家庭内外暴露日記

個人的なストレス発散の場所やねん!!
家庭内の不満も会社のグチも暴露してまうねん!!

...でも、嫁さんとはラブラブやで(^^)ゞ...

線

☆過去の日記☆

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2003年4月30日(水) 発表
嫁さんは仕事。僕はもちろん休み。
今日は雨だったのであんまりすることがなかったけど、夕食の用意とか風呂掃除とか、できることはやってあげねば。大事な時期なんだから。

・・・ってなワケで、こういう場合、どれくらいのタイミングで発表したらいいのか分からんので、大体半年前の今日発表することにする。
嫁さんの誕生日に書いた“嬉しいニュース”ってのはつまり、そーゆーことだったのだ。

さすがに女性はカンが鋭く、この日の掲示板には4名(うち、1名は裏サイト)が何となく気付いているようなコメントを書いてくれていた。
11月の始めに、ついにパパになります(予定)。

2003年4月29日(火) 第一声
あああ、またしてもやってきた誕生日である。もう来なくてエエのだが、律儀にまたやってきやがったのである。

嫁さんより早く起きた僕は1階へ行って朝刊を読み、しばらくして2階へ戻った。そして、ちょうどその時目覚めた嫁さんの第一声は、『誕生日おめでとう♪』ではなく・・・。
「ちょ、ちょっと助けてぇ」
「なになに(?_?)」
「足つったあ(XoX)!!」
お前なあ・・・(^-^;)。

昼からは、映画「CATCH ME IF YOU CAN」を観て、高級しゃぶしゃぶを食べてきたのであった。

2003年4月28日(月) 主夫な日
嫁さんは仕事である。僕は一日のんびりしようと思っていたのだが、
1.洗濯物を干す
2.銀行へ行く
3.郵便局へ行く
4.カーショップへワイパー等を買いに行く
5.ホームセンターにラッキーの餌等を買い物に行く
6.スーパーへ夕食の買い物に行く
7.洗車&ワックス掛け
8.ラッキーのトイレ掃除と餌やり
9.夕食の用意
ってなワケで、めちゃくちゃ忙しかったのだ(>_<)。

頼むからおとなしく言うこと聞いてくれよぅ、ラッキー。
ラッキー

2003年4月27日(日) 物忘れ・・・じゃない?
ウチの家族は、大体GWに墓参りに行く。暑がりのかーちゃんがお盆に行くのがイヤというのがその理由かも知れないが、何しか昔からそうなのだ。

で、嫁さんと両親と妹を連れて行ったのだ。
墓の木の剪定なんぞをしながら、「この間はいつ来たっけ?」という会話になった。
「俺、去年はほとんどフィリピンにおったから来てないでー」と、僕。
「いや、来たぞー」と、親父。
「じゃあ、4人で来たんとちゃうん?」と、僕。
「ううん、私、あんた抜きでお義父さんたちと来たことはない」と、嫁。
「私らかて3人で来たことないよ」と、かーちゃん。
「みんなで来たんはおととしやんか」と、妹。
「そやで。こうして剪定した記憶はあるねん。けど、去年なんかつかの間の日本滞在の時は家でゆっくりしてたもん」と、僕。
「いーや、去年来たって」と、しつこい親父。
「じゃあ、誰と来たんよ?」と、かーちゃん。
「みんなで来たって」と、まだしつこい親父。
「だって、おとーさん以外みんな“去年は来てない”って言うてるのに」と、妹。
わははははははは、とみんな。

家に帰って、「そうそう、俺にはこの日記があるねんから」と、確認してみると・・・去年も来てますがな(・_・。)) 。

2003年4月26日(土) 一生忘れません
もんじゃーずの中野さんが、『30人まで阪神戦にご招待』企画をしてくれるとかで嫁さんと行ったのだ。

行ってビックリ、中央特別席(いわゆるグリーンシート)であった。つまり、バックネット裏である。こんな席であんな試合を見れたなんて、本当に一生の想い出になったのであった。中野さん、どうもありがとうございました。

