家庭内外暴露日記

個人的なストレス発散の場所やねん!!
家庭内の不満も会社のグチも暴露してまうねん!!

...でも、嫁さんとはラブラブやで(^^)ゞ...

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☆過去の日記☆

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2003年2月28日(金) まわってまわった
今年3回目(!)の出社である。あ、日本の方ね。

で、仕事上結構関わりがあって、頼りにもしていた現場の中沢君が今日で退職することになり、その送別会があったので乱入させてもらった。
電気検査チームの現場の野郎共は呑めるヤツが多く、僕も負けじと生ビールを7杯呑んでしまった。こんな呑み方をするのは久々で――そもそも日本で呑み会に参加するのがめちゃくちゃ久しぶり――ちょっと、酔っ払ってしまった。

二次会は若い人たちで楽しみなはれ、と、その集団の中では年長に属する僕はおとなしく帰ることにした。
阪神西宮駅に着いたのがおそらく9時半くらいだったと思う。ちょうどやってきたバスに乗った。

いつも利用しているこのバスは西回りと東回りがあって、要は環状線なのである。降りるバス停はほとんど反対側なので、どちらに乗ってもそう大差はない。ちゃんと降りれればね。
しかし、酔ってまわっていた僕はまわってしまったのだΣ( ̄ロ ̄lll)! ガビーン。

ついつい眠ってしまったようで、気がついたら阪神西宮が近づいていた・・・。
結局、タクシーで帰ったのであった。何しとんのやら。

2003年2月27日(木) 帰国日の悲劇
朝、とんでもないニュースが飛び込んできた。

我が部下(?)、と言うか、現場にはたくさんのオペレータがいるが、その中でなかなか可愛い顔をしていて(それは関係ないが)、なかなかしっかり者のナルシーが最近その仕事振りを認められたのかグループリーダーになった。
そのナルシーが昨日の午後6時頃、バイクにはねられて死んでしまったのだ。

僕も毎日、オフィスと工場の間を往復している。一旦会社の敷地内の外に出て、約5〜6分の道のりを歩いている。その道ではねられたのだそうだ。はねられた時間帯は、僕がちょうど工場からオフィスに戻りつつあった時刻だから、下手したら僕がはねられてたのかも知れないと思うとゾッとする。

まだ二十歳そこそこの女の子がこんなに身近な場所で亡くなってしまうなんて、ショックだった。

2003年2月26日(水) 別れの夜
結局、明日帰国することになった。
エルちゃんが寂しがって店を休み、二人で夕食を食べに行った。思えばちょうど1年前に初めてフィリピンにやってきたんだ。
その1年後、こんなことになるなんてなあ。

あと一回、こちらに来ることになっているので、エルちゃんには僕の任務が完了したことは言わないでいた。なんか、別れ話を切り出す彼氏になったような気分やなあ(^-^;)。

で、実はエルちゃんも日本に行く予定が決まったのだ。前々からそういう話を聞いてはいたのだが、証明書などの書類も揃わなくてなかなか決まらなかったのだが、ようやく決まったらしい。

ちなみにCLの女の子が日本へ行く場合は横浜と長野が圧倒的に多い・・・ところが――。
「京都に行くことになったよ」
ち、近いがな( ̄◇ ̄;)。
そんなに近いと、遊びに行ってしまうかも知れんぞ、僕ちんは。

2003年2月25日(火) 青天の霹靂
実は1月から部署異動したのだが、仕事内容は変わっていない。で、今、上司である岩田さんとはほとんど話したこともない。だって、今年はまだ日本の方へは2日間しか出社してないしなー。

で、珍しく岩田さんから電話がかかってきた。
また部署異動。しかも、これまで経験したことがない「品質保証」である。今、品証は大変で、とにかくプロセスの分かるエース級の即戦力となるエンジニアが必要なのだそうだ。そんなに期待されてもなあ(^-^;)。

そしてそして。

フィリピン駐在(?)が解ける模様なのだ。
やったー&がっかり。
日本に帰れるのは嬉しい。けど、自分としてはまだまだやり残している仕事があるので、それを中途半端にして終わるのは悔しい。

