた僕がインストールしてあげたフリーのタイピングソフトで練習をしている。

その後ワープロソフトで何やら文章を書いていたようだが、10分ほどでやめてしまい、床に就いてしまった。
どれどれ。そのままコピー&ペースト(笑)。

今日は曇り空でした。
土曜日に買ったスカートを早速はいていったのはいいのだけど、
自転車に乗ってこいでいるとなんとスカートがひらひらとめくれてびっくり。
必死で前をおさえていったのだぴょん〜
おしまい。
P.Sわかったぴょん〜。

ちなみに、P.Sは「〜」の入力方法が分かったという意味らしい(^◇^;)。

2001年2月12日(月) 代休はどこへ?

祝日だが出勤日であった。ま、それは会社のカレンダー通りだから仕方がない。

そこへ、勤務管理担当の蝶野さんがやってきた。
先月の勤務実績表の自分のところにはんこを押してくれ、と言う。

先月と言えば、13日に休日出勤して、代休も取っていない。普段3時間とか5時間しか残業がつかないのだが、さすがに休日出勤分はいつもよりも給料が増えるやろ、と楽しみにしていたのだ。
しかし―――。

1月26日のところに『代』と書かれてある。
「これ、何ですか?」
「代休を取ったっちゅーことになってるねん」
「僕、代休は取ってませんけど」
「うん、でも取ったという処理になってて、その分残業代にプラスされるようになってるねん」
「はぁ!?」

見てみると、“プラスされている”という残業も心持ちいつもより多いだけで、計7時間・・・。
何ちゅーヒドい会社や(ToT)。
休日出勤なんかするもんとちゃうなあ。休出手当てどころか、休みもなしで丸っきりタダ働きやなあ。やる気なくすなあ、もう。

2001年2月11日(日) 本日の戦果

新居の進行状況を見に行って、焼き肉の食べ放題に行って、帰宅してからインターネットで結果をチェックしてビックリした。


7レース―――ハズレ

8レース―――的中(4点予想)
馬連7−8(配当=1440円)
9レース―――的中(2点予想)
枠連1−6(配当=1260円)
10レース―――的中(6点予想)
馬連4−12(配当=5370円)/ワイド4−12(配当=1710円)
11レース(きさらぎ賞)―――的中(6点予想)
ワイド6−11(配当=680円)
東京11レース(ダイヤモンドS)―――的中(3点予想)
馬連5−8(配当=990円)

これまで2レース連続的中もほとんど経験がないのに、荒れた10レースも馬連・ワイド共的中で何と5連勝。コワい・・・。
そしてこれはもちろん嫁さんにはナイショ(^◇^;)。

2001年2月10日(土) バーゲンの見本

嫁さんに連れられて、新大阪まで、あるブランドのバーゲンに行ったのだ。

僕は服装には無頓着なので、特に買いたいものがあるワケでもなく着いて行ったのだが、会場をウロウロしていると、「まあ、たまには服くらい買ってみよかなー」という気分になった。

そして、あるワゴンの前で立ち止まる。ドレスシャツとネクタイがセットになってマネキンに飾られてある。
こういうお洒落な服ってほとんど持ってないよなあ、買おうかなあ。
嫁さんは遠くでコートだか何だかに見とれている。嫁さんがコートを買うなら自分も買わな損!―――という気にもなってくる。

しかし、ファッションに疎い僕はどういう組み合わせがお洒落なのか判らないので、マネキンの見本そのままの組み合わせを手に取って嫁さんの元へ向かった。

「それ買うん?―――うーん、同じ系統の色やからネクタイが目立てへんでー」
「ふっふっふ。俺が選んだからっちゅーてまた批判しようとしてるな? これはなあ、見本そのままの色の組み合わせやからカッコイイんじゃ!」
「そんなん関係ないやん」
ガーン( ̄◇ ̄;)。

「着るのはアンタやねんで」
ドッカーン(T∇T;)。

悔しいので嫁さんに逆らって見本のまま買いました。失敗したか!?

