家庭内外暴露日記

個人的なストレス発散の場所やねん!!
家庭内の不満も会社のグチも暴露してまうねん!!

...でも、嫁さんとはラブラブやで(^^)ゞ...

線

☆過去の日記☆

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2002年3月31日(日) 新しい花壇ができたぞワーイ
10時にホテルをチェックアウトし、近くの“桜の小径”をぶらぶらする。
その後お土産やさん巡りをして、帰りには夙川公園に寄った。とんでもない桜の群れであった。いずれ、期間限定企画のページにUPしよう。

・・・と、2つの散策をこなしたのに、家に到着したのは1時半であった。近いっていいなあ。

時間があったので、玄関横に新しい花壇を造ることにした・・・と、言っても家の前の花壇ほどではなく、それの4分の1程度の大きさである。
が、掘っても掘っても粘土ばっかし出てくるのですっかり疲れ果ててしまった。どんな花壇が出来上がったかは、またいずれUPしよう(そればっかし)。
今日は土を入れて、石灰を撒いただけやしね。

っちゅーワケで、おっちゃんは疲れたのでもう寝る。

2002年3月30日(土) 有馬温泉旅行♪
“数ヶ月に一度は旅行に行きたい病”の嫁さんのリクエストにより、1泊2日で有馬温泉なのだ。小さな頃から「♪有馬兵衛のこうようかくへ」という関西人ならおそらくかなりの人が知っていると思われるCMを聞き倒していたにもかかわらず、行くのは初めてである。

しかし、とんでもない近場なので、行くまで僕は相変わらず庭いじりをし、ついに株分けした苗が200ポットを超えてしまった。
わははははは、どーすんねん、この数。

夕方、出発――30分もせずに、到着。
いいなあ、この近さ。ホテルは老舗ではあるが、とっても格式が高そうであった。

早速温泉につかり、豪華な晩飯を食べつつ、
「こんなに近くにこんな場所があってんなあ。行き帰りもラクやし、いいよなあ。しかも交通費がいらんから安く済むしなあ」
と、すべてを嫁さんに任せっきりにしていて何も知らない僕がそう言うと、
「今回の旅行、一人いくらかかったか分かってるん?」
と、嫁さんがのたもうた。

一人30000円以上するねんてさ。
ガツガツと食っていた貧乏性の僕は、すぐさま食べていた会席料理をゆっくりと味わい始めたのであった。

2002年3月29日(金) 朝の一幕@川崎
朝、目覚める。ビジネスホテルである。結構狭い一室であり、密室である。
長い人生、起きたら女性二人が隣で寝ているなんてシチュエーションはもうないやろなあ。くうううう(←何が?)。

正確に言えば“隣で”ではなくて、僕が一人でベッドで眠り、女性二人は申し訳ないけど下のカーペットで眠ってもらったのであった。ベッドがもっとアメリカ的にデカければなあ(どないやねん)。

だらだらと支度をしつつ、出張先のホテルで女性二人と目覚めるという不思議な状況にコーフンしながら(いちいちコーフンすなっ!)、8時15分、部屋を出ると、少し遅れて隣の部屋の扉が開いて人が出てきた。

上司だったキャー(*゜ロ°)ノ!
女性はまだ玄関だったし、運良く僕が上司の背中を見るような位置取りだったので、僕は素早く部屋に戻って扉を閉めたのだが・・・ヤバかったあ。

いや、何もやましいことはしてないねんけどね。見つかったら気まずいなあってなだけで。

2002年3月28日(木) 川崎オフ会レポート(2次会編)
よく考えてみれば、本日は平日だったのですなあ。明日も仕事なのですなあ。
けど、すっかり楽し嬉しくホロ酔いの僕は、「よっしゃあ、次行くでぇ!」と盛り上がってしまっていたのだ。

そして、これに応えてくれたのは何と参加者6名中(男性3人:女性3人)のうち、女性3人であった(@^∇^@) !
てなワケでいわんやさんとおやっくさんがお帰り。
僕は酒池肉林状態で女性3名と共に次の店に向かったのだ――ナゼか居酒屋でしたが。

はて、確かここでもビールを呑んだんとちゃうかなあ、とは思うのだ。しかし、いまゆちゃんがさすがに12時頃に退散した。
きたきつねさんとやったんさんはとっくの昔に終電を諦めていて、喋り倒している。
僕は今朝5時起きだったために――“酔って”じゃなくて“睡眠不足で”――さすがに眠くなってきた。そして・・・・・・。

セクハラ疑惑!?
ちょちょちょっと待ってくれい。ちゃうねんちゃうねん。きたきつねおねーさんはとっても優しくて「私の胸でお眠り」ってな態度で、僕の頭を抱えてくれたので僕ちゃんはすっかり甘えてしまったのだ。ホント、眠かったし。
ま、どう言い訳しようと、僕はきたきつねさんの胸の中で気持ちよく眠ってしまったのであった。頭上から女性2名のとめどない会話を浴びながら。

