2009年07月06日
窓の外に虫(動物)
電車に揺られながら窓から日差しが差し込む様子を見ていると、毎日風景が変わらないように見えてそうでもない。その日は窓の外に小さな羽虫が一匹、はりついているのが目にとまった。日にすけてピンク色に見えるごく小さな羽虫だが、どうにも距離が離れているので詳しい様子は分からないし、有名な昆虫学者のように近づいて観察するにはそれなりに車内も混んでいる。
体長は2、3ミリメートルくらいしかないだろう。これだけ小さな身体に昆虫としてのパーツ、頭と胸と腹に六本の足と四枚の羽がすべて収まっているのだからたいしたものだ。ちょうど電車は駅に止まっていたところで、小さな虫は窓にはりついたまま落ちそうな素振りもなく、のこのこと上にのぼっている。てんとう虫などもそうだが、高いところに上ってから飛ぼうとするのは少しでもエネルギーを節約しようという彼らの習性なのだろう。
そうこうしているうちに電車が動き出した。この程度の振動や速度で虫が落ちるとは思えないが、小さな羽虫はそれまでのようにのぼるのをやめて、窓に張り付いたままそこらをうろうろと歩き始める。彼らにしてみれば地面が動くようなものだから驚いたのかもしれないが、だが本当にそうだろうかとも思う。
ところで虫というのはとても小さい。こんな小さな生き物の中に昆虫としてのすべてのパーツが収まっている、たいしたものだと思うが小さいだけに彼らは複雑なことを考えたり判断するための脳みそを持っていない。例えばある種のバッタは足もとがツルツルしていると草の上にいると思って身体を緑色にするし、ゴツゴツしていると木にいると思って身体を茶色にすることで知られている。昆虫の習性というのはたいてい、身体がその習性を実現するための機能をすでに持っているものなのだ。
ここからは推理をするしかない。なにしろ相手は窓の向こう、遠目に見える小さな羽虫でしかないから捕まえることも実験することもできないが、こちらは昆虫ではない人間だから脳みそでそれを補うことができる。ありそうなのは彼らの脚は一定の方向に負担をかけると、それに逆らうように動くというものだろうか。わずかなりとも重力があって胴体が脚を下に引っ張ろうとしたら、脚はそれに逆らって上にのぼろうとする。魚が水の流れに鼻面を向けるのと理屈は同じだ。
この方法なら虫は自動的に高いところにのぼるようになるから、あとはそれ以上のぼれなくなった時に飛ぶためのスイッチがあればいい。複雑な判断もなにも必要なく、飛び立ちやすい高い場所に行くことができるだろうが、電車のように動く地面の上ではそうもいかなかったろう。自動的に身体が反応する、そうした機能は誰よりも早く正確に行動することができるが、スイッチが入ってしまうと意思も考えも関係なく身体が勝手に動いてしまうものだ。
そんなことを考えていたら虫はいつの間にか飛んでいってしまっていた。残念ながら追いかけることも種類を知ることもできない、小さな羽虫と呼ぶしかない出会いだがそんな気楽な観察も悪くないかと思う。
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