2009年11月19日


最強の動物(動物)

 もっとも強い動物は何だろうか、という質問にはほとんど意味がない。強いという言葉の定義が曖昧この上ないし、挙げた数だけ反論が生まれるのが関の山である。とはいえ古今東西トラとライオンではどちらが強いとか、レスラーとボクサーが戦ったらどちらが勝つかなどという興味は尽きなかったようで、闘技場やリングの上で人間や獣を殴り合わせる見世物は昔も今も人々の熱狂を誘っている。

 そうした野蛮な歴史に敬意を表して、少なくとも最強に近そうな動物を挙げてみたい。そいつはゾウに次ぐ巨体を持ち、分厚い皮膚はたいていの生き物の牙も爪も通さない。おそるべき牙で獲物を咬み砕く、その威力はあのティランノサウルスにも匹敵するというほどだ。獰猛で縄張りを侵すものには容赦なく襲いかかり、陸上でも水中でも平然と突き進んで意に介さない。その恐ろしさを象徴するかのように、全身から「血の汗」と呼ばれる赤い滴りを流して皮膚を覆っている。
 ご存知のとおり、その生き物とはヒポポタマス・アンピビウス、俗に言うカバである。呑気な外見から鈍重で気のいい動物のように思われているし、例えば子供向けのマンガでカバが出てくればたいていはノロマで気のいい奴として描かれているが実際にはとんでもない最強候補の一角だ。

 カバの体重はおよそ2トン、ちなみにゾウは5トンにもなるがトラやライオンなら大きいものでも200kg程度でカバの10分の1ほどしかなく、陸上動物でゾウに次ぐ巨体といえばサイやカバくらいしかいない。皮膚はもっとも分厚いところで6cmにも達するというから、あの巨体を転がして腹部に咬みつきでもしない限りたいていの攻撃は通じないだろう。一方でカバの下アゴにある牙は長さが50cmほどにもなり、バビルサのように自分の牙が自分の上アゴを貫いてしまうことすらあるという。肉食恐竜にも匹敵するアゴの筋肉で、人間程度であれば牙を使わずアゴではさむだけでもかんたんに真っ二つにすることができる。草食だが実際には肉も食べるし、有名な映像ではインパラを襲って食べるカバの姿が確認されている。
 カバはライオンのように一頭のオスが数頭のメスと子供を率いる、一夫多妻制の群れを組んでいることが多くとぼしい水辺を守るために縄張り意識がことのほか強い。侵入者や、ボスの座を狙う別のオスには容赦なく襲いかかりオス同士の戦いで死亡するカバも存在するし、水辺に来るワニや人間程度の生き物では相手にもならないだろう。乾燥すると厚すぎる皮膚がひび割れを起こしやすくなるので、赤みを帯びた粘液で体表を覆うがこれが俗にカバの血の汗と呼ばれているものだ。

 アフリカでもカバに殺されるという被害の事例は肉食獣に劣らない。恐竜のようなアゴで咬みついてくる、厚さ6cmの装甲を持つ戦車を相手にどれほどの生物が抗しうるものか。カバを倒せるものはカバ以外にいない、その牙城を崩そうとする挑戦者を求めてみるとしよう。
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