そして、どうやら2時に店を追い出されたらしい。
※いわんやさん、おやっくさん、いまゆちゃん。1次会で余った1500円は2次会で使ってしまいました。
とーぜん泊まるところのない女性二人をほうっておくワケにもいかず・・・。

いや、「最悪、やったんさんとラブホにでも行くからあ」ときたきつねさんが言うので、「それやったら僕も一緒にぃ」とコーフンしつつ、結局僕のビジネスホテルの一室に泊まってもらうことにしたのであった。大丈夫。僕はさほど酔っていないし、意識もハッキリしていたし、何の心配(どんな?)もないのだ。
でも、何度も泊まったことのあるホテルなのにちょっぴり迷ってしまったのは、少しは酔っていたのかも知れない。

2002年3月28日(木) 川崎オフ会レポート(1次会編)
約2ヶ月ぶりの川崎への出張だったのだが、今回の目的はもはやオフ会のためと言っても過言ではない(いいのか!?)。

仕事はちゃんと終わるのか? 上司を振り切れるのか? という心配も杞憂に終わり、あっさりと早く仕事が終わってしまった僕はいったんホテルにチェックインして荷物を置いた。
待ち合わせ場所を確認したので知らせようと、教えてもらった携帯に電話をかけるもほとんど通じず。みなさん、お仕事中はOFFにしてるのかな?

唯一、プリズムさんと通じた。お子様や旦那様の都合で不参加という話だったが、それより、若くて可愛い声にビックリした。子持ちとは思えん。

7時に集合場所へ行くと、すでに4人が集まっていた。突発的にオフ会を開催することにしたのに、上々の滑り出しだ。おまけに、ずーっと会いたかったいわんやさんも少し遅れて合流してくれて、感激だった。
サイトのイラスト通りだし、人当たりが良くて、声がシブくて、面白くて、すぐに好きになってしまった(いや、そのケはないで)。

さらに店への移動中にスカーレットさんからいわんやさんの携帯へ電話が入り、お話できた。今回は残念ながら不参加ということだったが、
「声が若いー!」といきなり言われ、
「そ、そうッスか?」と照れつつ嬉しい僕がいた。“若い”と言われて嬉しいなんて、僕もおっさんになった証拠だなあ。

突発的開催のためにもちろん店なんぞ予約していなかったのだが、おやっくさんが知り合いに電話して店を教えてもらい、計6人でオフ会が始まる。ちなみにおやっくさんは僕の高校の後輩であったりするのだ。ネットって面白いなあ。

やったんさんは、関西のオフ会で何度も会ったことはあるねんけど、相変わらずパワフルに喋りまくる。
いまゆちゃんは、僕とはネット上ではかなり古い付き合いになるねんけど、やっと会えた。今回最年少で初々しい新婚さんって感じ。
きたきつねさんは、掲示板で登場してくれているままのとっても優しそうなお姉さんだった。イメージ通りだったなあ。

関東での6人の呑み会だったのだが、実は僕を入れて3人が関西出身なので関西弁が飛び交っていた。店の兄ちゃんは僕の関西弁に引いていたかも知れない(^-^;)。

だぁれも止めてくれないので、僕は生ビールを7〜8杯呑んだ模様(ジョッキというよりグラスって感じの小さいやつやったからねー)。あ、そうそう、グレープフルーツチューハイも呑んだなあ。
とにかく、やっぱりいつも通り、他のみんなを差し置いて呑み倒したのだ・・・いや、全然平気やってんけどね。言うてもそんなに呑んでないので、今回は全然記憶は飛んでいないのだ。

しかし。
楽しい時間はあっと言う間に過ぎてしまう。残念ながらおひらきなのだ。おやっくさんの掲示板のコメントによると11時くらいだったらしい。
ホントに楽しかったので、とっても名残惜しい・・・ってんで、続くのだ(笑)。

2002年3月27日(水) どんでん返し?
今週の出張はずーっと前から予定としてあった。それがうすらぼんやりと見えてきたのはやっと一週間ほど前。上司がシビレを切らして「28日13時〜29日でよろしいでしょうか?」と送ったメールである。
とにかく出張先の会社の都合なので、こっちでFIXできないのだ。

なのに、相手が返事をよこしてきたのは今週の月曜日で、それも「とりあえずオンスケジュールとしておいて下さい」という曖昧なもの。

その後連絡もなく、昨日新幹線のチケットも購入し、ホテルの予約もしたのだが、今日の夕方5時を回ってから上司から電話があった。
「今ごろ電話して来て明日の朝9時に来て下さいって言うねん(ToT)」
「ええええっ!?」
「飛行機でも間に合わへんって言うたら、“今から会社出て下さい”やって。どうしよう!? 明日の朝早い飛行機に乗れるかどうか今から調べてみるけど・・・」

くぉら(▼▼#)!
いくら客の立場やからって――しかも実際にはまだそういう関係にもなっていないし――あんまりとちゃいまっかーまっかーまっかー。

調査の結果、10時なら何とか間に合うことが分かり、僕は徒歩10分の最寄り駅5時55分発の電車に乗らなければならなくなっちゃったのだ。

てゆーか、僕が買った新幹線のチケットはどうなるのだ?