=試合経過=

連敗中の阪神、ムーアと言うウワサもどこへやら、結局伊良部がスライド登板。「まあ、伊良部やったら大丈夫やろ」と安心していると、上々の滑り出し。
その伊良部の日本初のヒットで先制し、阪神が3点を先取。「今日はもろた」と喜んでいると、次の回に4点を返されてビビる。
粘る阪神は同点に追いつくもまたまた次の回に2点入れられ、さらに伊良部を諦めて送り出した中継ぎ陣がいつものごとく安定せず、8回表にはさらに4点を取られてしまう。これで4-10。
周りの観客がバラバラと帰りだした。隣の嫁さんも不機嫌。

「このシート、4200円もするねんで。ほんでこんな試合じゃやってられへんなあ」
「ホンマやわ。お金返して欲しいわ」
・・・って、あんたら、一銭も金払てないで。

ふてくされてそのまま観ていると、何やらおかしくなってきた。片岡はいいとして、矢野までもがボテボテの当たり・・・が、二人とも内野安打で出塁、当たっている藤本が3塁打で2点返した。だんだん腰が浮いてくる僕たち。そしてあれよあれよと言う間に何と9点を取ってしまったのだ。
完全に立ち上がって大興奮する僕たちであった。
9回は抑えの切り札ウィリアムスが締めて、結局13-10で勝ちっ!!

2003年4月25日(金) 同窓会
・・・と、言っても前の会社の、である。年に1度か2度行われるのだが、ほぼ1年フィリピンにいたので久々の参加であった。

懐かしい面々と会って呑むのは楽しい・・・が、僕が入社した頃の元上司の愛甲さんが、
「ホームページ見てるで」
と言わはった日にゃあ、ひっくり返りそうになった。テニス仲間の美原さんが教えたらしい。
基本的に会社の面子にはナイショのサイトなのだが、まあ、“元”会社の仲間だからいっかー、と思っていると、愛甲さんが吉川さん言った。
「吉川さんも登場してたで」

ひえええええっ!
吉川さんと言えばおそらく過去に一度だけ登場(6月11日分)した、凄まじきボディコン女子社員だ。しかもあの日記の内容はほとんどセクハラではないか。

もし、これを読むようなことがあっても、怒らないでね、吉川さん・・・ってゆーか、田中露央沙分かるかな(~-~;)?

2003年4月24日(木) ヤクザからの電話
フィリピンの極悪芝から電話がかかってきた。ひとしきり仕事の話をすると、ヤツはこんな話を始めた。
「エルちゃんに連絡とったりしてます?」
「いいやー。今はオレは“日本在住”やしな。もうフィリピンは関係ないねん」
「うわっ。つめたー。あんなにうめさんに良くしてくれてたのに」
「そんなん言うたかてしゃーないがな」
「エルちゃん、日本に行くとか言ってませんでしたっけ?」
「言うてたけど・・・来月か再来月くらいに来るんちゃうかな」
「じゃあ、うめさんの住所教えて“殺しに行け”って言うときますわ」

お前はヤクザか(~-~;)!

2003年4月23日(水) こら、ラッキー
我が家の飼いうさぎ“ラッキー”はなかなかなつかない。うさぎってこんなもんなんやろか?

今夜は嫁さんが通夜で遅くなると言うので、僕がラッキーの世話をしたのだ。
まず、トイレの掃除をする。糞を捨てて、新しい砂を入れて・・・という作業中、ラッキーには大人しくしてもらわなくてはならない。
最初は少し抵抗していたのだが、しばらくすると檻の隅で大人しくなった。
やっと、終わってトイレを解放してやると、隅に追いやられていたので腹が立っていたのだろう、ダンッ!と地団駄を踏んだ。

コイツは腹が立つといつもこんな仕草をする。これをされると世話をしている人間の方はめっちゃ腹が立つ。お前のためにやっとんじゃ!