ここでは、本当に大変な毎日を過ごしていたけど、それなりにやりがいもあった。そして、もちろんプライベートでも彼女(?)と言うか、ガールフレンドを作って、つとめて楽しく過ごしてきた。同じ駐在員とも仲良く仕事をしてきた。それらと別れるのはやっぱり寂しい。
前置きもなーんもなく、突然の話だったので、正直、ちょっと戸惑っている。半年か1年、下手したら数年こちらで過ごすことを覚悟してもいたし。

とりあえずあと一回、来週あたりにまたこっちに舞い戻ってくる予定なのだが・・・さてさて、どうなることやら。

2003年2月24日(月) 弱いヤツ
「もー我慢ならん」夕食の席で上村がのたまった。
彼はここフィリピンで彼女と同棲しているのだが、今日はメーカーが来ていたので一緒に夕食を食べに行くことになったのだ。
で、電話で「今日はゲストが来てるので家で飯食わん」と連絡したらしい。ところが彼女は「カラオケ行くんでしょ?」とか「私をほったらかしにして」とか、一向にこちらの事情を理解せずに怒っているらしいのだ。

フィリピーナは得てしてこういう傾向がある。日本人だと理解できる「仕事のつき合い」とか「友達とのつき合い」とか「接待」とかがまったく理解できないのだ、いくら説明しても。

で、上村もいい加減頭に来て冒頭のセリフと相成ったワケである。

「じゃあ、今日はどっか呑みに行きましょうよ」と芝。
「おう、しばらくカラオケなんか行ったことないし、行こうゼ」と鼻息荒い上村。

しばらくすると彼女からメールや電話が何度か上村に入る。席を外して何やら話している。
チェックが終わり、店を出ようとすると上村が一言・・・「やっぱり俺、帰るわ」。
弱すぎ。

2003年2月23日(日) 吉野家再挑戦
エルちゃんが「吉野家なんぞ知らん」と言うので(当然か!?)、「これが日本のモストフェイマスビーフボールじゃけん」と、連れていってあげることにしたのだ。

前に行った時にはメシの不味さに閉口したのだが、ま、ここはひとつ、それには目をつぶることにしよう。
けど、エルちゃんには前もって「日本ではもっと美味いねんけどなー、ここではメシがフィリピン米だからそれだけは不味いでー」と教えておいた。

さて、店に入って牛丼を注文し、食べてみると・・・ん? 何か違う( ̄◇ ̄;)。
前より臭いのだ。前もそう思ったのかも知れないけど、今思えば前はやはりフィリピン米だったのだろう。それよりも臭くなっているということは、これは、まごうことなきタイ米である。

品質を低下させるな、バカモノ。
※1ちなみにエルちゃんは「美味しいねー」と言ってくれました。まあ、ご飯を除けばそこそこ美味いけど・・・においはタマラン。
※2後日談だが、同僚の元宮も行ったらしく「タイ米になって前よりマシになってましたわ」などとほざいていた。どんな味覚しとんねん、お前。

2003年2月22日(土) セコいですか?
ほんでもって今夜は日本食である。
今日は土曜日だけど、みんなで休日出勤したので、夕食もみんなで(と言っても4人だけど)食べに行ったのだ。

よく行く日本居酒屋さん。ここは行くたびにビール券をくれるので、毎回ビールはタダみたいなものなのだが、今夜は誰も持っていなかった。まーしゃーない。
ネギトロ巻きも食べたしサンマも食べたけど、一人550ペソって、昨日のステーキより高いがな。

毎日こんなん考えてるって・・・セコい(^-^;)? だって、書くネタないねんもん。

2003年2月21日(金) ステーキバンザイ
こんなこと書くと「フィリピン出張はえーなー」と思われるかも知れないけど、毎日良く似た日本居酒屋ばっかし行ってるとたまには違ったもんを食いたくなるのだ。
で、久々にステーキを食べに行った。

久々だったのでどれくらいの値段だったのか忘れていたのだが、サーロインステーキ3/4パウンド(ってどれくらい?)食べて、それにはスープもサラダバーも含まれてて、ビール1杯呑んで、500ペソ(約1250円)でしたっ!
肉は軟らかくてどこからナイフ入れても切れるくらいで、旨くて、こんなに安くて、とにかく大満足の夕食だった。