2002年3月26日(火) よろしかったかどうかは知らん!
確か、いつかのオフ会でも話題にしたことがあるような気がするけど、少し前からファミレスやファーストフード店等で「ご注文は以上でよろしかったでしょうか?」と訊かれるようになった。

漢字が好きで正しい日本語普及協会会員(会員は一人)である僕としては、早々に気になっていた表現である。
「よろし“かった”かどうかなんて俺様も知らんっちゅーんじゃっ! 何で貴様に俺様の過去を決められなあかんのじゃっ! 俺様の過去を知ってて訊いとんのかっ!」と、怒り狂っていたものである(それくらいで怒り狂うなよ)。

嫁さんなどは最近になってやっと「丁寧語って聞いたことあるよ。英語で“Could you〜?”って言うやん」とまことしやかな説をどこからか引っ張り出してきて僕を納得させてしまっていた。
「お前は気にならへんのか?」「なれへん」ってなもんである。

ところが今日、間違えて昨日の夕刊を読んでいると(間違うなよ)、『“よろしかったでしょうか”は変?』という記事が載っていた。
ああ、気になっていたのは僕だけとちゃうかったんや、と少しホッとした。

新聞によると、文法的に正しいかどうかは研究者も分からないらしい。
でも、4割以上の人が「変に感じる」ということであったヾ(^o^)/! しかも20代に至っては5%の人しか“丁寧語”と感じていないのであるっ!!

しかし、「こういう表現を聞いたことがある?」という地域別の統計では関西地区は下から2番目であった(ちなみに1位は北海道)。
え〜っ!? 僕なんてしょっちゅう聞くのになあ。

とにかく嬉しくなって、嫁さんに、
「おいおい、見てみぃ。俺がずーっと気にしていた件が記事になってるぞーっ!」
と教えてあげると、
「はいはい」
と冷たくあしらわれてしまった(ToT)。

お前はこういう表現を耳にしても全然よろしかったのかあ(T^T)!?←日本語がオカシイぞ、正しい日本語普及協会会員。

2002年3月25日(月) 電話番号が分からない
あと1ヶ月弱で引越しして1年になろうとする。なのに、携帯電話の明細書がまだ前の住所から転送されてくるのだ。つまり、まだ住所変更をしていないのだ。
郵便局の転送サービスは1年なので、いい加減しないとヤバい。ホント、いい加減じゃのう。
あ。同じ“いい加減”でも意味が違うのだなあ(←そんなことはどうでもよろしい)。

で、今日、DoCoMoに電話した。
「住所変更したいんですけど」
「もう引越しは完了してるんですね?」
「(おう。もうとっくの昔にしとんねん)はい」
「住民票の移動はされてますか?」
「(おう。もう100万年前にしとんねん)はい、しました」
「では、前の住所を教えて下さい」

手元には明細書の封筒がある。僕はそれを読んで伝えた。
「では、前の電話番号を教えて下さい」
「ででで電話番号!?・・・え、えっとー、06のー、えっとー、6・・・えっとー、忘れました(涙声)」

何でもう電話番号を忘れとんねん、と係のお姉さんは思っただろう。
ドキドキしていると、生年月日を訊ねられて事無きを得た。あー良かった、生年月日を覚えてて(忘れるかいっ!)。

2002年3月24日(日) ダイ・ハードな夜
もちろん昼頃に起きたのだが、昨日の疲れがすぐに取れるほど若くないし、懲りずに庭いじりもしたし、今夜は早く寝よう、と思っていたのだ。

が。
9時からTVで「ダイ・ハード」やっとる。もう3〜4回は見たのだが、好きな映画なのである。やっぱり見てしまったのである。嫁さんは「私、これ見るの初めてかも」なんて言うので解説しながら。

あーあーあー。早く寝ようと思ったのに最後まで、11時過ぎまで見てもうたがな。それから嫁さんが「調べ事して」っちゅーんでネットで何やら調べ、それから風呂に入り・・・・・・。

2002年3月23日(土) 超ハードな一日
朝7時半に目覚め、8時に嫁さんを車で駅まで送り、シャワーを浴びたり出かける準備をしたり何やかやしているウチに昼が過ぎ、12時半に慌てて家を出るも忘れ物をして取りに戻り、1時前にようやく出発。

そう、今日は開幕戦だったのだ。
試合は3時からだったのだが、2時に集合っちゅーんで12時半に出ようと思ったのに少し遅れてしまったのである遠いのであるだって阪奈道路のてっぺんにある球場なのだ。
西宮から阪奈道路って、たとえて言えば兵庫県から奈良県に行くようなものなのだ・・・ってそのまんまやがな。

昨日まで暖かかったのに寒の戻りでしかも標高が少し高い場所だったので寒いのなんのって。つまり、予告通りラグビーのようなスコアで負けてしまった(寒いのは関係ないが)。しかも、ノーヒットノーランを食らい、ボールを当てて前に飛んだのは僕を含めて3人くらいしかいないという散々な開幕戦だったのだ。