次にエサをやろうとすると、ぐうぅ〜と唸る。
いつになったら慣れるねん(ToT)・・・ってゆーか、永遠に慣れへんのやろなあ。

2003年4月22日(火) こっそりノリノリ
残業タイムに突入すると、ちらちらこっそりとプロ野球経過をネットで見ている。

(うわあ、いきなり1回裏に4点も取られとるがな。先発誰や? 藪かいなー)
いきなりテンションが下がった。仕事のテンポもノロくなる。
しばらくして見てみると。
(おおっ! あっさり同点に追いついとるがなっ! さすが、今年の阪神は違うっ!)
ちょっと、気分が良くなって、仕事もノリ始める。
さらにしばらくして。
(どっひゃあ! ついに逆転かーっ! やるがなやるがなー!)
かなり気分が良くなってノリノリで仕事をする。

が。終わらへん(ToT)。
気分良く仕事できたのはいいけど、帰宅したのは10時を過ぎていた。ノリノリじゃなかったらいつ終わっていたことか(^-^;)。
けど、プロ野球、リアルタイムで見たいよぅ。

2003年4月21日(月) ジントニックな日
日本にいると、久々にオークションに参加したくなり、ジントニック(350ml缶x24本)を810円で落札したのだ!
ところが出品者の方からのメールを見てびっくり。
送料は1090円です。

わははははは。送料の方が高いやんけ。当たり前か。
さらに、支払方法を見てびっくり。
ぱるるにお願いします。

ネットで振込みできるのがメリットでオークションを楽しむのだが、ぱるるの場合はそうはいかない。
「おーい、ちょっとお願いがあるねん」嫁さんに頼むことにした。
「なんであんたが呑むモノに私が手をわずらわせなあかんねん!」
「まあまあ、そう言わずによぅ」
拝み倒して了承してもらった。

・・・商品の説明のページにはもちろん送料も支払方法も書かれていたワケで、僕が読み飛ばしていたワケで・・・次からは気を付けよう。

2003年4月20日(日) すーふぁみな日
病み上がりなので家でゴロゴロ。こういう日は久々にゲーム三昧ってところなのだが、何しろプレステは壊れている。

仕方がないので、すーぱーふぁみこんなんぞを引っ張り出してきて遊び始めた。

病み上がりなのをいいことに家のことは全面的に嫁さんに任せていたのだが、どうやらそれが面白くないらしく、遊び始めて30分くらいすると2Fへ上がってきて、
「まーたこんなに散らかしてっ! 片付けなさいっ!」
と怒鳴らはる(←こんな大阪弁はないか?)。

「遊んでるんやから散らかってるのは当たり前じゃい!」
と言い返すと、
「終わってもいっつもほったらかしやんか!」
と来た。

ぐぅの音も出んわい。ぱぁ。

2003年4月19日(土) リセット
熱もかなり下がって37度前後となった。嫁さんは今日は仕事。本来なら休みの僕がちょびっと夕食の用意をしたりすることもあるのだが、まだそこまで完全に回復していないので、夕食は居酒屋へ行くことにした。

ビールを呑みつつ、TVで阪神戦を観る。しかも、勝利。
ああ、日本っていいなあ!

というワケで、何年かぶりに二夜連続でノンアルコール日だったのだが、本日リセット。

2003年4月18日(金) ダウン。
熱は38度5分まで上がり、会社を休み、トイレ以外は布団から一歩も外へでなかった。
高熱があって、頭痛がヒドくて、一方、喉は全然痛くなく、腫れてもおらず、咳も出ない。

ホントに風邪なんかなあ?

なんしか、こんなにシンドい体調は久々であった。

2003年4月17日(木) 日本初のSARS患者!?>僕
午後からやたらと頭が痛くなり始めた。ほっといたら治るかなーと思って(治るかいっ!)夕方までガマンしたが、とりあえず薬をもらおうと会社の診療所に行ったのである。

「どんな感じですか?」
「頭痛がひどいです。それと、ちょっと熱っぽいかなあ?」
「じゃあまず熱を計ってみましょう」
38℃ありました(ToT)!

「あの・・・実は・・・先週までフィリピンにいたんですけど・・・」
「じゃあ、念のためにレントゲンを撮っておきましょう」
フィリピンは危険区域に入ってないけど、最近香港帰りのフィリピン人がSARS患者だったらしいし、帰国後6日目の高熱って、潜伏期間も合致してるし、ちょっと気色悪いですなぁ。

そして、十数分後――結果発表!
「このレントゲン写真を見る限りほぼ大丈夫でしょう」
“ほぼ”って何じゃあ!?
「熱さましの薬を出しておきますけど、もし何かあったらまた来て下さい」
“何か”って何じゃあ!?
・・・大丈夫かなあ(^-^;)?