2001年2月9日(金) 村下君の壮行会

職場の村下君がフィリピンへ1年の長期出張へ行くのでその壮行会があった。
参加人数が多かったので1次会なんぞはただの飲み会だったのだが、2次会のカラオケには10人ほどの参加となり、雰囲気がガラッと変わった。

最初の1時間、まったく誰も歌わないのだ。何をしてたかって?
村下君の体験談をみんなで聞いていたのである。

彼はこれまでにも頻繁にフィリピンへ出張に行っていて、去年の11・12月なんて、1週間くらいしか日本にいなかったのだ。今年も1月3日から行っていて、先週、ようやく帰ってきたのである。来週からまた行くらしい。

そんな経験豊富な村下君は、当然、その手の店にも出入りしていて、同じ部屋で小杉さん(も、よくフィリピンへ行っている)のイキそうな顔を見ながらシゴいてもらってたー、などと飛んでもない話が始まったのだ。

いやあ、まいったなあ、もうこれ以上は日記には書かれへんやん。
そして、そんな村下君は、そんな店のフィリピン人女性と結婚するのだそうだ。ビックリ。

2001年2月8日(木) ボケ中年

住宅購入の銀行からの資金融資の件で電話をしなければならなかったので、6時過ぎに帰宅した。
申し込み用紙を広げてあれやこれやと質問をし、終わったら6時半。

もうそろそろ嫁さんが帰ってきても良い頃である。まっすぐ帰ってきたら6時頃だが、買い物があれば6時半から7時に帰ってくる。

が。
7時になっても7時15分になっても嫁さんは帰ってこない。
おかしいなあ、と思い始めたその時、記憶のかけらがコロリと僕の脳みその中に転がってきた。

「会議があるから外で食べてきてもいい?」
「うん、いいよ」
「じゃあ、何か適当に買ってきて食べとってね」
「分かった」

そんな会話をしたのは昨日のことじゃったかなあ?―――自信がない(ToT)。何か買ってきて食っているところへ、実は単に遅いだけだった嫁さんが帰ってきたら叱られるし、どうしよう!?

そして、7時半。
まだ帰ってこないので、きっとそうだ、そうに違いない、今日は嫁さんは遅いんや、と決め付けて僕は近くのスーパーへお惣菜を買いに行った。

飯を食って風呂に入り、結局嫁さんが帰ってきたのは10時だった。
「今日会議で遅くなるから食べてくるってゆうのん、覚えてた?」と、嫁さん。
「おお、もちろん覚えてたで」と、僕(←大ウソつき)。
一歩間違えたら大喧嘩になるところじゃったアセアセ

2001年2月7日(水) パソコンへの目覚め

もちろん僕のことではない。嫁さんの話である。
ずーっと前に嫁さんが「私もメールしよっかなあ」という発言をして、肝が縮み上がったことがあったが(いずれこのページを見られると叱られそうなので)、言った本人も忘れてるくらいだったし、ただの気まぐれの発言だろうと放っておいた。

ところが、昨日今日はそれどころではないのだ。
何と、嫁さんが“タイピングの練習をする”などとのたまい、本当に練習を始めているのである。
保育所にパソコンが導入されたのも一因らしい。

「なあなあ、文字が打てるようにしてー」と嫁さんが言うので僕が、『全角かな入力』モードにしてやって、ワープロソフトを立ち上げてやる。
しばらくすると、「“けろっぴー”の小さい“つ”はどうやるん?」という声がする。

「うるさい奴っちゃなあ。小さい“つ”は次の子音を重ねたら入るやろ。お前、ローマ字のそれくらいの規則は中学校とかで習ったやろが」
「習ってない」
ウソつけ・・・。

「“けろっぴー”の小さい“つ”も最後の“棒線”も入れへんー!」
「何でやねん、言われた通りにしてるか?」と言いながらディスプレイを覗いてみると―――。
けろppy

「わははははははははは。お前、それは“英語”や」
「何で“けろっぴ”が英語やのよ!」
「いや、そういう意味やなくってやなあ・・・」

この分だとまだまだ先は長いな。ホッと一安心よしっ!