いやあ、フィリピンはえーのう(どないやねん)。

2003年2月20日(木) ゴメンね嫁さん
ああ、やっぱりちゃんと考えていてくれてたのね、僕のスケジュール。ちょっと心配していたのだが、鍋田さんが「来週末に帰る?」と言ってくれたのだ。
もともとの帰国予定は3月11日だったので、約10日も早く帰れるぞうヽ(´▽`)/♪

そしてその後、桂総括が作ったスケジュールを見てのけぞった。
まず、3月1日帰国。これって土曜日やん。なんで前日の金曜日に帰らしてくれへんねーん。そもそも今週末の土曜日も出勤やのに、連続かい。

そして、次回にこちらに来る予定は・・・水曜日ぃ!?
つまり、3月5日。日本滞在正味3日間。

ゴメンね、嫁さん。貴女の誕生日には僕はフィリピン。

2003年2月19日(水) 停電にもほどがある
朝、車の中で同僚たちが停電がどうのこうのと言っていた。どうやら今夜、コンドミニアムが停電するらしいのだ。へ? 夜の11時から明日の朝7時までぇ!?

ちょ、ちょっと待てやい。停電にもほどがあるぞー。なんで8時間も停電するねん。

しかも、情報があやふやでエレベータがどうなるのか分からない。ちなみに僕の部屋は31階である。もし今夜呑みに行ったりして、帰りが遅くなったりして、んでもってエレベータが止まっていたら31階まで階段やないけ。

うわあ。今日はさっさと帰って大人しく寝よう。

2003年2月18日(火) カラオケしてないしー
林さんが来比したので、約1ヶ月ぶりに前の会社のメンバーである東川さんと林さんと僕で夕食を食べ、その後カラオケに行ったのだ。

東川さんは普段はあんまりカラオケに行かないらしいのだが、一緒に行くとほとんどと言っていいほどハシゴする。
で、2軒目が数ヶ月ぶりのBAだったのだ。覚えている人がいるかどうか分からんけど、僕のお気に入りのJちゃんがいる店である。店は日本のカラオケBOXのような構造。

久々に会ったので嬉しくって、話が盛り上がった。やっぱ、ええチチしとる(←こらーっ!)。いやいや、当然、衣装越しに目の保養として見ているだけですけど(←誰に言い訳しとんねん)。
そして、店を出ようとしたときに、はた、と気づいた。
1曲も歌ってない( ̄◇ ̄;)。

カラオケに行ったのに(^-^;)。

2003年2月17日(月) いつ帰れるのかなー?
組織上、僕は鍋田さんと同じチームで、ここ半年くらいはかわりばんこでフィリピンに来ている。桂総括には「二人のうちどちらか一人はフィリピンにいるように」と言われている。
生産がフィリピンにシフトしつつある今、こちらに日本人スタッフがいないと現場が回らなくなったりして困るのだ。で、仕事の関係上僕がフィリピンにいる日数のほうが長くなっている。

その鍋田さんは2月7日の金曜日に日本へ帰り、代わりに僕が2月10日に来比した。
なのに。
鍋田さん本日再び来比。
帰国予定は3月7日である。

僕は今回3月11日帰国予定なのだが・・・鍋田さんが3月7日に帰った日にゃあ、僕は帰国でけへんのとちゃうのん?
まだ、だぁれもその話題には触れていない。桂総括も知って知らんフリをしているのだろう。どうしてくれんねん。

2003年2月16日(日) 社会見学
何か知らんが、同僚たちとエルちゃんのおばさんの家に遊びに行くことになったのだ。ローカルの生活を見学するっちゅー意味ではちょっと面白そう。

タクシーでMRT(電車)の駅まで行き、そこから7駅くらいMRTに乗る。それから乗り合いタクシーに揺られて、降りてから狭い迷路のような路地をくぐり抜け、さらに人力三輪車に初めて乗った。

