2008年12月16日


ペンギン(動物)

「肉食の白熊はなぜかペンギンを食べない。どうしてだろうか?」

 こんななぞなぞがある。答えはかんたんで白熊は北極にしか、ペンギンは南極にしか住んでいないからだ。だが本来、ペンギンと呼ばれる鳥が北極にも住んでいたことを知る人はたぶんそう多くはないだろう。

 今はもういない鳥、オオウミガラスという鳥が北大西洋から北極海の近くの島々で呑気に暮らしていた。学名ペンギヌス・インペニス。白い頭という意味で、その名のとおり頭に白い模様がある以外は外見も性格も南極のペンギンに実によく似ており、むしろ南極を探検したヨーロッパ人が北のペンギンによく似た鳥にもペンギンという名を与えたのだ。南極のペンギンは今も生きているが、一方でオオウミガラスがペンギンの名を失った理由、それは彼らが人間に滅ぼされるというちょっとした不運に直面したからに他ならない。

 オオウミガラスを食用にする文化は今から1000年以上も前に存在していたし、酷寒の地でその羽毛や脂が利用されたことも決して珍しい風習ではない。だが時は流れて16世紀、大航海時代を機にとあるヨーロッパ人が「石をひろうよりもかんたんに殺せる」とばかりにオオウミガラスの大量殺戮を実演、これがニュースになり多くの人々がこの楽しい遊びに参加しようとオオウミガラス狩りが始まったのだ。好奇心旺盛で警戒心のないこの鳥たちは、棍棒を持った人間を見れば殴られるために歩いてきたという。
 これ自体は憤懣やるかたない話であるし、実際にこれを契機にしてオオウミガスの数は激減した。彼らの生息域はアイスランド近くの島に限られてしまったが、ご存知の通りアイスランドは温泉の国であり温泉があるということは火山があるということだ。1830年、よりにもよってこの火山が噴火すると世界に残り少ないオオウミガラスの個体数は100羽もいなくなってしまった。このままでは北極のペンギンは絶滅してしまう。そう考えた世界中の博物館は金に糸目をつけずに彼らを保護するべく依頼を出したのだ。

「生死は問わない!我が博物館にペンギンを保護せよ」

 これが決め手となった。オオウミガラスは我もと争う探険家や冒険者の宝となって、オスもメスもヒナも関わらずきれいさっぱり狩りつくされて狩人には多額の報酬を、博物館には貴重な剥製をふんだんに提供する。そして1844年、最後の狩人が発見したオオウミガラスは卵をあたためているつがいの二羽だった。すかさず一羽が棍棒で殴り殺され、もう一羽は絞め殺されて残った卵は割れていたので捨てられると最後のペンギンが世界から姿を消したのである。

 人類は今でも博物館にオオウミガラスの剥製を飾っている。それは無知であり無恥でもある自らを戒める警句となっているが、あまり期待をするのは酷というものだろう。なにしろドブ川に迷い込んだアザラシを保護もせずに、名前をつけて楽しんでいるのが現状であるから。
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