ボールに当てたのは良かったのだが、そこから京都へ向かう途中に、渋滞で前の車に当てたのはマズかったなあ。
午後8時から後輩の結婚2次会パーティが京都であったのが、球場を出てすぐ道に迷い、間に合うかめちゃくちゃ焦っていたのだ。
京都に入ってもものすんごい渋滞だったのだが、ギリギリで間に合った。

もう2次会なのかただの呑み会なのか分からないような異様な盛り上がりをみせ(横しゃん、おめでとう♪)、ハッと気づくと僕は後輩たちとカラオケ行こうとしていた。
「ちょっと待て。俺は車やねん。2次会のホテルに置いたままやがな」と、僕。
「エエやん。後で取りに行けば」と、無責任な後輩(=りいち)。
しかし、心配になって戻ると10時に駐車場は閉まる、と言う。時計を見ると11時。うわあああ。頼んでシャッターを開けてもらい、車を出して別の駐車場へ。
結局、カラオケに合流したのである。

しかーし、僕の車をあてにしている後輩たちのために、僕は最初の一杯はともかくとしてオレンジジュース2杯に烏龍茶1杯という偉業を達成し(2次会では缶ビール5本を飲み干していたのだが)、いぷきちに7人乗って無事に後輩たちを合宿所(=後輩りいちの家)に送り届けたのであった。

家に帰ると午前3時過ぎ。めちゃくちゃ疲れたのである。

2002年3月22日(金) ドリルの音が嫌い
実は半年ほど前、上の歯のかぶせが取れたのだ。でも全然痛くないし、歯医者に行くのも面倒なのでそのままにしておいたのである。
ところがフィリピン出張前に下の歯のかぶせもグラグラし始め、ようやく重い腰を上げて歯医者通いをすることにした。

そして今日、4回目の歯医者。
ガガギギギギキュウウウン。

ひいいいいっ!! イタイイタイイタイ(>_<)!!!
おんどれ、これまでかぶせが取れても全然痛くなかったものを何でわざわざ痛くするんじゃああああっ!!!

治療のためとは言え、解せん。

2002年3月21日(木) 庭担当の苦悩
春分の日である。今年はこの日がくるよりずっと前からかなり春らしくなってきている。良かことタイ。やねん。

しかぁし。庭担当としては、そろそろ週一回ではなくて、週二〜三回は水遣りをせなあかんのんちゃうん、と気が気ではない。
ところが今日は雨が降ると天気予報が言っていた。
ザマアミロ。
僕は仕事だというのにのうのうと休んでいる世間の皆様に雨を降らせ、しかも僕は水遣りをしなくて良いっ!

・・・と、思ったら、パラパラしか降らへんかった。
わぁお、明日は20分くらい早く起きて水遣りせなあかんのかあ!? いやん、もう。

2002年3月20日(水) どうする前髪
「前髪がうっとーしいなあ、切ったら?」と嫁さんが言う。
「何で俺の前髪が長いのにお前がうっとーしいんじゃ」
「うるさいっ(▼▼メ)!!屁理屈言うな」

まあ確かに、目にかかるくらいまで伸びてはいる。
「けどな、後ろはそんなに伸びてないし、耳もまだ全然隠れてないで。美容院が下手やったんちゃうか? 切りに行くのん面倒やし、自分で切ろっかなあ」
「また美川憲一になるデ( ̄+ー ̄)ケケケ」
「そ、それを言うなあ(+o+)!!」

注1:独身時代、自分で前髪を切った時に「わあ、美川憲一がやって来た♪」と嫁さんに散々馬鹿にされたことがあるのだ。
注2:いや、顔が似てるんとちゃうデ。髪型だけっす(多分)。

2002年3月19日(火) 泣く子と便意には勝てぬ
朝、家を出ようとしたその時っ!・・・便意を催してきました(ToT)。
ああ、すでにギリギリの時間なのに、今便所に行ったら遅刻じゃあ。どどどどうしようっ!?・・・いや、悩むべくもない。行きのバスの中で放出してしまった日にゃあ、明日からバスにも乗られへんではないか。

結局いつもより10分くらい遅く家を出た僕は、5分ばかり遅刻して会社に到着してしまった。工場内に入る瞬間、もう、ドキドキである。
しかぁし!
結論から言うと、バレなかった。

朝、8時きっかりから“朝会”と称した現場の申し送りが始まるのだが、別に出席を取るでもなし、誰か一人くらいいなくったってバレようがないのだ。そりゃあ、30分も遅刻すりゃバレるやろーけど、5分じゃあねえ。
ああ、ドキドキしてソンした。でも、良かった(*^-^*)。

ところでよくよく考えてみると、生産技術兼務の身であり、すでにメインの仕事は生産技術からは遠ざかっている。席が工場内のまま変わってないので8時出社してるけど、僕はすでにフレックス勤務可能なんとちゃうのか?
だって、上司である中田さんは――席は別の建屋だが――9時出社なのだから。

しかし、毎朝8時に出社する真面目なサラリーマンなのであった。僕ちんは。今朝は8時5分だが。
この際、バレないのなら明日からは8時5分に出社することにしよう←こらこら。