2003年4月16日(水) すばる
ネット友達のやったんさんが去年の紅白歌合戦のビデオテープを送ってくれた。去年はまったく紅白を見なかったので、中学生の頃は部屋にポスターを貼るくらい中島みゆきのファンだった僕は、ゼヒともあの有名なシーンを見たかったのだ。

風呂に入りかけていた嫁さんが「早くー」とうるさい。「待てっちゅーねん。俺も順番知らんねんから」と僕。
再生+早送りを繰り返していると、風呂に入る支度を終えた嫁さんが戻ってきた。
「すばるまだー?」
「すばるとちゃうっちゅーねん」
「♪風の中のすばる〜って歌うやんかっ!」
いや、まあ、そやけど。

しばらくすると谷村新司のシーンになり、僕たち夫婦はずっこけた。
“昴”歌ってはる(^-^;)。
「この次が中島みゆきやったりしてー」
果たして、その通りであった。再びずっこける僕たち。

「エ、NHKもなかなかやるのう」
しかし、ほとんどの人が知っている4ヶ月近く前のネタで盛り上がる我々夫婦って一体・・・。

やったんさん、同封してくれた梅酒、今呑んでます。美味しいです。どうもありがとう。

2003年4月15日(火) あさりごはん
「あさりごはんが食べたい」と嫁さんが言うので、今日もまた振替休日の僕は作ってあげることにしたのだ。考えてみれば結婚以来、家で貝類の料理が出されたことはない。だって、僕が大の貝嫌いだから。しかしまあ、たまには良いだろう。

作るっちゅーても、朝、出勤前に嫁さんがあさりをたいてくれていたので、僕はそれを毟り取り、煮汁を入れてご飯と一緒に炊くだけである。

しかーし。僕が貝嫌いの理由の一つは“見かけがグロい”ことである。毟り取っているうちに気持ち悪くなって、一つ一つを包丁で真っ二つにぶった切ってやった。
しかーし。良く考えると、そんなことをすればあさりのエキスがうひょひょ〜と出てしまってますます“貝味”になるまいか? 僕が貝嫌いの理由の一つはもちろん“貝の味自体が嫌い”だからだ。

これはまずい。何か味をごまかすもんはないかいな、と冷蔵庫を見ると、にんじんがあった。にんじんは好きではないが嫌いでもない。こいつをみじん切りにして一緒にぶち込む。
他には・・・しいたけがあった。しいたけは嫌いだが、あさりよりはマシだ。こいつも同様にして混ぜた。
最後にしょうゆをちょっと足しておしまい。

仕事から帰った嫁さんにあさりごはんをよそい、一口食った嫁さんは一言。
「美味しいっ! ちゃんと工夫して作ってくれたんやー」
い、いや、工夫したつもりはないねんけど(^-^;)・・・・・・「そやろ?」

2003年4月14日(月) 灯台もと暗し
土曜日に帰国翌日だと言うのに野球をして、全身筋肉痛なのだ。それが理由ではないが、本日は振替休日を取って家でゴロゴロしていた。
早く携帯をマスターしなければっ!・・・と、昨日購入した携帯のマニュアルを読むことにする。

iアプリとかiショットとか、何やらよー分からんが、マニュアルの【基礎編】から読み始めてみると、“初めて携帯電話を持つ方へ”ってなページがあった。
僕の場合、初めてではないが、これまでiモードはおろか、メールすらしたことがない。初めてのようなもんよなあ、と思って目を通してみると、
電源は切ってはいけません
とあった。
電源が切られていると、相手から電話やメールがあっても受信できません。使用時は絶えずONにしておきましょう
わはははははっ!
常識やないけー。こんなことすら分からんような奴おるんか? 携帯持つ資格ナッシングやでー(^-^;)。

夕方、電話があった。家の電話である。嫁さんからであった。大した用事ではなかったのだが、携帯を持ったのが嬉しくて、電話したかったのだろう。僕もそんなに詳しいワケではないけど、携帯からは携帯に電話した方が安いんとちゃうのん?
そして、直後にメールが来た。僕もたどたどしい手つきで返事を出す。

家に帰ってきた嫁さんが僕に訊く。
「メール届いたあ?」
「おう。俺も返事送ってんで。届いたか?」
「え? そうなん? 届いてないよー」
「なぬぅ!? ちょっとお前の貸してみぃ」
電源がOFFになってました(^-^;)。お前かっ\(*T▽T*)/ !