おばさんは日本からの訪問客が嬉しいのか、手料理をご馳走してくれようとするのだが・・・こんなん食って大丈夫でっか?
豚肉を揚げたのをちょっととご飯をちょっといただいた。まあ、食べれる。けど、コーラを入れてくれたコップは大丈夫なん? 汚くない? といちいち心配になるのだ。

それからエルちゃんの兄さんの家に行くことになった。
初めてバスに乗り、30分くらいして降りると次はジプニー(これは以前に乗ったことがある)。
兄さんの家は、言っちゃー悪いがあばら家のようなたたずまいであった。そのすぐ近くに別のおばさんの家があり、そこにお邪魔する。

そしてまたしても「食え食え」と料理を勧められるが、鄭重にお断りする。エルちゃんが旨そうに食っていて一口無理矢理食べさされたのだが、何かよー分からん魚の料理だった。死ぬかと思った。
そして今度はビールを飲め、と言われる。瓶からそのまま呑む分には大丈夫なのだが、おばさんはビールを大きなプラスチック製のピッチャーのドボドボと入れた。それ、汚くない? 大丈夫?
さらに、でっかい氷を入れる。その氷は何の水で作ったん?

いちいち気になって仕方がない。ヤケになって(?)、コップ10杯くらいそのビールをいただいたのだが・・・明日、腹をこわしませんように。

2003年2月15日(土) 女性専用車両
実は以前にMRTと呼ばれる電車に乗ったことがある。フィリピンで初めての電車経験だったんだけど、今日はLRTという電車に乗ることになった。

改札を抜けるとちょうど電車が来たところで、「急げっ!」と、エルちゃんと乗り込んだのだ。
「あ」と、エルちゃん。
「どしたん?」
「ここはね、オンナの車両」
へ?――周りを見渡すとババエ(女性)ばっかし!
まあ、ホームのガードマンにも止められなかったし、ええかー。けど、ちょっと恥ずかしい。

で、帰りはちゃんと男性用車両に乗ることにしたのだ。こっちには女性も乗っていいみたい。日本と一緒やね。しかも女性専用車両と違ってぎゅーぎゅー詰めの満員ってところも同じ。
しかーし、日本と違うのはエアコンがないのだ(ToT)!つまり。クサすぎる(XoX)!
周りの客がローカルばっかりなのをいいことに、日本語で「クサイクサイ、死ぬ〜」を繰り返す僕なのであった。日本語が分かるエルちゃんは隣で笑い転げていた。

2003年2月14日(金) ハッピーバレンタイン
フィリピンにもバレンタインデーはある。日本と違って、男性が女性にプレゼントを贈る。

その1)会社で、上村が言った。「俺、もう10年くらいバレンタインデーなんて関係ないわい」
すると、極悪芝がすぐさま追撃する。「じゃあ、今年は11年目ですかー」
ちなみに僕は出国前に愛妻からもらったもんねー。

その2)ここでは男性同士でも「ハッピーバレンタイン」という挨拶を交わす。
会社で現場の女の子に訊かれた。「日本ではバレンタインって何て言うの? 何て挨拶するの?」
そ、そんなもんはない(^-^;)・・・よねー?
日本でもバレンタインはバレンタイン。挨拶なんぞなし。そう、答えました。

その3)ホントは男性から・・・だけど、事務所の女の子たちが僕たち日本人スタッフに花を一束ずつプレゼントしてくれた。ありがたいのう。
僕はそれを持って今回初めてCLに行き、久々に会ったエルちゃんに「バレンタインギフトだぞぅ」と、その花束を渡したのであった(^-^;)。

2003年2月11日(火) こういう支払い方するでしょ?
昼、食堂でクラッカーとスプライトを買おうとしたのだ。当然、値段は知っている。11ペソである。ところが、手元に10ペソ紙幣も硬貨もなかったので、20ペソ紙幣と1ペソ硬貨を渡したのだ。