2001年2月6日(火) 37度付近の攻防戦

いっそのこと38度とか39度の熱が出てしまえばスカッと治りそうな気もするし、会社も大きな顔をして休めるのだが、37度付近を行ったり来たりってな状態が、一番始末に負えない。

会社ではいつも通り仕事をするのだが、やっぱり何だかどんよりどよどよとしんどいし、かと言って顔を真っ赤にしてひいひいふうふうと「わしは熱が出てエラいこっちゃねん!」と言うほどでもない。

体がダル〜くて、頭がボヤ〜としているので早めに帰ろうとも思うのだが、何しろ周りから見れば僕が微熱でしんどいのは分からない。いつもと同じように見えていることだろう。

ああ、アイツまたこんな早い時間に帰っとる―――なんて思われるのもけったくそ悪いので、一度バタンと倒れて四つんばいになって這いながら帰ってやろうかな、あるいは、思いっきり息を止めて顔を真っ赤にしてはあはあぜいぜい言って、「アイツ、風邪引いてんのかー」と思わせてから堂々と帰ることにしようかな、などとアホなことをぼんやり考えているうちに仕事が降ってきていつもと同じ時間になりましたとさ。やれやれ。

2001年2月5日(月) 変温動物

何か腕とか足の節々が痛いなぁ・・・ん? そうか! 2日前のテニスが原因かっ! 2日後に筋肉痛が来るとは年じゃのう、わしも。

んんっ!? 何か突然に頭が痛くなったぞ。あれしきの運動でそんなに疲れが残るとは、年じゃのう、わしも。

そう言えば、昨日は疲れきってほとんど一日中寝ていたのだ。しかもまだ眠い。疲れが取れにくい。年じゃのう、わしも。

帰ってから体温を測ると37.4度だった。年じゃのう、わしも―――っておい、風邪か!?

メシを食った後、風薬を服んで、30分くらいしてから体温を測ったら36.2度であった。凄い回復力!! 若いのう、わしも(*^-^*)。

2001年2月3日(土) テニス部新世紀会

午後1時に新居建設地へ行って、酒と米と塩を撒き、略式の上棟式をする。
正式の上棟式は午後4時からだったのだが、前の会社の連中との予定があったので行けないのだ。

2時に待ち合わせ場所へ行き、3時からテニス。
テニスが終わると、六甲山にある会社の保養所へ。ところが、8人の参加者に対して車は5台。僕の車には僕一人であった。
そして「晩飯に間に合わん。急げ〜!」と、みんなあっと言う間に出発してしまった。

幹事なのに道を知らない方向音痴の僕は、慌てて後ろにつく。ほんでもって予想通り、走り始めて10分もしないうちに巻かれてしまった(>_<)。

国道43号線を西に向かって走りながら「六甲山こっち」という標識に従って右折すると、『芦有有料道路』に行こうとしていることが分かって、左折して国道2号線に入って車を駐める。

「芦屋と有馬を結ぶ道路に行ってもしゃーないよなあ。確か、『表六甲有料道路』に行かなアカンはず」
と、保養所から送られてきた手書きの地図で確認。やっぱりそうや。

自分が持っている地図と照らし合わせながら、何とか無事に六甲山方面へ。しばらくすると料金所が見えてきた。手書きの地図にも書いてある。
良かったぁ〜、と胸をなで下ろしながら、料金所のおっちゃんに「六甲山荘ってこっちでいいんですよね?」と念のために訊いてみる。

「あっちゃあ〜。ここに来てしもたらアカンのや。手前を左に行ったらすぐやのになあ。しゃーない、このトンネル抜けてすぐに左折したら行けるから」
ひいいいいっ! 土壇場で間違えてますがな(泣)。

なが〜い六甲山トンネルを抜けると、そこは雪国だった(^^;)。
言われたとおりすぐに左折して真っ暗で道が凍っている裏六甲道路をのろのろと走る。車内のサザンのBGMなんぞまったく耳に入ってこない。めっちゃコワい(号泣)。