2003年4月13日(日) ドニーチョって知ってる?
昨日の話もあるし、こういうことがあったし、つまりまだまだ我々夫婦は携帯原始人なのだが、ついに、最新携帯を手に入れることにしたのだっ!

僕は機種変更、嫁さんは新規購入である。
で、ショップで手続きをしている時に、ふと、気になって訊いてみた。
「今“ドニーチョ”なんですけど、プランも変更できますよねー?」
「しまったあっ!! ドニーチョかあ。そうかあ・・・うーん。大丈夫かなあ?」
何やねん、おいヾ(・_・;) 。人を原始人みたいにー。

どうやら、まさかいまだに“ドニーチョ”なんてプランを利用しているとは思ってなかったらしい。さらに、プラン変更が即日できるかどうか心配しているらしい。
で、すぐにNTT DOCOMOのセンターに電話して問い合わせてくれ、と頼まれたので電話してみた。
「えっ!? “ドニーチョ”ですか? ちょっと待ってくださいね」と、係のねーちゃん。
しばし、待たされる。お前らお前らお前らお前ら。人をバカにしてんのか? そんなに珍しいんかなあ?

「大丈夫です・・・が、一度プラン変更すると、“ドニーチョ”には戻れませんよ。今、“ドニーチョ”の新規登録はありませんので」
分かっとるわいっ! くそう、どいつもこいつも。

とにかく、晴れて僕の携帯は終日使用可能となったのだ。使用法さえマスターすれば。

2003年4月12日(土) 早速嫁さん節
午前中、嫁さんをとある場所へ車で送ってあげることにしたその車の中でのこと――。

僕がフィリピン滞在中は、一応僕の携帯を嫁さんに持たせていた。その携帯を返してもらって、
「じゃあ、用事が済んだら電話して。携帯持っとくから」
「分かった」
「・・・あれ? おい、もうバッテリー少ないやん。充電くらいしとけよ」
「え? 携帯ってほっといたらなくなるん(?_?)?」
当たり前じゃ(^-^;)、ドあほ。

そうこうするうちに小雨がぱらついてきた。僕がいない間、嫁さんが洗車していたなんてことはもちろんなく、フロントガラスも汚れている。ところが、レバーを引いてもウォッシャー液がちょろり、としか出てこない。
「あっちゃー。ウォッシャー液なくなったかな? 買わなあかんなあ」
「ウォッシャー液ってほっといたらなくなるん(?_?)?」
当たり前じゃ(^-^;)、ドあほ。

帰国初日から、嫁さんの天然ボケ、炸裂。

2003年4月11日(金) さよなら、フィリピン
あっさりしたものであった。
「もう最後やもう終わりやうわあああ」などと毎日のように思っていたからかもしれない。
いつも帰国するような気分で帰国した。

だって・・・来月あたりまた来るのが決まっているのだから(^-^;)。
まあ、次回からは“短期出張”になるねんけどね。

空港でエルちゃんから電話があり、あいかわらずいつものようにグズっていたが、それでも一つ良い事があったらしい。
パスポートが取れたらしい。
あなた、ホントに日本に来る気なのね・・・。

2003年4月10日(木) 最後の夜
「アナタアシタカエルカラ、サイゴマデ、ヨ」
と、前もってエルちゃんに言われていたので、10時前に店に入り、1時までいたのである。

まだ、部屋に戻って最後の荷造りをせなあかんし、あんまり呑みすぎてモーローとなってしまうとエラいことなので、珍しくもちょっとだけセーブして呑んだ。

まあ、僕自身もこれでお別れかーと思うとちょっと寂しいし、エルちゃんも「タベニイク、ヨ」と言っていたので、店が終わった後のお食事会――いわゆる3時帰りコース――をするつもりでいたのだ。