2002年3月18日(月) ガンバレ春闘!
さて、親会社の春闘はもう終わっていて、新聞発表によるとベア(=ベースアップ)は当然ゼロ、年間のボーナスは去年より20万円ほど下がるってことになるらしい。
3年前から2年前で20万円下がり、去年は10万円上がり、また今年20万円下がるので3年前から比べると30万円も下がるということになる。

ところがどっこい、なのだ。
去年10月に分社化となり、中小企業となった我が社の春闘はこれからなのだが、今日、説明会があった。
びっくりした。

ベアの要求額は2200円。まあ、これはそんなに驚くべき数字ではないだろう。
驚いたのはボーナスであった。
年間の要求金額が、本社が妥結した額よりも50万円も多いのだっ!(本社が少なすぎるの)

会社の回答は当然それよりも少なくなるだろうけど、それでも本社よりも多くなりそうなのだ。このご時世に、年収がUPするなんて事態は果たして起こりうるのかっ!? 平成13年度はわずかに黒字だったらしいねんけど。
妥結は4月10日。乞うご期待っ!!・・・って、だぁれも期待するかいな、僕以外は(笑)。

2002年3月17日(日) 帰巣本能の素晴らしさ
駅員さんに起こされて駅を出た後、ちゃーんと家に帰ったところまでは結構ハッキリと覚えているのだ。
しかし、朝起きると、僕は1階にいた。こんなところで寝たのを覚えていない。もちろん服はそのままで横に嫁さんがいるワケもない。

あっれえ? いつ帰ったんかなあ? 帰っていきなりここで眠ってしまったっちゅーことは、ひょっとして嫁さん、まだ僕が帰ってきてるの知らんのとちゃうかなあ? まーた呑んで酔いつぶれてどこかで泊まってる、とか思われてるんとちゃうかなあ?

と、少し心配になり慌てて2階へ行った。まだ9時過ぎ。休みの日だから嫁さんもまだ布団に入っているハズ。僕もまだ眠いので隣で寝よう。
と、布団に入ると、「起きたん?」と嫁さん。
「お、おう。お前、俺が帰ってきたの、知ってた?」
「知ってるっちゅーねんっ! 帰ってくるなりすぐに倒れてそのまま眠って、2階に連れて行こうと思って声掛けても全然反応せーへんかったやんかっ(▼▼メ)!」

わっちゃー。まったく覚えてへんぞぅ。駅から家までの帰り道の記憶はあるというのに、帰ってからの記憶がまったくないなんて、帰巣本能って素晴らしいなぁ。

2002年3月16日(土) 第8回うめさんオフ会レポート
歯医者さんが予想以上に長引いてしまったので、少し遅刻してしまった。サイト3周年を忘れたり、オフ会に遅刻するなんて、ちょっとだらけてるぞ。

こいつらが本当に大変なことになっているので、一人一株ずつ、苗を持っていって、ほぼ強制的に引き取ってもらった(笑)。
僕自身は、また早朝の草野球の練習があったり、何かと忙しくてカレーパン1つしか食ってなかったので腹が減っていて、最初ッからガツガツ食い呑み、すぐにテンションがあがってしまった。

最初に、今回頑張って参加してくれたおかもっち。の奥さんと赤ちゃんが少し登場。奥さんとはもちろん面識があるが(何しろ二人の結婚はこのオフ会がきっかけだったのだし)、赤ちゃんとは初対面。機嫌が良くて、ニコニコしていた。酒の匂いが好きなんじゃろか? 酒飲みになるぞぅ(笑)。

新婚ホヤホヤのきょんちゃん夫人とも初対面。あ、結婚後、ね。結婚して前より綺麗になってた。
ソレちゃんは今回久々の参加。遠距離恋愛している関西の彼氏と会えるためか、嬉しそうなのが悔しい(何でじゃ^^;)。
まゆちゃんがいきなり僕の大学時代の後輩の名前を出すので聞いてみると、知り合いらしい。ビックリした。そんなつながりがあったとは。
色んな国へ海外出張の経験があるつんしゃんさんが、僕のフィリピン出張の話を聞きたがるので、酔いに任せて喋らんとこうと思っていたことまで喋ってしまい、ふと丸ちゃんに目をやるとぐっすり眠っていた。朝の4時まで遊んでいたらしい。

奥さんと赤ちゃんが待ってるおかもっち。とまだまだ眠そうな丸ちゃんが1次会で帰り、残りのメンバーでカラオケへ。
すっかり最近の歌を知らない僕なのだが、メンバーはほとんど同年代だったため(5歳や8歳違いでも同年代!)、「ペガサスの朝」とか「メモリーグラス」とか昔の歌で盛り上がった。僕は相変わらず呑み続ける。

最終に十分間に合う時間に解散。
自分ではしっかりしていたつもりだったし、ちゃんと乗換駅でも寝過ごさずに降りた・・・ら、つんしゃんさんから電話があった。「はい、今日はばっちり大丈夫ですよー」
なのに、乗り換えて2駅目(終点)ではぐっすり眠っていて駅員さんに起こされてしまった(恥)。さっき寝過ごさなかった理由は、使い捨てコンタクトを必死にはずそうとしていたからだったのだ。そりゃ、寝られへん(笑)。