すると、店員は僕に1ペソ硬貨を返した。
んんん(-_-;)???
そして、僕の手元に戻ってきたお釣りは、5ペソ硬貨1枚と1ペソ硬貨4枚であった。

お前はアホかーッ(▼▼#)!!
もちろん、レジに10ペソ紙幣や硬貨がなかったというワケではない。単純に店員がアホなのだ。悲しくなってくるわい。

2003年2月10日(月) 誘拐事件?
数週間前のこと、来比したばかりの桂総括がこんなことを言った。
「前回出張の時のペソが余ってたから両替せんと車に乗ってな、空港から会社までも全然渋滞がなかったから2時に着いてんっ!・・・なんか、ソンした気分やったわー」
フィリピン出張の際、早くて2時半、遅くても3時前後に会社に到着する。早く到着すればそれだけ仕事を始める時間が早くなるので、ソンってワケ(^-^;)。

で、今日。
同行の氷上君が、空港で両替するっちゅーんで、10分ほど待ち、「ちょっとトクしたかなー」などと相変わらずアホなことを考えていた。
そして、待ち合わせ場所で会社からの送迎車に乗り込むと、どうやら本日出張で来る他の工場の人がいるらしく、その時点ではまだ来ないその人を待つことになった。さらにおトク(笑)?

ところが、同じ飛行機に乗っていたハズのその人が10分待っても20分待ってもやってこない。そのうち30分が経ち、さすがに心配になってきた。会社と連絡を取っても、一体何で来ないのか全然分からない。
そして1時間が過ぎると、再び会社と連絡を取った。
「航空会社には、搭乗した確認取った。誘拐かも知れん。警察に連絡しよか」
という物騒な話になってきた。

そしてそれからさらに10分あまり――当の本人が現れた。どうやら待ち合わせ場所を間違えて全然別のところで待っていたらしい。
良かった、良かった。それから会社に到着したのは3時半。めっちゃトクしたなあ(*^-^*)。

「うめさん。5号検査機が壊れて生産止まってるねん。すぐに見てっ!」
着くなりこれかいっ! 今から調べてたら帰るの遅くなるやんっ! もっと早く到着してたらなあ。

2003年2月9日(日) つかの間の・・・
あああああ。
たった6日間の日本滞在であった。
あああああ。
もう明日はフィリピンへ逆戻りかー。

ちょっぴり寂しくなって、すき焼きの用意をしている嫁さんの後ろから抱きつくと、
「邪魔すんな、バカッ」
と、怒鳴られてしまった。あー怖かった。

2003年2月8日(土) カラオケ大会
この年になっても家族が仲が良いってのは・・・一般的なん?
両親と妹と嫁さんと僕の5人で、外食に行ったのだ。そして、その後、みんなでカラオケに行った。
こういうのは・・・一般的なん?

まあ、たまにこういうことをする我が家族なのだ。
しかも、2回も延長して計4時間も歌いまくった(^-^;)。

そしてその帰り、駅の券売機の前で100円硬貨を何枚か握り締めたかーちゃんが何やら戸惑っている。
「どしたん?」
「旧500円専用とか新500円専用とか書いてあるねんけど・・・」
かーちゃん。500円玉を使わない場合は関係ないです。

2003年2月6日(木) 胃カメラ初体験
ちょっと、勘違いしていた。
胃カメラ検診って、バリウムを飲んで白いう○こを出す検査だと思っていたのだが、胃カメラを口から突っ込んで胃の中を直接診るというものだったのだ(当たり前か)。

麻酔をしてもらったおかげで、大した痛みもなく、検査はすんなり終わった。

そして、診断結果は――。
「胃潰瘍と十二指腸潰瘍です」
げげげげどっひゃああああ!!!

「ほら、ここに小さな赤い点があるでしょ?」
「はあ(^-^;)」
「ここにもあるでしょ?」
「は、はあ( ̄◇ ̄;)」
「これがもっといっぱいあったり大きかったりすると問題ですが、まったく異常なしです」

おいおいこらこら。

2003年2月5日(水) 絶飲食に問題なし?
昨夜、しゃぶしゃぶを食べ過ぎたのが原因なのか、夜は吐き気に苛まれていたのだ。
今朝起きても、どうも腹の調子が良くない。ムカムカしてやっぱり吐き気がするのだ。
おまけに、夜は外にラーメンを食べに行ってしまい、さらに初めて行ったそのラーメン屋のラーメンはかなりこってり系であった。