10〜20分くらい走ると、ようやく目印の「丁字ヶ辻」にたどり着き、安心したのもつかの間、めざす保養所が分からないときたもんだ。

しばらく走って右手に見つけたのは、「三友生命六甲山荘」。
うーん、確かに同じグループ会社やけど、ウチは「生命」じゃないしなあ。
とにかく、行ってみて管理人らしきおっちゃんに訊いてみると、やはり違っていた(ToT)。
「三友○○さんの方は過ぎてますよ。戻って左手にありますから」

泣く泣く引き返すと、あったあった。案の定、幹事の僕が最後の到着。ん? メンバーが外で待っている。
「うめ〜、何か名前書いてって言われて待っててん」

うおう! そうじゃった。前の会社から本社に舞い戻った僕と同じ人たちの名前を借りたのだった。
今となっては別会社に行ってしまった今回のメンバーには別人になってもらわなくてはならないのだ。

みんなの名前を書きに行ってくれ、と言われたので書こうとすると、管理人が、
「みなさんの社員番号と住所、電話番号を書いてもらって下さいね」と言わはる。
ど、ど、どないしょ〜!?!?!?

慌てて控えのリストをこっそりみんなに見せ、「城山さんは林さんになって、山原は前山になって、寺本さんは宮本になって・・・えっと社員番号は空欄でいいし、住所と電話番号は自分のを書いて!」とお願いする。

最後の難関(実はこれが一番ドキドキした)を無事に切り抜けて部屋に入るとヘトヘトであった。

神戸牛すき焼きをいただいて、風呂に入って大宴会。

2001年2月2日(金) 今日は節分?

「あれ? 今日は節分とちゃうかったっけ?」と突然口走ってしまった。
「何言うてんのよ! 節分は2月3日って決まってるやんか!」
「アホか! 決まってないわい! 2月2日の年もあれば2月4日の年もあるわい!」
毎年2月3日やっちゅーてんねんっ!」
「何をー! ほんだら、春分・秋分・夏至・冬至は毎年同じ日ぃなんか!? ちゃうやろが!」
「誰が今春分とかの話をしてるねん!」

―――夫婦喧嘩ってこういう他愛のないことで始まったりするのだ。

しかし、僕も詳しく知ってるワケではない。けど、言い返せないのも悔しい。ならば辞書で調べてやろうではないか。すると―――。

節分=立春の前の日。

とある。
「ほら見てみぃ! 明日が立春やから今日が節分の日やないかっ!!」
「立春はあさってや!」

ガーン( ̄◇ ̄;)!
けど、毎年2月3日じゃないのにぃ。そこんところは嫁さんが間違えてるのにぃ・・・。

2001年2月1日(木) 1階の蛍光燈

棟長の仕事の一つに“階段の蛍光燈替え”があるのは以前に書いたが、今日、帰宅するや否や、
「一番端の1階の階段の蛍光燈が切れてたから替えに行って〜」と嫁さんに言われたのだ。

家に唯一ある丸椅子と新しい蛍光燈を持って、僕は現場へ向かった。
が。
届きましぇ〜ん(T^T)!
どうやら1階の天井だけ少し高いようなのだ。背の低い僕が丸椅子に乗って背伸びをしてようやく指先に蛍光燈が触れるくらいの高さであった。

社宅には食卓がないので椅子はなく、あるのはこの丸椅子だけである。
しゃーない、雑誌でも持ってきて高さを増すしかないな。

ああん、もう、めんどくさいなぁ、とぶつぶつ文句を言いながら僕は3階の自分の家に雑誌を取りに行き、再び現場へ舞い戻った。

丸椅子に雑誌を載せ、その上に立ち上がると―――届いたぁ。
手際良く古い蛍光燈を取り外し、新しい蛍光燈を取り付ける。
が。
点きましぇ〜ん(T^T)!

1階の住民には悪いけど、どないせーっちゅーねんしくしく

線

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Akiary v.0.42