まあとにかく今回もほのぼのと楽しいオフ会でした。

2002年3月15日(金) 3年前の今日・・・
いやあ、まいった。
今日がサイト開設記念日だということを、数日前まで覚えていたのに、今日はすっかり忘れていたのだ。
早いものでもう3年。単純に365日x3年=1095日で、たまに日記を書かない日はあってもきっともう1000日以上は日記を書いているだろう。

いやはや、すごい数字である。

思えば3年前の今日、掲示板のCGIが動かない理由も分からぬままサイトを開設した。当然、記念すべきカウンタ「00001」は僕が踏んだのだ(当たり前)。
当時は1年で10000アクセスを目標にしていたので、カウンタも5桁だったなあ。

一体、いつから毎日数百人の人が来てくれるようになったのだろう。
・・・と、たった3年を懐かしく思いながら、ふと、考える。

まさか、あと7年後、つまり、開設10周年!・・・なんてことはしてないやろなあ。いや、分からんぞぉ。果たして僕は40過ぎのオッサンになってまで、相変わらず成長のないまま駄文を書き連ねているのであろうか。

2002年3月14日(木) 車が当たった!?
帰ってメールをチェックすると、『うめ様 ご当選おめでとうございます!』というタイトルがひときわ目をひいた。
ん? 懸賞に応募した記憶はある。昔ほどではないけど、月に1〜2件、気が向いたら応募することもある。そんなんが当たったんか?

差出人は「フォードOSAKA」の担当者。
そう言えば、車が当たるようなのに応募したっけなあ。えええっ!? く、車が当たったのかあ!?

ドキドキして見てみると、『1等当選おめでとうございますっ!』とある。や、やっぱり!!
わーいヽ(´▽`)/♪ やったぞやったぞ車を当てたぞうっ!!!!!

・・・・・・し、しかし。
それは、「2001年モデル フォーカス2.0GHIA 5ドアハッチバック(ホワイト)購入資金50万円当選」であった(-_-;)。

本体車両価格が229万円。そこから50万円引いて、179万円となる。で、そこに税金や消費税など、諸費用を加えると214万円。
ぜ、全然トクした気にならんっ(ToT)!

現在の市場価格も知らんし、権利の辞退は24時間以内にしないといけないようなので、惜しい気もしたが辞退のメールを送った。
どうせなら現金50万円をくれたらいいのに・・・ってゆーか、応募内容くらい把握しとけよ、僕(~_~;)。

2002年3月13日(水) 具合が悪いのは・・・
どうも会社のPCの動作がノロい。
今日もAutoCADを立ち上げようと思ってアイコンをダブルクリックするのだが、砂時計マークが延々と現れ続ける。HDDは動いているようなので、PC自体が止まっているワケではなく、むしろせっせと働いてはくれているのだが・・・。

CADが立ち上がる間、腕を組んで目をつぶる・・・と。

「うめさん、大丈夫ですか?」
隣りの席の中島君の声でハッと我に返った。つい数分、うつらうつらしたようだ。熱でもあって具合が悪いと思われたらしい。ちょっと、慌てた。
「い、いや、ちゃうねん。CADがなかなか立ち上がれへんから待っててん。さあ、再開しよっと」

・・・CADはまだ立ち上がってなかった(-_-;)。
遅いっ! 遅すぎるっちゅーねんっ! 立ち上がるのに5分以上かかるなよぉ。

2002年3月12日(火) ガラスには気を付けてネ
嫁さんがちょっとした片づけにいろいろとウルサイことを言うのは何度も書いたが、その一つに、朝、僕がコーヒーを飲んだコップをテーブルの上に置いとくな、という指示がある。
つまり、飲んだら流しに浸けときなさい、と言うのだ。

嫁さんがコワい 良い子の僕は嫁さんの言いつけにはできるだけ従うようにはしている。

今朝ももちろん、出かける直前に、飲んだ後のコップを流しに浸けましたとも。それでも面倒臭がってカウンター越しに浸けたねんけど。
そして浸けた後に手を引っ込める時に、カウンターに(嫁さんが)置いてあったコップに触れてしまいましたとも。落ちましたとも(ToT)。

ガッシャーンシャーンシャーン。
びええええっ(゜ロ゜;)!

