2009年11月12日


ハキリアリ(動物)

 世には珍しい習性を持つ動物というものがいて、ことに昆虫類ともなれば種類だけでも相当な数にのぼる。例えば哺乳類は4000を超える種類が存在するといわれているが、これが昆虫では80万とか100万といった数に上るからファーブルならずとものめり込もうというものだ。
 そんな多彩な昆虫には多彩な習性が見つかるものだが、中には世にも恐ろしい生き物として人間たちに恐れられている存在や、あるいはその面白い習性が人に感心されているものもいる。

 ハキリアリ。名前の通り葉っぱを切るアリで、リーフカッティング・アントという何の想像力も感じられない呼び名で推察される通りアメリカ大陸に暮らしている。巨大な巣をつくって集団生活を営んでいるのはふつうのアリと変わらない。巣の大きさは10メートルにも達するそうで、たくさんある部屋の奥にはもちろん女王が暮らす部屋がある。働きアリの群れが出陣、列を組んで行進するが持ってくるのは葉っぱであり、頑丈なアゴで丸く器用に切り取るとそれをくわえて歩く様子にハキリアリの名がつけられた。まるで傘をさしているようだとパラソルアントと呼ぶこともあるがやはり想像力に欠けた名前だろう。アン・シャーリーであれば「小さな貴婦人たち」とでも呼んだかもしれない。
 ところでこの葉っぱ、いったい何に使うかといえば別に食べるためではない。順番に持ち込まれた葉っぱは巣に運び込まれると、そこで待機していた別の働きアリたちに渡される。葉っぱは細かく咬みちぎられて部屋の奥に敷き詰められるが、積み上げた山に彼らの食料であるキノコの菌を植えつける。なんとこのアリ、巣の中にキノコ畑を作って農業を営むアリなのだ。

 持ち込んだ葉っぱは細かくなるまで咬みちぎると、これを積み上げた中でキノコを育てる。部屋には通気口が設けられていて、温湿度まで調整する。にょきにょきとキノコが生えてしまうとそれはそれで硬くて食べづらいから、金糸が伸びて広がっている間に収穫してしまうそうだ。キャベツに例えればまだ小さくてやわらかい芽キャベツのうちに食べるようなものだから、なかなか美食家なのかもしれない。新しいメスが飛び立って新しいコロニーを作るときには、このメスがキノコ用の菌をくわえて持っていくから先祖伝来の味になる。

 日本では多摩動物公園で飼育展示が行われているが、これはかなり珍しいというか日本では唯一の例らしい。それというのもこのハキリアリ、切り取って持っていく葉っぱのサイズがとにかくデカいのだ。これだけ大きな葉っぱを無数のアリが持っていってしまうのだから、うっかり畑にでも現れたら洒落にならない事態になるだろう。逃げられた時のことを考えれば動物園もおいそれとは育てられない。
 自分たちでキノコを栽培して生きている、農業を営むアリなんていかにも素朴で平和的に思えるが実際にはリーフカッティング・アントは深刻な害虫として恐れられているのだ。同じアメリカ大陸で、グンタイアリは害虫を食べてくれるので歓迎すらされるというから先入観というのは役に立たない。

 葉っぱのパラソルを掲げて行進し、草原や畑を丸裸にして去っていく小さな貴婦人の群れ。アメリカ大陸を席巻する恐るべきハキリアリの隊列である。
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