が。
「プロモータ(エルちゃんにとっては重要な客)ガ、ゴハンイッショニ、ッテイウカラ」
と、別の客とメシを食いに行くらしいので、僕はそこでバイバイした。

あっけないけどこんなもん。

2003年4月9日(水) 他人のフリ見て
せっかくだから、と、3人を連れてCLに呑みに行ったのだ。

一人はカッコつけてるのか何なのか分からないがこういう場所には興味がない風を装っているのでほっとくとして(ほんならついてくるなよ)、残りの二人は初めてではないがまだ初心者レベル。

そう。僕は彼らを見て、およそ一年前の自分を思い出していた。
せっかくみんなで呑みに来たのだからワイワイやろうと思っていたのに、彼らは。
自分の世界に入ってました(^-^;)。

まあねー、僕も最初の頃はこういう店でねーちゃんとしゃべりながら呑むのが楽しくってしょーがなかったから、君たちの気持ちは良く分かるよ、うん。

・・・ってな話をベテラン駐在員の前ですると、
「お前もいまだにしょっちゅう自分の世界に入って周りが見えてないやないけ」
と、言われます、ハイ。

2003年4月8日(火) しんみり荷造り
今日が火曜日だからー、水、木、金、あと3日かー・・・と日数を数えつつ、荷造りを始めたのだ。3日分の着替えを残して、あとは綺麗にたたんでスーツケースへ。

げ、マジでっかー、なんでバロンの採寸を!?
フィリピーナをはらませてしまったの? ぼくちんたら。
ひええ、就労ビザ取得ですかいっ!
ついにコンドミニアム滞在かー、って、いきなりゴ●●リかいっ!
せっかく持ってきたプレステがああああ。
またしてもエルちゃんと喧嘩だよ、トホホ。
よっしゃああっ! 生まれて初めての経験でっす!
どっひょえ〜。ついに近所で殺人事件発生っ!
わっはっは。80円の散髪って・・・(^-^;)。
そして・・・ごめんね。

色々あったよなあ・・・と、しんみりした気分になってしまった。もちろん、ほかにも楽しかったこと、腹立ったこと、笑いまくったこと、たくさんの想い出ができた。
何かに似てるなあ、と思ったら、引越しのときに部屋を後にする、そんなやるせない寂しい気分に似ている。

で、何で今ごろ早くも荷造りを始めているのかと言うと、もう最後だから明日と明後日の晩は呑みに行ってやるのだ。だから今のうちにできる分をしておくのだ。どーだ、まいったかっ!誰も何もまいらへん。

そして今夜もまたNHKインターナショナルは「おしん」を放映しているのであった・・・。

2003年4月7日(月) 金欠
フィリピンで初めての3連休がいとも簡単に終わってしまった。
何をしていたかと問われれば“ゴロゴロしてた”。
Tapos(それから)、“毎晩呑みに行ってた”。

だもんで、金がない( ̄◇ ̄;)。(Walan pera.)
また明日、一万円ほど換金するかなあ・・・もうあと4日で帰国なのになあ。

ほんでもってナゼかNHKインターナショナルでは「おしん」が放映されているのである。

2003年4月6日(日) おばさんチの家庭事情
エルちゃんがおばさんのところへ行くと言うので、のこのこついていったのだ。特にすることもないし。前に行った時には書かなかったが、おばさんの家は、まあ、マシな方だと・・・思う。

だって、フラット画面のTVやVCDデッキがあるのだから。

けど、タガログ語の嵐の中、ヒマを持て余している僕に気を遣ったのか、エルちゃんに「歌うたえ」とそそのかされ、そのVCDでしこたま歌わされた。
特に場が盛り上がっているワケでもないのに、“エロティカセブン”なんぞを歌わされるのははっきし言って地獄である。

そんな僕を尻目に、おばさんとエルちゃんが何やら言い争っている。どうやら電気料金を滞納していて、4月4日までに料金を振り込まなければ電気が止められるらしい。って、もう4月6日ですよ!?こんな、中流家庭の様子なのに、金ないねんなあ・・・っちゅーか、VCD歌いまくっててエエのん、僕( ̄◇ ̄;)?