出かける直前で時間がなかったので置き手紙をしてそのまま家を出た僕であった。

夜、帰ると、当然烈火の如く叱られた。
お、お前だって、ちゃんと片づけんとカウンターの上なんかにコップ置いとくからやないかーかーかー。
という心の叫びが虚しい呟きであることは言うまでもない。

しかし・・・まあ、朝起きてリビングに下りて、ガラスが散乱してたら普通怒るわな(^-^;)。

2002年3月11日(月) 不可解アクセス
公開はしていないが、実は裏でこっそりとアクセス解析なんぞをしていたりする。何時から何時までに何人の人がこの『ぷらむずぶっく』に訪れただとか、どこのページから飛んで来たか、どういう検索語で来られたか、などが分かるのだ。
※大丈夫です。“誰が”というのは分かりませんので安心して来て下さい♪

アクセス解析をしているといってもたまーに見るだけなのだが、今日見てみてビックリした。
それは“検索語”であった。

“結婚”だとか“不倫”だとか“漢字”だとかいう検索語で検索のページからこのサイトに来られることはよくある。
しかぁし、今日は“結婚まで物語”で来ているのだ。それも、アクセスは70以上!
これまで“結婚まで物語”という言葉でここに来た人なんぞ見たことがない。あったとしても1ヶ月に数人程度だろう。

なのになんで今日に限って“結婚まで物語”で70以上の人が来てるんやっ!? 不思議でならない。
どこかからリンクして来たんならそのページを見に行けば事情が分かるねんけど、“検索”の場合は自分で“結婚まで物語”と入力していることになるし、一体、裏の世界では何が起こってるんやっ!?←何で“裏の世界”やねん(^^;)。

で、“制服プレイ”という検索語で来たアナタ、期待に添えなくてスミマセン。

2002年3月10日(日) てはにーばんざい
野球のベルトとか、使い捨てコンタクトレンズとか、薄手のジャケットとか、いろいろと買いたいものがあったし、ついでに一日早い嫁さんの誕生日祝いに外食しよう、ということになって梅田に行った。

ここには書いていないが、嫁さんへのクリスマスプレゼントは2ヶ月ほど遅れたものの、てはにー(TIFFANYとも言う)のピアスとネックレスを贈ったので「誕生日はなしバイ」と言っていたのに。ああ、それなのに。

「TIFFANYの指輪が欲しい」とのたまう嫁さん。
「ぬ、ぬわにおう!? また、てはにーじゃとう!?」
「一緒に結婚指輪、買い替えよ♪」

結婚指輪はプラチナ製で、1ヶ6万円もしたのだ。2ヶで12万円なのだ。僕にとっては大金なのだ。しかーし、プラチナ製は傷がつきやすいなどとほざく嫁さんはほとんどはめたことがない。
で、てはにーのシルバーリングが欲しいと言うのだ。
もちろん、逆らえるハズもなく買いました(泣)。何で結婚して3年と4ヶ月で結婚指輪を買い換えるねん、わしら夫婦は。

指輪

右のこれまでの指輪が、今日買った左の指輪の倍の値段がするようには見えないところがまた哀しい。

「お前、誕生日プレゼントはなしってゆー約束やったのによぉ」とまだ女々しく文句を言う僕に嫁さんが言い放った。
「あんたも買ったやん」

い、いや、そりゃあね、“結婚指輪”やねんからお揃いで当たり前でしょーよ。

2002年3月9日(土) 喫煙との引き換え
おかーさんが、「“ノーブラシ洗車”ってところに連れて行ってー」と言うので、喜び勇んで実家に行ったのだ。
ナゼ“喜び勇んで”かと言うと、今日のように嫁さんが家にいる時には家では煙草が吸えないからである。

実家でビクビクすることもなく煙草を吸い、それから洗車をしに行く。煙草を吸う。
それが終わると、ロイヤルホームセンターへ行き、煙草を吸う。おかーさんは土とか鉢を買い、庭担当の僕はまだ間引きしたくてプランターや3号ポットなどを買って煙草を吸った。

昼飯をちょっくらご馳走になって煙草を吸ってウチに来てもらおうかなーなとどいう話をしつつ、実家のマンションの駐車場に車を駐めて、自分の車へ荷物を移動させようと思ったら・・・鍵がないっ(@@;))))〜〜(((((;@@)オロオロ!

来たところを戻るも、結局見つからなかった。
帰ると、嫁さんにめっちゃ叱られた。喫煙が見つからなくても今日は叱られる運命だったのねん。

2002年3月8日(金) 心が狭いデスカ? ですねぇ(笑)
ちょっと変わってる、と言うか物怖じしない畑中。僕の前の仕事を引き継いだ後任者である。

そんな彼が僕の席に来て、
「うめさん、クリップもらいますねー」
と言って勝手に僕の引き出しを開けた。「おう」と言う僕の返事の方が遅い。

あ。
そう言えばクリップ、もう大小それぞれ1つずつしかなかったよなあ。
「じゃあ、この大きい方をもらっていきます」
むーん(・へ・)。

昔、確か学校の先生だったように思うが、「例えば10万円持っている人が千円の施しをするのは簡単でしょう。でも、2千円しか持っていない人が千円の施しをするのはとても勇気が入ります。心が広いかどうか、ここで判断されますね」というような話をしていたのを思い出した。

僕は2千円のうちの千円をあげるようなタイプじゃないなあ。心が狭いのだ(開き直り)。
いや。
10万円のうちの千円すらあげないタイプかも(自滅)。

2002年3月7日(木) 間引きができない
今朝、ちょっと時間があったので庭に出てみた。チューリップもずいぶん大きくなってきている。ほうらね・・・って、ちょっと分かりにくいなあ。写真左下から斜め上に向かって出てきてるねんけど。
お庭♪