ところで、明日、胃カメラ検診を受ける僕は、今夜の9時から絶飲食に入らなければならなかった。絶食はともかく、飲むのもダメというのはツラい。
で、ラーメンを食べたのでちょっぴりムカムカしていたにも拘わらず、9時ギリギリまでさらにビスケットを食べたり梅酒を呑んだりしていた。

そして――絶飲食突入!
しかし。
夜の11時頃、やっぱりムカムカは治らず吐いてしまった。
「絶飲食せなアカン時間帯やのに、吐いてても大丈夫かなあ?」と、気の小さい僕。
「胃から出る分には大丈夫なんちゃう?」と、大らかな(?)嫁さん。

マジぃ!?

2003年2月4日(火) その名はラッキー♪
実は昨夜が初対面だったのだが、先月、我が家にうさぎがやって来たのだ。その名はラッキー。1ヶ月ぶりに帰国した僕にとっては初対面だったのである。

で、今日と明日は振替休日を取って家にいるもんだから、ラッキーと遊ぶことにした(ちなみに嫁さんも仕事が休みで家にいた)。ゲージに入っているラッキーを出そうとすると・・・。
「外に出したらアカン!」
と嫁さんが怒る。あちこち噛むし、下手したらそこらへんに大小便をするらしいのだ。

そこで嫁さんが考え出したのが、床にシートを敷いてダンボールで囲った中に放す、というワザである。まあ、それでも満足してしばらくラッキーの相手をしていたのだが・・・全然なつかへんっ!

嫁さんはすでに面白くないモードに入っているらしいのだが、僕もあんまり面白くない。とにかく、俺様の指を噛むなよ、ラッキー。

2003年2月3日(月) 最初の一言
やっと、帰国なのだ。何度も行ったり来たりしていると、要領も分かってくる。いつも関空から西宮までバスに乗っているのだが、西宮行きのバスは1時間に1本くらいなのでタイミングが悪いと待たなあかんし帰るのも遅くなる。

で、今回試したのが『尼崎行きのバス』なのだが、これがバッチリであった。尼崎到着後、そこから電車で西宮へ行き、さらに路線バス。いつもはこのバスの最終にさえ乗れないのでタクシー利用だったのだ。

結局、このルートでは家に着いたのがいつもより20〜30分早かった。家に入ると、嫁さんが風呂の脱衣所から出てきた。
「あれ〜? 早いやん。ちょうど今からお風呂に入ろうと思ってたのに何でこんなに早く帰ってくるんよっ!」

おんどれー、1ヶ月ぶりにご対面した亭主への最初の一言がそれかいっ!

2003年2月2日(日) 危険地区!?
エルちゃんが何やら用事がある、と言うので、数人でタクシーに乗ってとある町へ行った。
商店街のような感じで、道端には怪しげなもの(つまり、バッタもんですな)が売られている。

「ココは何? 何て言う町?」
「あ、喋っちゃダメー!」と、エルちゃん。
へ? へ?

訊いてみると、喋ると日本人だとバレて危ないのだという。って、おい(^-^;)!そんな危険な場所に連れてくるなよう・・・。
てゆーか、僕の場合、見た目でバレると思うんやけど。メガネかけてるし。

で、結局、手違いか騙されたのか知らんが、エルちゃんもIDカードをやられていた。店のアホそうな店員に「失ってしもた」と言われたのだ。
ちなみに、用事は偽のIDカードを造るつもりだったらしい・・・って、おい(^-^;)!相変わらずメチャクチャな国やのう。

2003年2月1日(土) つ・・・疲れた
ただでさえ土曜日出勤は疲れる。
しかも、今日の場合、道が空いていたので8時半前に会社に到着してしまった。
しかも、今日の場合、現場でのトラブルがいつも以上にあったので、昼メシ抜き。当然、昼休み中もせっせと働いた。

マジで疲れました(ToT)。

一緒に仕事をしている鍋田さんが「もう帰りたい」と泣き出した(嘘)。鍋田さんは今日で2週間。僕は来週早々に帰ります。頑張って下さいねー。

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Akiary v.0.42