2003年4月5日(土) 衝動買い(呑み?)
かと言って、僕もあんまりすることがなく、スーパーへ行った。牛乳くらいしか買うものがなかったのだが、ついつい一本160円くらいする缶コーヒーとか日本でのお土産用にフィリピンで初めて見た缶ジュースとかさらには勢い余ってピーチスパークリングワイン(750ml)なんてのも買ってしまった。
スーパーで1000ペソも使ったのは初めて(ToT)。財政、厳しいのになぁ。

でもまあ、ワインのおかげで僕の晩酌ライフは残り1週間弱、充実するに違いない。焼酎を呑み干して以来、晩飯でビールを呑んだ後の部屋での晩酌もビールやったからなあ(~-~;)。

今夜は呑みには行ったけど、部屋に帰ってきたのは10時。シャワーを浴びて早速ちょっと呑んでみよう♪
あ。
半分以上呑んでしもた(ToT)。
どないやねん何やっとんねん。これでは「明日出かけるから2日分のエサ入れとくけど一気に食べたらダメよ」と言われたポチが一気全部に食うてしまうのと一緒やんけ。

2003年4月4日(金) 鍋田さんの予定
祝♪ 3連休♪
そうなのだ。来週の月曜日は大統領令だか何だかで休みとなり、明日から3連休なのだ。2週連続で土曜日出勤したし、今週は7時半出社もしたし、帰りも遅かったのでとてもありがたい。それにしても昨日来比した3人、いきなり3連休とはズルい奴らじゃ。

極悪コンビは明日早速釣りに出かけるそうなのだが、ねーちゃんが日本に行ってしまった鍋田さんはすることがないらしい。
「どうするんですか?」
「部屋で三角座りしてるわ」
「わははははは。想像してしまいましたわ」
「マジマジ。音がするくらい」
「はあ?」
「“ポツーン”て」

2003年4月3日(木) 嘱託殺人
しばらく日本に戻っていた極悪芝&元宮コンビ、そして鍋田さんがフィリピンに戻ってきた。すると、極悪コンビがさっそくこんなことを言うのだ。

「うめさん、もう最後やし、ぱーっと花火ぶち上げましょか」
「なぬぅ!?」

ねーちゃんの話題に違いない。フィリピーナが一途で嫉妬深いことは何度か書いたが、実際、下手なことして刺された日本人もいるのだ。
「何するねん?」
「エルちゃんにあることないこと言うんですわ。うめさんがあの店行ったとかこの店行ったとか」
「・・・そこで乳揉んでたとかちゅーしてたとか」
「あ、あほかーっ!」
「オレらはうめさんが目ェくりぬかれるところが見たい」

や、やめてくれーε=ε=┏( T_T)┛。

2003年4月2日(水) 死の瀬戸際
帰りが遅くなってしまった。一緒に晩飯を食べに行く面子もおらず、部屋に帰ったのは10時をとっくに過ぎている。
コンドミニアムの食堂の晩飯タイムは終わってるし、部屋で食べるかー。確か、温めたらOKの“釜めし”があったよなあ。それとカップラーメンでも食うかー。

ところが。
部屋には“食料”はあったものの、“飲料”、つまり、ビールがない(;_;)。 ビールがなかったら死んでしまう僕にとっては一大事である。
幸い、食堂の鍵は持っているので、冷蔵庫からビールをいただくことにした。

ところが。
冷えてない(;_;)。
入れたとこなのねん。しかしまあ、あっただけマシかー。

こうなったら氷を入れるしかない。フィリピンでは結構普通なんだな、これが。呑み屋でもビールを注文するとねーちゃんに「氷入れる?」とよく訊かれる。日本ではそんな習慣はないし、ただでさえ味の薄いビールに氷なんぞ入れるかい、と答えている。

で、ビールを抱えて部屋に戻り、氷を入れようと冷蔵庫を開けると――。
冷凍庫のスイッチが切られてある(;_;)。
お、おのれー、クソったれメイドめー。なんちゅーことをさらすねんっ! 氷が水になっとるがなっ!

泣く泣くぬるいビールを呑むのであった(T^T)(ToT)(T^T)。こんな状況などありえない日本に、早く帰りたいよう。

2003年4月1日(火) ちゅどーん!!
げげっ! フィリピン駐在さらに1ヶ月延長!?



“エイプリルフール”ってことで(^-^;)。

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Akiary v.0.42