まあとにかく、庭担当としては花たちが順調に育っているのを見るのは嬉しい限りである。

ところが問題はこやつ。この時は“間引き”などと書いてはいるが、正確に言うと“植え替え”をしていたのだ。つまり、密集したところの芽を摘んで、絡まった根をほぐし、ちまちまと別のプランターに間隔をあけて植えてあげていたのだ。さすがA型。でも。

おかげでこんなになってしまいました(T−T)!
お庭♪

↑裏庭に並べたプランターの中にぎっしり。数えると500株以上あるねん。こいつらこれからまだまだ大きくなるねん。どうしよう(ToT)。もう植える場所ないし。

2002年3月6日(水) イライラネットライフ
ウチはCATVインターネットなんである。2Mbpsなんである。そいでもってPCのCPUは1GHzなんである。
せやのに。

数日前からアクセスが不安定っ(ToT)!
今夜も今夜で悪戦苦闘。

ぷらむずぶっくにアクセスする。スッコーンとサクサク表示される。
よおし、超掲示板へレスじゃ。スッコーンとサクサク表示される。
さて、レス書いて・・・と。「投稿」っ!・・・ちまちまちまちま・・・ダイヤル回線より遅くなる(ToT)。

キーッ(>_<)!!!
ワケも分からずPCを再起動。

ぷらむずぶっくにアクセスする。スッコーンとサクサク表示される。
よおし、超掲示板へレスじゃ。スッコーンとサクサク表示される。
さて、レス書いて・・・と。「投稿」っ!・・・ちまちまちまちま・・・ダイヤル回線より遅くなる(ToT)。

キーッ(>_<)!!!
ワケも分からずPCを再起動。
・・・以下、エンドレス。

もうイヤじゃあo(TヘTo)!

2002年3月4日(月) どんな石鹸?
風呂場で石鹸がないことに気付いた。「おーい、石鹸がないぞう」「ほーらよ」

そう言えば結婚してから3年以上になるが、石鹸なんぞ買ったことがない。いくらたくさん貰い物があったとしても、すんごいことやなあ、と思って嫁さんに言った。
「ウチは石鹸が縦横無尽にあるねんなあ」
「それを言うなら無尽蔵じゃっ!」
だだだ大丈夫か、わしはっ!?

2002年3月2日(土) フィリピン出張・最終日
もちろん7時前に起床。はーしんど。
上司の中田さんは今日はお客さんとまたメーカー訪問。まだ数日ここにいる。が、僕は今日が最終日である。帰りのフライトは夕方の16:25。

「うめさんは午前中は野田取締役とS社(関係会社)に行って適当にぶらぶらしといて下さい」
と事前に中田さんから言われていたのだが、どどどどないせえって言いまんのん?

しばらく持参のハンドヘルドPCで仕事のまとめなんぞをしていたのだが、やっぱり時間を持て余した僕は更新し損ねていた日記を書いていたりしてたのですなあ。

そして昼過ぎにドライバーに空港まで送ってもらい、交通手段の接続の悪さに四苦八苦しながら11時30分頃に帰宅。

照れ屋の嫁さんは「おかえりぃ〜♪ チュッ」なんてことはしないが心なしか嬉しそうであった。「私も久しぶりに羽が伸ばせてよかった♪」などと憎まれ口を叩いていたけど。
そして風呂に入ったりちょっと呑んだり土産話をしたりまったりとした後、結局床についたのはまたしても午前1時を優に回っていた。

それからうとうとし始めた真夜中に鳴る僕の携帯電話・・・(続く・・・のか?)。

2002年3月1日(金) フィリピン出張・4日目
実験やメーカー訪問のために、昨日到着したお客さんとあっち行ったりこっち行ったり、仕事はとってもハードだった。もう、くたくた。
昨夜は2時をとっくに過ぎたころに寝たし、毎朝7時前には起きているので今夜は早くホテルに帰って眠りたいと思わないでもなかったのだが、それは無理な話であった。

訪問先のメーカーがこちらのお客さん共々夕食にご招待してくれたのだ。
今夜はまあ、普通の居酒屋さんという感じの店だったのだが、フィリピンで初めて刺身を食べた。うにが最高に旨かった!

そしてやっぱり行くのね“カラオケ”(^-^;)。
今日の店は“指名制”ではなかったのだが、アイコンタクトで素早く可愛い女の子をGETするあたり、“ウブ”な僕としては上出来であった。いや、もう“ウブ”なんて言うてられへんかな。

すっかり慣れてしまった僕はまだ18歳と言う女の子にここでは書けないようなことは・・・してないけど(^-^;)、もちろん浮気なんぞしてないし楽しかったしチャーミングであったことよ←日本語になってまへん。

そしてホテルに戻ると1時半。シャワー浴びたり何やいろいろしているとすぐに2時過ぎ。
せっかくフィリピンからのアクセスに成功したのに、こんなこっちゃ日記の更新なんぞできまへんがな。

線

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Akiary v.0.42